TS(トサ)えもんーーだれでもきぐるみ 第一話
作:お茶か牛乳


「TSえもーん」

「なに、ヒキタくん」

「……いや、雰囲気出すのに呼んだだけ」

 カーテンが締め切られた薄暗い部屋に、影が二つ。一人はこの部屋の主で引きこもりのヒカルーー通称ヒキオ。現在二十三歳。引きこもり歴は九年。そしてもうすぐ引きこもり十年選手となるガチニートだ。
 となれば、もう一つの影は彼が呼んだTSえもんとなるわけだが……それはふしぎな存在だった。
 見た目は、ある歴史的有名人をデフォルメした姿だと、日本人ならばだいたい気づくだろう。なにより名前がTS(トサ)えもん。なのになぜか違和感が……そう、彼は標準語だった。

「呼んだだけ?なら邪魔しないで欲しいな。ぼくは今、読書の真っ最中なんだ」

「いや、ほんとは聞きたいことはあるんだけど」

「ふぅん。なに」

「皮ものを体験してみたいんだ。そういう道具がないかなって」

「ほう……」

 きらっと、TSえもんの鋭い眼光が輝いた。そうしていると、彼が本当に坂本龍馬型ロボットなんだとヒカルは実感していた。
 そう、TSえもんはロボットである。さらに名前のえもんに恥じず、正真正銘未来からきたのだ。もちろん未来のふしぎ道具も持っている。
 そして御多分に漏れず、彼は、未来のヒカルの子孫がヒカルを更生させるために過去へと送り込んだため、現代のこの日本にいるわけだが。
 子孫。と言っても、それはヒカルの直系ではない。ヒカルには妹がいるのだが、その妹の孫の孫が本来のTSえもんのご主人様なのだ。
 ではなぜその彼女がTSえもんをヒカルの元へ使わしたのか。それは未来に伝わっている話による。なんでもこの後も一生引きこもり続けたヒカルは、両親亡きあと妹を頼り、兄を見捨てられなかった彼女は伴侶に愛想をつかされ、シングルマザーで引きこもりの兄持ちという人生ベリーハードモードに突入することとなった。
 その因果は子世代に報い、伯父の姿を見て育った息子も引きこもり。娘は母と同じような奴隷人生を送ったらしい。そのまま負の遺産は積み重なり続け、TSえもんの主ーーヨミちゃんもまた引きこもりの弟を抱えていた。
 そんな未来を変えるために送り込まれた坂本龍馬型ロボット、トサえもん。本来は子どもの教育用ロボットの一種で、立派な九州男児を育てるスパルタ式指導によって一部ではカルト的な人気を持っていた。
 が。ヒカルの元へと送り込まれたこの個体、なんと重大な欠陥、エラーを抱えていた。ヨミちゃんはそうとは知らず、まんまと騙されて悪徳業者から購入してしまったのだ。
 そのエラーとはーー

「もちろんあるとも!でもねえ、一口に皮ものと言っても今や色々あるんだよ!たとえばアイドルや二次キャラの既製品の皮から、着てみたい誰かを脱皮させるクリームとかーー」

 このTS好き嗜好である。本家のように製作過程でネジが一本足りなかったらしいとかの事情があるそうだが、それだけでは説明がつかないほどの異常なTS好きをこのトサえもん(自称、TSえもん)は顕現さえていた。そしてトサえもんの最大の特徴である土佐弁を使わない(トサえもんとしてはありえないらしい)。もちろん道具もTS系のものばかりを持っている。
 ヨミちゃんはこのトサえもんをもともとは弟の更生のために購入したのだが、このエラーに気づいた時には、弟は弟で無くなっていたらしい。彼は女体化にはまってしまったそうだ。
 だが、その結果妹になった彼女は社会復帰したらしい。それはそれで結果オーライかもしれない。
 問題はその後だった。TSえもんは今度はヨミちゃんの子どもたちまでTS漬けにしようとし始めた。ちなみにヨミちゃん、ちゃん付けだがアラフォー子持ちである。
 弟が妹になったのはプラス面の方が大きかったのでまだ良かったが、自分の子どもが二の舞となってはこりゃいかんと焦ったヨミちゃんは、ある妙案を思い付いた。
 自分の一族の負の元凶であるあの悪名高きヒキオを更生するために、過去にやってしまえばいい……!と。
 こうしてこの時代にやって来たのがこのTSえもんだった。

