teruさん総合






               『皮剥丸夢譚』


               番外・姫と村人と……


三年の月日が流れ、季節は初夏。

「姫様、中ジョッキもうひとつ」
「もうひとつって昼間っから酒ばかり飲んでんじゃねぇよ」
俺はジョッキを掲げるジジイに毒づく。

「老い先短い年寄りの唯一の楽しみですからな」
「そうそう。 一日の農作業を終えてここで酒を飲むのが毎日の楽しみじゃから」
「うんうん、ここは年寄りの一日の疲れを癒す憩いの場ですから」

「一日のって、まだ昼過ぎだぞ? それにここは道の駅のお食事処であって介護施設じゃねぇよ!」
そう言いながら俺は窓際のテーブルを占領してるジジイの前にジョッキを置く。

「あ、姫様。 ワシに鮎の塩焼きを持って来てくださらんか?」
「ワシには枝豆とヤッコをお願いします」

「お前ら、人を姫様呼ばわりする癖に俺への扱いがお姫様じゃねぇな?」
俺は腰に手を当ててジジィ共を睨みつける。

「いやいや、ワシらはちゃんと姫様を敬っておりますぞ?」
「そうそう、こうして毎日姫様のご尊顔を拝謁する為に日参しておりますからな」
「それにこうやって店の売り上げに貢献しておりますし?」
そう言って笑うジジィ共。


ここは村が経営する道の駅。 その中に作られたお食事処「きよたま」が俺の経営する店だ。

数年前に俺が結界を壊したお陰で道の駅にもにも客が立ち寄るようになり、ある程度の利益は上がるようになった。 おかげで俺も村の支援で土地の一角にお食事処を建ててもらった。 

建ててもらったのはいいのだが…… 普通の客以外にも村の連中達が気軽に来るまでは歓迎なのだが、平日の昼間ッからジジィ達が酒を飲んだくれてるのは如何なものかと…… まぁ、客は客なのだが。

「はいはい、わかったわかった。 塩焼きにヤッコと枝豆だな」
そう言うと俺は厨房に引っ込む。


「こんにちは」
店の戸が開けられてお客さんが入ってくる。

「いらっしゃいませ! って、西村さんか……」
暖簾の間から顔を出して入り口の方を見れば、入って来たのはこの道の駅の責任者で不動産会社の会長の西村さんだった。

「西村さんかって私じゃなにか?」
ニコニコと俺に微笑みかける西村さん。

「あはは。 言葉のアヤですよ。 誰か車でのお客さんかと思っただけですから。 それで、ご飯ですか?」
そう言って笑う。

「まぁ、ご飯もなんだけど雑誌の取材なんだよ。 ウチの道の駅もそれなりに名が売れてきたし、村の宣伝にもなるからね」
そういう西村さんの後ろには若い男女が立っていた。 女性の方がデジカメを持っている様子から男がライターで女がカメラマンといったところか?

「こんにちわ」
「よろしく」
二人が愛想よく頭を下げる。

「どうも。 いらっしゃい」
俺も笑顔で返す。

「そういうわけで村の中をアチコチ説明していたらちょっと遅いお昼になったもんでね。 店長のお薦め定食を三ついいかな?」
「はいはい、歓迎ですよ。 ビールと酒のつまみしか注文しない客ばかりで腐ってたところですから、喜んででつくらせていただきますよ」
俺が愛想よく笑うと外野からヤジが飛ぶ。

「酷い、姫様。 ワシらは店の売り上げに貢献しているのに」
「そうじゃそうじゃ。 少ない年金からこうやって無理をして飲みに来ておるのに」
「姫様の身体を気遣って軽い物を頼んでいるというのに」

「あぁ、はいはい。 私の身体を気遣っていただき、ありがとうございます。 ついでに私の心も気遣って頂けると嬉しいのですが?」
そう微笑みながら俺はジジイ共が注文した酒のつまみを持っていく。

「あん、姫様のいけずぅ」
そう言ってジジィの手が俺の尻をなでる。

ぱかぁん、反射的にジジィの後頭部を俺のアルミ製の盆が襲い掛かる。
「あははは。 あいかわらず姫様は反射神経がいいのう」
「ほぼ毎日やられりゃ身体が覚えるわ! エロジジィ!」


「あの…… あの人、お客さんの頭をお盆で叩きましたよ?」
女性カメラマンが西村さんにささやく。

「あの三人は常連ですぐに秋奈さんにセクハラをするんですよ。 秋奈さんだって本気で怒ってるわけじゃありませんから手加減してます」
「手加減っていい音してましたけど?」

「大丈夫、大丈夫。 これくらいでお盆は変形したりしませんから」
俺は笑顔で記者さん達に微笑む。

「酷い、姫様。 ここはお盆よりもワシの頭を気遣うところじゃろぉ?」
「まぁ、安倍さんの頭は石よりも固いからなぁ」
と言いながらもう一人が俺の尻に手を伸ばす。

ぱかん!
「酷い、ワシはまだ触っておらんのに……」
「触られるのがわかっていて触らせるバカがいるか! 西村さん、このエロジジィ共どうにかなりませんか!」

「あはは。それでもその人達はウチの村の長老会の一員ですからねぇ。 立場的には私よりも上なんでなんとも……」
そう言って苦笑する西村さん。

「あの…… さっきからあちらの人達が姫様と呼んでますけど、それは渾名ですか?」
男性記者が俺達の方を見て西村さんに尋ねる。

「あぁ、秋奈さんはウチの村の神社の巫女姫様なんですよ。 秋の祭りの時に来ていただければ、秋奈さんの神楽舞いが観られますよ」
「神楽舞いですか。 何かイワレが?」

「はい。 村に昔から伝わる言い伝えによると、平安の昔、都を追われた鬼達にこの村が襲われたんだそうです。 鬼達はこの村を結界で覆って村人達を村から出られなくしてしまったんです。 その時、旅の巫女が現れて破邪の舞を舞って結界も鬼も退治してしまったんだそうですよ」
笑顔でデタラメな村の歴史を語る西村さん。 

