鬼巫女の報復
作:N.D


 まだ神や妖が村山に出現していた時代。
 とある地域を縄張りにする『鬼』達がいた。
 鬼といってもその姿には肌が岩のように頑丈な大男、猪と人を足したような獣人、殆ど人間と変わらない巨漢…というように、人と同じような体つきに額に二本の角が生えている以外はかなりの個人差がある。
 その鬼達の頭領、ひときわ目立つ白髪を持ち人の身の丈程の巨大な金棒を振り回す大鬼、『白髪の大鬼様』といえば都にまでその名は知れ渡る有名な『鬼神』だった。


 …その地域の村里では数百年前から、『鬼神』に酒や食料を収める事で外界からの侵略や狂暴な妖や災害といった様々な災厄から守ってもらっていた。


 が、やはり鬼も妖であり、それに守られる事を快く思わない者もいる。

 たとえば、この村の新しい村長。
 元々遠くの村から婿としてやって来た彼は鬼に対する不信感が強く、村長就任を機に退魔師に鬼の討伐を依頼したのだ。

「村長の依頼でやってきました」
「あ、貴女が巫女様?」
 『都でも有名な退魔巫女』という肩書きから高齢な霊能者や男性と見間違う様な大女を想像していた村人の予想に反して、依頼を受けやって来たのは若く美しい少女だった。
「はい、よく疑われちゃいますが私が依頼を受けた巫女です」
「失礼しました!折角来ていただいたのに失礼な態度をとってしまい…さあさ、村長の家に案内します」
 肩まで伸びた艶のある濡羽色の髪とそれに相反する絹のような白い肌、幼さの残る顔立ちながら肉付きの良い女性らしい肉体。
 柔らかい笑みを浮かべるその少女は華奢な見た目も相まって一見頼り無さそうだが、それでいて凛々しく鋭く突き刺さる様な『只者ではない雰囲気』を醸し出していた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「巫女様はまだ帰って来ないな」
「あれから鬼達も出てこないし、後はあの方が無事に戻ってくだされば…」
 巫女が討伐に出てから一週間、彼女が戻ってこないため鬼達がどうなったのか分からない状態が続いている。
 ただし、この一週間で鬼が出たという話も聞かなくなったので村長は相打ちになったが無事に退治してくれたと考えているようだ。
「やっぱり鬼神様に逆らわない方が良かったんじゃないか?」
 実は今回の討伐依頼は村長が強行したという側面が強く反対する村人も多かった。
 ここ数年の農作物の不作が続き鬼神への奉納が大きな負担になっていたのを理由に、鬼を倒したと都に伝えれば報酬を貰えるからと村長が皆を説得し、しぶしぶながら了承したという事情がある。
「今さら言ってもどうしようもないだろ、今はもう巫女様を信じるしか…」
 …村人達がそんな心配を話している時だった―

「たいへんだぁ!鬼が、鬼がきたぞぉ!」

 何処からか聞こえたその叫び声は村中に伝播し、あっという間に大混乱に陥った。
「おい!突っ立てないで俺たちも逃げるぞ!」
「お、おい!あれ!あれを見ろよ!」
 そういって指差した先へ視線を向けると、遠くから10人以上の鬼が此方へやって来るのが見えた。
 鬼神の子分は20〜30人いると言われているので半数近くに減っているみたいだが、それでも只の村人には立ち向かう力などあるわけがない。
「も、もうこんな所に!」
「そうじゃねえ!真ん中の鬼、あれってもしかして…」
 再び目を凝らして指摘された鬼を見てみる。
 他の鬼に隠れて見えにくいが、特徴的な白髪が見え隠れしている…
「あ、あの姿…大鬼様?!でも何か…!ま、まさか『あの姿』は―」

 何かに気がついた二人組みの村人は、慌てて避難場所を目指して走り出した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

 退魔師の巫女は予め、もしも「自分の身に何かあった場合」に備えて村人の避難場所を決めていた。
 その一つがここ、村の外れの小さな洞窟だ。
 この避難所は村から少し離れた位置にあり、鬼の襲撃があっても一番見つかりにくいだろうと言うことで非力な女子供を中心に割り振られていた。
「鬼の数が少ないから、巫女様がやっつけたみたいね」
「でも鬼が来たってことは巫女様は…」
 巫女の安否は不明だが、鬼に負けた事は確かである。
 あの整った容姿から考えて、生きていたとしてもとても口にはできない状態になっているだろう。