「ううん、そうだなあ。僕は憑依系とかが好きだし、生きた人を皮にしちゃうようなのとかがいいかも」

「あ、じゃあ。相手の記憶が読めるようなのがいいんじゃない?」

「ああ、いいね!そういうの」

 TSえもんはこれまでヒカルを更生させるため、数多くのTS道具を彼に貸し与えた。その結果ーーヒカルは立派なTS好きになっていた!
 ヨミちゃんの弟と違い、完全にTSというジャンルにはまってしまったらしい。それでいて脱引きこもりはあまり進んでいなかった。

「あ、でもさあ。そういうのってなりたい女の人を拉致るとか、拐うとかして皮にしないといけないんだよねえ?あんまりそういうのはしたくないなあ」

 別にこれはヒカルの心根が優しいからという発言ではなかった。彼は純粋にその行程が大変そうでしたくないだけなのである。

「ううん、でも生きた人を皮にするのは、そういうダークな要因も楽しみだと思うけど。完全に皮になるまで相手の意識があって、徐々に皮になっていく体に恐怖するとかさ」

「いや、でも僕だし。もっとゆるーいのにしてよ」

「えー、じゃあこの空気抜き針じゃあダメかあ……ならええと……」

 TSえもんが着物の懐(四次元懐)から出しかけた道具の設定って、どこかで読んだことあるなあ。とのんきに思いながらヒカルが待っていると、どうやら彼が望んでいるような道具に思い当たったらしい。TSえもんが今度こそ懐から手を引っ張り出した。

「よし、これだ!だれでもきぐるみー!」

 それは、見た限りではのっぺらぼうの人形のようだった。マネキンではない。シリコンだろうか。肌には弾力がありそうだ。大きさは普通の人間と同じくらいある。そして背中には、ファスナーがあった。
 そのファスナーを指差してTSえもんは説明を始めた。

「いいかい、この人形についているファスナーをよく見て」

 言われて、見る。よく観察すると、そのファスナーには、金具が二つついていたのが分かった。だからどうということもないけれど。

「この二つついている金具の一つを……えいっ」

 そう言って、TSえもんが金具を持って引っ張ると、それは簡単に取れた。

「簡単に取れる!そして取ったこれを着たい相手の首筋につける!そうすると、その人はきぐるみになってしまんだ!」

「それはすごい……けどさ。じゃあこの人形自体にはなんの意味があるんだい?」

 TSえもんの質問を聞いて、分からなかったことをヒカルは率直に聞いてみた。

「ふっふっふ、それは実際にやって見せましょう。ついて来て」

 と言うと、TSえもんは取った金具だけを持って、人形は置いたまま部屋の外へと出ていった。ヒカルも続く。
 ちなみに、TSえもんが来る前は、自室からも出たがらなかったヒカルなので、これは進歩と言えるかもしれない。
 彼ら二人が向かったのは、ヒカルの部屋からすぐ近く、ヒカルの妹の部屋だった。『ミカの部屋』と書かれたプレートが扉にかけてある。
 ヒカルの妹ミカは、本来の未来も悲惨だが、今現在もよくヒカルとTSえもんにTS道具の実験台一号にされやすく、とても不幸な女の子だった。ヒカルとの年齢差は十歳近いため、ヒカル本人は可愛い妹だと思ってはいるのだが……
 TSえもんがこっそり部屋の扉を開けた。中を覗くと、ミカは勉強中らしい。机に向かい、扉には背を向けている。
 なお、今日は休日。そして午前中である。ミカは午後から友達と約束があるようで、先に勉強を済ませていくつもりらしい。彼女の勤勉な真面目さを伺わせる。
 そして、今は背中だけでよくわからないが、ミカは結構顔もかわいいと、兄ながらヒカルは思っていた。
 ヒカルがミカの背中を眺めている間に、TSえもんはずかずかとミカの部屋へ遠慮なく侵入し、さらに馴れ馴れしくミカに声をかけた。