「その時の舞をこの店の店長さんが継承されているのですか?」
「えぇ。 ただ継承してるんじゃなくって秋奈さんはその巫女様を自身の身体に降ろせるんですよ」

結界を張ったのは鬼じゃなくってアンタらの先祖で、結界を壊したのは平安時代じゃなくって数年前の事だよ! それに破邪の舞とかを舞ったのは旅の巫女じゃなくって俺自身だし……

この村の長老共は勝手な伝説を捏造して俺自身に毎年、神楽舞を舞わせている。 あの日、俺がなんの気無しにサインした紙…… 

『いや、私達は別にいいんですよ。 この紙自体に法的な拘束力はありませんし? ただ、姫様も商売人なら、人との約束事を破るのは精神的に心苦しいんじゃないのかな?と』
にこにこと笑顔で柔らかく契約書を示すこの人を見て、この人がかなりのタヌキだと理解したのはその年の初秋だった。 以来、毎年の秋祭りに俺は神楽舞を舞っている。

困った事に俺が舞を舞い始めると神の代わりに本当に姫が降りてくるのだ。 始めの数分は俺が舞うが後は身体が勝手に舞を舞い始めるのだ。 どうも姫は前世で舞を舞うのがよほど好きだったようだ。

「是非、一度見に来て下さい」
そう言って記者さん達を誘う西村さん。

「姫様の舞いは一見の価値はありますぞ」
「佳境に入るともうなんとも言えない艶っぽさが……」
「近年になると姫様に人妻の色気が加わって、エロい、エロい」
外野から要らない推薦がはいる。

ぱっかぁん
「誰がエロいんだよ! もう舞わねぇよ!」

「とか言いながら神主さんに頼まれると断れないクセに」
「姫は神主さんの前では乙女になりますからなぁ」
「『アナタの為なら好きなだけ舞いますぅ……』となぁ」
年寄り達がそう言って笑い合うのを俺のお盆が襲う。

パコ、パコ、パコッ!
「言ってねぇよ!そんな事は!」

「あの? いくら何でも気軽に叩きすぎでは?」
女性カメラマンが心配そうに声を掛けてくる。

「大丈夫。 音だけで威力は大してありませんから」
「そうなんですか?」

「そうですよ? その証拠にジジィ共はもっと叩いてくれと目で訴えかけてるでしょ?」
「訴えておらんわ!」
「痛いですぞ、姫」
「ワシらはおかしな趣味はもっとらんよ」
なんだか雑音が聞こえるが無視。

「この技はとある居酒屋に代々伝わるセクハラオヤジ撃退の為の一子相伝の技なんですよ。 私がその正統継承者なんですよ。 厳しい修行の末に習得しました」
そう言って記者さん達に微笑む。

「秋奈さんも盛りますなぁ? お母さんのを見て覚えただけなのに」
笑ってつぶやく西村さん。


俺が板場で定食を作っている間、西村さん達は雑誌の記者さん達と取材の続きを続ける。
ジジィ達がそれに加わり、ここの良いところや村の良いところをアピールしている。 
……だから、秋祭りはアピールしないで。 マジ恥ずかしいから。


「はい、お待たせしました。 ウチの食材は村の無農薬の物を使ってますから美味しいですよ。この村って不思議と野菜や家畜がよく育つんですよ」
そう言ってお膳を三つ運んでテーブルに並べる。

「あら、本当に美味しい。 この肉や野菜いが全部、村の食材なんですか?」
「野菜の味が濃いですね。 それを美味く味付けしてあるからまったくエグくないし」
評判は上々なようだ。 やはり喜んでもらえると嬉しいよな。

気をよくしていると、新たに戸が開く。

「ママァ〜!」
二歳児がよちよちと飛び込んでくる。

「おっ?清香。 どうしたんだ?」
俺は飛び込んできた幼児を抱き上げて尋ねる。

「清香がママに会いに行くって聞かないんだよ」
後から俺の旦那様である清彦が苦笑しながら入って来る。

「なんだ?大人しくお留守番してるって約束したでしょ?」
そう言って俺は愛娘である清香をたしなめる。

「えへへぇ」
誤魔化すように舌を出して笑う清香。 
この可愛いヤツめ! 一体、どこの誰がこんな天使を産んだんだ?

「若。 丁度よかった。 こちら、雑誌社の記者さん」
西村さんが立ち上がって清彦を手招きする。

ちなみに"若"というのは俺の"姫"に対応して付けられた秋奈の通称だ。 
お義父さんが現役を引退してないので区別する為に付けられたという意味もある。

「あ、はじめまして。 この先の龍神神社で神主をやらせてもらっている斎藤清彦と申します」
そう言って二人に頭を下げる秋奈。

「雑誌"トラベルサーチマガジン ジョイフルジャパン"の加藤と申します」
「同じくカメラマンの田中と申します」
二人が立ち上がって秋奈に頭を下げる。

「旅行雑誌ですか?」
「国内専門ですけどね……」
長い名前だな?もっと短い雑誌名に出来なかったのかよ?

