ママになりたいパパ

 

ベビーベッドで待望のぼくらの赤ちゃんが大きな声で元気よく鳴いています。

ぼくは、心配でおろおろするばかりなのに妻は平気な顔をして、テレビを見ている。なんだかこの子を産んでから彼女は、怠惰になったような気がしてきたのです。生まれる前はいろいろと赤ちゃんと話し、ぼくが話に加わろうとするとすっと向きを変えていたくせに。

ぼくは、そんな妻の態度が許せなくなってきました。自分だけの赤ちゃんではないのに、何でもわかっているような態度で、赤ちゃんと接している妻。

でも、この赤ちゃんの状況のほとんどが妻の言うとおりなのですから、ぼくには、言い返す言葉がありません。

ふん、お前だけの赤ちゃんではないのだぞ。仕事から帰って来て、我が子を抱こうとすると、今寝たところだからと言って、抱かせてくれないし、ミルクを飲ませようとすると、ダメ出しするし、この子は、ぼくの赤ちゃんでもあるのに・・・

 

そんなある日、ぼくは、以前からの念願でもあった自宅勤務になりました。仕事がコンピュータのプログラム関係の仕事だったので、設備さえあれば自宅で仕事をするのも可能だったからです。こうしてぼくは四六時中うちにいる事ができるようになりました。

そうなると、妻は、赤ん坊をぼくに任せて外に出て行くようになりました。

ですが、赤ん坊は、妻と接していた期間が長かったためか、なかなかぼくになつこうとはしません。せっかく一緒にいる時間ができたのに、ぼくは、何のために自宅勤務かわからなくなってしまいました。

赤ん坊の世話はおろか、ミルクを上げることにも苦労をしていたある日、ひとりのセールスマン(いえウーマンですね。女性ですから)が、うちにやって来たのです。

「こんにちは、マムダディのセールスマンです。」

「セールスは間に合っていますから、けっこうです。」

「いえ、ご主人のような方にこそ必要なグッズをご紹介しているのです。」

ぐずる赤ん坊を外であやそうとドアを開けて外に出かかったところに来たので、玄関で、鉢合わせしてしまいました。

「だから、セールスはけっこうです。」

「あら、お嬢ちゃんですか。可愛いですね。こんにちは。」

セールスウーマンを見るとさっきまでグズって仕方のなかった赤ん坊が機嫌よく笑い出したのです。手を焼いて困っていた時だったので、ぼくは仕方なく彼女を家の中にいれることにしました。

彼女は大きな旅行カバンを転がして入ってきました。

彼女が両手を娘に差し伸べると、母親以外には行ったことのない赤ん坊が彼女には抱かれて、そのうちすやすやと眠ってしまったのです。ぼくは、彼女の子供をあやす能力に驚いてしまいました。

「子供がお好きなのですね。」

「いえ、好きと言うほどではありません。仕事ですから、それにこれを着ていれば誰にでもあやす事ができるのですよ。」

彼女は不思議な微笑を浮かべてぼくを見つめました。

ぼくたちは、赤ん坊をベビーベッドに寝かせるとリビングに行きました。

「ご主人。わたし、どんな風に見えまして。」

「え、おきれいな若いお嬢さん。」

確かに彼女は若くきれいでした。

「うふ、ありがとうございます。でも、わたしが実は、30代の男性だといったらどうなさいます。」

女装した男性。彼女が・・・どう見てもそうは見えませんでした。年も22・3といったところでしょう。

「ご冗談でしょう。男性には見えませんよ。」

ぼくがそう答えると、彼女は肩に下げていたバッグからパスケースを取り出して、開いて、ぼくの方に差し出しました。それは、運転免許証で精悍な顔立ちの男性の写真が張ってありました。