「ミカちゃん、勉強?」

「あ、うん。午後から約束があるから、先に終わらせないとね」

 ミカは性格もいい、とヒカルは思った。だって、いきなり未来から来たとか言う怪しいやつが居候しても、邪険にしないんだから。

「へぇー、偉いねぇ。そうだ、分からないところない?ぼくは未来のロボットだし、学校の宿題くらいお手のものだよ」

「えー。そうだなあ。じゃあ」

 ミカがそういうと、書いていたノートをぱらぱらめくってから指差す。
 それを彼女の座席の後ろに立ったTSえもんが覗く。その一瞬の隙に……

「じゃあ、あとは一人でやってみてね」

「あ、うん、ありがと」

「じゃあねー」

 まんまと目的を済ませたTSえもんは、もうは用はないと言うように、さっさとミカの部屋から出てきた。
 TSえもんは見事ミカに気づかれないように、首もとにファスナーの金具をつけたのだ。

「じゃ、部屋に戻るよ」

「あれ?これからミカを着るんじゃないの?」

「まあまあ、いいからいいから」

 TSえもんに背中を押されるように自室に戻る。中に入って、ヒカルはあっと声をあげた。
 置いておいたさっきの人形の形が変わっていた。なんとーー

「ミカじゃないか!」

 妹と瓜二つになっていたのだ。しかも全裸の。

「へー。なるほど。これを着るんだね!あれ、でもこれじゃ、僕が言った本物を憑依するみたいに皮にして着るとは、違うじゃないか!」

 これはいったいどういうことか。思わずヒカルは抗議するかのようにTSえもんへと詰め寄った。それを慌てる様子もなく、TSえもんがなだめるように手を振る。

「まあまあ。じゃあ、まずはぼくが着てみるからね」

「いいけど……」

 まだ不満はあったが、なんか考えがあるのだろうと、TSえもんのするがままにさせた。TS好きのTSえもんは、TSのことに関してヒカルを失望させたことはなかった。それを信じたのだ。

「いいかい。まずさっきの金具を着たい人の首筋につけると、このように元々金具がついていたきぐるみがその金具をつけた人とそっくりそのまま全く同じ姿になる」

 そう言いながら、ミカとなったきぐるみを着ていくTSえもん。坂本龍馬をデフォルメした姿の彼は、手も足も短く、頭が大きいが、苦もなく小さなミカのきぐるみへと収まっていった。

「そしたらこのように、このきぐるみを着る。あ、もちろん皮ものの基本通り、どんなに体型が違ってもちゃんと着れるよ」

 ついにミカのきぐるみにTSえもんの全身が収まった。あとは、ファスナーをあげるだけだ。

「そして、ファスナーをあげる!」

 言葉通りにTSえもんが行動した結果。ヒカルの部屋は。突如きぐるみから発せられた光に包まれた。
 そのあまりの眩しさに、ヒカルは目をつむる。
 光が瞬いたのはまさに一瞬だったらしく、ヒカルが数十秒後におそるおそる目を開けた時には、そこはいつものちらかったヒカルの引きこもり部屋だった。
 その中央に、TSえもんが着こんだミカそっくりのきぐるみが直立していた。ごくりを唾を飲んでヒカルが様子を伺うが、きぐるみに変化はない。というか、動かない?
 きぐるみの中には、TSえもんがいるはずなのに。

「TSえもん?」

 声をかけてみる。だが、返事はないし、身じろぎすらしない。
 微動だにしないきぐるみに近づいて、今度は肩を掴んで呼んでみた。

「TSえもんってば」

 しかしきぐるみはなおも動かない。表情すら変わらない。瞬きさえもしない。さすがにヒカルもこれはなんか変だと思い始めた。
 まさか、さっきの光はなんかの故障によるものだったんじゃ……

「TSえもん!TSえもん!」

 TS以外はてんで役に立たない欠陥ロボットではあったが、短い間でも一緒に暮らし、彼によってTSの素晴らしさを知ったヒカルにとってTSえもんはもはや親友だった。
 その相棒の異変に、半泣きになりながらヒカルはきぐるみの肩を揺すったが、返事はなかった。

「うう、まさか、こんなことでTSえもんが壊れちゃうなんて……これから僕はどうやってTSを楽しめばいいんだ……」

 失意の中で、TSえもんが入ったミカのきぐるみに問いかける。やはり返事はない。

「……でも、TSえもんにしたら、これは本望かもしれないな。だって、愛するTSの皮を被ったまま壊れたわけだから」

 よく見れば見るほど、このきぐるみはミカそのままだった。ヒカルは何度もミカの体に憑依したり、変身してきた。
 当然その体も、触らなかった箇所はないくらいだ。

「この小さな胸も、TSえもんが壊れちゃった今や、もう二度と本物にはさわれないのか……」

 そう考えると、思わずヒカルの手はきぐるみの胸へと伸びていた。いつもミカの体でオナニーしていた要領で、彼女が感じるベストタッチをしてしまう。
 だが、感触は楽しめても、もう二度とあの甘い感覚を味わうことはできないのだと、ヒカルがため息を吐こうとしたその時ーー

