teruさん総合
『皮剥丸夢譚』 2・懐かしき故郷 「あれ……?」 そうか、俺は秋奈になって俺になった秋奈に中出しされたんだった。 全身がセックスの余韻を伴った倦怠感に襲われている。 まだ、股間にペニスが残っている気がする。 「俺はずっと失神してたのか?」 「そうか…… すげぇな、女って。 気を失う程の快感って初めてだった。 お前はどうなんだよ?」 まぁ、二人とも異性の体験は新鮮だったと言う事か。 「さてと、それじゃそろそろ戻りますか」 「…………」 「ちょっと待て。 お前は賢者タイムに入ってスッキリしてるだろうけど、俺の方は身体が動かねぇんだよ! ちょっと身体の火照りが収まるまで待ってくれ……」 「あはは。 確かにそうかも知れないわね。 いま、皮を交換したら男の皮の下で女の身体が疼く事になるのかな」 「それじゃ私は清彦が復活してくるまでにシャワーを浴びてくるから、清彦ちゃんはゆっくりと余韻を楽しんでいてね」 あぁ、そうか。 身体も綺麗に洗って返した方がいいよな? てか…… いつもの白濁さがない灰色っぽい粘液…… 秋奈の言ったとおりなら男性としての機能がまだ完全ではないので精子が殆どないのだろう。 つまり、俺の身体も卵子が存在していないはずで…… 「少なくとも男に戻った後に妊娠が発覚する事はないわけだ。 どこから出すんだって心配はしなくていいと……」 気持ち良かった。 もっと自分のペニスを胎内に受け入れる事に嫌悪感があるかと思ったがそんな心配をする余裕もなかった。 完全に女になってしまう気は無いが、またヤってみてもいいな。 顔を横に向けるとサイドに秋奈が置いていった皮剥丸が置いてある。 そして、10分程で動けるようになった俺は秋奈がバスルームから出て来たのと入れ替わるようにシャワーを浴びて身体を綺麗にしてから皮剥丸を使い、再び元の身体へと入れ替わったのだった。 * そしてそれから俺達は時々入れ替わるようになった。 メニューに女性限定とある時は秋奈と一緒に出掛けたが、慣れてくると女性にしか入れない店に入る為に一人で出掛けるようになった。 秋奈は以外と男の身体が気に入ったようで俺が出掛けるときは自分も出掛けていき、自分用のスーツ等を買って来て悦に入ったポーズで俺に見せびらかせると満足して自分のクローゼットに仕舞う。 そして元に戻る前の行事として、俺は秋奈に抱かれる。 女のセックスは本当に気持ちいい。 全てを明菜に任せていれば絶頂に達してしまう…… 欠点は男に戻ったとき、しばらくの間はペニスが不能になる事か…… やがて、入れ替わりが慣れてくると大胆にも俺達はホテルのプールにも出掛けた。 いや。普通の場合でも振り向くと男達が慌てて俺から目を反らす場面は度々あったのだが、ビキニを着てプールサイドを歩いたときはその比ではなかった。 男達の視線が俺の胸から尻、股間に向けて露骨に注がれるのだ。 ちっちゃな子供からいい歳したおっさんまで男という男は俺の身体を見ずにはいられないというか…… まぁ、俺も本来の身体にいる時は秋奈の身体に見惚れてはいたが、見られる側に廻ると些か鬱陶しい。 いや、その後のホテルの部屋でのセックスは燃えてしまったが、それって男としてどうなんだろう。 もう入れ替わりが日常化すると俺達はゼミのコンパに入れ替わって出席したり、秋奈の女子会に俺一人で出掛けていったりした。 いやいや、女子の会話って辛辣。 特に男評価。 しかし、女子達の評価は「秋奈が飼ってる清彦くんは及第点」なんだそうで一安心……なのかなぁ? 飼ってる?飼われてるの?俺?否定はしないけど。 そして、夏休みの前半が終わろうとしたとき、秋奈が夕飯の食卓で尋ねてきた。 