「巫女さま…」
 そこかしこから聞こえる言葉に、一人の少女が不安の声を漏らした。
 彼女は巫女を雇った村長の孫娘だ。
「あの人が負けちゃうなんて嘘だよね…」
 少女にとって、巫女が返り討ちにあったという事実は到底受け入れられるものではなかった。
 依頼を受けてやって来た巫女は、鬼についての具体的な情報の収集や準備を行うため3日程村長の家に宿泊していた。
 その間に仲良くなったのが村長の孫娘―若菜―だった。
 数年前に両親を流行り病で亡くし、以降村長に溺愛されながら育った若菜にとって、少し年上の巫女の姿は頼もしい姉のように見えた。
 巫女の方も自分になついた少女を邪険に扱わず優しく接していた。
 それだけに、他の村人と違い「鬼が生きていた」事より「巫女が負けた」という事の衝撃が若菜に重くのしかかった。

「誰か居ますか!?」
 …そんな時だった、その声が洞窟内に響いたのは。

「この声は…巫女さま!?」
 瞬時に透き通るような美しい声の主が分かった若菜は喜びのあまり立ち上がった。
「あ!ちょっと待ちなさい!」
 この不自然なタイミングに違和感を感じた誰かが静止するも、それを振り切り入り口の方へ駆け出す若菜。
「巫女さま!無事だったのですか?」
「その声は…?ふふ、探しましたよ若菜さん」
 入り口付近で逆行に照らされる巫女の影が、優しく少女の名前を呼ぶ。
 それは間違いなく巫女の声で、若菜は自分を探していたという言葉に全く疑いを持たずに駆け寄ろうとした。
「…え?」
 …は、『ソレ』に気がついた瞬間、若菜の顔が強張った。
「どうしたの若菜さん?…感動の再会なんだからもっと喜べよ?」
 鈴の音色のような美しい声のまま、巫女の口調が荒々し男性を彷彿とさせるものに変化した。
「巫女さ…ま…?」
 おかしいのは口調だけではない。
 汚れが一点も無い純白の巫女服ではなく、褌と雑に巻いて豊満な胸がはみ出したサラシとだけという女性とは思えない大胆な姿。
 しかも巫女にソレを恥らう様子が見当たらず、むしろサラシの隙間から覗く薄桜色の乳房を見せ付けているかのようだ。

 がしかし、『そんな事』はたいした問題ではない。
「そ、その姿はまさか…」
 巫女の艶やかな黒色だった髪は汚れの一切ない白色に変色しており、極めつけに額からは二本の鋭い角が生えている!
 …ソレが意味する事は一つだ。
「…お、鬼神様」
「正解だ」
 にやりと、凛とした巫女の顔で似合わない邪悪な笑みを浮かべる『大鬼』。
「み、巫女様は…本物の巫女様はどうなったんですか!?」
 そんな信じられない光景を前にしながらも、恐る恐る尋ねる若菜。
「ははは!本物の、ねぇ…」
 大鬼が自らの胸をグニィと鷲掴みした。
 邪魔な胸を無理矢理押さえ込んだサラシのスキマから豊満な胸の肉がはち切れそうになる。
「この巫女はなかなか健闘してな、なんと俺の身体を真っ二つにしちまったのよ」
「…どういう意味ですか?」
 いきなり痴態を見せつけ始めた大鬼の行動と、言葉の意味が理解できず困惑する若菜。
「ただ残念ながら、俺達にとって肉体はイレモノでな。この身体は巫女が油断した瞬間乗っ取ってやったのよ!」
「!そ、そんな…ウソでしょ…だって巫女さまそんな簡単に」
「簡単?そんなわけ無いだろ? 一週間もかかったんだぞ?」
 そう言いながら、指先をサラシに忍び込ませ、先端にある突起した乳房をイヤらしい手つきで玩ぶ。
「ん…へへ、この一週間でじっくり開発してやったから…あん…」
「やめて下さい!巫女さまの身体で勝手な事しないで!」
「ははは!この身体はもう俺の物だよ!それに、巫女の魂は俺が喰っちまったからな。あいつの全てが俺の物だ」
 巫女の魂は生まれ変わる事も消滅する事もなく、自意識も失い桶に張った水に一滴の墨汁を入れように大鬼の一部に溶け込んだ。
 大鬼は巫女の姿形だけでなく、その力や経験も奪い取ったのだ。
「この避難所もこの女が決めたんだろ?見つかりにく場所で丁度いいって?」
 巫女の記憶が読めるなら、この洞窟は避難所として機能しない。
「むしろ絶好の狩り場だな」
「な、何をするつもりですか?」

