「妹を裸エプロンにしてはいけません」(1話)
 作・JuJu


【001】

 人気(ひとけ)のすっかり途絶えた薄暗い深夜の住宅街を、ぼくは愛用のマウンテンバイクで駆(か)っていた。新月のために月明かりもない。まれに窓から明かりが漏れている家を横切るときと、ぽつりぽつりと並んだ街灯の下を流れるわずかな間にだけ、ぼんやりとした明かりがぼくを照らした。
 急いで家に帰りたい。その思いがペダルを漕ぐ足を早めさせる。風はなかったが、切りつけるような冬の寒気が自転車で走っているぼくの顔をなでつけていく。だがそんなものは、期待に満ち興奮してるぼくにはなんの障害にもならなかった。急げ、もっと早く。ぼくは自分の脚に叱咤(しった)する。もはや逸(はや)る心を抑えることさえできなかった。時刻はそろそろ午後十一時ごろだろうか。急いで帰れば、就寝前に〈楽しむ〉ことができるだけの時間は残るはずだ。
 と、その時だった。監獄から脱走した罪人を照らすサーチライトのごとく、後方からの迫るバイクのヘッドライトがぼくを捕らえた。あわててブレーキを握ってスピードを落とす。さらに路肩に自転車を寄せてバイクを避ける。
 下町の住宅街の道は狭い。暴走車はぼくのわきをすり抜けて、無風の町に寒々とした風を巻き上げて去って行った。
「ちっ! あぶねぇなあ!」
 口の中で小さく文句を言う。
 ぼくは自転車を降りると押しながら歩いた。街灯の下まで歩くと足をとめる。そして自戒する。冷たい空気を胸一杯に吸い込んで頭を冷やす。吸い込んだ空気には、さっきのバイクの排気ガスの匂いが混じっていた。
 たしかに住宅街の狭い道路でスピードを出すライダーもライダーだが、今だけは……この帰り道だけは、そんな言い訳は通用しない。
 顔をあげて長い息を吐くと、街灯の明かりに照らされた息がまっ白に広がった。街灯の先に見える、一月も半ばの空はどこまでも澄みきっていて、冬の青い星座がまばたいている。
 たとえ相手が暴走運転だとしても、いまだけは絶対に事故を起こしてはならなかった。今日は細心の注意を払い、まるで麻薬を取り引きするマフィアのように、誰にも知られずに、確実にこの品をぼくの部屋まで運ばなければならない。もしも事故を起こせば、何らかのひょうしに背中のリュックサックの中身がこぼれるかもしれない。あるいは救急車にでも乗せられたらリュックサックの中身を改められるかもしれない。そう、このリュックサックの中身は、家族にも、もちろん見知らぬ人にも、誰であろうと見せるわけには行かなかった。
 ぼくはふたたびマウンテンバイクのサドルにまたがると、リュックサックの重みを確かめてから、ペダルを踏みしめ、ゆっくりと漕ぎ始めた。

【002】

 その後はトラブルもなく自宅に戻れた。
 ぼくは無事に家に着けたことに安堵しながら、マウンテンバイクを庭に入れる。
 音をたてないように玄関の扉を開け、両親や妹に見つからないようにすばやく階段を駆け上がり、自分の部屋に逃げ込む。
「よし、ミッション・コンプリートだ!」
 ぼくは背中からリュックサックを下ろすと、震える手で中に入った品を取りだした。
 真っ赤な紙袋には、白地の筆文字で〈福袋〉と書かれていた。眼が痛くなるほど派手なデザイン。そう、これは福袋だった。テレビでお正月にデパートで販売する福袋を購入するために長い行列が出来ているというニュースを聞いたのは、もう二週間も前のことだろうか。
 正月から二週間もたってから発売された福袋。あるいは正月に販売して、それがいままで売れ残っていたのかもしれないが、今年に入ってから初めてあの店に行ったために、その真相はわからなかった。
 中に入っているのは、男ならば誰もがわくわくと胸に期待を踊らせるものだった。お年玉を握りしめて、場末のアダルトショップ真宵(まよい)から購入してきたものだ。高校生という身分のために財布が厳しい。しかしながら、年頃の男の子の性欲は旺盛だ。なるべくお財布に優しく、それでいてより多くのエロを求めたい。そこでぼくは、お正月企画である「福袋」に望みを託したのだ。
 ただしこの手のものは、お得ではあるが何が入っているか分からない。店頭には、中身については「女子学生系(一例:高校生・大学生)」「働く女性系(一例:OL・ナース・婦警・女教師)」など、アバウトなジャンルわけをされているものの、この「系」という文字がくせものだ。実際の中身はどんなものかはわからない。たとえばOLものが欲しくて「働く女性」を選んだとしても、中身は好みでもない「保母さんもの」かもしれないのだ。
 さて、そんななかでぼくが選んだジャンルだが……。ぼくももう高校二年生だ。ちょっと背伸びをしてみたいお年頃。そこで新しいジャンルを開拓すべく、店頭に書かれた説明が「ちょびっとマニアック」というのを購入してみた。
 それでは、福袋を開封する。
 手に汗握る一瞬だ。
 ちょびっととはいえ「マニア」もの。いったいどんな世界が開けるのかは分からないが、ぼくのオナニー・ライフにあらたなる一ページが刻まれることとなるであろう。