「ねぇ?お盆は清彦はどうするの?」 「お爺さん?」 「へぇ?そうなんだ? それでもお線香はあげないの?」 「逆よ。 よかったらウチに来ない? 家族を紹介するわよ?」 「ちょっと!人の実家におかしな渾名をつけないでよ!? ウチはちゃんとした村よ、そりゃちょっとはおかしな結界は張られてるけど」 「まぁ、そこはお茶目な個性って事で?」 でも、怖い物見たさというか興味はある。 なにせ皮剥丸なんていう面白グッズを作り上げた村なんだから…… 「で、そこは何か美味い物はある?」 「結構、色々と作ってんだな?」 「近くに道の駅があるのか?」 「失敗? 村の農産物は評判がいいんだろ?」 「うわぁ、結界を解いちまえよ?」 「ふぅん、皮肉なもんだな。 村を守ってきた結界が村の発展を阻害してるのか」 「うん、面白そうだから行ってみてもいいけど、村人じゃない俺が行っても大丈夫なのか?」 「えっと、あれ?秋奈と結婚する事は吝かではないのだけど、いつの間に俺は婿養子になる事に決定したんだ? ま、俺は別にどこでもいいけど、美味い物があって料理さえできれば」 * 「なぁ?やっぱり絶対にバレるって」 「友人と身内は違うだろ? ましてや父親だぞ、父親? もしもバレたら、後が怖ぇよ」 ここは秋奈の故郷に向かう自動車の中。 秋奈所有の軽を運転をしているのは俺の皮を着た秋奈、当然助手席で不安を口にしているのは秋奈の皮を着た俺だ。 話はこうだ。 俺と秋奈の交際を父親に素直に認めてもらうには「皮剥丸」を秋奈が扱えると言う事を証明すればいい。 秋奈がその才能を持っていれば秋奈が生む子供もその才能を受け継いでいる可能性が高くなる。 だから、こういう形でまずは皮剥丸を使って入れ替わっている状態で里に帰る事になってしまった。 と言うか、悪戯好きの秋奈の単なるイタズラのイイワケって気もするが、まぁ、話を聞いたときに面白そうだと思ってしまった俺も悪いのは承知の上。 こうして俺達二人は秋奈の里帰りの車中にいるわけだ。 「ウチの父さん、母さん、親しいご近所の人の顔は覚えたわよね?」 「だったら結構。 女子会のノリで行っちゃえば大丈夫よ」 やがて車は山の方向に走り出す。 山奥と聞いてはいたが想像した程の山奥には感じられないのは最近出来たという隣県へのバイパスが開通しているからだろう。 新しく出来た道は快適に車を山へと誘う。 周りには何もないが、景色は気持ちがいい。 周りの木々から夏の青空がのぞき、道の下では綺麗な水をたたえた川が流れている。 「鮎やイワナがいそうな川だな?」 「河原に行けば魚を食べさせてくれる友人はいたけど、さすがに神社の一人娘を魚取りには誘って貰えなかったからね。 何かあると大事になるから」 獲れ立ての鮎か。 こんな綺麗な川にいるヤツなら食ってみたいな。 こいつの家に着いたら川まで行ってみるかな? 「ほら、考えてる。 いい?清彦は今は私なのよ?お年頃の女の子は川で魚獲り取りなんてしません。 「あぁ、私の計画が鮎一匹で破綻しようとしている! あのね?こういうのはバレるにしてもタイミングが大事なの、タイミング。わかる?」 はうっ。 「ほんと、わかってるんでしょうね?」 「どうしたの?」 「いや、なんだか空気が変わらなかったか、今?」 「ちょっと?せっかくエアコンが効いているのに窓を…… ってなにっ!?」 「なにってなんだよ?」 車を道の端に停めて不思議そうな顔で尋ねる。 「え?あれ?なんでだろ?おかしいな?花粉症か? 窓を開けて外の空気を嗅いだ途端に……」 「ふ〜ん? 清彦が空気が変わったと言った辺りが結界の内と外なのよね。 体質的な何かかしら?」 