teruさん総合
『皮剥丸夢譚』 3・全て世は事も無し 遠くで何かがざわつくような気配がする…… まるで昔にTVで観た大河ドラマの合戦シーンに立ち会っているような…… うっすらと目を開けると自分が薄暗い部屋の中で寝かされている事に気づく。 「ん?ここは……」 「あら、清彦さん気がついたのね?」 「あ、お母さん? えっと、俺は……」 顔を下げて自分の姿を見ると、どうも着物の寝間着を着せられているようだ。 寝ている間に着替えさせられたようだ。 壁には気を失う直前まで俺が着ていた巫女装束が掛けられている。 「俺はあれを着て踊っていたのか……」 思い出すと恥ずかしくなるな。 汗で透け気味の白衣(びゃくえ)は確か、胸の先が透けていたような気がするし、袴の下はスッポンポンで踊る度に股間をスキマ風が嬲っていたし…… 踊っている間、姫の想いが俺の中に流れ込んでいた。 舞っていたときはパニクって気づかないでいたがいくつかの情報は俺の中に流れ込んでいた。 多分、それは俺の前世の想い…… てか、あれ? 「清彦くん、目が覚めたそうだね」 「あ」 「な、なんだ?」 「そうなのか?まぁ、いい。 身体の調子はどうだね?医者は一応はただの過労だとは言っていたが」 「そうか。 一昼夜眠り続けていたから心配したよ」 「はい?一昼夜? 俺って丸一日も眠ってたんですか!?」 「丸一日と六時間程なのか……」 「えっと…… 座敷で男の人の姿を見た途端に俺の身体のコントロールを誰かに奪われて、身体が勝手に庭に出て行って舞いを舞った所までですかね? 俺に乗り移ったのって伝説にあるお姫様ですか? 「そうか。そこまで覚えているのなら話は早い。 君に憑いたのは確かに姫だが、正確には憑いたワケではなく、あの姫は間違いなく君自身で、一時的に前世の記憶が甦ったのだよ」 「生まれ変わってしまえば姫と君とは別人と言っても差し支えはないからね。 姫が生前に放った呪のせいで一時的に姫の情報が君の身体に甦ったのだよ。 ただ、もう姫は目的を果たしたから多分、二度と目覚める事はないだろう」 「目的というのはこの村にある呪具の浄化ですか?」 その微笑みの中に若干の脱力感が含まれている事に気づく。 「すいませんでした」 そう言って俺の前に座ったお父さんは俺に向かって静かに床に付くほど頭を下げる。 「な、なにを?」 俺に向かって土下座をしながら理解できない言葉を紡ぐお父さん。 「あの時、多分、因果が組まれるパターンは三つあった。 弟の俊秋が村の外に住む女に子供を孕ませるパターン、私が君の祖父の子供を孕んでしまいあの居酒屋に残るパターン、そして…… 何らかの形で村の外で私達、姉弟の呪力を受け継いだ者が生まれ、孕むか孕ませる最悪のパターン。 私は自覚のないままに最後の最悪のパターンを選択してしまい、その結果。 なんの関係もなかった君たち家族を巻き込ませてしまった」 お父さんの言葉に理解がついていかない。 「強大な呪力を持った私の皮が村の外に残されたせいで、姫の魂を落とし込む器が村の外でできる環境が整い……」 「ちょっと待って、ちょっと待って! なんだかすごくヤバイ事を告白しようとしてませんか? 俺の身体が姫の魂を落とし込む器? だったら、この俺を産んだ母さんは……」 俺の爺さんが因果の罠に嵌まった? お父さんの皮を残した? と言う事は今のお父さんは昔は別人だった? えっと…… 嫌な予感がするぞ? 「私は今でこそ、斎藤俊秋を名乗っているが、その前はこの身体の姉の斎藤俊香……」 お父さんが昔は女で…… 詳しく聞いてしまうととんでもない真実を聞かされそうな気がするぞ? 「うわぁぁぁぁ!! 言わなくていいです! 俺はまったく気にしてませんから頭を上げて下さい!」 「すまない。 いくら君が姫の生まれ変わりだとしても今は村とは関係のない木下清彦というまったくの別人だ。 それを巻き込んでしまったのは姫の放った呪のせいだ。 しいては私の責任だ」 「でも、それがなかったら俺は生まれて来なかったんでしょ? だったらそれに感謝ですよ。 俺が生まれて来れたんですから。 何があったかは知らないけど、母さんだって俺を産めたんですから感謝してますよ。 ……多分」 「そう言ってもらえると助かる。 しかし、いいのかい?」 「いいっす、いいっす、問題はありません」 「それにしても俺が姫の生まれ変わりとしてですか? なんだかおかしな気分ですね?