「これがなにか?」

「これはわたしの免許証です。」

「そう言ってもこの人は男性だし、あなたには似ていませんよ。」

「そうですね。それを確認していただきたかったのです。」

そう言うと彼女は、前髪の生え際に手をやると力任せに引っ張ったのです。頭の皮がそれに引かれてのびたと思った瞬間、髪が根元から、音を立ててはがれ始めました。

バリバリバリ。

彼女は剥がれた髪を無造作にテーブルの上に放りました。髪が剥がれた彼女の頭には、一本の毛もないみごとなスキンヘッドになりました。いや、その頭部にはなにか小さく光るものがありました。

彼女はそれをつまむと、後頭部の方に引き下げました。

それは、ジッパーのつまみで、彼女のスキンヘッドは音を立てて開いていきました。それに伴って、彼女の顔がたるみはじめました。

彼女は、裂け目のできた後頭部に手を当てるとそこを広げ、前の方に剥がしていったのです。そこから現れたのは、先ほどの免許証に乗っていた青年の顔だったのです。

「いかがです。これで信じてもらえました。」

ぼくはあまりの事に言葉が出ませんでした。

「女性に見えたでしょう。それがこれのすごいとこ・・・どうなされました。」

「変態には用はない出て行ってくれ。」

ぼくの頭には変態の烙印が押される自分の姿が浮かびました。

「ちょっとまってください。あなたはお嬢さんと仲良くなりたいのでしょう。これは、女装者のためのものではなく、子供になついてもらえないお父さんたちのために開発されたものなのですよ。」

「へ?」

彼の意外な言葉にぼくは戸惑ってしまいました。

「いいですか、赤ん坊はお母さんの身体の中に長い間いたのですからお母さんには、赤ちゃんの気持ちがすぐに理解できます。でもお父さんは、生まれて始めて付き合うものですから、すぐには赤ちゃんの気持ちが理解できないのです。ですから、徐々に理解していくしかないのです。でも、お父さんとしては、すぐに仲良くなりたい。とすればどうしたらいいでしょう?」

「さあ。」

「お母さんになればいいのです。そうすれば、すぐに仲良くなれます。そのためのグッズがこれなのです。」

「はあ?」

理屈は理解できるのですが、何か方向が違うような気がしました。

「これは、生まれて来たお子さんと仲良くなりたい。奥さんの育児の負担を軽くしてあげたいという旦那さんたちの要望で出来た商品です。名づけて、「マミィスーツ」。これを着ればすぐにでも赤ちゃんと仲良くなれますよ。」

「そうですかねえ。」

「さっき見られたでしょう。このスーツからは特殊な香りが出ていますから、赤ちゃんはこれを着た人をお母さんと思って安心するのです。ですから、あの赤ちゃんもわたしになついたのですよ。」

信じられませんでしたが、本当だとすれば凄い事です。でも、もうひとつ踏み切る事ができませんでした。

「ただいま、キャンペーン中ですので1週間無料貸し出しをしております。お買い上げいただける時には、いまなら20パーセントオフの特典もありますよ。」

「あの、値段の方は・・・」

「30万円です。分割や各種カードも使えます。」

いままでなつかなかった赤ん坊と親しくなれる。それだけでも安い買い物かもしれない。ぼくは、1週間試してみる事にしました。

「はい、それでは、ここにサインをお願いします。これを犯罪などに使わないという契約と、勝手に他人に貸し出さないという契約です。よくお確かめの上、サインしてください。」

確かにそう言う契約書でした。ぼくは、契約書にサインにて、そのスーツを借りる事にしました。

「これは、生体細胞を使ったスキンですので、一週間着たままで過ごせます。それに、スタイルや容貌にご希望があれば伺えますがどうします。」

「それじゃあお願いします。できたら妻にそっくりに。」

「いいですよ。写真かなにかございます?」

「ハイ、今もって来ます。」

ぼくは、アルバムから知り合った頃の妻の写真を取り出しました。どうせなるなら若い方がいいと思ったからです。

「これでいいですか。」

「ハイ、お願いします。」

「それでは・・・」

ぼくから受け取った写真を確認し、肩から下げていたバッグから小型のスキャナーを取り出すと、コードの先を旅行カバンにつないで、ぼくが持ってきた写真をスキャンしました。