「いやなに、身体を失ったのは俺だけじゃなくてな。ちょっとここにいる奴らの肉体を頂いとこうかと思ってな」

「きゃあああ!」

 大鬼の言葉に合わせるように、背後から悲鳴が聞こえた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

「ど、どうしたのカスミ!?」
「あ、お、おかあ…さ…た、たすけて…」
 突如苦しみだした娘の肩をつかんで呼びかける女性と、俯いて身体を痙攣させる幼い少女。
 洞窟内に響き渡る助けを呼ぶ声が周囲の人々も不安にさせる。
「わたしになにか…はいって…はいってくる…あ、ああああぁぁぁぁ!」
「きゃあ!」
 見た目から想像できない強い力で母親を振り払い、身体を弓なりに反らせ絶叫する少女。

 そして、少女の肉体に変化が表れた。
 瞳孔が獣のように縦に割れ、額を突き破るようにメリメリと音をたてなが二本の角が伸びてくる。
 爪や犬歯が獲物を狩る狼を彷彿させるように鋭く伸びる。

「ふぅ〜」
 変化が終わったのか全身の力を抜いてうつむく少女
「か、カスミ?」
 母親が恐る恐る名前を呼ぶと、ゆっくりと顔をあげ…
「…くそ、失敗したのか?母親に入るつもりだったのに」
 およそ少女のものとは思えない、不機嫌そうな表情に顔を歪ませながら吐き捨てた。
「ガキの身体とか面白くねぇ。やっぱ胸は親分位は欲しいな…」
 身体を確認するかのように自分の服の中に手を入れてまさぐり始めた少女。
 あまりの変わりように周囲の村人も呆然と成り行きを見守っている。
「お、鬼…?」
 母親は目の前で起きた事が理解できず、床に尻餅をついたまま娘の…娘だった者の姿をみて無意識のうちに呟いていた。

「ぐ、ううぅ…!」
「いやぁ!…入ってくるぅ…」
「ひゃああ!あ、あ、あぁ!」
 少女に続いて、洞窟内のいたるところから一斉に響き始める苦しみの声。
「ど、どうしたの貴女達…ひぃ!」
 急に苦しみ始めた姉妹を心配して近づいた赤子を抱いた女性。
 彼女もその直後に短い悲鳴をあげながら身体を震わせた。

 …幼い子供から大人まで、皆が『何者か』の身体への侵入に苦しみ必死になって抵抗している。
「助けて…あたし…消えちゃうぅ…!」
「あ、いや、あ、あああああ!」
 抵抗も空しく、次々と先程の少女と同様に絶叫と共に額から角が生え鬼に姿を変えていく村人達。

「そ、そんな…皆が鬼に…」
 あっという間の出来事に何も出来ずに佇む若菜。
 一緒に手まりで遊んだ仲の良い少女とその母親、子供が産まれたばかりのお姉さん…鬼に乗っ取られ角を生やした皆が、大鬼と同じ荒々しく下卑た笑みで自らの身体を確認している。
「こんな感じで巫女も大鬼さまに身体を奪われたって訳だ」
「うそ…ウソよ…」
 辛うじて絞り出した声は、鬼達の狂乱の声に書き消された。