男なのに」 「なんずか? 俺に出来る事ならなんでもいいですよ」 ……はい?なんだか願ったり叶ったりなお願い事をされてしまったよ? 今回、俺が秋奈についてきたのは秋奈との結婚話を具体的にする為でもあったんだから、向こうから言われて拒否するわけがないじゃないか? 「いいですよ、どっちかというと俺の方からお願いをしようと思っていたんですから」 「そう言えば、秋奈はどこですか? 身体を元に戻さないと……」 「えっ?」 「え? いや、だから俺達の身体を元に」 「そうか。姫として覚醒していた記憶があるので理解していると思ったのだが……」 「え?ひょっとして秋奈に何かあったんですか?」 「清彦くん、君はもう私の娘の秋奈なんだよ。 秋奈も清彦くんとして生きる事になる」 「はあぁ!? え?それってどういう…… ひょっとしてそれは何かの罰ですか? 俺と秋奈が皮剥丸をおもちゃにしていたから? だったら謝りますから戻して下さい!」 「違うんだよ、清彦くん。 君は姫になったときに何をしたか覚えてるんだよね?」 「え?あ、結界! 結界を壊してしまった事がいけないんですか? でも、俺には直す事なんて出来ませんよ!?」 「だったら、呪具を払ってしまった事ですか?」 「でも、俺にはそっちの方も直せませんよ?」 「だったら…… え? ……あれっ? と言う事は…… あれれ?」 「皮剥丸を始めとする……?」 つまり、つまりつまりつまり、俺は秋奈の皮を着たまま一生…… 俺はずっとこのまま秋奈として生きていくのか…… 「清彦くん?大丈夫かね?ショックが大きすぎたのか……」 「いえ、確かにショックですけど……」 「身体を気に入っているって、それじゃまるで俺が変態みたいじゃないですか?」 「戻れるという保証があるから、女性を楽しむ事が出来るんですよ。 そのまま、一生女性をやっていけと言われて"はい、そうですか"と納得できますか?」 「出来れば君には私の娘として君の身体を持つ娘と結婚して欲しいという意味で先ほどのお願いをしたのだが、通じていなかったようだね」 「斎藤秋奈として木下清彦と結婚してもらいたいと言う事だったのだが…… このままでは娘の秋奈は木下清彦という男性として生きることになる。 このまま、私達の娘という縁が切れてしまうのは私としては耐えられないんだよ。 だから、私の娘を婿にもらってくれないだろうか? 私と秋奈の縁を結び直して親子に戻してもらえないだろうか。 私が君の祖父にした事を考えればそんな事を言える立場 昔、何があったのかは知らないが、この人もこの人なりに葛藤があったんだろうな。 「頭を上げて下さい、お父さん。 秋奈と結婚するのはOKだって言ったじゃないですか。 まぁ、自分が嫁になるとは思わなかったけど」 「じゃあ、いいのかい? 君が私の娘として娘を婿に迎えてくれるのかい?」 「あら、お話はすみました?」 「あぁ、母さん。 清彦くんは秋奈と結婚してくれるそうだよ」 お盆の上にはほかほかのご飯と味噌汁の入った椀、小皿に漬け物が何種類か乗っていた。 「ずっと寝ていたんですからお腹が空いたでしょ? 軽く何かお腹に入れたいんじゃない?」 「すいません、いただきます」 「しかし、こうしていると本当に秋奈にしか見えないわよね」 「お母さんは娘さんの身体に他人の、それも男が入っていることに違和感はないんですか?」 「う〜ん、そうねぇ? 秋奈の方とは夕べから清彦くんの身体のままで話をしてるから慣れちゃった。 「え?いや、まぁ。 それは俺が好きでやってる事もありますから」 「それにさすが父娘よね? 二人とも女の子として生まれたのに男性になっちゃうなんて……」 「な、なにを言いだすんだ、母さん」 「あ、この事は娘の秋奈に内緒にしていてね。 お父さんが昔は女性だったことは公然の秘密とは言え、村人は誰も口にしないので若い人は知らないのよ」 「ふふふ、大丈夫ですよ。 清彦さんもそのうち秋奈でいる事に慣れますよ」 「はい、お粗末様でした。 清彦くん、お風呂も沸いてるけどどうする? 汗をかいていたようだから一応、昨日着替えさせる時に濡れたタオルで軽く身体は拭いておいたんだけど?」 「う〜ん、そうですね。 ちょっとお風呂をもらおうかな? さっぱりしたいし…… って、あの…… 「いいよ。 