私の名前は東城佳奈美。ある大手企業で秘書をしています。

秘書をしていると、重役の皆さんのスケジュール管理など、
会社の要と言っても過言ではありません。その上、いろいろな話が耳に入ってきます。

特に、重役の皆さんの話とか。
そのため、私達の行動には当然守秘義務があります。
外の人間には知られてはいけないことだらけです。


それなのに。まさか、あんなことが起きるなんて・・・・・・



私は、専務が中心になって動いているあるプロジェクトに関与していました。
会社の社運がかかっているこのプロジェクト、失敗は許されません。

「専務。今日は、プロジェクトの協力企業と会合があります。」

私は、黒いストライプのスーツをビシッと着こなし、専務に説明をしていました。

「分かった、ご苦労。」

こんな感じで、私は専務の秘書としての仕事を全うしています。
その後、専務の指示で私は資料を取りに下の階の部署へ向かいました。

すると、清掃員の女性とすれ違いました。
胸元には「金原陽子」と書かれたネームプレートがあります。
清掃員として働いている人で、私も何度か顔を見たことがあります。
軽く会釈をしてその場を後にしようとしたそのときでした。

いきなり金原さんが後ろから私を羽交い締めにしてきたのです。

「え!?ちょ・・・」

私は、とっさのことで反応できませんでした。
金原さんは、女性とは思えないくらい強い力で私を抑えつけます。
私は、助けを求めるため声を出そうとしましたが、
金原さんは、私の口に何か布のようなものをあてがってきました。

「ふむううう!ふ、むうん・・・・・・・・・・」

その布についた変な匂いを嗅いだ瞬間、私の意識は薄れていきました・・・・・・・・・


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「うむっ・・・・・・」

気がつくと、私はどこかの暗い部屋・・・・・倉庫にいるようでした。
まだ頭がぼんやりします。

「ふむっ・・・・むぐうううううううんんんん!!!!」

しかし、すぐに私は驚きました。
下着姿にされ、身動きできないように手から脚から縛られていたのです。
粘着性のあるテープのようですが、剥がれる気配がありません。

「むぐうううう!!ふむううううううう!!」

しかも口には何かを詰め込まれて思うようにしゃべることすらできないのです。
考えていたところに、ガチャリと扉が開きました。

「ふふふ・・・・・・」

光で目が一瞬目がくらみましたが、誰かはすぐに分かりました。
上下緑色の服装、掃除道具の入ったかごを押して来る女性。
それは、金原さんで間違いありませんでした。

「ごきげんよう、東城さん。」

マスクを外し、不敵な笑みを浮かべた彼女が余裕たっぷりに話してきます。
その表情には普段の地味な彼女からは想像できないような色気を感じました。

「ふむーむーっ!!!むぐううううううううん!!!」

私は、身をよじって精一杯の抗議をします。
しかし、口の中に何かを詰め込まれ、テープで口をふさがれた状態の私は何も話すことはできません。
顎が疲れたせいで、よだれが垂れているようでした。

「うふふ、何を言ってるのかよくわからないわよ。」

金原さんは冷ややかに見つめています。それはどこか愉しそうでした。

「もっとおもしろいものを見せてあげるわ。」

金原さんは、掃除用のかごの中からバッグを取りだしました。
その中から、肌色のぺらぺらしたものを出しました。
出したそれを、丁寧に伸ばします。

「・・・・!?」

それを見て私は驚きました。

それは・・・・・私の顔でした!
正確には、私の顔を模したマスクだったのです!

「ふふふ。私、ちょっと秘書っていうのをやってみたくなったの。
 それでね。これを被って貴女になってみたいのよ。」

金原さんはとんでもないことを口にします。
私になる?どうゆうことでしょう?
疑問に思う私をよそに、金原さんは私の顔マスクと向き合います。

「ふふふ、東城さん。私、一度秘書の仕事をしてみたかったの。よろしくお願いしますね。」

「ええ、いいわよ金原さん。ちゃんと美人秘書の私になりきってね。さあ、私の顔を被って。私になってぇ」

驚愕に目を見張りました。
なんと、金原さんは私のマスクを使って一人芝居をし始めたのです。
それも、私の声も使ってです。
甘ったるい声はどう聞いても私の声で驚くほどにそっくりでした。

そんな私の様子を見て、金原さんはにやりと微笑み、彼女自身の頭を掴みました。

「・・・・・・むううう!?」

私は驚愕で目を見開きました。するっと彼女の髪がまるごと外れたのです。
ここでようやく私は理解しました。
私を監禁した金原さんは、誰かがそっくりに化けた偽者だったのです。
つるつるの坊主頭の金原さんは、初めて見るもので不気味に感じました。

「それじゃ、私は貴女になるわね・・・・・」

金原さんの偽者は、私の顔そっくりのマスクを被りました。
ぐいっと引っ張り、そこから目や口の穴の位置を合わせます。
掃除道具の入ったかごから化粧用具を取りだし、私に背を向けてメイクを始めました。
妙に丁寧にメイクを施していきます。

「ふふふ、完成ね。」

彼女は私に振り返りました。
私はこのとき、目を疑いました。
彼女の顔は、完全に私になっていました。
信じられず、目を見開くことしかできませんでした。
いつしか声も私そのものでした。