「ひあっ」

 小さな悲鳴が、扉のほうから聞こえてきた。この声……とヒカルは戦慄した。バカな、どうして。

「み、ミカ!?な、なんで勝手に入ってくんだよ!!」

 ヒカルの部屋にヒカルとTSえもん以外の立ち入りを禁ずる。これはこの家の不文律だったはずだった。
 ミカもまた、それを承知して、扉の前から声をかけてくることはあっても、ヒカルの部屋に入ったことはこの十年ほどない。

「だ、だって……てか、なにそれ!?わたし!?」

 兄の部屋を覗いたら、兄が自分そっくりの人形の胸を揉んでいた。しかも兄は重度のヒキニート。これを目の当たりにした妹の衝撃は幾ばくか。
 もはやヒカルの頭から壊れたTSえもんは吹っ飛んだ。それよりも、この状況を打開しなければならない。妹の機嫌を直さなければ。
 ヒカルは今や完全に人間の屑だったが、その昔はいじめられている妹を何度も助け、勉強を見てやり、共働きで留守がちな両親に変わって妹の世話をしてきた。それにより妹は今でもヒカルを嫌いきれず、未来では己の家族を捨てて兄の面倒を見るに至ったのだ。
 TSえもんがいなくなった今、引きこもり脱却の目処がない自分のライフラインは、この妹。妹に嫌われたら、ヒカルに未来はない。

「ち、違うんだって、これは、TSえもんがさ……俺はべつに……」

 かつての親友の屍を足蹴にし、保身に走るヒカル。こうなっては仕方ない。このきぐるみの中にはTSえもんがいるが、いざとなったら捨ててしまおうという覚悟までしてーー

「……ぷっ、あはははは」

 突然ミカが笑いだした。

「ヒキタくん。ぼく、ぼくだって」

「え……ま、まさか」

 目の前のミカは、普段妹が決してしないような、下卑た笑みがその可愛らしい顔を浮かべた。これは、間違いない。

「TSえもん!?」

「はい、ぼくTSえもん」

「ええええええ!?で、でも君は、今このきぐるみを着たじゃないか!!」

 ヒカルの部屋にあったきぐるみをきたはずのTSえもんが、どうして本物のミカに?いったいどういうことかしら。

「これがこのだれでもきぐるみの機能なんだ!金具をつけた人にそっくりなったこのきぐるみを着ると、なんと金具がついた本人を着たことになるってわけ」

 そう言うと、ミカは後ろを振り向いた。後ろ髪をあげると、さっきつけた金具と、さらにそこにさっきまでは無かったファスナーがついていた。

「この金具がついている限り、本人がいつどこで何をしていようが、そのきぐるみを着ると本人の中に入れる。そして」

 ミカの手が、自分の背中にできたファスナーの金具に触れる。

「そしてファスナーを下ろせば、またそのきぐるみから出てこれるんだ!」

 言葉通り、ミカがファスナーを下ろすと、またヒカルの部屋が発光した。
 ヒカルが目を開けると、さっきまで話していたミカは崩れ落ちていた。

「どう?ひきこもりの君にはぴったりの皮ものだろ」

 TSえもんの皮肉がきいた軽口を無視して、倒れた本物のミカを見やる。息をしているし、苦しんでいる様子もない。TSえもんの道具はあやしいTSものばかりだが、人を傷つけるものではないから、大丈夫だろう。
 さっきまでファスナーがあった首筋を見ると、先程TSえもんがつけた金具はそのままだったが、ファスナー自体は消えてしまっていた。

「うん、すごいね。じゃあこの金具がついている限り、いつでもミカになれるってわけか。うーんでも、どうせなら」

「もっと色んな人をきぐるみにしたい、だろ。わかってるよ」

 TSえもんはヒカルの不満を自らで口にすると、また背中のファスナーをあげた。また光。今度はさっと目を閉じることができた。
 倒れていたミカがむくりと起き出し、ヒカルに背を向け、またファスナーを見せる。