その身体はもう君なんだから、変な遠慮はいらないから。 それに風呂に入ってリラックスすれば気分も落ち着くだろうし」 「そうですか。なんだか娘さんの身体を勝手に使ってるようでもうしわけありませんが、お風呂をよばれさせていただきます」 「いいんですよ、それはもう清彦さんの身体なんですから。 お風呂でじっくりと確かめてもいいんですよ。 いろいろと……」 「母さん!」 「あ、あはは。 それじゃお風呂いただきます」 「来る前に入れ替わった正体がバレないようにと神社の間取りは秋奈にレクチャーされましたから」 * 風呂場にはいり、服……というか、浴衣の帯を解く。 「いや、まぁ、完璧に下着とかを穿かされていたらそれはそれで恥ずかしいけど…… てか、浴衣でも着替えさせるのは大変だったろうな…… って、うぉっ!」 "清彦君専用"…… ヘソの下の滑らかな曲線を描く下腹にそんな文字が書かれてあり、その中心から下に向かって矢印が…… 「って、あぁきぃなぁぁぁぁ! 人が気を失ってることを良いことになにしやがってんだぁ!」 「清彦くん、どうしたの?」 「えっ、あっ、なんでもないですよ?」 「あ、あら?」 「いや、これは秋奈のヤツが……」 「アナタですか…… ごめんなさいね、つい、ノリで。 だって、秋奈がこの身体は清彦君だから自分が着替えさせるって聞かないから。 だから、だったら名前でも書いておきなさいって。 私が書いたら、そしたらそれを誤魔化す為に、秋奈が専用って書いて勝手に矢印を……」 「あらあら、ごめんなさいね。 でも、それは石鹸で落ちるから安心して?」 「暢気ですよぉ? ウチの神社は色々と秘密を持ってますから普通の神経を持ってるとお嫁さんは務まらないんですよ。 とくにウチのお父さんは娘にも言えない秘密がありますから。 清彦さんには教えましょうか?」 そう告げるとお母さんは笑って行ってしまった。 素っ裸になっている事に気づいて俺は風呂場に入る。 俺は木の椅子に座ってタオルに石鹸を付けると下腹部をこする。 清彦君専用…… ……あれ? てかさ? 将来は俺が赤ちゃんを産むの? 矢印が示していたワレメ。 皮を着たばかりじゃ子宮はまだできあがっていないらしいけど、たぶん、その奥では今、子宮が鋭意建造中な筈で…… 半月もしないうちに生理が始まるらしいと秋奈が言っていた。 思わず、自分のお腹が大きくなっている姿を想像してしまう。 「ふひゃぁあ♪」 「ど、どうしたんだい!清彦君! 何かあったのかい!?」 「い、いやなんでもないっす。 大丈夫ですから!」 「大丈夫です。 ホント、なんでもないですから」 ふぅ。 いやいや、おかしな想像はやめよう。 まだ結婚もしてないんだから妊娠なんてまだまだ先の話だし? 落ち着け、落ち着け、落ち着け。 何か他の事を考えよう。 俺は立ち上がって他の場所を洗いながらなにか他の事を考えるようにした。 「そう言えば姫って……」 「入って来た言うよりも甦ってきてたんだろうな。 俺と姫は同一人物らしいから」 舞を舞っている間中、姫は舞いを見守る初代と呼ばれる男性を意識していたような気がする。 「ふひゃぁあ!! な、なにが胸キュンだぁ! 俺は何を考えて……」 「き、清彦君、どうしたんだね!? 胸がどうかしたのかい!」 「い、いや、ホント。 なんでもないですから。 ただの一人言です!」 「あ、あははは。 風呂があまりに気持ちいいから一人言も自然に大きくなるんですよ。 本当にここの風呂は開放的になっていいですよね? 自然の木の香りが心をリラックスさせるというか?」 「え、あ、あぁ、そうなんだ? まぁ、ゆっくりしてくれたまえ」 俺は身体を洗い終わると湯船に浸かる。 「実際の話。 爺さんはともかく、俺は俺の自業自得みたいなものだけど、お父さんはそう思ってないんだろうなぁ。 生真面目な人みたいだし?」 これからは俺が"斎藤秋奈"か。 まぁ、慣れる期間があったので女になるのは嫌じゃないが、それでも胸中は複雑だよな? これは秋奈の身体で当然そこに男のシンボルはない。 う〜ん、一昨日使ったのが最後の別れになってしまったか…… 思わずため息が出る。 う〜ん…… でもなぁ、多分、元に戻る方法があったとしてもダメなんだろうなぁ。 姫の記憶の断面が甦る。 侍の同士の会話が…… 『遠い未来、里の外で生まれ、呪具を使う事ができる女が里を訪れたらそれが私です。 