「だったら、私の皮を着ている影響かしら? それとも既視感、ってヤツ? 一度も来た事がないのに前にも来たような気分になるという…… 疲れた時に人間の脳が生みだす偽りの体験だと私の知っている巫女さんが言ってたけど?」 「あぁ、そうなのかな? なんだか懐かしい気分になったんだよな。 今はもう大丈夫だけど」 「いや、別にそれほど悪い気分じゃねぇよ。 どちらかというとウキウキとしてるほうじゃないか?」 少し車を走らせているとなにやら大きな施設が見えてくる。 「あれがウチの村が出資して作った道の駅よ。 結構、力を入れて作ったんだけどねぇ?」 「寄ろう!どうせ、もうすぐ昼だし? 村の名産とか売ってるんだろ?」 広い駐車場には車は数台止まっているだけだった。 それもどうやらトイレ利用が目的と思われた。 「マジで客がいないのな? 本当に結界の影響か?」 「失礼ね? まぁ、この現状を見たら否定はしにくいけどね」 「ちょっと!待てよ!」 「ここはもう村の中なんだからお前は龍神神社の一人娘、斎藤秋奈だって事を忘れるな?」 中は広く清潔に保たれていて、村の野菜や漬け物、銘菓とおぼしきお菓子。とまぁ、道の駅定番の物が置かれていた。 「うん、まずまずの味だよな?」 「って、こら! 辺り構わず、立ち食いするんじゃない!」 「ぐぇっ。 いや、結構美味いぞ、ここの食い物。 なんで人が少ないんだ? 中は綺麗だし、景色はいいし、食い物は美味い。 文句の付けようがないじゃないか?」 「勿体ないなぁ? そんな結界解いちまえばいいのに」 「あ、そうだったわね。 不便よね、結界って」 「あれ?そういえば軽食とか食べられるような所はないのね?」 「そこらの店で食べる物を買って外のテーブルや中の休憩エリアで食べるフードコート形式と言ってしまえば聞こえはいいが、人がいないんだよ」 えっと、この顔は見た事があるぞ? 確か、秋奈に見せられた写真の中に…… 「あ、西村のおじさん。 お久しぶりです」 「うん、久しぶりですね。秋奈ちゃん。 今日は恋人を連れてお盆で里帰りですか?」 「え、えぇ。 この人が私の恋人の木下清彦くん」 「どうも、よろしく。 私は秋奈ちゃんの村で土地の管理等をしている西村と言います」 「あの? なにか?」 「いえ、失礼ですが前にも村に来られた事は?」 「う〜ん、どこかで会った事はありませんでしたっけ?」 「不躾ですが、生まれはこの辺りで?」 「関東ですか……」 「あの…… おじさん?」 「あの、ところで人が居ないって?」 「ちょっと、なに考えてるか一目瞭然よ? 目がキラキラしてる」 「ね?西村のおじさん。 私がここでお店を出したいと言ったら無理かな?」 「え?秋奈ちゃんが? そりゃ、誰かがやってくれるなら歓迎するけど、秋奈ちゃん料理って出来たっけ? たしか、前に秋奈は砂糖と塩を確認しないって俊秋さんが……」 「え?いや、料理をするのはこの清彦さん」 「ほぉ?清彦くんは料理が出来るのですか?」 「清彦くんは居酒屋の息子で、幼い頃から料理をつくっていたんですよ」 「なるほど。 居酒屋の息子さんですか? それは……」 「「?」」 「関東…… あの……、まさかとは思うけど…… "居酒屋きよちゃん"」 「あ、あはははは…… いや、ちょっと一時期、あそこの近くに住んでいた事があるんだよ。 そうか君はあそこの息子さんだったのか。 道理で見たような顔だと思った。 君はお母さん似なんだね」 「清彦さんのお母さんのを知ってるんですか?」 「あぁ、そういうご恩があるのですか。 意外な縁があったんですね」 「いや、ご恩なんてものじゃないけどね。 