俺が女子に霊体を差し込んだら、もちろんこうする1
 作:spirit_inserter  挿絵:universe



 予鈴の鐘が神聖な校舎中に鳴り響くのは、学生たちがわぁっと散らばり始める合図でもあった。
 少しだけ浮いたような視点は、見えそうであってもハシゴにでも登らなければ誰も見ることはできない。
 ふわりと少しだけ空に浮かんでくるくる回る。休み時間を満喫してわいわいと談笑している学生たち、その頭のてっぺんを通り過ぎることができるなんて。
 空を飛べるって、こんなにすがすがしい気分になるのか!

『はぁ、すごいっ。なんだこれっ!?』

 体を引っ張る重力や、重さなんかは全く感じない。地面じゃなく蛍光灯に足を踏みしめて歩いてみたりもできる……うおっと、ちょっと天井を突き抜けちゃうな。学校指定の室内靴がするりと吸い込まれていくのを、体を浮かせることで慌てて立て直してみるのも楽しいものだ。
 ……けど、どうしてこんなことになってんだ? 
 机に昼寝するポーズで突っ伏したままの自分の体を見下ろしているうちに冷静になってくる。

 少し思い返してみるものの、心当たりが……うーん確か……ああそうか。
 なんかいま昼休みっぽいし寝てしまったのかも。けどその後の記憶がちょっと飛んでる。やっぱり寝てしまったのか……? けど、こんなことになってる理由はわからない。

『けど早く戻らないと、やばいかもしれねーな。魂が抜けたってころだろ……まさか、俺死んだのかっ!?』

 心当たりはないが、もしかすると突然死んでしまったのかもしれない。自由に浮かび、動ける体をうまく使って、慌てて自分の身体の背中にダイブする。
 ひゅ、と飛び込んだ。
 頭が吸い込まれる。続けて身体、腕、足。すると一つだけ掛けていたパズルのピースが四方に噛み合うような、奇妙な感覚のあとに全身がずんと重くのしかかる。
 
「ん……うぅ」

 自由に飛んでいたのが嘘のように気だるい。突然、もやがかかったようにボンヤリした頭を上げてみた。
 そこは相変わらず教室だった。
 けど、おかしいな。今のは夢じゃないのか……? たった今見た光景と同じ場所で、クラスメートたちが談笑している。何かペンを走らせて作業しているやつや、本を読んでいるやつもそのままだ。
 ということは、今の夢じゃないぞ。
 
 何だか不思議で、怖い体験をしたような気分になった俺はおもむろに制服ズボンのポケットからスマホを取り出した。
 魂、抜ける、状態……んっ、『幽体離脱』?

「えーっと……生きている人間の肉体から、心や意識が抜ける? ふむふむ……」

 ちょうどピンとくるキーワードを見つけたので、もう少し詳しく調べてみることに決めた。
 どうやら夢で幽体離脱したと思い込むパターンもあるが、本当に現実と一致する体験談も実際にはあるらしい。
 "身体が金縛りにあって、魂だけが身体から抜け出します"……なるほど、金縛りにあったかどうかは覚えてないけど。それで次は……"行動できる場所は限られてるが、抜け出した霊魂は自由に移動できる"。
 こりゃ面白い。ということは、俺はさっきまで魂が外に抜け出した状態だったんだ!
 よし、次に眠くなったらもう一回チャレンジしてみるか。


 ……そして短い休み時間が終わり、再び先生が入ってきて授業が開始される。
 俺は最後列。しかも目立たないので、クラスに入ってから順番に当てられる以外では、一度も当てられたことがない。寝てても大丈夫な先生だし、さっそく絶好の機会だ。

「えー、ここは……であるからしてー…………ということになるわけであり〜…………………」

 今日は珍しく、授業を真面目に聞いた。なぜならこの先生の授業は真面目に聞けば聞くほどに、ひたすら眠くなるからである。
 案の定、これだけ期待しているさなかでも耳を澄ませるだけでうと、うととし始めた。

(……あ、そういえば……さっき、こんな感じでうつぶせになった……とき)

 机に突っ伏して、何となく思い出す。さっきも同じように眠る体制をとったときに身体が縛られるような感覚が走った気がする。
 動かそうとしても、ビリビリとするだけで全く動かない。
 身体だけが寝ている状態というやつだったんだろう。まあ、放っておいてもそのうち来るだろうと目を瞑って、教師の子守唄に耳を澄ませておく。

『……ん、んん……? うおっ、なんじゃあこれは!』

 今度は、さっきよりも幾分か意識がはっきりとしていた。
 まるでマジックテープを剥がすように、身体がするすると肉体の端から離れていくのを感じて、思わず声を出してしまった。目を開けると、すぐ正面に背中が見えて、一瞬わけがわからなくなる。
 おい、これって……ああそうだった、そうだった! 幽体離脱だ。またできたんだ!
 