たとえ転生によって姿形が変わり自分の記憶も忘れていようと、この呪符が里への因果を結ぶのです。 黄泉返ったら、あなたの子孫のお嫁さんに迎えてくれますか?』 死の淵で武士の一人がもう片方に語った言葉。 多分、その武士が"姫"なのだろう。 相手はこの神社の初代様…… 姫の"呪"は姫が初代様の子孫のお嫁さんになる事。 つまり、俺が男に戻ろうとしても呪の持つ因果がそれを許さない。 多分、何らかの"偶然"が俺を女に引き戻してしまうだろう。 なにしろ俺の魂に掛けられた呪は"秋奈のお嫁さんになる事"なんだから。 「ははは、やってくれるよな。 俺の前世」 "男性から女性に戻ってから帰ってくるとはなかなか芸が細かいな?"初代様が姫に言った言葉。 「ま、悩んだって仕方がねぇし?」 そういや、秋奈のヤツはなにをやってんだ? 俺が目を覚ましてから一度も顔を出してこないけど? 風呂から上がり、脱衣所に出る。 まぁ、どうせ夜になるんだから浴衣でも問題はないのだろうけど、下着だけでも持ってくるべきだったな。 ブラはともかく、ショーツがないのは心許ない。 「さっき、お母さんが来た時に頼めば…… いやいや、さすがに娘とはいえ、女の子の下着を持ってくるように頼むのは恥ずかしいか……」 風呂場から出て部屋に戻ろうとすると、座敷の方から声が聞こえてくる。 「だから清彦は私のお嫁さんになるのよ。 ふふふ、あなた達、前に言ってたよね。 俺たちの中で一番先にお嫁さんをもらうのは誰だって?正解は私でしたぁ。 賭けは私の勝ちね? なんでも一つ言う事を聞いてくれるんだよね?」 「くそぉ、まさか女の秋奈が嫁さんを貰うとは盲点だった!」 どうやら会話の相手は同級生か、幼なじみ達か? 俺をほったらかしておいてなにを脳天気に話し込んでんだ? 俺は腹を立ててズカズカと座敷の方に向かう。 「いやいや、あの場に私もいたんだから賭けの仲間ですよ?」 「あ、あれ? あれれ? あ、あははは。 お邪魔しましたぁ……」 「あ、こら、なにを」 「おぉ。姫だ」 「姫って、どう見ても秋奈だよな?」 「てか、誰が婚約者だよ?」 「いや、まぁ、違ってねぇけど……」 「だ、だったら、俺の目が覚めたときになんで様子を見に来ねぇんだよ?」 「電話でいいだろ?」 「携帯があるだろ、携帯が!」 「そうなのか?」 「どれだけ田舎だよ……」 「無かったのかよ、アンテナ」 「何でもありだな、結界」 「あ、西村さん。 どうも」 「いや、普通はそうでしょ?」 「ダメダメじゃないですか?」 「姫様。 村長の山崎ですがちょっとお願いが……」 「実は昨日の舞いを秋の祭りの時にやっていただけないかと?」 「いやぁ、秋祭りの村興しイベントとして姫様の舞いを目玉にしようという意見が夕べの村の会議で出ましてな」 「いやいやいや、俺はもう舞なんて舞えませんよ? 昨日のは俺の中のお姫様が舞ったんであって、俺が舞ったんじゃありませんから!」 「え?お父さんが?」 「そうそう。 お父さんはこの神社に伝わる巫女舞いを覚えておられるから」 「まぁ、秋奈ちゃんが生まれる前になくなった俊秋さんのお姉さんがこの神社の最後の巫女さんだったんだけど、お父さんはそのお姉さんから型を教えてもらってたんだよ」 その姉さんって、それはお父さん本人なんだろうな…… てか、俺がその舞いを受け継ぐの!? 「おぉ、それは良い考えですなぁ?」 ちょっと待て、お前ら。 お前らは昨日、俺が舞ってたときにエロい目で見てたヤツらだよな? 「とりあえず、由来としては『その昔、悪い妖怪が村を襲って村から村人が出られなくなってしまった。 その時、どこからか旅の巫女が現れて破邪の舞を舞って妖怪を退治した。 そしてその巫女は村の神社の開祖となり、村にとどまった』と言う線で話を作ろうと言う事で話はまとまっているんだがね」 「ちょっとまて、『その昔』って昨日の出来事だろ? 『悪い妖怪』ってアナタらの先祖だよな? 村の開祖も間違ってねぇか? どこをどうしたらそういう話になるんだよ?」 「ちょっとだけ!? それはちょっとだけなんですか?」 「まぁ、時代的には数百年程のズレがある事は認めるけど、国産みの時代から考えると些細じゃな?」 「あんたらなぁ……」 後に続くように俺の廻りに村人達が押し寄せて、俺に声を掛けていく。 