「妹を裸エプロンにしてはいけません」(2話)
 作・JuJu


 そういえば一年ほど前の話だが、友人の気仙沼(けせんぬま)が「女の子の服が透けて見えるメガネ」というのを通信販売で買い、届いたのが安物のサングラスだったという事件があった。
「女の子の服が透けて見えるメガネ」はなかなかに高額だったらしく、ぼくの福袋と同じようにお年玉を投入し奮発して購入したらしい。気仙沼も届いたサングラスを手にして、さすがにこれは騙されたと思ったらしいが、それでもヤケになったのか「女の子の服が透けて見えるメガネ」を掛けて街に繰り出したというはなしだ。
 そういう意味では「類は友を呼ぶ」「牛は牛連れ馬は馬連れ」といったところか。ぼくもこのごついゴーグルがインチキ商品とはわかっていながらも、一縷の期待を込めて使ってみないと気が済まないらしい。
 余談だが、どうしてぼくが気仙沼のそんなはずかしい失敗談を知っているのかと言えば、あの持てない、ナンパ失敗伝説の気仙沼に彼女が出来て、そのキッカケになったのがなんと例の「女の子の服が透けて見えるメガネ」だったからだ。なれそめの詳細ははぶくが、彼女が出来た対価だと思えば、大切なお年玉で払った代金もムダではなかっただろう。いずれにせよ、彼女のいない歴が年齢とつりあうぼくは、そんな腹立たしい気仙沼ののろけ話はどうでもいい。
 閑話休題。
『THE妹コントローラー』。これはジョークグッズの一種で、「気分」をたのしむ、いわば〈ごっこあそび〉のようなおもちゃだろう。
 気仙沼と違い、損をしたのはせいぜい切手代くらいだ。むしろ切手代だけでここまで期待でワクワクできたのだから、それだけでも儲け物だろう。なんとなく気仙沼に対しての優越感を感じる。
 ぼくは気を取り直して、手にしていた取り説をめくった。
 使用方法は簡単で、操りたい妹の髪の毛をゴーグルのわきに付いている小箱に入れ、ゴーグルを装備してスイッチを入れると相手を自由自在にコントロールすることが出来る……というものらしい。ただし使い捨てで、操れる相手は一名かぎり。操れる時間は合計で十時間と決まっていた。さらに使用できる期間も、使用開始時から二十日(四八〇時間)までとなっている。
 ジョークグッズのくせに、なかなか細かい制限だ。
 さらにページをめくる。

〈――コントロールする相手の身体を、自分の身体のように動かせます。当社開発の特殊なフィードバック機能により、相手の身体の感覚もそのまま使用者に伝わり、まるで相手の身体になったような印象を受けるでしょう。その臨場感は、従来ヴァーチャルリアリティと呼ばれていたものとは、比べものにならないはずです。――〉

 なかなかそそられる内容だった。ごっこあそびのグッズとはいえ、気分だけでも、ほかの人間を思い通りに操れるなんておもしろそうだ。
 起動試験の被験者は、もちろんぼくの妹の雪乃(ゆきの)だ。もしかしたら血のつながった実の妹限定ではなく、赤の他人の妹にも効果があるのかもしれないが、手頃な相手として雪乃以上に最適な人選はないだろう。
 雪乃。ぼくの妹で、地元の八森谷中学校に通う二年生だ。
 うちは共働きのために両親とも帰りは遅い。そのために毎日雪乃が夕食の準備をしているから、今ごろの時間はキッチンにいるはずだ。ちなみ朝食はぼくが作る役割になっている
 ぼくはこっそりと妹の部屋に入った。雪乃はやはりキッチンにいるらしく不在だった。このチャンスを逃すまいと、ぼくは髪の毛を探すために床に四つんばいになった。カーペットに顔を近づけて妹の部屋をはい回る。
