艦隊憑依記5 翔鶴姉妹編② 作:憑依好きの人 翔鶴は妹の瑞鶴が加賀に呼び出されている間、瑞鶴の部屋で彼女が戻ってくるのを待っていた。特にすることもないので窓際に机の椅子を置き、外の景色を眺めながら物思いにふける。 (綺麗な夕焼けね……) 昼間はあれほど眩しかった太陽が優しいオレンジ色の輝きを放ちながら、ゆっくりと水平線の向こうに沈んでいく。その様子を眺めるだけで心が安らいでいった。 今日も一日が無事に終わる。常に死が付きまとう戦いの日々を過ごす翔鶴にとって、それは何ものにも代え難いことだった。 そんな感傷に浸りながら30分が経過した頃、部屋の扉が開く音がした。 そちらに視線を向けると戻ってきた瑞鶴の姿があった。 「ごめん翔鶴姉、遅くなっちゃった」 妹が申し訳なさそうに目を閉じながら顔の前に両手を合わせる。 「いいのよ瑞鶴。加賀さんの呼び出しなら仕方がないわ……あら?スカートの裾が濡れているわよ……?」 それだけじゃない。瑞鶴の目が泣き腫らした後のように充血しているように見えた。加賀の部屋で何かあったのか? しかし当の本人はそんな素振りは一切見せない。自分の顔や恰好など気にもかけていないようだ。 「さっき手を洗うときに水が跳ねただけ!そんなことはいいから早く間宮さんの所にいこっ!」 言うやいなや瑞鶴は翔鶴の腕を掴んで部屋の外へと連れだしていく。あまりの勢いに翔鶴はバランスを崩しかける。 「ちょっと瑞鶴っ、そんなに急がなくても……!」 「いいからいいから!」 逸る気持ちからか自分の言葉に全く耳を貸さない。もともと頑固な妹ではある。 「せめて着替えてからでも……」 「すぐに乾くって!それに善は急げって言うでしょ?楽しみで仕方ないの!」 何を言っても止まる気はないらしい。 「もうっ……ふふっ」 それほどまでに間宮のスイーツが待ちきれないのかと少し呆れたものの、元気な妹の背中を見ていると自然に笑みがこぼれた。 泣いていたように見えたのもやはり気のせいだったのだろうと翔鶴は自分を納得させた。 前を走る瑞鶴も笑顔だった。だがその表情は決して甘味を楽しみにしている女の子のものではない。それは普段の凛とした彼女からは想像もつかないような好色に満ちた笑みだった。 ほどなくしてふたりは間宮の店に到着した。豊富のメニューから普段は艦種問わず人気を博しほとんどの席が埋まっているのだが、今日は時間と運が良かったのか客はまばらだ。入口で待っていると厨房のなかから店を営む張本人、間宮が顔をのぞかせて出迎えた。 「あらいらっしゃい。空いてる席に座っていいわよ~」 「ありがとう!翔鶴姉、せっかくすいてるしあそこに座ろっ」 それならばと瑞鶴は空いてる4人がけのテーブル席を指さし翔鶴を座らせると、向かい側に腰かけた。しかし翔鶴はどこかバツが悪そうだ。 「別にふたり席でもよかったんじゃないかしら。なんだか悪いわ」 「いいのいいの!広々使えた方がいいでしょ!店が混んできたらまた考えればいいわよ」 「でも……」 「もー、翔鶴姉は心配しすぎ。そんなだから敵に狙われてすぐ中破しちゃうだよ?」 いたずらっぽい笑顔で翔鶴をちょいちょいとつつきいつもの瑞鶴を「演出」する。男にとって乗っ取った肉体の持ち主を演じ、周りを騙すことがひとつの娯楽となっていた。 バレてない。最も近くにいる姉でさえ妹が何者かによって身体を奪われ、成り代わられていることに気づいていない。その事実が男を一層興奮させる。 そんな男の感情が瑞鶴のなかで渦巻いていることも知らぬ翔鶴は妹の唐突な発言に赤面しながら反論した。 「それとこれは関係ないんじゃないかしら!私はただ周りのことを考えてるだけで……人の迷惑になりたくなくて……それに、私も気にしてるのに……本当に……どうして私ばっかり……なんでみんな私ばかり狙うの……?」 本人はかなり真剣に悩んでいたらしく、ぶつぶつ言いながら俯いてしまった。心なしか目が少しうるんできている気がする。 「ちょ、ちょっと翔鶴姉、そんな落ち込まくても......!分かった!謝るから!私が悪かったから!ほら何か甘いもの食べて元気出そ。ね?ねっ?」 本当は悪いとは微塵も思っていないがあまり騒ぎになっても困るためここはどうにかなだめる。