「まさか、秋奈ちゃんが姫様だったとは知りませんでしたよ」 気がつけばいつの間にか、座敷のテーブルの上には料理が並べられて酒も出され、宴会モードに入っている。 「おぉ、清彦。 こっちに来いよ」 「人を呼び捨てかよ?」 「いや、顔が秋奈だから親しみやすいんだよ。 それにこいつ、少し酔っ払ってるから」 「まぁ、いいけどな」 「で、こいつらはお前の幼なじみ?」 「こいつら、失礼な夫婦だな? 嫁は人の事を指さすし、旦那は渾名で紹介かよ?」 「なによ? フレンドリーでいいじゃない。 あぁ、そうそう。 ゴンちゃんチは農家をやってるからもし食べ物屋をやる気ならここから仕入れると安くつくわよ」 「まったく! 失礼な上に厚かましい夫婦だ! 金を払え、金を! こっちは丹精込めて作ってんだ」 「いや、安く仕入れさせてくれるなら金を払うことは吝かではないんだが、なにを作ってるんだ?」 「ちょっとまて? それはいくら何でも手を広げすぎじゃないのか?」 「ウチの村は元々が隠れ里だからな。 村の中で殆どが自給自足でいる独特のシステムが出来上がってんだよ。 興味があるなら見に来いよ。 どこでも見せてやるから。 その酒だってヒデん所で造ってる酒だぞ? 美味いだろ」 「確かに美味いな。 純米、吟醸か……」 「なに? 清彦君は食べ物屋をやりたいの?」 「あぁ、清彦は料理バカ。 ジャンルを問わずになんでも作って人に食わせるのが好きなのよ。 実家が居酒屋をやってて調理師免許も……」 「あぁ!調理師免許って俺は資格がなくなったのか!?」 「あぁ?入れ替わってるってイイワケはつかえないよね?」 「あれ?って事は私は調理師免許が使えるんだ? 料理を作ってお金をもらえるんだ?」 「え?なに?」 「だ、だれだぁ!殺し屋に殺人許可証を与えたやつはぁ!」 離れた場所では俺達の会話を漏れ聞いた老人達が無言でうなずいている。 「ちょ、ちょっと、なによぉ? そりゃ、私は料理は得意じゃないけど、見た目はちゃんとしたモノを作れるわよ?」 「だからタチが悪い。 見た目は他のヤツの料理と一緒なのに無味無臭。 かなりの食材や調味料を使ってるのに無味無臭ってなんだよ!」 考えてみれば、つき合いは長いのに俺は秋奈の料理を食ったことがない。 自分で積極的に料理を作る事が俺自身を救っていたのか! 「ちょっと、清彦! なによ、その目は!」 「言っておきますけど、確かに私は料理だけは苦手なのは認めるけど……」 「うっさい。 でもね。 私にも料理についてはプライドはあるのよ?」 「教えてあげましょう。 私の料理を食べて死んだ人はいません!」 「おぉ!確かに。 ジロさんも向こうに行く直前に帰ってきたしな?」 「まぁ、確かに死人は出てないな」 「でも、秋奈の料理は異常だからな。 どうしたらあんな料理になるんだ?」 「いいわよ、もう! この話はここまで!」 「でも、秋奈に料理をさせないで店主として名前だけ借りりゃ、清彦が調理しててもOKじゃないのか」 「あぁ、その手があるか。 でも、こいつが店主で俺が使用人かよ。 何か、理不尽な気がするな?」 「って、どんなブラック企業だよ、睡眠時間しか認めないなんて!」 「あら?睡眠時間を認めるなんて言ってないわよ?」 「そうよ?私と寝る時だけはプライベートを認めてあげる。 好きなように痴態を晒してね」 「恋人の皮を着て女になった挙げ句に、元の自分の性奴隷かよ? 清彦はなかなかスリリングな人生を歩んでいるな」 「歩んでねぇよ! 俺が許すのは"嫁"までだよ!」 「清彦君、清彦君」 「あ、西村さん。 なんですか?」 「やりませんよ! いつの間にやるって話になってんですか?」 「なんで俺があんな恥ずかしいマネを公衆の面前で……」 「報酬?」 「清彦君は店をやりたいんだよね? 道の駅の店舗予定地はみただろう? 引き受けてくれたらあそこに清彦君が希望するジャンルの店を建てて、そこを任せようじゃないか?」 「マジマジ。 君が希望するとおりの店舗を用意するよ? その辺りは今、村の役員会の承認を得て私に一任された。どうだろう?悪い話ではないと思うんだけど?」 「えっと、後で酒の席の冗談だったって事は?」 「藤原?」 「えぇ、似あわねぇ名字を持ってるな?」 「清彦、顔が紅くなってきてるわよ? 酔ってきてない? あんた私の皮を着ると酒に弱くなるんじゃなかったの?」 なんとなくだが…… 心を無にすれば、俺の中に残っている姫の残滓に頼って舞いを舞うこと自体はできそうな気はする。 