teruさん総合
『皮剥丸異譚』 1・過ちの代償 「お客さん、お一人ですか?」 「えぇ、それがなにか?」 「いえ、ウチみたいな居酒屋に一人で来るような女性には見えなかったもので」 「おかしいですか? ちょっと人を探していましてね。今日まで色々な場所を巡ってたんですよ」 「あぁ、人捜しですか。それで見つかったんですか?」 俺は彼女の注文した品を出すと他の客の接待に追われた。 普段なら息子の紀善が店を手伝ってくれているのだが、今日は友人の結婚式に出掛けていて留守にしているので俺一人で全てをやらなければいけないから多忙を極めた。 せめて妻がいれば楽だったのだろうが、妻が病気でこの世を去ったのは15年前だ。 「せめて紀善が嫁さんでも貰ってくれていれば楽だったんだろうが…… 未だに独身だしなぁ。 せめて今日の二次会でいい女性でも知り合って来ないものかな? まぁ、この調子じゃ孫は夢のまた夢だな」 店を息子に任せ、俺は孫の世話をして暮らす。 俺の密かな夢だが叶うのはいつの日か…… 「さて、客も一段落付いたし今日はもう客も来ないだろうから店じまいにするか……」 どうやらカウンターの台の影になって気づかなかったようだ。 「うぅん……」 「お銚子一本ならウチの客の中では飲んでるうちにはいらない量なんだが、弱かったのか?」 「人を探してたって言ってたが……、ヤケ酒か。恋人でも亡くなったのか…… もしもし?お客さん?」 「お〜い、お客さん!」 「弱ったな。このまま、店に置いておくわけにも行かないし…… 奥に寝かせておくかな?」 「よいしょと…… 服は着せたままでいいだろうな。 ヘタな事をして訴えられても困るからな。 掛け布団はまだいいか。 すぐに起きるかもしれないし?」 * 店の片付けを終えてカウンターの椅子に座ってお茶を一杯啜って一休み。 プルル、プルルルル…… カチャ 「紀善か?なんだ?」 その様子ではグループの中に女っ気はないんだろうな。 「と言う事は今晩は俺一人か……」 布団の上に寝ている彼女の事を失念していた。 白くなまめかしい太腿と豊満な胸がいい歳した親父にはなかなか眩しい。 「うぅん」 「し、下着が見えてますよ?」 気づけば俺はスカートを直すどころか、更に捲りあげていた。 白い下着に包まれた丸いお尻が完全に目の前に出現する。 俺は一体何をしようと…… 「くうん……」 「ゴクッ、こんな場末の居酒屋のオヤジの前で無防備に寝込むって事は、何をされても文句は言えないんじゃない、のか、な……?」 その時、俺はどうかしていたとしか思えない。 俺は夢に浮かされるように彼女を下着だけにしていた。 俺は自分も服を脱いで彼女の身体にのし掛かっていった。 * 「え!?ちょっと何をやってるのよ!やめて!やめてってば!」 「痛い、痛い、やめてよ。お願い、いやぁ!」 「すいません。でも身体が止められなくって。すいません、一回だけでいいですから」 「イヤ!ちょっと!だめぇ!あ、あぁぁ……」 * 「すいません、すいません、すいません。 出来心だったんです、つい、魔が差したというか……」 彼女は同じく裸で、上に毛布を巻き付けた状態で布団の上に座り込んですさまじい形相で俺を睨みつけている。 俺がした事を考えれば当然の事ではあるが…… 彼女の中に出してしまった事で急速に頭が冷えた俺は自分のしでかした誤りの重大性を自覚した。 「出来心、魔が差した? そんな理由でこの私は処女を奪われたの?巫女の私が処女を奪われておめおめと帰れると思ってるの?」 「すいません、警察だけは。警察だけは勘弁して下さい。 賠償はできる限りさせてもらいますから。俺に出来る事なら何でもしますから」 「私のバッグはどこ?」 「まぁ、警察に訴えるのは赦して上げてもいいけど、あなたに出来る事なら何でもしてくれるのよね?」 「そう。まぁ、おかげで私もこの身体に未練がなくなったし…… とにかく服を着ましょうか?」 