「ふぅん、こんな野暮な恰好じゃいられないわ。うふふ・・・」

彼女は、清掃員の服を脱ぎ、下着姿になりました。
「借りるわよ。」
彼女は、私の目の前で私が着ていた黒いストライプのジャケット、ブラウスを取り、
それを着込みました。
そして、掃除用のかごから何かを取り出しました。
脚を通す様子から、それはストッキングとスカートだと分かりました。

「どうかしら?」
「ふぐうう!?」

ピンと脚を伸ばしてポーズを取る姿は、完全に私そのものでした。
しかし、スカートが短すぎて、そこから伸びる脚はブロンドベージュのパンティストッキングをまとい、
異様な存在感を放ち、いやらしく見えました。まるで商売女のようです。

「これで完璧に、東城佳奈美になったわね。」

驚くことに、声だけでなく、
歩き始めるときにスカートのしわを伸ばす仕草も、私そのものでした。

「貴女の顔を借りたわよ。」

そう言って、もう一人の私は頬に手を伸ばし、引っ張りました。
すると、彼女?の頬が異常に長く伸びたのです。
顔に、先ほど見せてきた私の顔マスクを被っているということを再認識しました。

「ほうら。私は誰にでも化けることができるわ。」

目の前の偽者が、完全に自分になりきっていることに呆然とするしかありませんでした。

「でね、貴女の会社の情報が欲しいのよ。この顔なら、誰もが私のことを
 敏腕秘書、東城佳奈美と思うでしょうね。」

偽者の私は、私の目の前でポーズを取ってから言います。
なんと、彼女の目的は、私に成りすまして会社の情報を盗むことだったのです。

「むふううううう!!!!むぐぐうううううう!!!」

私は、無駄と分かっていても、身をじたばたさせて抗議の声を上げました。
そうせずにはいられませんでした。しかし・・・・

「あら?貴女こうゆうのが好きなのね?」

見当違いも甚だしいもう一人の私にさらに私は憤りました。
それをあざ笑うようなもう一人の私の表情は、冷ややかで、それでいて色っぽいものでした。
私以上に"女"に見えました。

「似合うわよ。"私"の猿轡姿。本当に色っぽいわぁ。」

もう一人の私は、顔を私に近づけてきます。
間近で見ても私にしか思えません。


「で、貴女には私が貴女に"東城佳奈美"に上手く化けている様子を見ていてもらうわ。
 それも"特等席"でね。」

そう言って、彼女は私の躰を乱暴に引っ張り上げます。
倉庫にあるモップの柄を背中に当て、それを中心に体をテープでぐるぐる巻にします。
あっという間に、なすすべもなく私の躰は一本の棒のようになってしまいました。
私の口周りには、別のロープをきつく巻き付けられたせいで、頭も固定されました。
首すら動かすこともできません。
そして、何かを嗅がされた私は、またしても意識を失いました・・・・・・


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再び目を覚ますと、私は、どうやらさっきより狭い空間に体を押し込まれていることが分かりました。
もがくこともできません。
私の目線には、光が当たっていました。
どうやらこの狭い空間の中で唯一外が見えるところのようです。
光で目がくらみつつも、私はなんとか外を見ることができました。

「・・・・!?」

外の様子を見て私は愕然としました。
見覚えのある間取りは、それこそ今日行われる会議の部屋でした。
このとき私は、その会議室の戸棚の中に入れられていたのです。

「えー、今回のプロジェクトについて・・・・・・」


会議が進む中、当然のように私の偽者が専務の傍らにいます。

時折出席者にお茶をくむため歩く様子は、美脚を見せびらかすように、そして妙に色っぽく見えました。

「うふっ」

身動きの出来ない私をあざ笑うように彼女は私に向けて笑みを浮かべウインクしてきます。
当然です。私をここへ閉じ込めたのが彼女ですから。
私は、為す術もなく、偽者の私がいやらしい仕草をしながら会議で情報を盗むのを見ていることしかできませんでした・・・・・・・・



会議が終わり、専務や他の企業の重役の皆さんが去っていきました。
私の偽者は
「後片付けをしますので。」
と私の顔で微笑んで言って部屋に残りました。

そして、誰もいなくなったのを見計らって、私が押し込まれている戸棚を開けました。

「ふふふ。貴女のおかげで仕事が成功したわ。」

屈辱の余り、私は涙を流しました。

「それじゃ、私はおいとまさせてもらうわ。せっかくだから。貴女はここで放置しておくわね。
 しばらく誰も来ないだろうから、それまで引き続き、一人縛られているのを楽しむといいわ。」

偽者の私は、会議場のテーブルに私を放りました。
テーブルの上で、縛られた私は動くこともできないまま、放置されたのです。
私は、涙ながらに偽者の私が去っていくのを見守ることしかできませんでした・・・・・・・



結局夜になって、私は巡回の警備員によって発見されました。
警察に通報しましたが、結局私や金原さんに化けた偽者の正体は分からずじまいでした。

結局、今回のプロジェクトは大幅な修正を迫られることになりました。

監禁されていたことなどの状況から、幸いなことに私は守秘義務違反にはならず事なきを得ました。
後で専務や他の社員から話を聞きましたが、誰もが何の疑いもなく、普段の私と思っていたそうです。

今でも秘書の仕事は続けていますが、清掃係の人が近づくと、未だにぞっとしています・・・・・・・






<あとがき>

Howlingです。
自分の原点になった怪人福助シリーズ。
これまで書いてきた作家の皆様への敬意をこめて書きました。
今後とも、よろしくお願いします。







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