「舞を舞えば店一軒……」 「店を任せてもらえるのかぁ……」 「無論、中の設備も君の希望通りの物を準備させてもらうし、当然、家賃なんてものも発生しないから料金は君の設定次第だよ?」 「君は我々が400年以上の時を待ち望んだ伝説の姫であり、結界を壊してくれた恩人でもあるからね。 「で、どうかね? 姫様」 いや、まぁ、舞い一つで店一軒なら安いもんだよな? ヒラヒラと舞うだけでいいのなら…… 「清彦、清彦。 目がトロンとしてきてるよ? 酔ってるでしょ?」 「酔っ払いは皆そう言うんだよな?」 「失礼だよ、ヒデ君。 私はちゃんとマジメに清彦君と交渉してるんだよ?」 「清彦君はこれくらいの酒で酔っ払ったりはしないだろ?」 「だったら問題はないだろう? どうかね?」 「あぁ、その通り。 あ、そうだ。 詳細はこの紙に書いておいたんだ。 とりあえず後で万が一、酔っ払っていて忘れていたと言われると困るから軽くサインしておいてくれないかな?」 「あ、いいッスよ。 どこに書けばいいですか?」 「あぁ、俺、昔にこんな漫画を読んだことがあるな?」 俺は鼻歌を歌いながら気軽にサインをする。 「あぁ、ありがとう。 これで清彦君が舞ってくれることを前提に村長達と秋祭りの計画を進められるよ。 期待していてくれたまえ、清彦君」 「どんな秋祭りにする気だろ? 長老会は?」 「あんな踊りは二度としねぇよ!」 「いやいや、さっきから思ってはいたんだけど、その浴衣姿も充分色っぽいよな?」 「あれ?」 「なんだよ?」 密かに俺を注視していた座敷中の人間の目が一気に俺に集中する。 「うぉっ?」 「おぉぉ、儂は今日、この日の為に生きてきた」 「ば、バカヤロウ、捲るんじゃねぇ。風呂上がりで着替えを持ってくるのを忘れたんだよ! 部屋に帰ろうとしたら秋奈の声がこっちから聞こえてきて……」 「あははは、ゴメン、ゴメン。 本当に何も穿いてないとは思わなかった」 「大体、この身体はお前の物だったんだぞ! 恥ずかしくないのかよ!」 「あのなぁ! あ、あ、あぁぁ……」 「よ、っと。 ほらほら、酔っ払いが興奮するから酔いが一気に回るのよ」 「いや、酔ってないって」 「酔っ払いは皆そう言うんだって言ってるだろ」 「清彦は私の皮を着ると酒量が変わることを自覚してないんだって。 これからは自分のペースを私のペースに変えなさいよ」 「らいじょうぶ。 すぐに慣れてみせる」 「ウチの嫁が酔ってしまったので、今日はこれで失礼させていただきます」 「あぁ、おやすみ。 姫様もおやすみ」 「あい、おやひゅみ〜」 そして俺達は座敷を後にした。 * うっすらと目を開けると自分が薄暗い部屋の中で寝かされている事に気づく。 「………… さすがに二回目ともなると自分がどこに寝かされてるのかはわかるな」 立ち上がって興奮したら酔いが一気に回って……、秋奈に抱きかかえられて座敷を出て…… 「抱きかかえられて歩いているうちに眠っちゃったんだっけ?」 秋奈にお姫様抱っこで抱きかかえられる日が来ようとは…… それでも、引っ掛かるなぁ。 大学を卒業すれば秋奈の嫁かぁ…… ため息を付いて、何気なく腕を横に伸ばすと何かに手の先が当たる。 「え?」 ……そういえば、こいつは俺になって生きていく事に抵抗はないのだろうか? そんな事を考えていると秋奈が身動ぎをして目を開ける。 「あぁ、ってお前はなんで一つの布団で横に寝てんだ?」 「気が早ぇ。 結婚は大学を卒業してからだろ!」 「お前の許可があればな」 「この場合、許可を出すのは女側だろ! 俺は許可してないぞ?」 「うっさい。 ……そういや、悪かったな。 お前は俺のとばっちりで男になってしまって……」 「なんだかなぁ。 俺は前世が姫だった事もあって仕方がないかと諦めもつくんだが……」 「変な心配ってなんだよ。 俺だってお前のことを心配くらいするって!」 「はぁ〜、マジで私の事を心配してるの?」 「う〜ん、これは言わないでおこうと思ったんだけど…… 私の話を聞くと清彦が後で困った事になるわよ? 覚悟が出来てるのなら話してあげるけど、どうする?」 「どういう事だ?」 「わかった。話してみろよ」 「昨日、清彦が倒れた時、私はずっとそばに付いてたのよね。 そして考えてたの。 清彦は伝説のお姫様だった。 