そう言われて、改めて俺も裸のままである事に気づき、立ち上がりトランクスをつまみ上げると穿く為に彼女から背を向ける。 その時…… トスッ 「え?な、なにが……」 10pほどの紋様の入った柄に5センチほどの刃が付いている小さな短刀だが、裸の男を殺すのには充分な殺傷能力はあるだろう。 「さ、刺されたのか?」 「あぁ、大丈夫。この短刀に殺傷能力はないから。 人は刺せても殺せない。 ウチの神社に伝わる呪具"皮剥丸"の特長なのよねぇ」 「かわはぎまる……?」 「うわぁぁぁ!」 確かに短刀の刃には何も付いてなかった。 俺の身体がどうなっているのかは背中側であるから見えないが未だに激痛はあるものの意識は飛んでいないから本当なのだろう。 「信じられない?じゃあ、これならどう?」 「ひぃぃ!」 「大丈夫だって言ったでしょ? それに私には呪具を使う資格があるのでアナタのように激痛も感じないし、倒れたりもしない」 「な、なんの為にこんな事を……」 「私はね。ある山奥の大きな神社に生まれたの。 その神社はとっても特殊でね。と、言っても何百年も前の話なんだけど。 その神社は属する民の賞罰を執行する役割を担っていたのよ。 罪を犯した住民の刑を執行したりね」 「そう。今のように法整備ができてない昔、独自の刑が執行されたのよ。 そうね、例えばこの呪具を使って行われたのは……」 ゴクッ 「獣のような犯罪を行った者の皮を剥いで、新たに本物の獣の皮を着せる。 そうすると、この呪具を使わない限り二度と脱ぐことができなくなるの。 そしてどこかの山に追放。 犯罪者は文字通り獣として生きていくしかなくなる…… 着せられた皮はやがて身体を浸食して本物の獣と変わらなくなるの」 「バカな?そんな事が出来るはずが……」 「まぁ、他にも、その権力に相応しくない者がその座を別の者に明け渡す為に新たな権力者と密かに身体を入れ替えて権力の委譲を行ったりしたりもするんだけど、この場合は関係ない話よね」 「さてと。そろそろ呪が身体に廻りきったようね」 ズルッ…… パタン 「え?え?」 「うん、成功ね。 私も初めて使うからちょっと不安だったんだけど」 ズルッ、ズルズルズル…… 「ほら?剥ぎ取れたでしょ?」 「お、俺をどうするんだ?」 「ば、ばけものっ!」 そこには目の前にいるマネキン人間と同じ化け物が映っていた。 「さてと……」 「あ、なにを……」 「うん? ちょっと苦しいかと思ったけど、意外とすんなり入るのね?」 「さてと。 それじゃ何でもすると言った事に嘘はないわよね? この皮、もらっていくから」 「俺はどうなるんだ?」 「浸食が完了する?」 「頼む。俺の身体を返してくれ。本当に悪かったから」 「ダメよ。これは罰。乙女の処女を散らした罪がこれくらいで済むことに感謝しなさい。しかも龍神神社の神聖な巫女の純潔を奪った罪は深いんだからね。 なのに選択権を残して上げてるんだから」 「君だって、そんなくたびれたオヤジの身体で生きていくのはイヤだろう?」 「免許証って色々と使い道があるから貰っていくわね。それとこのセカンドバッグもちょうだい。 この身体でハンドバッグを下げて歩いていたら職質は確実だからね」 バッグの中身を移し終わると彼女は俺に背を向け出て行こうとする。 「出て行くのよ。もうここには用は無いから」 俺の声に彼女が振り返る。 「だから言ったでしょ? その身体で暮らして行くも自由、私の残していく皮を着て暮らすも自由。 処罰は終わったから、あとはあなたは自由よ。 よかったわね? 強姦なんて獣並みの行為をした犯罪者は昔なら犬の皮を被せて放逐されるんだけど、こんな居酒屋で慣れないお酒を飲んで酔いつぶれてしまった私にも非があるから、これで勘弁して上げる」 俺は一人、座敷に取り残される。 * 半時間ほどすると彼女が言ったとおり、麻痺は解けて身体を動かせるようになった。 俺は身体を起こし、自分の手を見つめた。 手元の彼女が放り出していった鏡を取り、自分の顔を見つめる。 なんの表情もない卵形のピンクの肉塊のようだった。 ……この姿で生きていくのは無理だ。 外にも出れない。出たら出たで化け物呼ばわりされて人々から襲われかねない…… 映画にあるような透明人間のように、包帯とサングラスでも現実的に生活は無理だろう…… 残る選択肢は必然的に…… 俺は部屋に置かれている肌色の物体に目をやる。 彼女の残していった皮。 「これを着ると彼女になってしまうのだろうか…… それに一度着ると二度と脱げなくなると言っていたが…… それに身体を浸食されて中身も女になると……」 しかし、時間が経てば経つほど彼女は遠くへ行ってしまうだろう。 あれから一時間近く経つ。 すでにもう手遅れかも知れない。 迷っているヒマはない。 それに彼女さえ捕まえられたら再びあの短刀で元に戻して貰えるかもしれない。 いや、なんとしても戻して貰わなくては。 俺は畳の上に放置された彼女の皮を手に取ると広げてみる。 それは前開きのウエットスーツのようにも見える。 開いた所から足を入れるとまるで皮が俺の足を飲み込むように彼女の足の中に導かれていく。 皮は見た目よりも柔らかく伸び、その腕を自らが飲み込むようにすっぽりと包み込んでいく。 残りはウインドブレーカーのフードのように背中から垂れ下がる彼女の頭だ。 俺は背中に手を伸ばし、頭の部分を引っ張り上げると喉元に空いた穴は頭を覆えるほど大きく伸びる。 彼女の皮に俺の身体が完全に覆われる。 「こ、これは……」 「いや、ちょっと待て! やっぱりストップ、ストップ!」 「あ、あぁぁ……」 「こ、これが俺の身体……」 「女だ、女の身体以外の何ものでもない」 俺は急いで床に散らばっていた女性が身に付けていたショーツに足を通し、動くたびに揺れる胸を固定させる為のブラを慣れない手つきで装着する。 初めてのブラウスに袖を通し、初めてのスカートを穿く。違和感有りまくりだが、恥ずかしがったりしている余裕はない、俺は急いで外に出ようと彼女の靴を探す。 そこにはハイヒールが…… とても俺に履きこなせる靴ではない。 * 「どこだ?彼女はどこに?」 地方の山奥から出て来たと言っていた、彼女がそこへ帰ってしまったら俺に探す術はなくなる…… そうだ、駅! 駅に行けば捕まえられるかもしれない。 俺は急いで表通りに出ると駅に向かった。 深夜でも表通りにはまだ人が何人か歩いていた。 「お姉ちゃん、お姉ちゃん、そんなに急いでどこ行くの?おじさん達と飲まない?」 無視してすり抜けようとする俺の腕をオヤジの一人が掴む。 「ちょ、やめろ。放せ……」 「課長、課長。彼女は用事があるんですよ。 ダメですよ、最近はなにかと言うと訴えられちゃうんですから。 それよりもあっちのバーに綺麗なお姉ちゃんがいますから」 ……そうか。 手を上げて掌を見つめる。白い細い手…… 本来の俺ならあんな酔っ払いなんか軽くあしらえるのに…… 今の俺は女だったんだ。 そして、女性の皮が俺の身体を浸食している? 力が女性のものになってきているのだろうか? "ちゃんと赤ちゃんが産める身体になるって事、あなたが今度は男に襲われる側の人生を生きるの"…… 俺は慌ててスカートを翻し、駅へと走った。 * しかし……、終電はすでに出てしまっていた。 「そんな……」 終電が出てすでに30分ほどが経っている。 彼女がそれに乗ってしまっていれば確実にアウトだ。 でも、今まで近所で彼女を見かけた事がない。 これほどの美女が近所にいたら常連客達の話題にならないワケがない…… 誰かを探していたと言っていたな。 知り合いがウチの近くに住んでいるのか? 「一旦、ウチに帰るか……」 改めて自分の身に起きた事を考え、自分の身体を見下ろす。 「なんであんな事をしてしまったのだろう……」 多分、これは俺が彼女を犯した痕跡…… ……まさか、痛みを感じると言う事は股間の奥に女性器も出来上がろうとしているのだろうか? 彼女の皮を着込んだ俺の身体が本物の女になろうとしている…… 白いブラジャーに包まれた双丘の間に切り裂かれたはずの傷跡はまったく存在しない。 