 髪の毛の一本くらいすぐに見つかりそうなものなのに、妹は髪の毛が細いのか、それともよほど掃除が行きとどいているのか、なかなか見つからない。ぼくはだんだんあせってきた。キッチンで夕餉(ゆうげ)の準備をしている雪乃が自分の部屋まで帰ってくる可能性は低いが、無いとまでは言い切れない。なんらかの偶然やきまぐれで――それこそ、自分の部屋で物音がしたなどと勘を働かせて――いつ自分の部屋に戻ってくるかわからないのだ。いくら兄妹とはいえ、妹の部屋に無断で入って、四つんばいになって床を捜索している状況を見られたら、言い訳はつらいものになりそうだ。
 必死な思いが天に届いたのか、ついに一本の髪の毛を見つける。ぼくは髪の毛を強く握りしめ、いそいで妹の部屋を出た。
 ぼくが自分の部屋の前に立ったのと、雪乃が階段を上がって来たのが、ほぼ同時だった。あぶなかった。あと少しで、妹の部屋から出てくるところを目撃されるところだった。
「お兄ちゃん」
 ドアを開けて自分の部屋に入ろうとしたぼくに、背後から雪乃が声をかけてきた。
「ど、どうした雪乃? 夕飯の準備をしていたんじゃなかったのか?」
 ぼくは振り向くと、髪の毛を握った右手をあわてて後ろに隠しながら応えた。
「わたしの部屋で物音がしたから、怪しい人でも侵入したんじゃないかと思って確かめに来たの」
 くうっ!? 勘のいいやつ。
「に、二階にはぼくしかいないぞ。物音なんてしなかったし、気のせいじゃないか?」
「ん〜、二階に居たお兄ちゃんがそういうのならば気のせいなのかな? でも一応、部屋を確かめておくね」
「そ、そうだな。万一ということもあるからな。
 それでは、ぼ、ぼ、ぼくは、自分の部屋にもどらせてもらふ」
 セリフの最後で噛んでしまった……。
 ぼくは握った手を後ろに隠したまま、体の正面を妹のほうに向けたままで、後ろ手でドアを開き、そそくさと逃げるように部屋に駆け込もうとした。
 そのぼくを雪乃が呼び止める。
「ところでお兄ちゃん、何か背中に隠しているの?」
 右手を背中に隠しつづけていたのは、やはり不自然だったか。
「な!? なにも隠してなんてないぞ?」
 観念したぼくは、隠していた右手を雪乃の前に出す。
 雪乃は疑惑の目で上体を乗り出すと、握りしめていたぼくの右手に顔を近づけてきた。
 ぼくはおそるおそる、雪乃の目が近接した右手を開く。
 雪乃はぼくの手のひらを、睨(ね)めつけるように見つめていた。
「……なんだ。疑ったりしてごめんね」
 雪乃は安堵したように顔を元の位置に戻した。
 さすがに手のひらにある一本の髪の毛までは注意がおよばなかったらしく、雪乃はぼくを解放してくれた。おそらく偶然ゴミが手に付いていたんだと勘違いしたに違いない。
 ぼくは髪の毛のある右手をふたたびつよく握りしめると、自分の部屋に戻った。部屋のドアに背をもたれかけさせ、胸の鼓動が収まるのを待つ。
「助かった! なんて勘のするどいやつなんだ。これが世に言う女の感という奴なのか?」
 しばらくしてようやく落ち着きを取り戻したぼくは、握ってい手を確かめるように開く。
 汗で濡れた手のひらに、いっぽんの髪の毛が張り付いていた。
 雪乃に追求されて手を開いたとき、なくしてしまわなくてよかった。
 ぼくは手の汗で濡れた貴重な雪乃の髪の毛をつまむと、ゴーグルのわきに付いているいかにも安物の小箱のフタを開けて中に入れた。それからベッドに仰向けに横たわるとゴーグルを装着した。手探りでゴーグルの側面に付いたスイッチを入れる。
「ウウッ!?」
 スイッチを入れたとたん弱い電撃のようなものが全身を襲い、同時に目の前が真っ暗になった。