『身体は寝てるから、魂だけは自由に動いても誰にもばれないんだ。こりゃいい!』

 新しいおもちゃを見つけたような気分。いや、これはもっと楽しい!
 すぅ〜っと浮き上がって、後ろから教室を見下ろしてみる。ちょうど物置の上に腰掛けて見る授業というのも、面白いものだ。こんな変な場所で授業を受けているのに誰もこっちに気づかない。試しに大きく手を上げてみた。

『先生っ、質問なんですけど!! 俺のこと見えてますか?』

 割と大声を出したつもりだが、誰も振り向いてもくれない。全員が正面を向いたままだ。唯一こっちを向いて授業している年寄りの国語教師も視線を教科書に落としながら、ホヤホヤとなにかを呟き続けている。
 はははっ。いいぞ、というかこれをテストの時にやったら、カンニングし放題だ! 
 とわざとらしく笑っても誰にも気づかれない。そうしてしばらく状況を楽しんでみたが、見ているだけだと次第に飽きてくる。何か別なことをしたい。

『といっても……この体じゃ何も触れないし。チョークぶつけたりする悪戯もできないなぁ』

 あわよくば心霊現象でも起こしてやろうと思ったが、壁に貼り付けられたポスターも、画鋲も透明な手はすり抜けてしまう。
 隣のクラスに行ってやるというのもありだな。いや、せっかく壁抜けできるんだから上に行ってみるか?

『よーし、それじゃ決めた。確か上は一年生の教室だったな。よいしょっと……よっ!』

 腰掛けた状態から立ち上がり、ふわりと浮き上がってみる。一年生は今何の授業をしているのかなー、と軽い気持ちで首が天井へとめり込んでいくが、もちろん何の違和感も無くすり抜ける。
 そして首を出した先は、何だか暗かった。

『ん? なんだ……って、ふおっ!? お、おっ、ごめんなさいっ!?』

 慌てて体を捩じらせて出てきたあと、ぶわっと後ずさった。
 見てしまった。首を出した先は、なんと誰かの椅子の下だったのだ。しかも運が良いのか悪いのか、何だろうと首を伸ばした先に見てしまう。
 白だ。普段なら絶対に見ることができない、下半身を纏うひらひらとした布の中。正確に言えば太ももと太ももの付け根。
 もっとはっきりといえば、現在進行形ではいている白のパンティ。それが鼻先に来ているとわかったとたん、慌てて教室に飛び出してしまった。

「はい。それじゃあ〜〜〜この問2を解ける人は?」

 上の階ではまた違った授業が行われていた。突然下から飛び出してきて、慌てに慌てた男が騒いでいるというのに、ほとんどの生徒は自分のノートに釘付けだ。
 カリカリとペンを走らせながら問題を解いている子や、寝ている子もいる。
 おそる、おそる。さっきの女の子に改めて空から近づいてみる……が、見もしない。カリカリとペンを走らせては、たまに考えるように手を止める。ストレートロングの可愛らしい少女だ。

『あ……ご、ごめん。悪気はなかったんだけど……』

 学校生活はもうそれなりに長い俺だが、まだ女子のスカートの中を見たことはなかった。
 というか見せるはずがない。それを見てしまったものだから、悪い気がして謝ったが、それすらも彼女には届かない。

 よかった、ばれてないんだ。
 これでばれてしまえば、学校では村八分になることは間違いない。そうならなかったことに、ほっと一息つく。
 ちょっと……待てよ。ってことは、今の俺は透明人間みたいなものか。

『なるほど。つまり触れはしないけど……誰にも気づかれずに過ごせるってことか!?』

 声に出してみると、かなりドキッとした。 
 つまり本当に何でもできるってことだ。今みたいにパンツを覗くこともできるし、隠れて話しているのを盗み聞きすることもできる。テストのときもカンニングし放題……なんだこれっ。

『よーし。そうと分かれば……ごくりっ』

 改めて、目の前の子をじっと見てみる。なかなか小顔で、可愛らしい顔立ちをしているじゃないか。
 ノートに顔を覗きこませると、もうすぐ解き終わりそうだ。彼女の茶髪と鼻先が触れ合いそうになるくらい近づいたが、残念なことに匂いまでは感じ取れなかった。
 そして……本当に誰にも見えてないんだよな? よしっ。
 俺は身をかがませた。四つんばいになり、それからぐいっと机の下に顔を入れてみる。

『おおおおぉ……や、やば。みっ見えてる……』

 列車の椅子で見る限り、女子の太ももと太ももの間はいつもぴたりと閉じているものだと思ってた。
 けれど、今は授業中。誰も見ていないと油断してちょっぴり股を開いている。その隙間からは見えてしまっているのに、男が顔を近づけているのに、隠そうとしない。





 本当に、ぺたんとしてる。アレがないんだ……
 などと始めて見た感想を色々考えながら、顔を真っ赤にしてパンツをじぃっと眺めた。こんなにじっくりと平べったい股を見たのは始めての経験だった。
 目の前に、女子のパンツ。ちゃんと穿いているやつ。いまいけないものを見てしまっているんだ。
 はぁはぁっ、息が荒くなる。幽霊になって興奮するとは思わなかった。いや、むしろこうなると興奮するしかなくなってくる。

 だって……そうだろう。顔を上げて、茶髪の子の顔を正面からありえない近さで見つめる。
 これだけ顔を近づけても気づかれないってことは、やっぱり誰にもばれない。地面をこのまま這って、誰のスカートの中を見ても気づかれない。パンツ見放題だよ!