「くそっ。 なんとしてもあの女を見つけ出して俺の身体を返してもらわないと……」 * 店に帰り着くと私は湯沸かし器のスイッチを入れてシャワーを浴びる事にした。 服を脱いで洗面所の鏡に自分の身体を映す。 胸だって完全にくっついていて重さも感じる。 腰が俺の腰より細くなってるのがよくわからない。 薄い恥毛に被われた股間を覗きこむ。 じっくりと弄くってみたいが、この身体というか、この皮は預かり物だ。 迂闊なことをして彼女の機嫌をこれ以上損ねて身体を返してもらえなくなるなんて事にはなりたくない。 なんとかトイレをクリアして、シャワーを浴びた。 正直言ってドキドキした。 自分の身体なのに自分の身体じゃないという不思議な状況…… 色々と思う所はあるが、もう遅い事だしさっさと寝てしまおう。 尻が少しキツイし、胸がちょっと苦しい…… が、これしかないから仕方がない。 「ふわぁぁ、明日、彼女が捕まらないようなら下着とか買わないとダメかなぁ……」 ……胸が重い。女って寝る時にこの脂肪の塊が気にならないのだろうか? * 俺の身体に男がのし掛かる。 「へへ、いいじゃないか。一発、犯らせろよ?」 「男の股間にこんな穴はねぇよ」 「痛ぇぇぇ!」 「え?ウチ?俺の部屋…… あ…… 夢か?」 「ふぅ、変な夢を見た。 俺が女になって、男に犯されるな……ん、て……?」 「………… あれ?」 酔っ払って寝てしまった女性客をはずみというか出来心で襲ってしまい、彼女の逆襲にあって皮を剥ぎ取られてしまったこと。 仕方なく残された彼女の皮を着てしまったこと…… パジャマの上を摘んで胸元を覗き込む。 白い豊かな双丘が顔を覗かせている。 と言うか…… 股が痛い。 まるで股間に何かを無理矢理突っこまれたような違和感がハンパない。 「ゆ、ゆうべはこれほど痛くなかったのに…… 着た皮がそれだけ浸透してきたという事なのか?」 身体が本格的に女性化している……? 俺はパジャマを昨日の服に着替えると、とりあえずアルバムから俺の写真を抜き取って駅に急ぐ。 * 「すいません。 この男が通りませんでしたか?」 「さぁ?見かけませんでしたね」 「駅じゃなかったのか…… じゃ、他にどこを……」 「紀善!」 「お前のオヤジだよ!なぁ、こんな男を見なかったか?」 「だから、俺はお前のオヤジだって!」 「違うんだ、これは他人の皮を被っているせいで……」 「下ネタに走るんじゃねぇ!だからお前は女ができないんだよ!」 「で?アンタは本当は誰なんだ? なんで俺のオヤジを探してるんだ?」 なんて説明したものか…… 「とりあえず、ウチに戻るか」 「おいおいおい? だから、アンタは誰なんだって?」 * 「えっと…… つまり夕べ、店の後片づけをしていたら女が押し行ってきてオヤジの背中を刺して生皮を剥がしていったと?」 「で、女も自分の皮を剥がして代わりにオヤジの皮を着て出て行ってしまった…… 仕方なくオヤジは残された女の皮を着て、オヤジの皮を着て出て行った女を捜していたと?」 「で?オヤジはどこに行ったんだ?」 「そんなバカな話が信じられるわけあるかぁ! 皮を剥いだだぁ? 普通、全身の皮を剥がされたら出血多量かショック死するだろ! しかもそれを着ただぁ?そんな事が信じられるか! それに見も知らぬ女がなんで店に入って来てオヤジの皮を剥ぐんだよ?信憑性も何もないだろ、それ?」 さすがに俺が店の客を強姦したとは息子に告白する勇気がない。 しかし、そこを省くと恐ろしくウソ臭い話にしかならない。 「でも、事実なんだ。信じてくれ」 「からかってる方か?」 「いやいや!たとえ、どんなにウソ臭かろうとこれが真実なんだよ! そうだ! 何か質問してみろよ。 とにかく、どうしようもない。 俺だって紀善がこの姿で現れたら信じなかっただろう。 人の皮が服のように着替えられるなんて突飛すぎる。 俺は腕を組んで、この状況を紀善にどう理解してもらえるか考える。 