ぼくだけの☆亜里紗LIVE(アリサライブ)!
 作・JuJu


【STAGE3 ぼくが亜里紗?】

 ライブ開演が近づいてきていた。でもこんな苛立(いらだ)った気持ちではせっかくのライブを楽しめない。なによりこんな気持ちで亜里紗のライブを見るのは彼女に悪い気がした。そこで会場に向かう前に、さらにそこらら辺を歩いて少し頭を冷やそう思った。

 心を落ち着かせるために人のいない方へ人のいない方へと、あてどもなく足を進める。

 気が付けば会場の敷地の端まできてしまっていた。

 そういえば、結局亜里紗の人形を女の子に返せなかったな。

 ぼくは人気(ひとけ)のないところで立ち止まると、そんなことを思った。

 手に持っていた亜里紗の人形を眺めた。本当に良くできている。何度見ても、その精巧さに感心するばかりだった。

 亜里紗の人形を見ていたら、ふと、華やかなアイドルをうらやましく思った。亜里紗の年齢は高校生くらいだろうか。かたや年下なのに華やかなアイドル。かたや年上なのにただのフリーター。しかも今は仕事がない。その格差に落ち込む。ぼくもフリーターなんかじゃなく亜里紗みたいなアイドルだったら。多くの観客から声援を受けながらステージに立てていたら。それはどんなに幸せな人生だっただろう。

 などと詮(せん)ないことを考えている自分に気が付き、自嘲するようにため息を吐いた。

 と、その瞬間――世界が虹色に輝いた。いや違う。虹色の光はぼくの全身から発せられているのだ。自分の体が光るなどという異常現象に硬直していると、光はますます輝きをましていった。ぼくはあまりのまぶしさに、本能的に目を閉じて腕で目を覆った。

    ♪  ♪  ♪

 気が付いた時には虹のような光は消えていた。いったいさっきのは何だったのだろう? なにか白昼夢でも見ていたのだろうか。

 不思議に思いながら周囲を見渡す。気のせいか、わずかに視界が低くなったような感じがする。

「……なにが起きたんだ?」

 自分の発した声に驚く。別人のような――それもなぜか女の子みたいな高い声になっている。

 気が付けば手に持っていたはずの亜里紗の人形も消えている。落としたのかと思ってあたりを見回していると、遠くから女性の声がした。声のする方を見ると、眼鏡をかけた美人がこちらに向かって走ってくるところだった。

「やっと見つけた!」

 やってきた女性は、亜里紗のマネージャー兼プロデューサーの綾子さんだった。歳は推定で二十代後半。だらしなく見えない程度に、いつもスーツを崩して着ている。

 綾子さんが、ぼくに何の用だろう。

 そんなことをぼんやり思っていると、綾子さんはぼくの手を握って引っ張り始めた。

「ライブがはじまっちゃうわよ! 急いで!」

「え? でもここを離れるわけには……。亜里紗ちゃんの人形を落としちゃったから捜さないと……」

 たしかに亜里紗のライブも気になるが、あんな高価そうな人形を無くしたまま放ってもおけない。

「人形って購買で売っている人形のこと? あんなのまた買えばいいでしょ! そんなのいいから!」

 そういうと綾子さんは、必死な形相でさらに強い力でぼくの手をむりやり引いた。

 ぼくはわけもわからず、綾子さんに手を引かれて走ることになった。

 こうして改めて見ると、さすがは元アイドルなだけあって綾子さんも顔もいいしスタイルもいい。彼女もなかなかの美人だ。

 などと浮気なことを考えてしまっている自分に気が付き、あわてて反省をする。

 ぼくはあくまで亜里紗一筋だ! いくら同じ事務所だからといって、二股はゆるされない。気を引き締めなければ。

    ♪  ♪  ♪

 気を引き締めたぼくだったが、すぐにその気が緩む事件が起こることになった。

 綾子さんに手を引かれて到着したのは、先ほど門前払いを喰らった楽屋口の前だった。そこには例のいかめしい顔をした体格のいい警備員が立っていたが、さすがに綾子さんと一緒ということで愛想良く通してくれる。

 そして事件が起こる。

「こ……、ここは!?」

 綾子さんが手を引いてきた場所は、女子更衣室だった。

 ぼくはその場で固まって立ち止まる。

 ぼくが足を止め石のように固まって動かなくなったために、綾子さんもようやくずっと掴んでいたぼくの手を離した。

 女子更衣室の前で何もせず突っ立っているぼくに対し、綾子さんが言う。

「早く入って」

「えっ!? でも、入るわけには……」

 いくら綾子さん公認だといっても、男のぼくが女子更衣室に入るのはことはできない。そもそもどうして男のぼくをこんなところに連れてきて中に入れと言うのか。

「急いで! とにかく時間がないんだから!」

 綾子さんは再びぼくの手を取ると、むりやりぼくを女子更衣室に連れ込んだ。

 女子更衣室に入ると、綾子さんは「はい、あなたの衣装はこれ!」と言って畳んで透明なビニール袋に入れられた服を渡してきた。

 袋を開けて服を広げて見ると、それはドレスだった。肩の部分がないノースリーブで、スカートの丈も短い。ドレスのかわいらしさを残しながらも活発さが感じられるデザインだ。