『は、はぁっ、は、っ……こっこれは、まずい。こんなことが、できるなんてっ!』

 見える。何でも見えてしまう、見えるっ。見える見えるっ! パンツ! 女子のスカートの中っっ!!
 心の中で、感情が膨れ上がって破裂しそうだ。熱い欲望の心と、見つかったらと恐れる冷たい心。
 お互いが熱し、冷し合っているせいで、ぶわりと沸きあがった見えない水蒸気が心の中にもやを作った。普段なら超えない一線も、今なら誰にも気づかれず、怒られず、咎められずに超えることができる。

『ごくりっ……よ、よーし。それじゃもっと見てやるぞっ! 次は隣の……あ、あああっ。薄い水色、ちょっと屈んだら見えるじゃないかっ。それで次は……』

 次々に身体を床上に滑らせて、確認する。隠された紺色の制服スカートの中身。女の子の肌色の足の付け根にはさまざまな色があった。白、水色、ピンク色。明るい色が多いけれど、灰色や、紺色なんてのもあった。
 大人しそうな眼鏡の子は厚手の生地のものを、活発な子は薄手なものを履いている。
 さらにさらに、幽体のまま教室に戻ってクラスメートのスカートの中身を覗き見たりもしてみた。よく見るあの子は、水玉のかわいらしいパンティ。活発にいつも喋ってるポニーテールのやつは、ピンクの花柄。
 すごい。ま、まさか授業中にこんなことができるなんて。夢にも思ってなかった……と、その時だった。学校の鐘が鳴り響き、授業が終わったことを生徒たちに伝える。
 目の前でじっくり観察していた足が動いたものだから、思わずひっくり返って、しりもちまでついてしまった。

『おわあっ、びっくりした……もう授業終わりかぁ』
 
 あまりに夢中になりすぎてしまった。けど、時間を忘れるのも仕方ないだろ。女子のスカートの中を覗けるなんて……い、いっ、今しかないかもしれないんだから。
 授業が終わって、また短い休み時間が始まった。ちらりと自分の身体を見ると机に伏せたまま。傍から見ればただ寝たままいるようにしか見えないが、実はこうして幽体が横から覗きこんでいる。
 
『うーん……どうしようかなぁ。せっかく幽体離脱できたことだし』

 もっと楽しみたい、というのが正直な想いだった。
 せっかく誰にも見つからずに色々なことができるのだから、もっともっと楽しみたい。せめてこの休み時間のうちは大丈夫。体に幽体を重ねれば元に戻れることも分かってるし。
 それじゃあ行こう! ふわりと浮かび上がって、ほとんど天井にくっつくように飛ぶのは気持ちよかった。さっきと違って、歩き回る同級生たちを見下ろせるのだ。絶対に有り得ない視点から見るのは本当に気持ちよくて、上からでも下からでも最高だ。たまらず、鼻歌を歌ってしまうほどだ。

 廊下に出る、人が行き来している上をすぅーっと通り過ぎていく。歩いていくやつの背中にくっついてみたり、追い抜かしてみたり。
 ああ、楽しい。本当に楽しい。そんな風に、特に女の子の背中にくっついて遊んでいると、彼女が行ってしまうことに気づいた。

『あっ……』

 思わず固まった。二つあるドアのうちの一つ、文字ではなく赤いマークで記されたプレートの部屋。
 いや部屋というよりは個室の集まりがあるはずだ。唖然としているうちにその女の子は押して入っていき、すぐにぱたんと閉じられる。
 ……ちょっと待ってくれ。今は俺は誰にも見えない、ってことは……ここにも。

『ままま、待て。落ち着け俺。入っちゃいけないぞ、中に人もいるのに、バレたら最悪なんだぞ』

 などと言いながら背を向けてみるが、目の前の景色は遠ざかっていく。
 トイレの前にある水飲み場が小さくなっていくのは、幽体がどこを向いていても、背中に釣り糸でもつけられたかのように引っ張られているからだ。主に性欲という、男子にとっては抗えない業。
 頭ではモヤモヤと、天使と悪魔が戦っていた。だが振り向いて、曇りガラス越しにピンク色の部屋が見えた瞬間、最後の一線を守ろうとしていた天使は強力なエネルギーの波動によって木っ端微塵に吹き飛ばされる。
 誰にも見つからない透明人間。
 誰にも気づかれない。
 今の俺なら、どこにだって入れる。もちろんここにだって。

『は、入る……ぞ〜』

 そっと扉に顔を近づけた。普通なら鼻に当たってぐい、と押しのけられるはずだが今は違う。
 透明な鼻先がすいっと扉に吸い込まれる。恐る恐る手を伸ばして、扉の向こう側からも見えるように振ってみた。
 ぶら、ぶら。こわいぞー、幽霊だぞー。

 ……反応はない。
 悲鳴も、聞こえない。人はいるはずだが、個室にいて見えないだけかもしれない。
 いや待て。個室にいるから見えない……ってことは、俺の姿が見える子が今はいないってことだ!