そうか、君が秋奈ちゃんの恋人になっているとは皮肉なものだな……」 「いや、なんでもないよ。 それより、君たち」 「? なんですか?」 「どういう事です?」 多分、それは呪具を操る能力について秋奈のお父さんが憂慮しているのだろう。 「わかってますよ。 大丈夫です、その辺りは秘策がありますから」 「そうかね? まぁ、清彦くんがここで何か飲食店をやりたいと望むなら…… って、あれ? 実家は継がなくてもいいの?」 「あ、あぁ、そうなんだ? お母さん、三人もお子さんをつくったんだ?」 「いや、二番目の兄と俺の間に双子の姉妹がいるんで五人兄弟なんですけどね?」 「まぁ、俺の親父達は結婚して30年近くなるのに未だにラブラブですからね。……って、清彦がいつも言ってます」 「え、えぇ。 もう周りが呆れるほど」 「西村さ〜ん」 「あ、は〜い。 清彦くん、秋奈ちゃん、それでは失礼。がんばってくれたまえ。 俺達は笑顔で西村さんに手を振ると秋奈に声を掛ける。 「う〜ん?確かに父さんはあまり村の外には出たがらない人だけど…… 昔、村の外に出て酷い目にあったことがあるらしいとは他の長老さん達に聞いた事があるけど、その内容は誰も教えてくれなかったのよねぇ? 西村さんの様子では、清彦の実家の方で何かがあったんでしょうね」 とりあえず、俺の実家の話題は出さない事で意見は一致した。 * 秋奈の実家の神社は村の中央部にあった。 わりと大きな村の中央に小高い山があり、その上に村を見渡すように建っていた。 「なぁ?今の俺の身体は秋奈なワケなんだけど、これ、登っていけるのか? 俺は夕べからお前の皮を着てるせいで体力も殆どお前並になってんだけど? どこか近道は? てか、エスカレーターはどこだ?エレベータでもいいけど?」 「人並みでいいじゃないか? って、人並みじゃダメなのかよ、この石段?」 ………… 「慣れだよな…… ゼェゼェ、誰だよ、小さい頃から身体が慣れてるなんて言ったのは?」 このバベルの塔は女の足ではかなりツライ。 ペース配分も判らずに登った俺は半分も行かないうちにバテてしまった。 一方の秋奈は男の体力に加え、歩き慣れた経験があるからスタスタと登って行けるのだ。 「さてと、それじゃウチに行くわよ」 「いやちょっと待て、秋奈。 息を整えさせてくれ」 「なんだ、秋奈? 登ってくるだけでバテてしまうほど、身体が鈍ってしまっているのか?」 「お父さん、ただいま!」 「あぁ、おかえり。 それで、この人が?」 「はい、私の大切な友人の木下清彦くんです」 本当にいい度胸してるよな、こいつ。 まぁ、俺も人の事は言えないけど。 「そうか。 私が秋奈の父親の斎藤俊秋だ。 娘がいつも世話になっているようだね。 歓迎するよ、清彦くん。ゆっくりしていってくれたまえ」 「あの?なにか?」 てか、西村さん秋奈のお父さんはウチによい印象を持ってないって言ってたけど、ひょっとして昔に母さんに失恋したとかそんな事か? 「あはは、清彦くんの顔はどこにでもあるような平凡な顔よ?」 「まぁ、いい。 母さんもお前が帰ってくるのを待ってたんだ。 清彦くんもどうぞ」 「母さん、秋奈が帰って来たぞ。 友達の清彦くんも一緒だ」 「は〜い」 「ただいま。 お母さん」 「うん、お帰りなさい。 あなたの好きなちらし寿司を作って待ってたのよ。 えっと、木下さん? 促されるままに玄関を上がり、座敷に通される。 秋奈はまったく自然に俺を演じてお母さんやお父さんと談笑を始めている。 さすが田舎の神社、使っている柱も年期の入った自然木が使われている。 何年もの年月がなんとも言えない重厚さを醸し出している。 やがて秋奈の部屋の前につき、その障子を開ける。 