そして、再び秋奈を交えて適当な来歴をでっち上げた龍神神社の成り立ちを説明する西村さん。 
まぁ、真実の来歴よりも嘘っぱちの来歴の方が真実味があるというのもおかしな話だが。

俺は清香を抱き上げて膝の上であやす。 いや、客がいないから仕方がない。 
平日の昼間はいつもこんなものだし。 

「姫様、姫様。 客、客、ここにいますよ、お客様」
俺の心を見透かしたエロジジィが自分達を指さして何か言ってるが気にしない。


やがて雑誌の取材も終わり、西村さんと記者さん達が帰っていく。

「さてと。清香。 ママに会えたから満足しただろ?もう帰るぞ」
「もう少しここに居るぅ」

「だめだ。 ママはもう少しお仕事があるから先に帰って大人しく待ってるんだ」
そう言って、俺の膝から清香を抱き上げる。
「おウチで待っててね。清香」
俺は秋奈に抱き上げられた清香の頭を優しくなでる。

「姫様も家族の前では普通の優しい女性に戻るのにな」
「何故、その優しさを客に与えられんのかのう?」
「昔に較べて若の前では本当に女らしくなられて」

「なってねぇっての!」
俺は顔を赤くして否定する。

「そりゃ、もう妻の教育には苦労しましたから」
「あぁ、やはり苦労されましたか」
「姫はまるで男のようでしたからなぁ」
「今ではすっかり若に従順な若奥様ですからなぁ」

「き、教育なんかされてねぇし、従順でもねぇよ!」
「これこれ。 ママが汚い言葉を使うと娘の教育に悪いだろ?」
秋奈が上から目線で俺に注意する。

「あ、ごめんなさい」
クソ、悔しいが正論には逆らえない。 清香の教育を持ち出されると弱い。 俺の大事な天使を歪めたくないからな……


 俺が清香を産んだのは二年前。 産院で無茶苦茶痛い思いをして清香を産み落とした。

 秋奈の皮を着て半月目に俺は"女"になった。
 俺の精神は秋奈に完全に同化して一ヶ月も経つとかなり女性化してしまっていた。
 
 旦那様である秋奈を女として惚れてしまっていたし、夜の営みも秋奈に求められれば自然に応える事 ができた。 時には俺から求めるようになっていたし、旦那様に不評だった俺の喘ぎ声もその頃には 男心を充分にそそるものになっていた。
 ……ん?あれ? …… け、決して調教されたんじゃないからね!

 それに秋奈に男を感じて胸がキュンとなる事が心地いいのだから仕方がない。 
 …………調教されてないよな?

 そして、一ヶ月経って二ヶ月経っても二回目の"女の証"は来なかった。 それを知った旦那様に産婦 人科に引っ張っていかれあの屈辱的な診察台に寝かせられた。
 そう。 俺は"女"になった途端に旦那様に孕ませられていたのだった。 
 仕事が早いですね、秋奈さん……


 病院のベットで清香に授乳をしていると、俺のオッパイを一生懸命吸う清香がものすごく愛おしく感 じてしまい、あれだけ痛い思いをしたというのに今度は男の子がいいななどと思ってしまった。

 「どうだ? 女ってバカだろ? あれだけ痛い経験をしてもすぐに愛する人との赤ちゃんをまた産み たいと思ってしまうだろ?」
 前日、俺が産気づいたという連絡を秋奈から受けてやってきた母さんがそう言って俺に笑いかけた。

 「まぁ、確かに……」
 お食事中の清香を見下ろしながらちょっと羞じらいながら俺は照れくさそうにそれを認めた。


「おぉ、姫様がなにか悩んでおられる」
「いや、あれは今晩の若との睦言に心を弾ませておられるのじゃ」
「女の身体というのはかなりいいのじゃろうなぁ」

「俺は淫乱女か!昼間ッからそんな事考えてねぇよ! 女は色々と不便なんだよ!」
俺はお盆を振り上げる。

「はい、ママは清香の前で乱暴な言葉遣いをしたから今夜はたっぷりとお仕置きだからね。 楽しみにしておいで」
旦那様が清香を抱えて意地悪くそう言って笑う。

「若! それはお仕置きになっておりませんぞ!」
「そうです。 それはむしろ、ご褒美!」
「姫はわざとお仕置きを受ける為に乱暴な言葉遣いをしてるんですよ」

「ち、違う! ご褒美なんかじゃねぇ! こいつは俺を抱きながら、態度と言葉で男としてのプライドをズタズタにするんだよ!」
俺は笑っている秋奈を指さして訴える。

「はい、お仕置き決定。 今夜は秋奈を徹底的に調教し直してあげる。 昔、自分が清彦だった事なんか忘れるほどね? 楽しみでしょ〜」
そう笑って清香を抱き上げた秋奈は帰っていた。