私の皮を着てこの村に帰ってくる事で言い伝えは成就された。 それなら清彦に皮を奪われた私はただの被害者?」 「だから、それは俺の責任……」 「"男性から女性に戻ってから帰ってくるとはなかなか芸が細かいな" あの時、初代様の霊がアナタに言ったわよね?」 「つまりお姫様はなぜか男の身体で死んだって事よね? 想像だけど、それは皮剥丸を使って誰かの皮を奪って男に化けたという事が考えられる。 だったら、誰の身体を奪ったのかしら?」 「さてと、ここからが肝心。 私は夕べ、今と同じようにこうやって清彦の横で寝ていたのよね」 「夢を見たの」 そして秋奈が語り出す。 「断片的にしか覚えてないのだけど、夢の中で私はどこかの国の若き領主になっているの。 当然時代は戦国時代だと思うんだけど」 「バカね。 そんな有名どころの筈ないじゃない。 多分、どこか地方の名も無い領主よ。 そして、ある時、隣の敵国の姫との婚姻話が持ち上がったの。 私は輿入れしてきたその姫をひと目見て気に入ったの」 「まぁ、そうね。 でも、私は若かったから敵国の姫に惚れたとは素直に口に出来ない。 でも姫の気は引きたい。 だからバカな事をしたり、くだらない自己顕示を示したりしたのよね」 「その通りよ。 でもある時、問題が起きたの」 「ある日、目が覚めたら私は姫の姿だった」 「そう。 姫に身体を盗られてしまっていたの。 多分、皮剥丸を使って」 「多分ね。 そして私になりすました姫は私の国を乗っ取ってしまったのよ。 一方の私は姫に刀で殺すと脅されて姫として暮らすことを余儀なくされるの」 「ずいぶんな性格よね。 それからの私は姫の部下達によって女に仕立て上げられていったの。 昼はお姫様として綺麗な着物を着せられ、美味しいお菓子やご飯を食べ、お付きの侍女と遊び、夜は私の皮を着た姫に私の女の身体を凌辱される。 アメとムチによって私の心は女へと堕ちていったの」 「えっと…… その姫は何をしたかったの? 秋奈の国の乗っ取り?」 「でも、問題はそこじゃないのよ。 私はいつしか女としてそんな夫が好きになっていたの。 地方の領主である事に満足していた私から見れば、彼女の生き様は眩しかった。 実際、彼女はどこまで天下に手を届かせていたかは知らないけど、確実に前進していたことはわかったの」 「最初こそ、私はなんとか彼女の目をかいくぐって自分の身体を取り戻すことばかり考えていたのだけど、すぐに身体を取り戻すことはあきらめたの。 私はこの人の邪魔をしちゃいけない、私はこの人についていこう。 かつては私のモノだったペニスに身体を貫かれながらそう思うようになったの」 「仕方ないでしょ? 男は女になってしまうとそのセックスに抵抗できないのよ?」 「強引に毎日突っ込まれてみなさい。 もう、精神も身体もおかしくなっちゃうから」 「そうすると今度は相手の気持ちが気になってくるの。 相手は私の事をどう思っているだろう?私の事を愛してくれているのだろうか、ってね」 「ところがある日、私は気づくわけですよ。 なんで私は殺されていないのだろう、ってね?」 「その頃になると私の利用価値って皆無なのよね。 必要な情報は全て私から聞き出してしまっているし、名実共に領主は彼女なのよ。 私を生かしておいて得になる事なんてこれっぽっちも無いのよね。 「いつしか、私は彼女に愛されているのではと思う様になったの」 「ところが私は彼女が海のそばに建てた眺めの良いお城に移った後、流行病に掛かって死んでしまったのでしたぁ」 思わずつんのめる俺。 「まあ、私が見た断片的な夢の話だからね。 ここからが終盤」 「その臨終の際に私はどうしても彼女を愛していたことを伝えたかった。 だから、そばにいた信頼のできる家臣の一人にだけ彼女への感謝の言葉を託したの」 「ここからは更に夢っぽい話よ。 伝言を託した家来よりも先に別の家臣が戦場に居る彼女に私の死を伝えたの。 私は霊となってその光景を上から眺めていた。 彼女は"そうか"と一言だけ言って家臣を下がらせたの」 「でも、誰も居なくなった陣幕の中で背後を振り返って天を見つめたその目からたった一粒だけど、涙が流れたの。 "そばにいてやりたかった"小さくそうつぶやいた彼女の言葉を聞いた時、私ははっきりと彼女に愛されていたことを自覚したの」 「………… それで?」 「結局、何が言いたいんだ?」 