「とにかく。 オヤジとアンタが何を企んでるかは知らないけど、店の仕込みがありますので今日の所はもう帰ってもらえますか?」 「いや、ちょっと待て!ここは俺の店だろ!?」 「あのね?冗談も過ぎると笑えませんよ? あまりしつこいようなら警察を呼びますよ?」 「うっ」 「…………」 彼女さえ見つかれば問題は解決するワケだし…… 近くのホテルやアパートを廻って俺の写真を見せて歩くことにした。 駅に行って"俺"が来ていないことを確認すると近くのビジネスホテルを廻る。 小さな街なのでホテルの数も知れている。 多分、彼女の行動範囲は店の近くにあった筈だ。 しかし、俺が廻ったホテルやビジネスホテルには俺が泊まった形跡はなかった。 ……しかし、美人ってトクだよな? 微笑んだり涙ぐんだりするだけで男共は多少の融通を利かせてくれる。 そのかわりにイヤらしい目で全身を嘗め回すように見られるけど。 * 「え?」 ウチからちょっと離れたマンションの管理人が俺を見て答えた。 「あぁ、この人。 え?お父さんじゃないの?」 「い、いえ。父です……」 「あの弟の遺体って?」 「え?あ…… えっと昨日話したのは私の双子の姉です」 「え?お姉さん?昨日の人じゃないの?」 不審ながらも管理人は俺の質問に答えてくれた。 突然、昏睡状態に陥った斎藤俊秋は救急車で運ばれていったが、病院に着いた時にはすでに手遅れだったらしい。 病院から帰ってきた娘は弟の死が相当のショックだったらしく、弟の部屋を片付ける終わると食事をしてくると言ってどこかへ出掛けてしまった。 ……多分、ウチに来たのだろう。 その後、娘は帰ってこずに深夜になって、田舎から出て来たという父親を名乗る男性がやってきて部屋の後始末をしていったらしい。 「それで…… その弟の遺体は今どこに?」 「田舎? そうだ、田舎ってどこなんですか?」 「えっと…… 長く家を留守にしていたのでその間に引っ越しをしたらしくって……」 「あれ?おかしいな? データがない?」 「この賃貸マンションの住民データならこのパソコンで閲覧できる筈なんだけど…… 斎藤さんのだけが載ってないですねぇ?」 その後、管理人から娘に関するめぼしい情報は得られなかった。 弟の部屋というのも見せてもらったが部屋は綺麗に片付けられていて個人を特定する手がかりは得られなかった。 「自動車で田舎に帰ってしまったのなら、俺の身体が返ってくるのは絶望的だ」 「紀善は俺の事をオヤジだと認めてねぇし。 財布どころか、手持ちの小銭すらない…… どうしろってんだ……」 * ガラリ 「俺は帰ってきたか?」 「それじゃとにかく、警察に捜索人届けを出してくれよ、頼むから。 俺の身体が見つかるように」 「俺が俺をどうにかしたのならさっさと逃亡してるよ」 「それと……」 「父親が見つかるまで俺をここに泊めてくれないか? 俺、文無しなんだよ」 いや、もう息子に父親だと認めてもらうとかは後回しでいい。 背に腹は代えられない。 「はぁ?なんだ、それ? 家出でもしたのか?悪いことは言わない、家に帰れ」 「いや、家がどこだかわかったら、すっ飛んで帰ってるよ」(身体を取り戻しに……) 「いや、それはよく判ってるんだけど。とりあえず、お前を信用するしかないし……」 「えっと、本当にこの身体は借り物なので出来れば清い身体のままでいさせてくれるとありがたい……」 この皮の影響かどんどん力が無くなってきてるのは自覚している。 多分、息子に襲われでもしたら俺は抵抗できない。 「ほんっとうに行くところがないのか?」 「…………」 「ね?おねがい」 「なんだろ?美人に微笑まれてるはずなのに気色悪いな?」 「泊めてやってもいいけど、条件がある」 「オヤジが帰ってくるまで居座るというのなら、店の手伝いをしてもらう。 たとえ一日程度の事でも働かざる者食うべからずだしな」 「それはもう。 三食付いて寝泊まりさせてもらえるならただ働きでも喜んで」 「いや、まぁ、安いが時給くらいは払うよ。 