いや、冗談だと判っていても秋奈はノってくるとそれに近い状況になるからイヤなんだよ、マジで。

「お前らのせいで秋奈が調子に乗っちゃったじゃねぇか。 どうしてくれんだよ?」

「わしらのせいか?」
「姫が勝手に自爆したんじゃろ?」
「ホントは嬉しいクセに」
そういって受け流すエロじじぃ達。

「帰れ。 もう充分に飲み食いしただろ。 農作業の続きをしに行けよ」

「はいはい、わかりました。 息子達も待ってる頃だし」
「そうですな。 陽射しも少し柔らかくなってきたし」
「姫、おいくらになりますかな?」
ジジィ達がやっと重い腰を上げる。

「いらねぇよ。 てか、お前ら、店に来るのに捕った鮎やら農作物を持ってくるから計算が面倒なんだよ。 物々交換で飲み食いすんじゃねぇよ」

「いい鮎でしょ? 今日は河原の草刈りをしておりますからな」
「昼までにかなり釣れたましたな」
「ヒデさんは鮎釣りの名人だからなぁ」
って、それはサボってたって事だよな? マジメに草刈りしろよ。

笑いながら年寄り達が帰って行き、店の中は静かになる。

小腹が空いた俺はテーブルに座って、串に刺した焼きたての鮎を手に取るとかぶりつく。
「うん、美味いな。 こうなるとビールが欲しくなってくるよな?」

そうつぶやいてカウンターに設置してあるビールサーバーを眺める。
ジョッキに冷たいビールを注ぎ、鮎をパクつきながら一気にビールを……
いやいやいや、飲んじゃダメだ、飲んじゃダメだ、飲んじゃダメだ。 
どこかのSFアニメの主人公のようにつぶやき、首を振る。


「姫、追加の野菜と肉を持ってきたぞ。 お?美味そうなのを食ってるな?」
「ゴンか。 サンキュ、そこの奥においておいてくれ。 あ、肉は冷蔵庫な」
戸を開けて入ってきたゴンに俺は鮎の刺さった串で場所を指定する。

「ヒマそうだな?」
荷物を下ろしながら笑うゴン。

「平日はこんなものだよ。 昼時はもう少し客がいるし、時間帯の問題だよ。 あ、鮎食うか?」
「いいのか? お、焼きたてじゃないか?」
そう言って俺の差しだした鮎を受け取るゴン。

「さっきまでエロじじぃズがここでくだ巻いてたんだよ。 鮎はヒデさんの持ち込み。 新鮮だぞ?」
「あぁ、長老達か。 ヒデさんは釣りの名人だからな。 うん、塩加減も焼き方もプロみたいだな」
鮎に齧り付きながら笑うゴン。

「プロだよ! しかし、この村は作物と言い、魚と言いよく育つよな」
「前にも言ったが、霊脈がいいんだそうだ。 その辺りはご先祖様に感謝だな」

「霊脈ねぇ? 俺はオカルト方面はよくわからないのだが、そんなにいいのか?」
俺は麦茶を差し出して尋ねる。

「いいぞ。 実際に作物を作って較べてみれば判る。 俺は農業高校に行ってたんだが、あそことここでは出来が雲泥の差だ。 条件は同じなのに土地の差だな」
そう言って笑う。

「へぇ?そんなに違うのか」
「まぁ、その霊脈のおかげでおかしな事も起こるけどな」

「おかしな事?」
「ま、ちょっとした怪異だ。 お前も聞いた事はあるだろ?」

「いや、知らないけど?」
「はぁ?お前もこの村に来て三年も経つのなら少しは聞いてるだろ?」

「だから、知らないって? 怪異って怪談みたいなものだろ?」
「ちょっと違うような気もするけど、概ねそうかな? 俺ン家の裏の竹林の鬼火の話は?」

「はぁ!? 初耳だぞ? お前んち人魂が出るのか?」
「極たまにだけどな。 桜山寺の走り回る足音は?」

「ちょっと待て?あの寺も出るのか?」
「わりと有名なんだけどな? 村で誰かが死ぬと夜中に本堂へ行く廊下を子供の足音だけが走り回るんだ。 これは村人なら誰もが知ってるんだが?」

「だから、俺は聞いてないって?」
「安倍さんチの裏道の囁く声は?」

「安倍ってじじぃの家だよな?」
「あぁ、あそこを夕方一人で歩いくと誰かが耳元で何かを囁くんだ」
そう言ってゴンは笑いながら村の怪異をいくつも解説していった。

「知りたくなかった……」
思わずテーブルに手を付いてうなだれる俺。

「大丈夫だよ。 頻繁に起こる事じゃねぇし? 年に4、5回?」
「……全部で?」

「いや、一件につき」
「今、お前どれだけの怪異を出してきた! 全部合わせれば週一以上起こるって事だろ!」

「だから、大丈夫だって。 どれも危害を加える怪異じゃないだろ? 音を出したり、現象を見せたりとか無害は物しか……、 あっ」

「ちょっと待て? あ、ってなんだ、あっ、て?」
俺はゴンの言葉を聞きとがめる。

「いや、これはレア中のレア、激レアってヤツだから大丈夫。 誰も見たヤツはいないんだから」
そう言って誤魔化すように笑うゴン。

「見たヤツはいないのに、なんで伝わってるんだよ?」
「まぁ、その怪異に出会ったと主張するヤツが約一名いるけど、それを証明は出来なかったんだよ。だから、ノーカウント、ノーカン」