その整った顔をもっと絶望で歪めさせたいという気持ちをぐっとこらえつつ姉を優しく気遣う妹に成りきった。 「ぐすん……そうね。ごめんね瑞鶴、情けないところを見せて……これじゃあ姉失格ね。もっとしっかりしないと」 顔をすっと上げて涙を浮かべたままはにかんで見せた。 おそらく瑞鶴にしか見せないその無防備な表情。 それが妹の姿をした自分に向けられている。 何の疑いもなく。 完全に心を開ききっている証拠だ。 それだけで瑞鶴のなかに潜む男の精神が揺り動かされた。 (ああ……やめてくれ。 やめてくれよ。 そんな顔を見せられたら…… 演技なんか忘れて公衆の面前だろうがなんだろうがお前をめちゃくちゃに犯したくなるだろうが) 「ず、瑞鶴……?どうしたの……?顔が怖いわ……」 どうやら膨らみ続ける欲望が顔に出てしまったらしい。一気に現実に引き戻されると慌てて口を手で隠し、いつの間にか顔に集まっていた力を抜いた。 「ご、ごめん。なんでもない」 男は自分でもどんな顔をしていたのかは分からなかった。 でもきっと…… 女の子がしちゃいけないような、色情にまみれた顔になっていたに違いない。 なんとか取り繕ったが、高まった興奮はなかなか収まらない。 (もういい) 「ふたり」の日常を演じていた男だったがそれももう我慢の限界がきていた。 「間宮さん、メロンソーダフロートふたつちょうだい」 翔鶴の意見も聞かずに注文を済ませてしまう。少々不服そうな様子だったが瑞鶴は自分のおすすめだと言って半ば無理やり納得させた。 ここからは「男」の日常が始まる。 注文の品は10分もしないうちに運ばれてきた。 ストローの入った大きめのグラスにメロンソーダジュースが注がれ、その上には「間宮」特製のバニラアイスが浮いている。簡単なデザートだが艦娘たちの間では人気の高いメニューのひとつだ。スプーンでアイス食べてからメロンソーダを飲むのも良し、アイスが少し溶けてから一緒に飲むのも良しだ。 「ほらほら飲んでみて!絶対においしいから!」 男が実際に飲んだことはないが瑞鶴を乗っ取る際に絶頂させたため、彼女の記憶からそれを「知っている」のだ。 促された翔鶴はストローに口をつけ、ジュースを吸い上げた。それが口内に広がった瞬間、目をきらめかせた。 「おいしい…...本当においしいわ!普通のメロンソーダのはずなのになんでこんなに味の深みが違うのかしら?」 「私も間宮さんに聞いてみたんだけど企業秘密だって教えてくれなかった。アイスと混ざると味が変わって面白いわよ。ちょっと飲ませてもらうね」 そう言って瑞鶴は翔鶴のグラスを手に取りストローをくわえると、勝手に飲んでしまう。 「ちょっと瑞鶴、自分の分があるのに何で私のを飲むのかしら?」 「翔鶴姉の味がすると思ったから」 心のなかでは間接キスだと若干喜ぶ。男の身体なら絶対にこんなことは許されないだろう。 気づかれないように口のなかでストローの先を一生懸命舐めまわした。 「そんなわけ……って何で空気を吹き込んでるの!?ちょ、ちょっとやめてっ......瑞鶴っ、瑞鶴ってばっ」 椅子から立ち上がってグラスを取り返そうとする姉を適当にいなしながら口から空気をストローに吹き込む。 そう――”吹き込んだ”。 なかのメロンソーダがぶくぶくと膨れ上がり、アイスが転覆しそうになる。このままでは炭酸も抜けてしまいそうだ。 「お願いだからやめてっ。私の……返してぇ……瑞鶴~っ」 白く長い髪を靡かせながらぱたぱたと両腕を振り回す翔鶴。心を許している人に対してはこんな態度を取ることを瑞鶴の記憶で分かっていても男は少し面食らってしまう。普段の彼女は可憐という言葉がぴったり当てはまるほど大人しく、どこか儚げだ。だが、今はまるでお気に入りのおもちゃを取り上げられた子供のように無我夢中だ。自分が姉であることを忘れて隙だらけになってしまっている彼女に男は瑞鶴の慎ましい胸を思わずときめかせた。 (そのギャップ萌えはずるすぎるだろ……) こんな翔鶴をもっと見ていたい気になったが、当初の目的があると思いなおし早々にグラスを返した。 「もう翔鶴は姉ったらからかい甲斐がありすぎ。どっちが姉か分からないじゃない」 「ああ……私ってやっぱり姉失格なのね……そうなのね……」 再び落ち込んでしまう翔鶴。