てか、まぁ、和室だよな? 部屋は障子と襖だけで鍵なんて掛からないし? 年頃の娘さんとしてはこういうのは気にしないのだろうか。 着替えの時に誰かが入って来たりとか? それとも身内しかいないからいいのかな? 女って以外と身内に対しては開けっぴろげな所があるし? ちなみに参考例は母さんアンド姉ちゃんズ。 俺は鞄をおろして部屋を見渡す。 これが秋奈の部屋か。 思ったよりも質素だな。マンションでの生活からいって、もっと派手な部屋を想像していたのだが。 きっと、留守の間もお母さんがマメに掃除をしていたのだろう。 部屋の中は埃一つ落ちてはいない。 「古くさい部屋だけど…… 落ち着くよなぁ?」 秋奈と一緒にここで暮らしていく事の現実味を感じる。 秋奈はここで神社を守り、俺はあの道の駅で地元の食材を使った食堂をさせてもらって…… 「うん、いいよな? そうなるとやっぱりお父さん達に俺と秋奈の結婚を認めてもらわないと……」 窓を開けると山からの涼風が秋奈の姿の俺の髪をさらさらと撫でる。 「秋奈。 ちょっといいか?」 「あ、はい。どうぞ」 やはり、声の主はお父さんだった。 「彼はお母さんと話しているよ。 明るくてなかなかいい青年じゃないか」 しかし、俺の姿を見てちょっと困った顔をする。 「え? あぁ!」 「まさか、お前。 清彦くんの前でもそんな格好をしてはいまいな?」 「まぁ、いい」 … 「あのお父さん?」 「えぇ、いい人でしょ?」 「そうだな。 あれで村の人間だったら……」 「まぁ、今はもうそういう時代ではなくなってきているし、呪具を使えるのも今では私一人という状況では言っても仕方がないのだろう」 え? と言う事は秋奈の心配は杞憂? 俺は鞄の中から取りだし掛けた皮剥丸をお父さんに気づかれないようにそのまま鞄の中に戻す。 え?今のが本題じゃなかったのか? 「この間、蔵の点検をしていたのだが、蔵の中から呪具が一つ行方不明になっている事に気づいた。その事を母さんに話したら春にお爺ちゃんの法要を行ったときにお前が蔵の中から出て来たのを見かけたというのだが…… お前、ひょっとして?」 こういうのは想定外だったな。 てか、バレてんじゃん、秋奈ぁ? えっとシラを切っても問題がこじれるだろうからここは素直に俺が罪を被って謝っておくべきだよな? 「ごめんなさい、お父さん」 「やっぱりお前だったのか? まぁ、外部からの泥棒じゃなかったのは幸いだったな。 もっとも外の人間が手にしたところでただのナマクラな短刀にしか見えないだろうが」 「いや、いいんだ。 お前が呪具を使えたらと幼い頃から何度も愚痴って聞かせた私も悪かった。 お前のことだからなんとか使えるようにならないかと思って持っていったのだろう?」 「どうせ、呪具を使う事もこの先はないだろう。 蔵に収めて厳重に守る事だけが我が龍神神社の務めになる運命だ。 せめて、言い伝えの姫様が降臨されればその役目も終えられるのだが……」 「言い伝えの姫様?」 「ん?なんだ。初めて聞くような顔をして?」 「う〜ん、忘れてました」 お父さんお話では遠い昔、村を出た若者が隠れ里を解放する為に何かをやらかしたらしい、しかしその野望は目前で挫折。 しかし若者の娘は村の外で生まれたにも拘わらず、強大な呪力をもっていた。 そして、彼女はその力と呪具を使い、野望を果たしかけた。 しかし、その野望は寸前に隠れ里の意志によって阻まれる。 その娘の野望を阻んだ者こそ、この神社の初代だった。 「えっと?全体的に話が曖昧ですよね? 具体的にその親子はなにをしたんですか?」 「織田信長とかの時代ですか?」 「……なんだかいい加減な予言ですね?」 