「それはどんな怪異だよ?」
「……聞きたいか?」

「そこまで言ったら聞かないワケにはいかねぇだろ?」
「いや、誰も認めてねぇから聞かない方がいいぞ?」

「言えよ? でないと鮎の代金、一万円取るぞ?」
「ぼったくりかよ! それにこれはお前が奢ってくれたんだろ!?」

「俺は食うかと言ったが、奢ってやるとは言ってない。 話したら奢ってやる」
そう言って豊かな胸を張る。

「ひでぇ。 まぁ、いい。話してやる。 竜神橋の河童。 女の子が一人で橋を通りかかると河童が川から見つめてくる」
「はぁ? 河童!? 竜神橋ってウチの前の橋だよな? なんだよ、女限定って! エロガッパか?」

「女性限定じゃなくって女児限定だな」
「エロリガッパかよ! 巫山戯んな! それも寄りにも寄ってウチの前だぁ! ウチには世界一可愛い天使が居るんだぞ。 何かあったらどうしてくれるんだ!」

「いや、俺に言われても……」
「そんな巫山戯た噂を流したヤツはどこのどいつだ!連れてこい!」

「さっき、世界一可愛い天使を連れてここから出ていったのをみたぞ?」
「……え? 噂の元は秋奈?」

「うん。今のお前の旦那様だな。 俺達が小学校に入りたての頃、秋奈が一人で橋の上で遊んでたら川の中から河童が出て来たんだよ。 そして、秋奈が近所の畑からオヤツ代わりの取ってきたキュウリと交換に鮎をくれたんだとさ」

「マジ?」
「さぁ? とにかく龍神神社から上は水神様の領域となっていてそこに居る鮎は水神様の物とされるんだ。 つまりあそこで鮎を獲る村人はいない。 秋奈の持って来た鮎を見た神主さんは誰に獲ってもらったんだと秋奈にその不心得者を尋ねたんだが秋奈は河童だと言い張った。 それが竜神橋の河童伝説の始まり」

「…… それって密猟者を秋奈が庇っただけの話じゃないのか?」
「うん、実際に橋の下では鮎を焼いた形跡があったんだけど、河童が鮎を焼いて食うか? まぁ、皆はそういう意見でまとまったけど、納得できないヤツが一人」

「ウチの旦那様ですか?」
「そういう事。 秋奈は頑固だからねぇ。 でももし、居たりしたら怖くね? それだけは意思を持った怪異だから…… あ?」

「だからなんなんだよ! あ、って言うのは!」
「いや、もうひとつ意思を持った怪異がいた事を思いだしてな」

「今度はなんだよ! 雪女か一つ目小僧か、ろくろ首か!」
「現代に転生にした戦国時代のお姫様」
笑って俺を指さすゴン。

「ちょっと待てぇ。 俺はカッパと同列か!」
「似たようなものだろ!」

「俺は頭に皿を乗せてねぇ!」
「でも、着脱式の皿を振り回してるじゃないか?」
俺が振り上げかけたお盆を指さしすゴン。

「そんなつまらねぇオチはいらねぇよ、ばか」
「ま、おかしな怪異に出会ってもこちらから何かしなければ大丈夫だよ」

「こちらから?」
「怪異と目を合わせたり声を掛けたりしなければ、要は気がつかないふりをしておけって事だよ」
そう言って笑う。


皆が去った後、俺は洗い物をしながら考える。

それにしても…… 村人は怪異に慣れている、か。
確かに俺の中で姫が覚醒した時、初代様の幽霊がまっ昼間っからはっきりくっきり現れていたのに村人は誰も驚いてなかったな。 幽霊の方も俺の事をよろしくと村人達に言って、消えて行ったし……

考えてみれば充分に異常な村だよな、ここ。 ま、面白いと言えば面白いが。
 
夕方になり、俺は店を閉めて家路につく。 

お食事処「きよたま」はあくまでも道の駅の一部なので、健全時間営業なのだ。 酒類も出せるウチの店の営業時間をもっと延ばして欲しい、という要望も一部ではある。 

主に要望元はエロじじぃとかスケベじじぃとか、クソじじぃとか、後は長老会の一部とか……

俺も営業時間を伸ばしたいとは思うんだが、要望元が気に食わないというか、オボンがいくつ有っても足りなくなりそうだとか…… そんなワケで今はちょっと思案中……

まぁ、オボンについては一応、店の開店時に開店祝いとして母さんが愛用のアルミのオボンをでっかい段ボールケース一杯に贈ってくれたのだが……

「もう、半分がベコベコになっちゃってるしなぁ。酔っ払いが増えると消費量が加速しそうだし……」
それに一応、俺は主婦だから家事もあるし、お義母さんに頼りっぱなしってのも悪いし。


「いっそ、神社の境内で屋台でも出そうかな?」
神社の下の専用駐車場に軽を止めると、助手席から荷物を取って神社の階段へと向かう。

それにしても、今はこの階段にも慣れたけど……
石段の前で立ち止まり、上を眺める。

清香を産んだ時は大変だったな。 歴代の龍神神社の奥さん達はこの村の人間ばかりなので、臨月が近づくと実家に帰って産んだらしいが、俺の場合はここが"実家"になるわけだし、まさか"清彦の嫁"が俺の実家に帰るワケにも行かないし……

結局、階段の上り下りが辛くなった最後は義母さんの実家にお世話になった…… 
実家では"姫"のお世話が出来るって下にもおかない扱いだったけど、こっちが恐縮しちゃうもんなぁ。