彼女このすぐ思いつめる性格が幸の薄さに拍車をかけているのではないかと男は他人事ながらに思った。 「もう落ち込むのは禁止!さ、アイスが溶けて味が変わる前にもうちょっと飲んじゃいな」 「そうね……きりかえなくちゃ!はむっ」 そういって再びストローに口を付けた。 付けてしまった。 彼女の運命が決定づけられた瞬間である―― 変化が訪れたのはそのまま談笑をしばらく続けていた時のこと。他の客は出払ってしまい残っているのは瑞鶴たちふたりだけ。気づけばアイスはすっかり溶けて混ざり合い、翔鶴のグラスに残ったメロンソーダの量は元の半分程度になっていた。瑞鶴のに至っては既に空だ。 そろそろ切り上げて宿舎に戻ってもいい頃合いのはずだが、さっきから翔鶴がグラスには手を付けず胸にかかった自分の髪をじっと見つめては不思議そうに指先で弄っていた。 「ねえ、瑞鶴。私の髪ってこんなに長かったかしら?」 見せつけるように手で軽く髪を払って靡かせるとリンスの香りが漂い始める。毎日のケアは欠かさないのだろう。その枝毛ひとつない白銀の髪が一本一本輝いて見えた。 「急にどうしたの?提督がロング好きって聞いてからずっとその長さをキープしてるじゃない」 「そうよね……なぜか急に違和感ができて……もっと短かったような……」 「なあに言ってんの。その綺麗な髪が『翔鶴姉』のトレードマークでしょ?」 「そうね……俺の、いえ違う。私の髪よね。どうしちゃったんだろう、私……あ、でも本当に綺麗な髪ね……ふふふ……」 自分の髪を触り心地を確かめながら幸せそうに微笑むと鼻の前に持ってきてすんすんと匂いを嗅ぎ始めた。 「はあぁ……良い匂いがする……女の髪の匂いだぁ……」 「自分の髪が好きなんだね」 翔鶴は自分の髪に惚れこむ、ましてや匂い嗅ぐようなナルシストではない。それを知っていながら向かいに座る瑞鶴はいつもと違う姉の様子をにやにやしながら眺める。 「私の……?そうよ、私の髪よ。でもなぜか目が離せないの。まるで自分のじゃないみたい」 「そう。それにしても翔鶴姉はいいわよね胸が大きくて。私なんか毎日揉んでるけど全然大きくならないのに」 唐突な話題転換。だが翔鶴の意識をそちらに向けることができれば何でもよかった。 「うおすっげ!巨乳じゃねえか!……って私何言って……私の胸じゃない……私の……ふひ、ふひひ」 今のいままで気づかなかったかのように自分の胸を両手で掬い上げすぐに我に返る。だがなぜかこみ上げる笑いを翔鶴は抑えることができなかった。 「瑞鶴、やっぱり私何か変だわ……自分なのに……自分の身体なのになぜかドキドキが止まらない……の……」 「ちょっと疲れとストレスが溜まってるのかもね。それ飲んだら部屋に戻って休もうか」 「そう……ね……これを飲んだら……飲ま、なくちゃ……ぐふふ」 自分のなかで芽生えた得体のしれない感情が翔鶴の意識を蝕み、残りを飲み切らなくてはならないという強迫観念を与えてくる。翔鶴は不気味な笑みを浮かべたままそれに突き動かされるかのようにグラスを手に取りドロドロになっていた液体を最後の一滴まで一気に飲み干した。 「んぐっ…………ごく……ごく…………………….ぷはぁ!……はぁ……はぁ……」 「おお……すごーい。全部飲み切ったね。じゃあもう行こうか」 瑞鶴が会計を済ませるために立ち上がった瞬間だった。 「……んっ!んんっ……!んはあああああ~♪」 翔鶴が突然身体を震わせながら艶めかしく息を吐きだしたのである。まるで風呂に浸かったときのように脱力し椅子に全身を預けた。瑞鶴は今度は向かいではなく翔鶴の隣に座って様子を確認する。その瞳からは光が消えておりどこか酩酊しているかのような印象を受けた。 それが何を意味するのかはっきり分かっていた。そしてその時が訪れたことの喜びが隠せず声が上ずってしまう。 「だいじょぉぶ?翔鶴姉?もう憑依(はい)りきった?」 虚ろな瞳が瑞鶴を捉える。すると突然瑞鶴の背中に手を回し身体を密着させ、顔をずいっと近づけた。翔鶴の大きく柔らかい感触のものが瑞鶴の小ぶりな胸を押しつぶす。 「んふふ~憑依(はい)ったわぁ~♪そっかぁ~あなたは瑞鶴じゃなかったのねぇ……んふふっ」 酔っ払ったかのように甘ったるい声で話す翔鶴。今まさに翔鶴の心が侵入したモノと混ざり合い、ひとつになろうとしていた。 |