それともう一つ条件がある」 「それだ。接客の時は"俺"なんて言葉を使うな。品位がない。"私"と言え」 「イヤならべつにいいけどな。ただ、条件をのめないのなら素直に家に帰れ」 「あはは、私ですね。わかりました。 私、私、私。 はい、すっかり慣れました」 「調子のいいヤツだな? その辺りオヤジと似たような性格してるな」 話は纏まり、俺は自分の店で住み込みの店員として働くことになったのだった。 「それで、あんた、名前は?」 「名前だよ、名前。 ないわけじゃないだろ?」 「えっと、斎藤……です」 「斎藤……、なんでしょう?」 「なんでしょうって事はないだろ?自分の名前なんだから」 「それはオヤジの名前だ。 聞いてるのはあんたの名前だよ」 「なんだよ、それ? アンタ、ひょっとして記憶喪失か?」 「適当にって…… 仕方がないな。 じゃ、双葉?」 「ちょっと待て! なんでお前がそれを知ってる! てか、やっぱりお前、オヤジとグルで何か企んでるんだろ!」 「いや、勘、勘勘!ただの勘。偶然に当たっただけ! だからその刺身包丁はしまおうな?」 「本当か?お前、本当に何も企んでないだろうな?」 「いえいえ、何も企んでませんよ。 私の名前は斎藤双葉。 それで了解です」 「あの…… それとお願いが……」 「お金がなくって夕べから何も食べてないので前払いで夕食を頂けるとありがたいのですが?」 「メシか…… 仕方がないな。 ちょっと待て」 「いただきます」 「食い方がオヤジだな……」 「誰もそんな事を言ってねぇ。 食い方がおっさん臭いと言ってんだよ。普通、女の子ってもっと小さな口で食うもんだろ」 「何をそんなに汗をかくほど…… って、あれ?」 「なんだよ?」 「お前、匂わないか?」 「お前が気にしなくっても客が気にするんだよ! 着替えは持ってないのかよ」 「はぁ?つまりお前、何も着替えは持ってないのか?」 「ふざけんな。ウチは客商売だ。店の者が不潔でどうすんだよ!」 「男と女では与える印象が違う! とにかく、金はやるからこれで安くてもいいから、新しい服と下着を買ってきて着替えろ!臭い身体で接客されたらただでさえ少ない客が逃げる!」 「いや、ちょっと待て! 俺に女の下着を買いに行けって言うのか?」 いや、ちょっと待てって。 俺はここの店主で主人だぞ? 扱いがおかしくないか? 店の外につまみ出した俺に紀善が更に俺を追い詰める。 「俺が服を買わずにこの金を持ち逃げしたりしたら?」 「買ってこないと店に入れてもらえないんだろうなぁ…… 情けないことになっちまったなぁ」 * 「紀善!買ってきたぞ。 これでいいだろ。 パンツにブラ、Tシャツにジーンズ」 「バカヤロ!嬉しそうに下着を見せびらかすな! 奥に言ってシャワーを浴びて着替えてこい!」 俺がこれを買うのにどれだけ勇気を必要としたかしりもしないで。 これが"親の心子知らず"というヤツか? 俺は仕方なく紀善の指示に従って風呂場に行く。 ブラウスのボタンを外し、スカートのホックを外して足下に落とす。 「夕べからばたばたしていて落ち着いてこの身体を見なかったけど……」 確かに俺のやったことは犯罪だよ? でも俺の身体を皮にして持ってちまうのはあんまりじゃないかなぁ…… 俺は俺で、自分から着たとは言え、身体がこの皮に閉じ込められちまうし…… 心の中でつぶやいて腕の皮を引っ張るが、本物の俺の身体と変わらす俺の腕の肉が引っ張られるだけだった。 下着を脱いで素っ裸になって胸の肉を引っ張るが、まったく自分の身体のように胸の肉はちゃんと触られている感覚がある。 完全に癒着しちまってるのかなぁ? 皮が浸透すると身体の中身も女性化するって言ってたよなぁ? 股間を覗き込む。 朝から何度かトイレには行ったが直視するのは初めてだ。 ワレメの奥に子宮が出来てくるんだろうか? ……何日かしたら生理が来たりして? 「双葉!うるさいぞ!シャワーは浴びたのか? 終わったらさっさと着替えて店を手伝え!」 