「でも、それは秋奈が見た夢の話だろ? 何かそれが事実だと証明する根拠があるのか?」 「お前だけが納得してもダメじゃん?」 「いいのか、お前は?」 「俺は別に異存は無いけど……」 「わかった。 お前の見た夢が真実だよ」 ……と、思ったのだが。 「認めたわね?」 「え?」 「おい、こら。 なにすんだよ! 帯を返せ。 前がはだけるだろ!」 「はぁ?何を言ってるんだ?」 「それが俺が浴衣を脱がされる事とどう関係してるんだ?」 「ふ、復讐?」 「はい、なにを?」 「ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待てぇ! それはお前が見た夢の話だろ!」 「そうよ、私が見た夢の話。 でもたった今、清彦はそれが真実だと認めたのよ? だから私は四百年たった今、こうして復讐のチャンスを得たの」 「ひゃん、あん。 夢!それはお前の見たただの夢!妄想! 前言撤回!」 「俺は女だから翻していいんだよ! あはぁっ」 「それは男女差別、いや男尊女卑ってヤツだぁ。 あ、そこは……ひゃ」 「あ、あぁ、やめてぇ、ペ、ペニスが、俺のペニスが俺の中にあ、あひゃひゃあ」 「あひゃひゃぁ、ペニスが、ペニスが腹の中を……」 「慣れるかぁ! 抜け、抜いてくれ、気色悪い。 身体の中で異物がぁ!」 背後から秋奈にペニスを突っ込まれ、胸を揉まれながらも必死に抵抗するがすでに女の力しかない俺に男の力を得た秋奈に敵うはずもなく…… 「あひゃぁ!いやぁ!やめてぇ!なんで俺が戦国時代の姫の起こした事の責任を取らなくちゃいけないんだよぉ!」 「お前が見た夢を現実と混同するなぁ! 理不尽だぁ!」 「違う、それは絶対にちゃんとした男と女でもなければ、普通の夫婦にもなってねぇ!」 こうして俺は身に覚えのない戦国時代の責任を四百数十年後に取らされることになったのだった。
エピローグ そして、俺達は大学を卒業すると村に帰り、すぐに結婚式を挙げる事になった。 結婚式は当然、俺の身内も招待され結婚式の前日から村にやってきていた。 村の連中は宴会が好きな性格らしく、その日から神社の大広間では村人が集まって俺の家族を歓待する宴会が自然発生していた。 その夜。 お義父さんは俺に母さんと話を出来るようにして欲しいと頼み込み、秋奈が座敷で俺の振りをして村人達と一緒に家族の接待をしている間、お義父さんは俺の前で母さんに頭を下げて全ての事情を話して謝った。 30年近く前に母さんと義父さんの身の上に起こった事、そして現在、俺と秋奈の身の上に起こった事、お義父さんは全てを包み隠さず話した。 結局、その場に同席した俺は母さんの方の事情まで全て知ってしまった。 いや、薄々は感づいていたのだが母さんの正体が祖父だとは知りたくなかった。 「30年近い前の事じゃないですか? 私が"因果"とやらに操られていたとしても、女性にやってはいけない事をしたのは事実なんですから。 それに結果的に今の私はすごく幸せな生活をしてますから逆にお礼を言いたいくらいですよ?」 「それに悪いヤツがいるとしたらその"呪"を放ったヤツでしょ? そいつの放った"呪"が私にあなたを襲わせて、私はそいつを産む為にアナタの皮を着ることになり……」 「つ・ま・り・は お前が全ての元凶って事よねぇ。 私はお前を産む為に女にされて紀善さんの嫁になったって事よねぇ、きぃよぉひぃこぉ?」 「痛い、痛い、母さん、痛いよ。 別に俺が企んだわけじゃないよ! それに俺だって秋奈になっちまったんだから被害者の一人だよ」 「お前の場合は自業自得。 斎藤さんと母さんの場合はとばっちりでしょ?」 「ひでぇ。 女になって嫁入りすることになってしまった息子に掛ける言葉がそれかよ?」 口を尖らせて文句を言う俺に母さんは微笑んだ。 「嫌な事実だな。 絶対に知りたくなかった」 「あ、そうそう。 結婚について私のアドバイスを聞きたい?」 「え?アドバイス? なんだよ?」 「出産は無茶苦茶痛いぞぉ。 なにしろ、アソコの孔から血だらけになって赤ちゃんがメリメリと出て来るんだからな。 男には想像を絶する痛みだぞぉ。 お前もあの痛みを味わうがいい! あぁ、同じ境遇の人間が出来るってホント楽しいな。 一番の孝行息子だよ、お前は」 すっごく、本当にすっごく楽しそうに男口調で俺の耳元にささやく母だった。 E N D (番外) |