いや、俺に語り伝えられても困るのですが? てか、えっと、皮剥丸を持って行かれては俺達が元に戻れなくなってしまう…… 「ん? どうしたんだ?」 「あの…… もう少しの間、皮剥丸を貸していただけないでしょうか? せめて今夜一晩!」 「はぁ?どうしたんだ? こんな物をお前が持っていても仕方がないだろう?」 「え?いや、後から呪力が宿ったというのか? そんなバカな?」 「…………」 懐から皮剥丸を取りだして、皮剥丸と俺の顔を疑わしそうに交互に見比べる。 具体的に? 咄嗟に口をついて出たので俺にもどうしたらいいのかわからない。 とりあえずは皮剥丸で腕の皮でも剥がして見せればいいのかな? 「お、おぉ! 切れた、皮剥丸が切れた!」 「どうですか?」 「ほ、本当に使えるようになったのか」 「ね?ですからもう少し皮剥丸を貸していてくださいませんか?」 「か、母さん! 母さん、母さん!」 「こんにちは。 俊秋さんはご在宅ですか?」 「おぉ、西村さん。 秋奈が、秋奈に呪力が……」 「どうしたんですか、俊秋さん?ちょっと落ち着いて。 秋奈ちゃんがどうかしたんですか?」 「あ、あぁ。 そうだ。 とにかく、上がってくれ」 「あら、あなた? どうしたんですか、そんなに興奮して?」 「ついに秋奈に呪力が宿ったんだよ!」 「しかし、本当なんだよ。 秋奈、もう一度、皮剥丸を使って見せてやってくれ」 さっきと同じようにスッと切れた皮が再び元に戻っていく。 「あらあらあら?」 「こ、これは……」 「どうだ? これでウチの後継者問題も解決だな? 後は秋奈が男の子を産みさえすればその子に呪力が宿って後継者が生まれる可能性は高い」 「それにしても呪力がねぇ?」 「ねぇ、秋奈ちゃん? もう一度、見せてくれないかい?」 俺は腕を出して今度は少し長めに皮剥丸を使ってみせる。 「う〜ん?」 「どうかしたんですか?西村さん?」 「いや…… ちょっと気になる事が」 「いや、まさかなぁ?」 「あの……? なにか?」 「君は誰だね?」 「西村さん、なにを言いだすんだね?」 「いや、予備知識がなければまったく気にもしなかったんだろうけど。 秋奈ちゃんの皮剥丸を扱う手つきが手慣れているというか、まるで料理人の手つきなんだよね?」 「何を言ってるんだ? 秋奈は魚を三枚のおろすと言われて怖々と頭と胴とシッポに切り分けるような娘なんだぞ」 「だろう? なのに慣れた手つきで腕に切れ目を真っ直ぐに入れてたからね」 「秋奈ちゃん? 西村さんの言った事は本当なの?」 「それに…… 俊秋さんは気が動転して気づいていないようだけど、ここにいる部外者の清彦くんが私達の話にまったく疑問に思っていない」 「え?あ…… うわぁ、驚いた!切れた皮が元に戻って……って、はぁ〜。 もういいよ。清彦」 「え?清彦くん? どういう事だ? というか、居たのか、気づかなかった!」 「えっと、すいません。 そっちの清彦があなたの娘の秋奈さんです」 「やはり、そうか。 君は皮剥丸を使えるのだね?清彦くん」 「ちょっと待て!話が見えない! どういう事だ? こっちの清彦くんの中身が秋奈? だったら、こっちの秋奈は……」 「えっと…… あらためまして。 俺が木下清彦です。 秋奈の、娘さんの提案で入れ替わってます」 「あ、バカ。 そこまでバラすな。 そこは"ふふふ、秋奈の皮は私が奪った"と宣言する所でしょ」 「似たようなものでしょ。 私の皮を着て楽しんでたんだから?」 「ちょっと待て、ちょっと待て。 え?こっちの清彦くんが秋奈で、秋奈が清彦くん? 皮剥丸を使って入れ替わっていたというのか? え?