『……そ、それじゃあ誰も何も言わないなら……俺、入るぞ? いいの?』

 いいよ! という声が聞こえた気がした。
 心の中から聞こえた謎の声は、可愛らしい女子の発する甲高く元気な声だった。まるで全てを認めてくれるような楽しげな声。そんな妄想に押されて、とうとう腕だけでなく、顔をする、するるるっっと、女子トイレという聖域を守る扉の向こうに覗かせる。

 最後の一線を越えた先にあったものを見て、まるで初めてアダルトサイトを見たときのような、強い背徳感に襲われた。
 決して見てはいけない場所。そう思うだけで体中を痺れさせるような、悪魔の感情が支配する。
 やってはいけない、見つかれば人生が終わる。けれどそこでは、安心感に守られ、決して知られてはいけない秘密の場所を、それを守る盾をおろして無防備になるであろう少女達がいる。
 今、まさにそこにはいるのだ。少なくともさっき入っていった可愛らしい少女が。
 
 扉の向こうには、男子トイレの水色のタイルとは違う。
 壁は薄ピンク色だ。床は同じであったが、中の構造は小便器がないかわりに、個室が8つもあった。あ、いや、ひとつは掃除用具入れか。
 男子トイレも特に汚いといったことはないが、初めて見る女子トイレの中は、とても綺麗に掃除されているように見えた。臭いがするかもとも思ったが、幽体であるおかげか、あまり何も感じない。
 それよりも、とうとうやってしまったという背徳感と、妙な達成感に、頭がどうにかなりそうだ。

 ――やってしまった。やってしまった。やってしまった。やってしまった!
 ど、どうする。ひ、ひとまずだれもいな……いや個室が2つ閉まってる。
 まだ廊下に残っていた部分を女子トイレに完全に入れてしまうのは、ほとんど躊躇がなかった。むしろ早く身を引っ込めたかった。
 あ、ああ。誰かきちゃまずいぞ。と、とにかくどこかに隠れるぞ……!!

 内心で、右往左往しながら、焦って動揺する自分がいた。
 あわあわとおぼつかない状態で、ともかく幽体を動かすと、思ったように体の操作がうまくいかない。ふわふわ、というよりはよろよろと個室にはさまれた道を抜ける。
 あ、ああ。今、女子トイレの中に完全に入ってる。入っちゃってる。
 信じられない思いで一番奥の開きっぱなしの扉に身を隠した。扉を閉めようと思った……だが幽体なので、もちろん扉には触れられず、慌てて伸ばした手はスカッと空を切った。

『ハァ……ハァァッ……! ハァ……っ!!』

 熱い吐息が毀れる一方で、体は痺れすぎて感覚がなくなり逆に冷えてしまったよう。
 思わず腕を擦ると、ぞくぞくする。もうとっくに身体は興奮しまくっていて、不意に股間が熱くなっているのを感じた。
 ……こ、これはやばい。これだけでやばい。
 もう限界近いというのに、そこで、またびくっと身体が震えた。隣の個室から音が聞こえてきたから。

「……ふぅっ……は……ぁ」

 それは吐息というか、ため息にも似た可愛らしい声。
 隣の個室から聞こえてくる音に気づいた途端に身体が硬直し、男としての精神が焼け焦げそうだった。
 いる。隣に、個室の中に女子。女子トイレの便座に座ってる。
 きっとスカートを下ろして、さらに下着もおろしているのだろうか。ということは足は見えて、太ももの上の付け根も……その上の布も下げられているのだろうか。
 純白の下着の裏側も晒して、守られていた秘部も見えてしまっている。たったいま、隣の個室で。
 さっきトイレに入っていった子か、それとも別の知らない子か。けど、こんなに可愛い声なのだから、きっと可愛い子なんだろう。そんな子が大切な場所を晒している。この部屋で。

『う、ううっ。はぁ、はぁっ……マジかよ、マジかマジか。や、やべえ』

 興奮は際限なく高まる。妄想では、美少女がスカートとパンツを完全に下ろして、油断しきった体制で便座に座っている姿が浮かんでいる。
 俺は、それを覗き見るのだ。天井からでも下の隙間からでもなく正面から。幽体でふわふわ浮かびながら、晒されてしまった、つるつるで綺麗な、女の子の――秘密のアソコを。
 踏み越えてはいけない一線は、女子トイレに入り込んだ時点でとっくに超えているはずだった。
 しかしまた目の前に、その線はあった。超えてはいけない。しかし、超えた先には待っている。女の子のスカートの中身ではなく、さらに奥のパンツの中身が。

「あ……はぁっ、ん…………」

 この数秒間、隣から聞こえてくる可憐な声。
 ああっ、まずい。あまり待っているとパンツをあげて、スカートも元通りにしてしまうだろう。用が済めば当たり前だ。
 こんな場所に入ったんだから、もう決心をつけようと思った。