「これってもしかして、ステージ衣装?」

「せっかくいつもの衣装を着ているところ悪いんだけど、今日はその衣装でライブに出てちょうだい」

 どうやら、ぼくにこれに着替えろと言っているらしい。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。なんでこんな服を……」

 理由は分からないが、どうして女装をしなければならないのか。しかも女装した姿でライブに出されるらしい。

 まったく訳が分からない。もしかして観客を仮装させて舞台に上がらせる、ライブの余興だろうか?

 そんな疑問と不安を抱いていたぼくだったが、目の前に亜里紗がいることに気がついた。いや、よく見ればそれは大きな鏡だった。いつものステージ衣装を着ている。大きなリボンとフリルで装飾されたピンク色の衣装だ。その鏡に映っている亜里紗が、ぼくだということに気が付くまでにそれほど時間はかからなかった。

 ぼくが亜里紗になっている……?

 いやそんなばかな! 信じられない思いだったが、鏡の中の亜里紗はぼくが動くとおりに動いた。

 もしかして拾った人形のせいか。あれが原因でぼくは亜里紗に変身したのか。それ以外に理由が考えられなかった。それならば突然手の中から亜里紗の人形が消滅したことも納得がいく。

 と言うことは、人形を落とした小学生の女の子が人形を使って亜里紗に変身していたのだろうか。亜里紗の正体はあの女の子だったのだろうか。こんなぎりぎりの時間になっても本物の亜里紗が楽屋に来ないということは、誰かがあの人形を使って亜里紗に変身していたということに間違いない。

 あまりに突飛な推察に自分でもあきれるが、そう考えるとすべてのつじつまが合うのだ。でも……そんなことって本当にあるのだろうか……?

 いまだに信じられず、すがる思いで助けを求めて綾子さんの方を向くと、下着姿の彼女が目に入った。彼女も舞台用の衣装に着替えようとしていたのだ。どうやら司会として出るらしく、いつもの着くずした服からビシッと引き締まったスーツに着替えてようとしている。

 目を引いたのが黒いブラジャーに包まれた巨乳だった。二十代という年齢にふさわしい完成した胸の形。しかも下着姿が様(さま)になっている。さすがに元アイドルだけだったはあり、ふだんから下着にも気を使っていることが見てとれる。

 などと見とれていると、綾子さんが別の鏡の前で着替えながら言った。

「今日はあなたのライブの司会を私がやるの。まったく……。いくら弱小のプロダクションで人手がたりないとはいえ、なんで私が司会までやんなきゃならないのよ……。ここが大手プロだったらなぁ。

 ねえ? 亜里紗だったら大手のプロだって狙えたでしょう? どうしてこんな零細に来たの?」

 どうしてここに来たのかと問われても答えようがなかった。まさか人形を拾ってアイドルになりました……などとはとても言えない。

「察するに、あの強引な社長に街でスカウトされて、そのままいいなりにここに入ったといった所でしょうね。あなたほどの逸材をもったいない気もするけれど、入った以上はがんばりなさいよ!」

 言いよどんでいるぼくの様子を見て、綾子さんは勝手に納得しながらそう言った。

 やがて着替え終わった綾子さんは、まだ服を脱いでさえいないぼくに向かって言う。

「まだ着替えていなかったの!? 早く着替えて! ライブが始まっちゃうわよ! 時間押しているからリハ抜きで本番よ! 行けるわよね?」

「はっ、はい」

 綾子さんに気圧(けお)されてうなづく。ぼくはあわてて背中のファスナーに手を当てた。と、そこで手が止まる。

「でも、やっぱり脱ぐのはまずいんじゃ……」

「いいから早く!!」

 なかなか着替えないぼくに業を煮やした綾子さんは、ぼくの衣装を剥ぎ取ると、むりやりステージ用のドレスに着替えさせた。

 女性に着替えさせられるという状況に動揺して、ぼく――つまり亜里紗の着替えを見られなかった。気が付けば渡された衣装に着替えさせられていたのだ。

 くぅ、せっかくの亜里紗の着替え場面が……。ここは鏡がいっぱいあって見放題なのに……。などと残念がっている間もあればこそ。

「さっきもいったけれど、時間が押しているから、リハはなし。いきなり本番だから」

 せき立てられたぼくは、また綾子さんに手を引かれて女子更衣室を出た。

 綾子さんに連れられて来た場所はライブ会場のステージだった。今日観るはずだったステージに、これからぼくが立つのだ。








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