清彦くんは皮剥丸を使えるのか? バカな。村の出身でもない者が呪具を扱えるなどと……」 「嘘から出た真」 「え?どういう事だ?」 「え?まぁ、確かに初対面からどこかで会った顔だとは思っていたが…… 村の誰かの縁者か?」 「私の知り合いか?」 「あ〜!わからん! 西村さん、彼は誰だね? なんで彼が皮剥丸を扱えるのかね?」 「え?俺の実家ですか? 関東の方で営業してるただの居酒屋ですよ?」 「ないです。 さっき、西村さんにも聞かれましたけど、この辺りに来るのは初めてですし?」 「清彦くん、居酒屋の名前とお母さんの名前は?」 「居酒屋きよちゃん?どこかで聞いたような? 双葉ねぇ?」 「嫌な思い出だから記憶の奥底に仕舞い込んで忘れてしまってるんですかね?」 「ちょっと待てぇ! 居酒屋きよちゃん!? 双葉ぁ!! き、君はあの男の息子かぁ!!」 「あの?父を知っているんですか?」 「え?あれ?待てよ? あの男の息子ならもう二十代後半だろ?娘と同じのはずは……」 「彼は三男坊だそうだよ?それと他にお姉さんが二人いるらしい」 「えっと…… お父さんはウチの父達と知り合いだったんですか?」 と、いうか西村さんが背後でお母さんになにやら耳打ちをして、それを聞いたお母さんがビックリした顔で秋奈の顔を見て笑ってるんですけど? ……絶対に何かあるよな? まぁ、それよりも…… 「えっと、バレてしまったのなら元の身体に戻りたいんだけど。 いくらなんでも、親を前にして他人の娘の身体に居るのは居心地が悪い」 「えぇっ?私は気にしないけどな? 清彦の身体って居心地がいいから。 清彦だってその身体を気に入ってるでしょ?」 「そうだが、さすがに俺はこの状況では居心地がよくない」 「え?」 「まぁ、秋奈の部屋で着替えればいいが、皮を剥ぐとしばらくの間、秋奈は動けなくなるのだろう? 「え?普通はってなんだ?」 「ちょっと失礼します」 「え?あ、ちょっと…… え?」 「麻痺…… しない?」 「俊秋さんは呪具を操れるから耐性があるんでしょう?」 「え?なんともない?」 「し、信じられん。 しかし……」 気がつくといつの間に座敷に入ってきたのか、お父さんと同じ袴姿の男性が優しく微笑みながら腕を組んで俺を見下ろしていた。 「えっと、誰? 親戚の人?」 「え?知らない。 お父さん、この人は?」 『待ちかねたよ、帰蝶』 『お兄様、お待たせして申し訳ありませんでした。 その代わり、充分に神気は練ってまいりました』 『それにしても。 男性から女性に戻ってから帰ってくるとはなかなか芸が細かいな?』 「清彦くん、何を言ってるんだ? この男性は君の知り合いかね?」 『それではさっそくで悪いが、私を長年ここに縛り付けている呪から解放してもらえるかな?』 「ちょ、ちょっと、清彦? どこに行くの?」 秋奈が俺を止めようとしているようだが、決して早足ではない俺達を追い抜けないようだ。 やがて、玄関を出て玉砂利が綺麗に敷き詰められた神社の前に出る。 『それでは、始めます』 そして…… 俺はなにかを呟きながら、一度も舞った事のない舞をゆったりと舞い始める。 俺にはなにがどうなっているのか状況がまったく判らない。 身体が勝手に何者かに乗っ取られたかのように動く…… 「これは一体……」 「清彦、どうしちゃったの……」 俺の身体は俺の意思に関係なく舞続け、そして身体の周りに違和感が…… 「あ、清彦の服が!」 「あれは巫女装束か?」 「わぁ、すごぉい。 どういう仕掛けなんでしょうねぇ?」 呆然と皆が見つめる中で舞い続ける。 少し身体が汗ばんできている。 え?