そんなとりとめの無い事を考えていると……

バシャン
背後で水の跳ねる音が聞こえ、背後を振り返る。

音は今来た駐車場の横を流れる川の方から聞こえたようだ。
 
えっと、その川自体の川幅は5m程でそう大きくはないが一年を通して豊かな水量を保っている。
その川上の山奥の水源となっている泉にはウチの神社が祀っている水神様の祠がある。

当然、その川の名前は

「龍神川……」
で、その川に架かる石橋の名前は竜神橋……

『竜神橋の河童、女の子が一人で橋を通りかかると河童が川から見つめてくる』
さっきのゴンの言葉が脳裏に甦る。

「いやいやいや、誰も見た事が無いって言ってたし、俺はもう女の子って歳でもねぇし?」
頭を振って嫌な気分を振り払う。

「あれ?」
ふと見ると橋の真ん中辺りに緑色の太い棒状の何かが落ちている。 カッパの腕?まさかな?

俺は恐る恐るそこに近づく。 ……それはキュウリだった。 
「なんだ、脅かすなよ。 キュウリかよ」

川の近くの畑にキュウリがたわわに生っている。 ウチの村の作物は生育がいいとは思っていたがここまで大きいのも珍しい。 永野さんチの農園か。 しかし、なんでこんな所に?

「まさか、カッパが落としていったとか?」
キュウリを拾って橋の欄干から下を見下ろすが、当たり前だがなにもいない。

このキュウリどうしよう? 畑に戻すか? しかし、落ちていた物を戻しに行ってもなぁ?
かと言って元の場所に放置するのも料理人として気に掛かるし?

「面倒な物を拾っちゃったな? お〜い、落とし物だぞぉ?」
俺は水面に向かってキュウリを振ってみる。 いや、カッパが実在するとは思わないけど…… えっ?

急に腕が重くなり、気がつくと俺が振っているキュウリの片方に緑色の手が……
「う、うわぁ!」

思わず振っていた腕をキュウリごと引き戻す。
「けろ〜!」

キュウリと共に子供くらいの大きさの物体が橋の上に転がる。 その姿は……
「カッパ! カッパだ!カッパがいる!」

「痛いケロォ。 痛い上に失礼ケロ! オラのどこがカッパに見えるケロ!」
「緑の身体に甲羅背負って、頭に皿! どこをどう見てもカッパにしか見えないだろ!」

「そこはただのオラの個性だケロ。 オラはありがたい水神様ケロ!」
「ちょっと待て! 騙るによって水神様だ? 妖怪が神様を騙るんじゃねぇ!」

「嘘じゃないケロ! オラは水神だケロ!」
「あのな?ウチの神社は水神様を祀ってるが、祀ってる水神様は龍だってお義父さんから聞いたぞ?」
俺は橋の上に尻餅をついているカッパを睨みつける。

「龍だケロ? ほら、シッポ、シッポ」
そう言って俺にケツを向けて尻尾を振ってみせる河童。

「龍のシッポはそんなに小さくねぇ……」
「くっ。 見破られてしまったケロ」

「いや、見破る以前の問題だろ? で、お前はカッパなんだな?」
「水神様だケロ。 ただし、よその土地の水神だケロ」

「よその土地の水神? なんで余所の水神がここにいるんだ?」
「ここの水神とオラはマブダチだケロ。 だから、キュウリをご馳走になりにきたケロ。 ここのキュウリは発育がよくてなかなか絶品だケロ?」
そう言って胡座をかきながら地面に転がっているキュウリを拾って囓るカッパ。

「なんでマブダチだとキュウリをご馳走になるんだ? 話がつながらねぇぞ?」
「お前、ばかケロ? 人間の言葉にあるケロ? "お前の物は俺の物、俺の物は俺の物"」
そう言って得意気に俺に向かって立てた人差し指を振る河童。

パシッ。
突然、空から小さな雷がカッパのそばに落ちる。

「冗談ケロ!! シャレのわからないヤツケロ!  オラが勝手にキュウリを食べに来ただけケロ! 
冗談も判らないようじゃ友達無くすケロ!」
カッパが立ち上がって天に向かって叫ぶ。

ちょっと待て? 今の雷は本当の龍神様? このジャイアン河童、マジでウチの水神様の知り合いなのか?

てかなぁ? 河童ってもっと怖いモノだと思ってたんだが…… 言葉を話してコミュニケーションが取れるって事がこうも恐怖感を失わせるとは…… この夕闇が迫る中で黙って突っ立ってたり、ケタケタと笑うだけだったら腰を抜かすくらい驚いたはずなのに…… 残念河童。

「ちょっと待つケロ。 お前はなんでオラを哀れみのこもった目で見るケロ?」

「いや、まぁ…… お前も地元じゃ苦労してんだろうな。 こうやって余所の水神様の所にキュウリをもらいに来るんだから?」
「ふざけるなケロ! オラは友達の所に初物のキュウリを頂きに来ただけケロ! オラの所じゃ、まだキュウリは生ってないだけケロ!」
カッパがそう言って怒り出す。

「初物のキュウリ?」
「ふ。 人間のクセに知らないケロ? 初物は食べると75日寿命が延びると言われているケロよ?」

「……お前、今何歳だ?」
「さぁ?水神となって覚醒した時から千年くらいまでは数えてたけど、今は忘れたケロ?」
キョトンとした目で顔を傾げるカッパ。

「年齢も忘れるくらい歳を得た妖怪が75日くらい気にするんじゃねぇ!!」
おもわずカッパの頭を叩く。

「痛いケロ! 神に手を上げるとは大それた行為ケロォ!」
いや、頭を押さえて涙目で訴える神様ってどうよ?