「ようく見て、ファスナーの金具、二つともこっちに移ってるでしょ」

「あ、ほんとだ。でも、それが?」

 それが、と言いながらも、ヒカルはその意味を予想し始めていた。わくわくしてきた。それってつまり。

「この状態でも、この金具の片っぽは取れる。そして、これを他の誰かに……ううん、今はヒキタくんしかいないから君につけさせてね」

 ヒカルの返事を待たず、TSえもんは行動していた。ヒキタの首筋を妹の手がくすぐった。思わず、びくっとしてしまった。

「よし、ついた。でも、そっちに金具をつけても、ファスナーはまだ今着ている人についたままなんだ」

 またミカが背中を見せる。確かに、まだある。

「でも、これを下ろすと……」

 また光。自然と目を瞑り、ヒカルはきぐるみのほうを見た。そして、驚いた。

「ええっ!?ぼ、僕!?」

「そう!金具を移してからファスナーを下ろすと、きぐるみは金具を移した人に変化するんだ!」

 突然現れたもう一人の自分を、しげしげと観察する。だが、間違いなくヒカルだ。鏡は最近見ていないが、ブラックアウトしたPCの画面でたまに見る。

「これでファスナーを上げると、今度はヒキタくんに入れるってわけさ」

「え、それはやめてよ?」

「もちろんしないよ」

 他人に入れるのはいいが、自分は御免被る。当然だろう。

「じゃあ、ヒキタくんにつけててもしょうがないから、ミカちゃんに戻すね」

 自分自身に触られるのは、正直気味が悪かったが、TSえもんのするがままにする。ヒカルの首筋につけられていた金具を取ると、きぐるみは一瞬景色そのものが歪むようにぐにゃっとなってから、元ののっぺらぼうになった。
 それも、金具をミカに着け直すと、すぐ姿がミカのものとなる。

「どうだい、面白い道具でしょ。あ、ちなみに、この金具はつけた本人や金具をつけるところをちゃんと見て認識した人じゃないと、そこについてるって分からないからね」

「はぁー、確かにすごい道具だね」

「あ、ぼく、ミカちゃんを戻してくるよ。勉強はまだ途中だったし」

 そういって、TSえもんはまたファスナーをあげた。

「ちなみに、この本人に入り込んだ状態だと、本人の記憶をまるで自分のもののように読めるからね」

 とんとんと、本物のミカが自分の頭を指で叩く。それからさらに目を瞑って続けた。

「あと、入り込まれてる間の記憶は本人には残らないし、しかもそれだけじゃなく、空白になっている時間の記憶を、念じれば捏造もできる。今は、そうだな。勉強の合間にトイレに行ったことにするよ」

 ちょっとの間、むむむとミカは唸ったが、すぐに目を開けると、じゃあまた後で、とヒカルの部屋から出ていった。それからすぐ、またきぐるみが光った。

「と、いうわけさ。最初はミカちゃんに入って、それからなりたい人に金具を移していけばいい」

 今度はファスナーを下ろしただけではなく、ミカのきぐるみを脱ぎながら、TSえもんは道具の説明をしめくくった。

「す、すごいや……!うまくすれば、僕じゃ接点のない人もきぐるみにできちゃうんだ!」

「そういうこと。じゃ、ぼくは読書の続きをするから、あとは君一人で頑張ってくれたまえ」

 そう言って、TSえもんは部屋の隅に起きっぱなしになっていたTSもののエロ漫画の元へと戻っていった。
 去っていくTSえもんを感謝の視線で見送って、ヒカルは中身がなくなってだらっと崩れているミカのきぐるみへと向かった。
 とにかく、まず、着よう。
 早くミカじゃない人をきぐるみにしたかったけど、首筋に金具をつけるだけとはいえ、引きこもりの自分には無理難題だ。ミカに成り済まして、その友達にでもつけるのがいいだろう。
 そう、友達。ミカはこれから友達と会うんだ。まずはその友達に移そう。もちろん、その友達の容姿次第だけど。
 ああ、そういえば、着ればミカの記憶が読めるんだから、その友達がどんな子かも分かるんだ。あまり外見がよろしくない子なら、今日はミカに成り済ますだけ無駄だ。早く確認しなければ。
 そんなことを考えながら、ヒカルは全裸になってミカのきぐるみに足を入れ、腕を通していった。
 そうしてついにきぐるみを完全に着込むと、あとはファスナーをあげるだけだ。

(僕は、これからミカになるんだ)