『どっちにしろもう一線は越えたんだ。もう一線越えるくらい、何でもないぞ……それっ!! ……!!?』

 誰も新しく入って来ない女子トイレ。その奥の個室と個室を繋ぐ、他人の目から守るための壁を、男の幽体は突っ込んで、たやすくすり抜けてしまう。
 晒される、誰にも見られないと安心しきっている女子の姿。見たいもの、男の望むものが、そこにはあった。

「あっ、ん。あぁ……はぁっ、やぁ……っ」

 俺の、見たいものがそこにあった。
 思考が完全に固まった。何をしているのかわからなかったから。しかし身体はぶわっと、砂漠にいるのかと思うほど熱くなる。
 思った通りの可愛らしい女子だった。俺よりも小柄で、女の子らしい白い艶やかな肌。背中を覆う長髪が、身体をぶるぶると震えさせるたびに小刻みに揺れていた。
 少女の太ももは何かを我慢するかのように、膝をこすり合わせながらも、ぴたりと閉じられていた。スカートは完全に降りていて、思った通りパンツも膝下まで下がっている。しかし、そこには全く目がいかなかった。
 
『な、なんだ。これ……嘘だろ』

 誰に聞こえるかもわからないのに、思わずそうつぶやいてしまう。
 少女の両腕は下腹部の少し下へと伸びていた。右手で抑えるように覆い隠して、左手がその中で蠢いている。股間に宛がわれた両手。艶かしくむずむずと太ももを動かし、手はゆっくりと秘部を擦っていた。
 口をぽかんと開けまま上に視線を移すと、小動物のように可愛らしいはずの顔は風邪を引いているように朱に染まっている。やがて男が呆然と見ている前で、スカートのポケットからごそごそと、クローバーの刺繍の入ったハンカチを出して、口に咥えた。
 そして、再び手を股間に宛がって目を瞑りつつ動かす。ごそごそ動かすたびに、ぴちゃぴちゃ、と小さな水音が響く。

「んん……ん、んぅ。ふっ……! んぅ……っ」
 
 思ったよりも、ずっと見てはいけないものを、見てしまっている。
 偶然では決して見られない光景だ。
 可愛らしい女の子が、こんな学校のトイレの個室で、自分から股間を弄くりまわしている。絶対に誰にも見られないと思っているのだろう。はしたない声まで零して、ハンカチを口に咥えて外に漏れないよう我慢しながら。
 
『あ、あの……』

 声をかけるが、返事を返さない。幽霊の声は聞こえないのか、あるいは自分の股間に夢中になっているゆえか。
 気づかないうちに息を荒げた俺がぼうっと見ていると、不意に股間を弄る手の動きが早まってくる。二倍速で再生する動画のように。ちょ、ちょっと待って。

『お、おい。こ、これって……』
「っ、っ……〜ッ!! ――――ッ!!」

 前かがみだった姿勢が、その瞬間にぴーんと反り返った。目を硬く瞑って、手は股間にぎゅうぅっと押し付けられていた。だというのに、彼女の身体が、全身が、ビク、ビクッと震える。
 便器から、ぽた、ぽたと溢れるような水音が聞こえてくるのを、最後まで棒立ちで聞いていた。

 その瞬間までは、あっという間の出来事だ。
 やがて、少女はがくんとまた前かがみの姿勢に戻ると、咥えていたハンカチを裸の太ももの上に落として、はぁはぁと荒く息をつきはじめる。手は太ももの横にだらんと垂れ下がり、とうとう俺からもソコが見えた。女の子の秘密のアソコが。

『こっこれが……あ、ああ……すごい』

 始めて見るそれは、どんなものよりも価値があるように思えた。
 陶器のように美しい、艶やかに光る肌色の恥丘。太ももの付け根のラインは吸い込まれるように股間へと伸びており、交わることなく途切れる。そこに、のっぺりとした女の子のへこみがあるから。
 生えているはずの場所が、何もない。その事実にどうしようもなく興奮して、食い入るように顔を近づけてソレを見つめた。
 鼻先と恥丘は数センチの近さだ。もっとじっくり見ようと思ったとき、ふとトイレットペーパーを持った左手が邪魔をしてくる。分泌された液体でてらてらと光る股間を拭うために、ふたたび優しく上下する。

 ――ど、どけっ。邪魔だ。早くソコを見せろっ。早く! いいから!!
 心の中で文句を言っているうちに、拭き終わったのだろう。すっ、と手が引かれて、再び見えるようになった。
 さっきは妙に色っぽかったソコだが、拭った後は残念ながら少しそういう感じが薄まってしまった。しかし、それでも魅力的なことには違いない。こんなにも、有り得ないくらい興奮しているのだから。

『こっここが女の子の……いま、いまのって、やっぱり……オナニー、だよな』

 淫語を口にしたとき、本当にそうなんだと再認識して、また心臓が鳴った。
 すごい。とんでもないものを見た。何だこれ、最高じゃないか。

「はぁ……よいしょ」

 俺が股間に目を釘付けにされていた、そんな時だった。
 女の子はようやく息も整ってきて落ち着いたのだろう、パンツをあげるために立ち上がった。
 

『うっ!?』
「ひっ!?」

 立ち上がってしまったとき、俺の目の前が真っ暗に染まった。
 目の前にあった股間が、幽体の顔面に思い切りぶつかったのだ。しかし、女子の動きを妨げることはなく、すり抜ける……はずだった。
 しかし感じたのは、ぶつかるわけでも、すり抜けるわけでもない奇妙な感覚。まるで身体を、粘土の中に押し込まれるような感覚。しかも底なし沼のように、まるで重力の働く方向が変わってしまったように、身体がそこに沈んでいく。
 ずるり、ずるりっ。頭は肩まで、肩は腕、腰、足まで。少しづつめり込んでいく。