「オラは地元では篤く信仰されてるケロよ! そのオラがわざわざ余所の川に来てやってるというのにこの扱いは酷いケロ!」
「篤く信仰? 本当かよ?」
てか、妖怪としても軽すぎないか?この自称水神様。

「マジケロ。 オラが縁を取り持ってやった嫁なんかはそれ以来、水神様、水神様とオラをすぐに頼ってくるケロ」
ちょっと自慢気に胸を張って指を振るカッパ。

「縁を取り持った? お前、縁結びの神様?」
「オラは手広く営業するケロ」
こいつ、口を開けば開く程、軽くなってねぇか?

「その"嫁"とやらがお前を頼ってくる?」
「そうケロ。 夏祭りの裏方を頼まれたり、ちょっと農作業の間だけ子供達を見ていて、とか幅広く頼られてるケロ」
……それは神様に頼る事なのか?

「それって、なんだか便利に使われてるんじゃね?」
「便利に使われてないケロ。 オラはそれなりに供物を要求するケロね」

「ほぉ? ちなみに供物って?」
「段ボール一杯のキュウリと缶ビールケロ。 子守の場合はもう少し負けるケロよ?」
……それは餌付けされてるんじゃね? てか、やっぱり河童じゃないか。

「だから、哀れみの目でオラを見るんじゃないケロ!」
「いや、大丈夫。 少しも哀れんでないぞ?」
そう言って俺はカッパの肩に手を掛ける。

「だから、その上から目線を止めるケロ! これだから人間は嫌いケロ」
そう言って嘴を尖らせるカッパ。

「あれ? それなのになんで人前に出てきたんだ? お前、この村ではずっと姿を見せなかっただろ?」
「オラは毎年、この村に初物を食べに来てるケロ? この時間は人通りが途絶えて狙い目ケロ」
常連のキュウリ泥棒…… それが神様のする事か?

「だったらなんで俺の前に出て来たんだよ?」
「はぁ? お前が呼んだケロ。 忘れ物だってキュウリを振られたら出てこざるを得ないケロ?」

出てこざるを得ませんか……
てか。 『怪異と目を合わせたり声を掛けたりしなければ……』ゴンの忠告を思い出す。
うっかり先に怪異に声を掛けてしまったのは俺だったか。 迂闊だった。

「そう言えば、お前。 さっき、おかしな事を言ったケロね?」
「おかしな事?」

「ここの神社に祀ってあるのは龍神だって親に聞いたとか?」
「あぁ、そう聞いたぞ?」

「親というのはここの神主ケロ? ここの娘は一人っ子だったはずケロ?」
「そうだぞ? 俺がここの娘の斎藤秋奈だ」

「嘘ケロ! ここの娘は昔、一度会ったケロ! わざわざ鮎を焼いて食わせてやった仲ケロ? それはお前じゃないケロ?」
「成長したんだよ! お前が会ったのは秋奈が小学生の頃だろ!」

「違うケロ! 身体は確かにあの娘ケロ! でも中身が別人だケロ! ……さては悪霊が娘の身体を乗っ取ってるケロね? 正体を現すケロ、物の怪!」
そう言って俺を指さす。

って、物の怪にモノノケ呼ばわりされるとは。

「お前、魂が判るのか? 事情があるんだよ、俺はこの村の"姫"なんだよ?」
「ふっ。騙るに落ちたケロね? モノノケの姫なら大きな白い狼の背に乗ってるものケロ?」
そう言って小馬鹿にしたように俺を見る河童。

「俺はそんなモノノケじゃねぇ! てか、お前。 意外な物を知ってるな?」
「この間、嫁の家に忍び込んだ時、そこの家の坊達と一緒にTVで観たケロ」
……アットホームな河童じゃねぇか? それでも妖怪か?

俺はかいつまんで俺の事情を河童に話す。 
なんだか、河童相手に普通に会話してる事の異常性が失われてきてるな……

「あぁ! それでこの村の結界がなくなってるわけケロ?」
「そういや、お前。 毎年この村に来てるんだよな? 結界はどうしてたんだ?」

「あの結界は人払いの結界ケロ。 オラは腐っても神様ケロ。 神様には通じないケロ」
そう言って得意気に胸を張る。 そうか、腐ってる事を認めますか?

「それでもやはり結界が通じないって事は本当に神様なのかな?」
「そうケロ。 これからは竜神なんかを祀ってないでオラを祀るがいいケ……」
パシッ!
河童の頭に小さな雷が落ちる。

「だから軽いジョークに本気で怒るなケロ! オラじゃなかったら死んでるケロよ! 大体、親友の頭を狙うってどうゆう事ケロォ!」
俺に背を向けて欄干に飛び乗り、天に向かって拳を振り上げる河童。