【003】

 入っていたもの物は「若奥様」物のエロ本だった。
 エロ本。
「この動画全盛の時代に、いまどきグラビア写真が主体の紙媒体のポルノ本かよ」
 福袋とは、余り物……売れ残りの処分だと痛感させられた瞬間だった。
 いや。きっとこういう古いメディアのほうが、マニアックな内容に違いない。……などと自分をなぐさめる。
 肝心な「若奥様」物の内容だが、新婚の若奥様が素肌の上にエプロン一枚だけをまといキッチンに立つと言う内容だった。そして夫が、裸エプロンで料理を作っている妻を背後から襲うという……まあ内容はありきたりで、いかにもB級と言っていいものだった。
 そうは言ってもなけなしのお年玉で購入した物なので、大切に使用することにしよう。それにこうやって読んでみると、裸エプロンもなかなか良いなと思えるようになってきた。新たなジャンルを開拓しようという目論みのほうは、どうやら成功したかもしれない。
 さらに袋の中を確かめると、「アナルセックス」と「SM」のエロ本が出て来た。合計三冊で全部のようだ。
「『アナルセックス』に『SM』かぁ……。新ジャンルを開拓したかったぼくにはぴったりなのかも知れないけれど……。どうなんだろ? これらって面白いのかなぁ」
 ……などとつぶやいていたら、福袋の底にハガキが入っていることに気がついた。取り出してみると、ハガキは黄色く色褪せていて相当古いものだというのがわかる。
「本に挟んであるのに日焼けするなんて、いったいどれだけ古いんだ。いや、そもそもエロ本に挟んであった物なのかさえわからないぞ。あるいは他のアダルトグッズから迷い込んだのかもしれないな」
 ハガキをあらためると、それは〈アダルトグッズの体験者募集〉のハガキだった。特に締め切りとかは書いていない。
「こんな古いハガキに応募してもな。それに、アダルトグッズとだけ書かれていて、どんなアダルトグッズのモニターなのかもわからないし……」
 と言いつつも福袋の内容に多少気分をよくしていたぼくは、遊び半分に送ってみることにした。
 この福袋のように、さらに新しいジャンルが開拓できるかもしれないという、わずかな期待を込めて。

【004】

 一週間後。
「ただいまー」
 学校から帰宅して玄関の扉を開けると、いつもの様にキッチンで夕飯の支度をしていた妹が玄関に顔を出した。
「あ、春介(はるすけ)お兄ちゃん。お届け物が来ているよ?」
「届け物?」
「それがね、わたしが学校から帰ってきたら玄関の前に置いてあったの。運送会社の会社名も書いていないし、送り主の会社名らしい事は書いてあるけれど住所が書いていないし、株式会社なのか有限会社なのかも書いていないし。
 もしかしたらあぶないものかもしれないと思って、お兄ちゃんを待っていたんだ」
「なんの取り柄もない平凡なぼくに、危険物を送りつけてくるような暇人はいないよ。そんなのリスクを考えれば割が合わない」
 そう言いつつぼくは、玄関のすみに置かれていたダンボールの小包に近づいた。

〈東京都××区八森谷町(はちもりやちょう)1−24 藤江田(ふじえだ)春介様〉

 宛名はたしかにぼくだ。
 そして、送り主は……

〈TS企画〉

「TS企画? 聞いたことのない会社だな。いや、どこかで聞いたような……。
 ――あッ!!」
 ぼくはあわててダンボールを抱え込むと、階段を駆け上がり自分の部屋に入った。
 すっかり忘れていたし期待もしていなかったけれど、「TS企画」といえば先日福袋に入っていた体験者募集のハガキを送った先だった。
 ダンボールを開けてみると、スキーの時に着けるようなごついゴーグルと、ワードプロセッサーで書いてホッチキスで留めただけの「取り扱い説明書」と書かれた薄い小冊子が入っていた。
 取り説を開くと、最初にこう書いてある。

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   『THE妹コントローラー』
    いもうと専用のリモートコントローラー。
    相手の身体を、自在にコントロールできます。

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 商品名を見て、さきほどまでのわくわくしていた気持ちが急激にしぼんでいくのを感じた。アダルトグッズの商品名って、どうしてこうセンスのかけらもない物ばかりなのだろうか。――と、偉そうなことを言ったものの、アダルトショップ真宵に行った時も、眺めるのが精いっぱいで恥ずかしくていまだにアダルトグッズを購入をしたことがないのだが……。
 さらに、ぼくの期待がしぼんで行くのに拍車を掛けたのが「妹の体をコントロールできる」と書かれた取り説の一文だった。小さな頃おもちゃのラジコンロボットで遊んだことがあるが、あんな風に他人の体を動かせるというのだろうか。
 ぼくは同梱されていたゴーグルを手に取った。どの角度から見てもスキーをする時に着けるゴーグルそのものだった。スポーツ店ならばどこにでも売っていそうな、ごくありきたりなゴーグルだ。そのゴーグルに親指の大きさ程度のいかにも安っぽいプラスチックの箱が付いている。どうひいき目に見てもうさん臭いインチキ商品にしかみえなかった。




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