「さて、そろそろ本題に入ろうじゃないか」
「ほ、本題…?」
「今回の襲撃の理由で思い当たる事があるだろ?」
 考えるまでもなく、巫女をけしかけた村への報復だろう。
「そうだ、だがもっと言えば巫女を雇った人物には他の村人以上の、それ相応の責任をとって貰いたいんだが…」
「あ、あぁ!」
 雇った人物とはつまり、村長…いや『若菜の祖父』の事だ。
「この身体によれば、村長は孫娘をそれはそれは大切に育てて来たらしいじゃないか?」
「ひ!いやぁ!」
 逃げなければ!どこへ?後ろは他の鬼がたくさんいるじゃない!
 頭の中で必死にこの状況を打破出来ないか模索すも、逆に最早どうすることも出来ないと思い知らされる。
「安心しろ。お前の身体に入る奴はちゃんと残してるぞ?」
 顔を真っ青にしながら後ろへ後退する若菜と、一歩一歩ゆっくりと近づく大鬼。
 獲物の悪足掻きする姿を楽しんでニヤニヤ笑みを浮かべるその姿は、身体が同じ筈なのに優しく思慮深い巫女の面影は感じられなかった。
「キヨヒコって言ってな、ちょっと性格は軽いが欲望に素直な奴だ」
 『鬼』は本来人間を欲望のままに襲い、犯し、強奪する荒くれ者だ。
 鬼神として祭り上げいるが、ひと度反抗すれば容赦なく此方にその牙を向ける。
「…そんなのに大切な孫娘を乗っ取られたと知ったら、村長はどんな顔をすると思う?」
 最愛の孫娘を鬼に仕立てあげ見せつける。
 その場で殺されるより辛い徹底的な報復として大鬼が思い付いたのは、本人ではなく大切な人に危害を加えるという残酷な物だった。

「こないでっ!助けて!助けて巫女さま!」
 半狂乱になって最早何処にもいない巫女に助けを求める若菜。
「ごめんなさい若菜さん、私にはもうどうする事も出来ないの。だから、おとなしくキヨヒコに身体を明け渡してちょうだい」
 大鬼はしゃべり方だけわざとらしく巫女に似せるも、下品に笑った顔は誤魔化そうとしていない。
「いや、いやだ!…きゃあっ!」
 突如背中を生ぬるい『何か』が這いずるような感覚がして悲鳴をあげる。
 和紙が水を吸うように、『何か』はじわりと体内に染み込んでいく。
「やだぁ!鬼になりたくない!あっ…あぁ…」
 自分の身体と心が別のモノに奪われていく恐怖も、次第に思考を侵食され感じなくなっていく。
「あ、いや、あたまが、いたっ…いたいぃ…!」
 激痛で目を瞑り頭を押さえる
 と、地面から植物が芽を出すように額を突き破って二本の角が現れた。
「あ、あああ!いやあああああ!」
 洞窟内に響く絶叫の後、若菜は意識を失い膝から崩れ落ちた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ひいっ!ゆ、許してくれ!せめて命だけは!」
 鬼達に抱えられ強引につれてこられた老人は、恐怖のあまり年甲斐もなくガタガタ震えていた。
 最も、周囲にをぐるりと囲む鬼の集団に睨まれたら仕方がない事である。
「『あんなこと』やっといてそれは無いだろ村長?」
 鬼達の中でも一際目立つ白髪の美女が一歩前に出ながらそう言った。
「あ、あなたは巫女樣!?」
「はは!残念だったな村長。お前が雇った退魔巫女はこの通り『大鬼樣』が頂いた」
 女性の透き通った声とは不釣り合いなドスの聞いた荒々しい口調で宣言する大鬼。
「お、お願いします大鬼樣!私が悪かったです!どうか、どうか命だけはあぁぁ!」
 意外と頭の回転は良いのか、直ぐに状況を理解し命乞いをする村長の姿を、大鬼は冷めた瞳で眺める。
「…安心しろ、元々命を取る気なんかない」
「はひ?」
「お前には死ぬより辛い目にあって貰おうかと思ってな、面白いものを準備したんだ」

 その言葉と共に、一匹の鬼が村長の前に姿を現した。
「やっほーおじいちゃん♪」
 まだ幼さの残る少女の姿をした鬼は、太股を伝う血と白濁液をボタボタと地面に滴ながら異様な明るさでそう言った。
「おい『キヨヒコ』!この爺と会うまで男とヤルなって言っただろ!」
「あ、すいませんっす!この身体が初めてなのにスッゲー感度よかったのでつい…」
 申し訳なさそうに頭をかくも、大人しそうな見た目の割りにどこか軽く感じる口調の少女鬼。
 その姿を見て、村長は驚愕で目を見開いていた。
「わ…わかな…!若菜が…!」
「そうだ、お前の大好きな孫娘は俺の子分になって貰った…おや?」
 最愛の孫娘の姿がよほど衝撃だったのだろ、村長は白目を剥いて意識を失ってしまった。
「…まあいいか。キヨヒコ、気絶したままでもいいから今度はその爺が枯れるまでヤってやれ!」



 満足した鬼達が帰った後に残されたのは、女子供を失った村人と廃人になった村長。
 そして、忘れていた鬼神への畏怖の念だった…



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