雷の直撃を受けても皿が割れないんだ?意外と丈夫だな? あれ?そういや……

「そういえば、お前はこうやって出て来てるのに、なんでウチの水神様は姿を現さないんだ?」
俺は疑問に思った事を尋ねる。

「え?いいケロ?」
俺の方を振り返った河童が逆に俺に尋ねてくる。

「はぁ? いいって、なにが?」
「こいつが姿を現してもいいケロ?」
そう言って雷が落ちてきた天を指さす河童。

「良いも悪いも…… ちょっと待て? マズいのか?」
「お前も知ってると思うけど、ここらは巨大な川が3つ流れてるケロ?」

「あぁ。 それが何か?」
「それぞれ一つずつに龍がいるケロ」

「へぇ? そうなんだ」
「でも、その川は河口で繋がってるケロ。 だからその龍は三体で一柱ケロ」 

「…… えっと、身体が一つで首が三つの龍?」
頭の中で一つのビジュアルが浮かび上がる。 怪獣好きにはとっても高名な龍の映像だ。

「で、この川の上に祀られるのはその龍の首の一つケロ。 当然、現れる時は三首同時ケロ?」

「えっと…… 大きさはお前と同じくらい?」
「オラの大きさが特殊ケロ? 普通、龍と言えば巨大ケロ? 特にここの川は三つともかなりの大きさケロ。 だから水神もかなりの大きさケロよ? あの山を跨ぐくらいケロ?」
そう言って俺の前にそびえる山を指さす。

「いや、ちょっと待て? リアルに怪獣サイズ?」
「しかも、龍の顕現には超強大な暴風と雷雨を呼ぶケロ?  こいつはこの辺りではかなりの暴れん坊で知られているケロ。 この位の山なら簡単に崩れるから避難した方がいいケロよ」
そう言って欄干の上に拾った丸っこい石を並べる。 ひとつ、ふたつ、みっつ……

「おいおい、なにを……」

「出てこい、神龍……」
「やめ〜い!!」
俺は欄干の上に並べられた七つの石コロを払い落として、両手を広げた河童の頭をはたく。

「痛いケロ〜、軽い冗談だケロ」
頭を押さえて抗議する河童。

「軽い冗談で村を壊滅されてたまるか! 大体、そんな召喚儀式をどこで覚えてきたんだ!」
「こないだ、坊と一緒に観たTVでやってたケロ。 大体、オラが呼んだからと言ってヤツは易々と出ては来ないケロ。 神話の時代と違うケロ」

「どこまでは本当なんだ? ウチの神様がキングギドラってのは……」
「名前は違うけど、三首の龍というのは本当ケロ?」

「お前も実は巨大だったりするのか?」
「まぁ、オラは精々ゴジラクラスケロ」
そう言って腰に手を当てて胸を張る河童 ……の上に雷が。

パシッ

「だから、なんでオラの上に雷を落とすケロ! ちょっと気軽に落としすぎじゃないケロ!」
欄干の上で抗議する河童。
いや、キングギドラに対してゴジラを名乗られちゃ雷を落とさざるを得ないでしょ?


「どうもここに居るとオラの命が伸びるどころか、逆に縮むケロ。 もう帰るケロ」
頭を撫でながらそう言って欄干から川に飛び込もうとする河童に声を掛ける。

「なぁ?お前が本当に水神様の端くれなら何か証拠を見せてみてくれよ?」
それは何の気なしに言ってみただけだった。

河童は欄干の上から俺を振り返って下腹部を指さす。
「男の子ケロ」

「…… はい? え?なんの事だ?」
意味がわからず途惑う。

「だから、今、お前のお腹の中にいる赤ちゃんケロ。 男の子ケロ」
「え?ちょっと待て。 妊娠したような気はしてるが、病院どころか、まだ誰にも話してないぞ?」

「オラには判るケロ。 来年の春、お前は元気な男の子を授かるケロ」
そう言うと河童はさっさと龍神川にダイブして去って行った。

「……えっと。 マジ?」
川面を見ながら、思わず下腹の辺りをなでて今の河童の予言を頭の中で反芻する。

 『来年の春、お前は元気な男の子を授かるケロ』

清香の弟がここで育っているのか……


「姫?」
後ろから声を蹴られて振り向くと俺の旦那様が愛娘を肩車して石段を降りてくる。

「あ、清彦」
「いつもより帰りが遅いから迎えに来たよ。 どうしたんだ?川なんか覗き込んで?」
そうか、河童のヤツ。人の気配がしたから……

「なんでもありませんよ。 ほぉら、清香。 こっちにおいで」
俺は清香を旦那様の肩から下ろすと俺の腕の中に引き取る。

清香は俺の腕の中で俺を見上げて「えへへ」と可愛く笑う。 くそっ、なんて可愛いんだ。 こんなに可愛い天使を産んだのはどこの、カッコアールワイ。

「で、なにかあったの?」
旦那様が俺に問いかける。

「ふふふ、夕食の時に話してあげます」
そう言って意味ありげに微笑む。

「なんだ?今じゃダメなのか?」
「家族が揃ってるところで、ね」
笑って俺は清香を肩に乗せると可愛い手が俺の頭を掴まえる。

「なんだよ?思わせぶりだな?」
「たった今、水神様のご神託が水神神社の巫女である私に下されました。 その内容を発表します」
そう言って俺は旦那様の手を取り、仲良く石段を上がっていく。

「神託?冗談だろ? 意地悪だな。教えろよ?」
旦那様が俺の上機嫌に引きずられるように笑いながら尋ねてくる。

「夕飯の時に教えてあげる。 お義父さんやお義母さんにも教えてあげたいから」

来年の春には家族がもう一人。 俺ももう完全にこの村の住人だな。



    それが嬉しい。 俺の中で俺と一体となった姫が微笑んだ気がした。


               E N D










inserted by FC2 system