 ――やがて目の前が明るくなったと思うと目の前にシンクがあった。それは家のシステムキッチンだった。
「どうして台所なんかに立っているんだ?」
 ぼくが発した言葉は高い女の声だった。
 と、一瞬とまどったものの、すぐに状況を理解した。
 全く信じられないことだったが現実に起こっているのだ、事実は事実と認めざる得ないだろう。つまりあの怪しいゴーグル「THE妹コントローラー」は――まったく信じられないことだが――まぎれもなく〈本物〉だったのだ。
「そうか! ぼくは雪乃を思いのままに操れるようになったんだ!!」
 雪乃は夕飯を作っていたようだが、ぼくは台所仕事を投げだして、妹の体を彼女の部屋に向かわせた。なぜ妹の部屋に行くのかと言えば、彼女の部屋には全身が映る鏡があるからだ。
 ぼくは妹の部屋にはいるとエプロンを取った。服を脱ぐ。下着も脱ぐ。ブラジャーははずすのにすこし手間取ったが、それでもどうにか全裸になることができた。
 ぼくは固唾を飲むと、雪乃の足を動かして姿見の前に立った。
「やっぱり、雪乃は胸が小さいな」
 兄であるぼくが言うのもなんだけど雪乃は可愛いほうだと思う。それでもやっぱり、相手が妹では興奮はいまいちだ。とはいえ女の裸を見たのはこれが初めてだった。(むかし見た小さい頃の妹の裸は、とうぜんノーカウントだ)たとえ妹とはいえ、こうして年頃の女の裸が見られたのはあの福袋のおかげだ。
「そうだ! あの福袋に入っていたエロ本は、若奥様が台所で裸にエプロンだけを着けた姿で立っているものだったな」
 ぼくはあのエロ本の内容を思い出していた。
 若奥様が裸エプロンで調理をしていると、夫が気配を消して背後から近付き、後ろから両腕を伸ばして若奥様のエプロンの中に手を滑り込ませる。とつぜんの出来事に若奥様は驚くが、夫は気にすることなく若奥様のたわわな胸を鷲づかみにすると乱暴に揉みしだく……というものだった。
「雪乃にも、裸エプロンをやらせてみるか」
 ぼくは裸の上にエプロンだけ着けると、台所にもどった。
「やっぱり料理を作るときは、裸エプロンだよな」
 シンクに立ち、途中で投げだした夕食の準備をつづけた。
「裸エプロンで料理というのも興奮するな」
 雪乃の体を借りた礼に、ぼくが代わりに夕飯を作っておいてやることにした。
 どうやらコントロールしている相手の能力が使えるらしく、料理を始めると手が手際よく動いた。料理などほとんど作れないぼくが(朝食を作るのはぼくの役割だが、ベーコンエッグとトーストくらいしか作れない)雪乃がいつも作っているような料理を自然と作ることが出来た。おもしろいようにうまく調理が進むことと、雪乃が裸エプロンでキッチンに立って料理をしていることに興奮したぼくは、いっきに料理を作り上げた。目の前に並んだ、いつも雪乃が作っているのとまったく同じ料理の数々を、満足してながめる。
「そろそろ、おわりにするか」
 取り説に書いてあったコントロールを解く方法は簡単で、元に戻りたいと強く念じればいい。
(元に戻りたい……元に戻りたい……)
 そう念じると、目の前が急に暗くなった。そしてぼくは、ベッドに横たわっていた。
 ぼくはゴーグルを外すと、ベッドから起きあがった。
「起動試験は成功!」
 ベッドの上でガッツポーズを取った。
 THE妹コントローラーは、使用できる時間に制限がある。たしか全部で十時間までしか使えないはずだ。そのために今日のところは、これが本物であることを確認したことだけでやめることにした。




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