『あぁ、な、や……ぁ、な、に、うぁっ……』

 沈んでいったその先から、誰かの声が聞こえる。目が見えないので何が起こっているかわからない。
 やがて、幽体はつま先まで沈んでいった。

『ぁ……や……だ、め……ぇ』

 ――動けない。どうなっているんだ、これは!?
 俺は慌てて、躍起になって腕や足をぶんぶんと振り回した。すると、動きづらいものの、動く事はできた。しかしそのたびに何かが纏わりついてくるような感触がする。

『ぁ…………』

 それは段々と固まってきて、とうとう振り回した腕に隙間もないくらい、ぴったり纏わった。すると足も、腰もぴったり押さえつけられる。その感触が胸まで這い上がってきたとき、膨らんでいるような違和感を感じた。
 やがて首、そして頭。幽体の全てがその感触に包まれたとき、不意に、真っ暗だった世界に光が戻った。

「……っ! ふっはぁ! うう、はぁ、はぁ……っ」

 俺はいつの間にか、腰掛けていた。しかしあまりの息苦しさに俯いたまま、膝に手をついて息を整えた。
 まるで水中に潜っていたような苦しさだ。バクバクと音を鳴らす心臓に手を当てると、柔らかい感触が返ってきて、自分の胸元を見る。

「えっ?」

 セーラー服だ。白い薄手の、リボンのついた女子の制服。そして不意に抑えた胸元からは心臓の鼓動と、ふに、ふにとマシュマロのように柔らかい感触が、硬い布越しに返ってくる。
 さっきまで興奮しきっていた頭の中に、疑問符が山のように、次々と浮かび上がってくる。
 慌てて立ち上がると、自分の手を見た。細い指先に、可愛らしい手のつくり。腕は記憶よりも細く、両胸はふにふにと、どちらもつめものを入れているように柔らかい。しかし、押さえつけると身体を触られた感触がする。
 まさか、と思ってさらに下を見た。下ろされたスカート、脱ぎっぱなしで内側が見えてしまっている白い布パンツ。そして、見覚えのある艶やかな太ももは、今は自分の足になっていた。

「う、うそだろ……これって、どういうことだ……?! ま、まさか……っ」

 唖然としながら、本当にそうであるかを確かめるために、ソコに手を宛がった。
 あるはずのものは、なかった。つるつるとした感触。のっぺりとしたソコに余分なものはなく、指は割れ目に沿ってつぅと滑っていく。

「おれ、この子の身体になったのか!?」

 と口から出た声は聞きなれた野太い男の声ではなく、可愛らしい少女のもの。
 う、うそだろ……幽霊になるだけじゃなくて、他人の身体に乗り移れるのかよっ?! こ、こんなことって……
 どうしよう。
 さすがにこうなると、事情が全く変わってくる。
 身体から抜け出して戻らないと。次の授業が始まる前に戻らないと、教室の中で寝たままの身体は絶対に起きないだろう。よく考えて見れば、このまま何かのきっかけで床に倒れでもしたら一騒動だ。
 まずいまずい、と、無意識に一歩前に踏み出そうとする。しかし、それは太ももに挟まった一枚の下着のせいで阻まれた。
 何だこれは、と下を見る。

「……あっ」

 下には、ふっくらと膨らんだ胸元。さらにそこから見えているのは、細い下半身。しかも裸の。
 普段なら必ず見えてしまう男性器も、毛も、そこにはまったく存在していなかった。
 つるつるの股間。
 そこを見ていると、不思議に思う気持ちと、モヤモヤとした違和感、ドキドキする心がいっせいに沸きあがってきた。

 おそる、おそる。
 ソコに手を伸ばす。そんな行為に及ぶよりも、もっと先にやることがあるはずなのに。さっきまで見るだけのつもりだったのに。
 慣れない細い指先が、つんと股間よりも少し上の鼠径部に優しく触れる。
 夏場なら水着で晒されることもあるが、こういう風に誰かに触られることは決してない場所と言えるだろう。指先は俺の意思に従って、そのままするすると肌を撫でながら下へと降りていく。その先にある付け根の谷に向かって。
 やがて、すぐに水着姿でも決して見られないようなラインに指が到達する。
 ソコはさっき、幽霊の視線で見た場所。
 
「こっここが……この子のアソコ……」

 指先を外し、少し横にずらして股間の中心部へ。
 少しへこんでいるのは分かっていたが、それでも見るのと、触るのはわけが違った。まして触った感触を知ることになるなんて夢にも思わなかった。