 今までも、何度もTSえもんの道具でミカになったことはあったけど、やっぱり初めて使う道具でTSする時は緊張と期待でとても大きく心臓が打つ。
 よし、行くぞ。決心を整えて、ヒカルはついにファスナーをあげた。


◆◇◆◇◆


 光に包まれる感覚はなく、だけれど気づくと部屋が明るかった。辺りを見回すまでもなく気づく。開かれたカーテンから射している木漏れ日。そこに浮かぶのは、妹の部屋だ。
 視線を手元に下ろす。明らかに自分より小さく、幼さを感じさせる手の平。視線をさらに体に寄せると、さっきは別人として見た服を、自分が着ている。そして、ささやかに胸が膨らんでいる。

「なったんだ」

 呟いてみれば、普段ヒカルとして聞くとは、若干違う妹の声だ。そう、なったのだ、妹に。
 心臓が、早鐘のように高鳴りだす。この興奮のまま、この体をまさぐりたい……でも、今はそれよりも先に、やることがある。
 なんとなく目を瞑り、『ミカとしての』この後の予定を確認する。
 友達と会う……待ち合わせ時間と、待ち合わせ場所を把握……そして、今日会うのは……

「よし!かわいい子だ!」

 思わず歓声をあげていた。今日、ミカが会う子の容姿、それは文句のないものだった。
 ヒカルは全く知らない子だが、なんでも同じ塾に通っているだけで、学校も違う子らしい。見た目がいいこともさることながら、それにもヒカルは歓喜した。
 ミカの交遊関係で、同じ中学という子は、あらかた知っている。その子たちの性感帯すらもだ。今までTSしたことがないその子は、願ったり叶ったりだ。
 さらにこの子から、もっといい子はいないか見繕うのも楽しみだ。
 鼻息荒くそんなことを考えていると、ミカの体の奥から、甘く疼くのをヒカルは感じ取った。ヒカルの興奮に、ミカの体が引きずられたのだろう。
 時間を確認する。家を出るまで、まだ少しの余裕がある。身繕いするための時間を省いても、少しの余裕が。
 ミカ本人は、その時間を勉強にあてるつもりだったようだが、ヒカルは迷いなく、胸と股間へと手をやった。

「んっ……」

 ヒカルの愛撫に、すぐに快感を返してくるミカの体。その体は、何度なくヒカルが操るミカ自身の手で、性感帯を開発されていた。ミカ自身は、そういうことに疎いのに、今やかなりエロく仕上がっていた。

(ううっ、まったくエロ妹が、もう入れたくなってる。でも、この後出掛けるし、あんまり激しくしちゃ……)

 妹の部屋にこっそり隠してあるバイブやローターは、今回使わないように……でも、もどかしい……とヒカルが視線をあげると、机の上に筆箱が見えた。
 さらに、開かれた口から、そこそこ太いスティックのりが中にあるのも。
 ごくりと、唾を飲んで。ヒカルはそれを手に取った。とにかく、イきたい。もやもやを少しでも晴らしたい。頭にあるのはそれだけで、迷わず股間へと導いた。
 下着をずらし、入り口へとのりを当てる。冷たい感触に、ミカの全身が粟立つのをヒカルは感じた。
 でも、躊躇なく入れる。

「んんっ」

 ぎゅっと、全身に力が入る。こんなものでも、小さなこの体には大きな異物だ。まあ、たまにもっと大きいものを入れることもあるけども。
 そのせいか、出し入れしていくのはすぐにスムーズになった。ただ単調に動かすのではなく、かき回したり、当たるところを変えていき、一番いいところを探す。

「ふぁっ、あっ!」

 ついに見つけ出したそこに、強く当てるように手の動きを早めていく。

「あっ、あっ、んんっ!」

 ヒカルの思うままに動く手によってミカの体は上り詰め。すぐに、最後の時を迎えた。

「んんんっ!」

 今まで以上に強く力が入る体。痙攣するようにひきつる。いつもほど深くはないが絶頂を迎え、ヒカルは一気に脱力したミカの体の余韻を味わった。
 数分そうしてから、ふと時計を見る。気づけばもう余裕は無い。
 身繕いしなければ。ていうかまず、シャワーを浴びたい。若干億劫な体を、これから会う友達への下卑た欲望をミカの顔に浮かばせながら奮い立たせ、ヒカルの心もまた躍り立った。


つづく



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