ちょっと待て? ひょっとして今の俺の装束の下って…… 「清彦、なんだかエロい……」 てか、なんで皆見てるだけで助けてくんねぇの? 「俊秋さん、何かあったんですか? おや?秋奈ちゃんの神楽舞いですか?」 「いや、そうじゃないんだが…… 信じられないかも知れないが我々は今、伝説の姫による浄化の舞いを見ているのかも知れない。 ところで村長はなんで?」 * 俺が舞い始めてから一時間は経っただろうか? 俺の舞いはまだ終わる気配はなかった。 「しかし、見事なものだねぇ?」 だから村人!暢気に見物してんじゃねぇ。 俺の周りには木陰にレジャーシートを引いて俺の舞いを見ている村人やら境内の縁に腰掛けて見ている村人で一杯だ。 爺さん、婆さんから幼児までの老若男女が談笑しながら見ている。 神社内の気の異常を感じてやってきた村人達だ。 だから、お母さん、そんなヤツらにお茶菓子を出さなくってもいいって! 暢気に麦茶の入った冷水ポットを回してんじゃねぇよ! お父さんの方は時折、俺の方を見ながら村長達と新たにやってきた村人と何かを話し合っている。 「いや、それにしても…… こう言っちゃ失礼だけど、薄衣が滴る汗で身体に張り付いて肌が透けて見えそうで……」 『エロいねぇ? あははは』 黙れ、そこのオヤジ共! 親父達を睨みつけてやりたいが、口は何かの呪を唱えながら俺の身体は一心不乱に舞いを舞い続けている。 やがて俺の唱える呪文は単調に収束していく。 「どうやら終盤に掛かったようですよ?」 「いよいよですな」 髪を振り乱し、清めの言葉を叫びながら、舞い続ける。 霊感とかはないが、俺の廻りに特殊な気が纏わり付いてきてるのがわかる。 舞いによって特殊な気が練り上げられていっているのだろう。 やがて気は徐々に上がっていき、頭上に溜まっていく。 クソッ、口がきけたら「皆の元気をオラに分けてくれぇ!」と叫ぶ美味しい所なのにぃ…… 「はらったまっ、きよったまっ!」 「おぉ、いよいよクライマックスのようですな?」 村人ぉ!わざとか!わざと言ってんのか! 言葉だけ聞くと俺がすごくエロい事をやってるようにしか聞こえないぞ! そんな俺の心の叫びを無視して、俺の身体の動きがピタリと止まる。 そして静かに腕を天に向ける。 「はぁーーっ!!」 『おぉっ!!』 ぱぁんという破裂音が聞こえたような気がした。 同時に神社の山の上を一陣の風が奔り去って行く。 そして、静寂に包まれる。 あれほど喧しかった村人達も口を開く者はいない。 「結界が…… 消えている」 「本当だ。 村を包んでいた気が感じられない」 「本当に呪が払われたのですか?」 「俊秋さん、蔵の確認を……」 終わったのか。 『帰蝶、見事な舞いだったよ。 呪が払われて改めて判ったよ。私は村の呪に本当に捕らわれていたのだと。 これで安心して逝ける。 村は呪から解放された。 これからは普通の村として歩んでいけるだろう。 はからずも道三殿の"村人を隠れ里から解放する"という望みも叶えられました』 『そう…… 思われますか?』 『あぁ、見事だ』 そして、俺の両肩に手を置くと俺の身体を村人達の方に向けさせる。 『私の遠い子孫、一族の末裔達よ。 姫をよろしく頼み申し上げます』 それに応え、おずおずと頭を下げる村人達。 『それでは姫。 私はこれでいくよ。 あなたは今生での人生を楽しみなさい。 前世で縛られ、得られなかった女の幸せを充分にあじわいなさい』 『おにいさまっ!』 『ありがとう、帰蝶』 そして男性の支えを無くした俺の身体にどっと疲れが襲い掛かり、玉砂利の上に崩れ落ちる。 「清彦っ!」 「中に! 秋奈ちゃんを部屋に運ぶんだ!」 そして、俺の意識はブラックアウトした…… (続く) |