「はいはい、すぐに行きますよ!」 今じゃ、息子に父親と認めて貰えず、女店員として息子に従って働かないとどうしようもない身の上だ。 俺は新しく買ったシンプルな形のピンク色のブラとショーツを身につけるとジーンズを穿き、Tシャツを被る。 まぁ、居酒屋の店員としては悪くないだろう? ジーンズが尻にピッタリとフィットする感じがちょっと恥ずかしいが…… 「この歳で女の下着を着けることになるなんて思ってもみなかったな……」 バイト店員として息子にこき使われる為に…… * 店に出ると紀善にエプロンを渡され、俺はそれを付けて雑用をさせられた。 「双葉、そこのテーブルを片付けろ」 大体、普通は"斎藤さん"だろ? なんで名前を呼び捨てにするんだ? ここは俺の店で、俺が店主なんだぞ! そう叫びたいが、叫んだら紀善に店からつまみ出されるのは目に見えている。 力じゃ叶わなくなってることはさっき一度つまみ出された時に身に染みて実感した…… 昨日まではまだまだ力では息子に負けない自信があったのに…… まぁ、それも仕方がないと言えば仕方がないか。 普段と違って俺が居ないから紀善が調理だけで手一杯になるのは当然の事だろうし、元はと言えば俺が悪い。 これは自業自得とも言える 「紀善くん、親父さんはどうしたんだ?」 「で、この娘さんは?」 「綺麗なお姉ちゃんだねぇ?どこで見つけてきたの?」 「俺はハエか!」 「私。私はハエですか?おほほほ」 「部屋に沸いてたってなに?」 「親父さん?」 「わははははは、なんだい、それは?」 「てか、あれ?娘さん、夕べそこの隅のカウンターで飲んでた人だよね?」 「あれ?田中さん、こいつ知ってるんですか?」 「いや、まぁ……」 「何が店じまいしてる時に押し行ってきただよ。 お前、ウチの客だったんじゃないか?」 「それで、本物の親父さんは?」 「だから、俺だって!」 もう完全に俺の言う事を信用しなくなったな。 紀善を恨みがましく睨んで、刺身をテーブルに運ぶ。 その後も俺の事はスルーされて、紀善は客達と談笑しながら俺をこき使った。 * 「あぁ、終わったぁ」 「ご苦労さん。なかなかよく働いたじゃないか」 「いや、マジでこんなに使えるヤツとは思わなかったぞ? 昔から居酒屋をやってるようになれたものだったじゃないか?」 「いや、まぁな……」 「後の片付けは俺がやっておくからお前は風呂に入ってさっさと寝ろ」 悪いと思ったが、この身体で働いたせいか意外と疲れていたので、俺は風呂に湯を入れてノンビリと湯に浸かって疲れを癒すことにした。 ……あれ?そう言えば、俺はどこで寝りゃいいんだ? 俺の部屋で寝ようとすると、また紀善が何かいいそうだしな? 俺は風呂から上がるとさっさとパジャマを着て、まだ片付けをしている紀善に尋ねた。 「えっ?あぁ、そうだな? ウチは狭いから二階は親父の部屋と俺の部屋しか……って、お前何を着てるんだ!」 「え?パジャマだが?」 「え?あぁ、まぁちょっとサイズが合わなくなってるが着れないわけじゃないから?」 「じゃ、何を着ろってんだよ?」 「だからいいんだって。 それで俺はどこで寝ればいいんだよ?俺の部屋か?」 「はいはい、奥の座敷ですね。 了解しました」 店の主人が自分の部屋で寝ることも許されないとは情けない話だが、もう状況を受け入れつつある自分が怖いな。 このまま、俺の皮を見つける事が出来なければ俺はずっと居酒屋の女バイトとして生きていか 疲れていた俺は座敷に上がり押し入れから布団を出すと引いてさっさと寝る事にした。 「あ、そうだ!」 「あのぉ?」 「寝ますけど、くれぐれも私を襲わないで下さいね?」 まぁ、堅物の紀善を信用するしかないが、俺の血を引いてるからなぁ? しかし、あの女性には悪いことをしたよなぁ…… 女の立場になってみると、男のいる家で一人で寝る事の怖さを実感する。 あの女性を見つけたら本当に誠心誠意謝ろう。 とりあえずは無事に明日を迎えられますように…… |