「ま、待て。落ち着くんだおれ。こんなことしてる場合じゃ……あっ」

 ああ、だめだ。こんなことをしている場合じゃないんだ。早く教室に戻らないとチャイムが鳴ってしまう。騒ぎになる。
 指は股間から離れない。まるで幽霊に取り付かれたように、意思に反して手が這い始める。

「ん……だ、だめだって。おれは、早く戻らないと……」

 口ではそう言っていても、脳にはさっきまでの出来事が強く刻み込まれていた。
 自らの両手で股間をぐいぐいと擦りつけ、くねくねと弄りまわし、ハンカチを咥えながら顔を赤くする姿。
 その身体になってしまっている。そう思うと、どうしても我慢できなく……なってしまった。だめだ、こんなの。帰らないといけないのに。
 身体が火照っているのを感じた。へその少し下、身体の中がじんわりと熱い。無意識に膝を擦り合わせてしまって、そのたびに背中の長髪がさら、さらと揺れる。

「……ん、はぁぁ……も、もうダメだ……! くそっ。ご、ごめんなこの身体の子っ」

 聞こえているかどうかはわからないが、勝手に使っている身体で、勝手に許しを請った。
 指先がつるつるの股間を這いはじめる。優しく、ゆっくりと。柔らかい布に包まれているだけあって、この部分の肌そのものがデリケートなようだった。そして、そこに触れる。女子が隠している秘密の花園に。

「ぅ……んっ」

 ぞくん。
 気持ちのいい寒気のようなものが、背筋をつんと突き抜けた。とても敏感に感じるのは、さっき絶頂を迎えていたからだろうか。その光景を俺が思い出すと、何も無いつるつるの股間が、この身体がよけいに火照ってくる。
 割れ目に沿って動かしていると、指先がぐにりと膣への入り口をかきわけ、やがて生の膣壁を探り当てる。ぬるぬるしているが、とても暖かいものに包まれている。そこを軽く小突くと、ぴりりと快感で腕がこわばった。

「はぁぁっん。ふう……ぁ……あっ」

 一度見つけた、快感を感じる場所をつつく。つついて、くにくに捏ねくる。
 興奮と、股間のぴりりと伝わる快楽のおかげで、身体が痺れるようだ。油断すると力が抜けてしまいそうだったので、開きっぱなしの便器に座りなおして股間を見つめる。

「……あっ。糸引いてる」

 つぅと人差し指の先と、股間の先端がきらりと輝く橋で繋がった。だがすぐに、ぽたりと白い陶器の上に落ちて、粘性の液体はとろりと滑り落ち、溜まった水の一部になる。
 思わず股間から手を外して、指を見た。てらてらと輝いているのは、たっぷりと液体が纏わりついているおかげだろうか。
 ごくりと、と喉が鳴った。
 心臓がバクバク高鳴る。身体が、かぁっと熱くなる。まるで身体の元々の持ち主が羞恥で染まってしまったようだ。
 
「じっくり見ても、いいよな」

 太ももを少しづつ横にずらすと、毛の生えていないツルツルの股間がはっきりと見えた。余計なものも生えていない、本物の少女の肉体が、何も身につけないまま、大股で足を開いている。
 付け根にある割れ目がはっきりと、身体の主の視界に入る。ふっくら膨らんでいるソコを、手の平を返して、伸ばした人差し指でつんと突っつくと。

「んんっ!」

 痺れる。身体が、男としての精神が。
 やばいよ。これは、本当にやばい。こんな淫靡な世界とは縁がないと思ってたのに、突然、この身体を好きにしていいなんて言われたら、我慢できるわけないじゃないか。
 男では決して感じ得なかった、異質だが魅力的な女子の快楽。つつけば泉のように湧いてくる快楽と愛液に、すっかり取り付かれていた。その証拠に、この身体の持ち主と同じように、一度宛がった股間に吸いつかれるように、人差し指が離れない。
 まるで食べられてしまったように、割れ目に飲み込まれている。けれど抜く気になれない。それどころか、前後に動いてもっと、もっとと刺激する。

「ふぅっ、やば……口から勝手に変な声が……ぁ、あっ、ん。なんだよ、これ……はぁっはぁ」

 女声に男口調というのは、どうも変な感じがするが、頭がピリピリと痺れて深く考えることができない。
 ただこの行為に耽っていたい。指で敏感な股間をいじる、いやらしい、女の子の秘密の行為に溺れていたい。パンツの中身の不思議な感触にもっと触れていたい……!
 あぁ、と口を開こうとするが、あんまり大き声を出すのはどう考えてもまずい。けれどクチュクチュ、割れ目を撫でるのを止めない指先のせいで、喉から勝手にエロい声が溢れる。
 そんな自分の声を聞いて男の精神が、さらに快楽の海に沈めと、ごうごうと燃え上がる。弄れ、もっと捏ねくれ。この女子をもっと感じさせるんだ――

「んぁ、はっはぁ……っ! も、もう、ちょっと……あ、そうだよ……これ使えばいいじゃんっ!」

 片手では股間を弄り続けながら、もう片方の手をスカートの落ちている地面に伸ばした。
 すると深く、身体の中を撫ですぎたのだろう。 

「あうっ!?」

 スカートに手が届くと同時に、膣壁のさらに深くを、強く押し付けてしまう。
 ぞくぞくっと、今までよりも強い快感が肉体を支配する。やば、やばい。ちょっと待って……これこれっ。このハンカチを口に咥えれば……くうっ!