「30分ほどまってください。」

その間、ぼくは彼?と話しをしました。彼も、ぼくと同じ悩みを持っていたそうなのですが、会社が開発したこのスーツのテストで赤ん坊と仲良くなれたというのです。ぼくは、彼の話で少し希望が持てました。

 

30分後、彼?が、カバンを開けると、写真そっくりの妻の裸体が、そこから出てきました。ぼくは、それを受け取ると着てみることにしました。

また、あの若い女性の姿に戻っている彼の前で裸になるのには抵抗がありましたが、彼?の強引さに押されて裸になって、妻のスーツを着てみました。

それは、ぼくの身体より小さいはずなのに締め付けられる事も、窮屈を感じる事もありませんでした。そして、若いころの妻そっくりのマスクを頭から被り、彼?がジッパーをしめると、それは一層感じられました。着ているという感覚がないのです。

「あの、ぼくは本当に着ているのですか。」

と、その声は聞きなれた妻の声に変わっていました。

「そうですよ。このスーツはあなたの身体にぴったりとくっついていますので、違和感はないでしょう。それに、ほら、皮膚感覚だって・・・」

彼?は、耳の裏にやさしく息を吹きかけました。

「あ、ああん。」

思わずぼくは声をあげてしまいました。

「あれはできませんが、おっぱいを、赤ちゃんにあげる事はできますよ。このおっぱいでね。」

そう言って、彼女はぼくの後ろに回ると、おっぱいを揉みだしました。ぼくは、その初めての感触にたまらず声をあげてしまいました。

「あん、ああ〜〜ん。」

「うふふふふ、別の事に使っちゃダメですよ。」

「んん〜〜。そんなこといっても、そうしているのはあなたのほう・・・」

「ふふふ、そうでしたわね。」

そう言って、彼女は胸を揉むのを止めました。その時、ぼくはちょっぴり物足りなさを感じていました。本当に、ちょっぴりですよ。

「続きは奥様とどうぞ。あ、それから、トイレは女性と同じにしてくださいね。あそこは表には出せませんから、それと、このお試し品は一度着ると一週間は脱げませんのでよろしく。」

そう言うとさっさと出て行く彼女を、ぼくは、ただ彼女?にもまれてうずく胸を抑えながら、見送るだけでした。

 

その夜、帰ってきた妻にこのことを3時間かけて納得させ、何とか信じてもらう事ができました。

「それほどまでに育児がしたいならいいわよ。わたしも、したいことがあったから、じゃあ一週間お願いね。」

そう言うと、妻は翌日家を出て行きました。

それからが大変です。おしめの始末、炊事、洗濯、掃除、買い物。すべてこなさなくてはいけないのですから。

それに、赤ちゃんの食事。といっても、おっぱいをあげるのですが、これの凄いところは、ぼくの胸からおっぱいが出るのです。

赤ちゃんに噛まれて吸われるとかなり痛いのですが、それもなれるとなんとも言いがたい快感になり、この子の為ならと言う(母性本能というのですか)気持ちになってしまうのです。

一週間、ぼくは母親としてこの子と接していて、この子のためならなんでもする気になってしまいました。

その頃にはもう、父親に戻る気などなくなってしまっていたのです。ですから、あのセールスマンが来たときにはパーマネントタイプのマミィスーツを頼み、それを着込みました。

 

一週間後に帰ってきた妻はそれを聞いて驚き、怒りましたが後の祭です。そのときには、すでに、ぼくはそのスーツを着ていたのですから。

それから、ぼくらは話し合い。今では、ぼくは妻の妹として、妻と暮らしています。娘は、ぼくになついています。もうこれ以上の幸せはありません。

以上がぼくの体験談です。

(壇上の美女は、観客に軽く頭を下げると下手の方に去っていった。)

 

『ありがとうございました。マミィ・スーツを実際お使いいただいている方の体験談でした。いかがです、奥様方。大変な育児から皆様を解放するこのマミィ・スーツ。一週間。ご主人に着せてみませんか。育児からの開放だけではなく、家事からも開放されるかもしれませんよ。一つ試して見ませんか?』

 

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