「ん、んっ! ふぅ、ん。んぁ! ……ふぅぅっ!!」

 今度こそ、誰も気にせずに行為に没頭することができた。
 すごい。男なんてメじゃないくらいの、脳みそが蕩けそうなビリビリの快感。もっとこれを感じていたい。ずっと、ずっとこの身体を感じさせたい。見るだけじゃなくて、こうしてずっと女子の肉体を使っていたい。
 指の動きが、まるで坂を転がり落ちるように加速していく。始めはすりすりだった動きが、じゅぶっ、じゅぶと、いつの間にか分泌されまくっている透明な液体を太ももに散らせて、さらに深く掘り進める。
 ぎゅっと結んだ口には、しっかりとハンカチを噛みしめているおかげで、声は毀れない。しかし口の端から、かすかに毀れるピンク色の喘ぎ。メスの鳴き声。だが、不意にハンカチを取り落としてしまう。

 ――キン、コン、カン――――

「んんぅっ! あっ、ひゃぅぅっ!?」

 バクバク言っていた心臓が止まるかと思ったが、その途端に『やばい』と真っ青になった。
 向こうで身体は寝かせっぱなしだ。起立、礼――と、いつものように挨拶が始まってしまう、一刻も早くこの肉体を抜け出さなければ!!
 そう思ったが、最後の瞬間、思い通りにはいかなかった。
 このまま身体から逃さないと、俺の意思に反して指先が、思い切り膣壁を抉った。

 じゅぶ、じゅぶ―ーコリ、コリュゥッ!!

「んぅ、っーーっッ!! あ、あっ!? あぁ、ッ!」

 緊張で強張ってしまった肉体に、止めを刺したのは自分の指先だった。我慢できるはずがない。ここで思わず、このままでは終われないと反抗した無意識が、やってしまった。
 グリ、と指先を押し付けたことを引き金に、割れ目の奥から沸きだしていた愛液の泉が爆発した。身体中にマグマが覆いつくし、湯気に包まれたように視界が真っ白に染まった。
 股間に宛がった指先が、はしたなく開きっぱなしの太ももが、がくがくと天井を向いた首が。血のめぐる全てが、甘美に溶ける。ガクガクと震える身体は、まずい早く止めないとと思うのに、まったく動かない。
 つぅと口の端から涎が流れる感触をぼんやり感じながら、割れ目からは、びゅうと液体を吐き出している。ああ、痺れてる。なんだこの、この世のものとは思えない素敵な快感は……

『あ、あぁ……はぁ、はぅ……くっ。う、うう……や、やべえ。なんだ今のは』

 荒い息を吐いているうちに、ふと身体が宙に浮かんでいるような感じがした。
 もしやと思って手を見ると、透き通っている。男の手だ。声も戻っている……ということは、抜け出したのか。下ではだらしなく大股を開き、その割れ目に手を宛がっていた。ぽた、ぽちゃ、と、指先を滑り落ちて滴っている、名前も知らない半裸の同級生。
 けれど、それを見ている場合ではなかった。

 ――キン、コン、カン、コン……――――

 やばい、予鈴が終わる。早く戻らないとっ!!
 入るときはさんざ悩んだが、出るのは一瞬だ。慌てて壁を突き抜けて、本当の意味で一直線に教室を目指した。びゅうと、風が肌を切る。
 そんなに遠くないので、すぐに教室は見えた。ちょうど教師が入ってきたところのようで、自分の背中に戻ってきた時点で黒いボードを教卓に置くところだ。慌てて幽体をもとの身体を重ねると、同時に聞こえてきた。

「起立!」

 ビクッ、と身体を震えた。
 気だるいのも無視して、慌てて椅子から立った。すると、ちょうど中くらいのタイミングだったらしく、まばらに立ち上がる生徒にうまく紛れて、特に目立ったこともなかったようだ。

「着席」

 そのままお辞儀をしてから席につく。すると、まるで寝すぎたときのように少し気だるい感じがしたが、それよりも自分の身体に違和感があった。
 あれほど弄り回して、痺れるような快楽を味わったというのに、その余韻は一切残っていない。誰にも見られないように股間に触れると、確かについている。服も男のものだ。

「はい、それでは今日の授業です。先週は……教科書のページを開いて…………」

 ……今の、夢じゃないよな。
 狐につままれたような思いだ。しかし、確かに記憶には鮮烈な記憶が残っている。
 パンツを覗き見たことはすっかり忘れていた。それ以上の記憶――女子のオナニーを見て、身体を乗っ取ってしまって、そのままオナニーをしてしまった。
 ぽかんと口を開けたまま、あらかじめ用意してあった教科書をじっと見る。
 だが文字も、先生の声も、何も頭に入ってこない。

 そんなぼんやりした気分のまま、授業の時間は刻々と過ぎていくのであった。







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