艦これVer.SS ある「高雄」の話 作:罰印 深海棲艦と呼ばれる存在が世界に現れて、もう何年が経っただろう。 海からやってくる連中に対抗できるのは、鎮守府に所属する戦船(いくさぶね)の能力を使える「艦娘(かんむす)」達だけ。 何年も何年も戦い続けて、当然ながら大破轟沈する艦娘たちもいて、当然のように戦力は目減りする。 当たり前だ、使えば無くなる。弾丸は弾頭と薬きょうに分かれて無くなるし、魚雷は爆散して海の藻屑と化す。 出来た穴は埋めなければいけないのが戦場であり、いなくなった艦娘を補充しなければならないのも自明の理だろう。 しかし彼女たちは基本1人だけ。大破すれば、死ねば、生き返っては来ないのだ。 新たな艦娘を一から“建造”するのにはコストがかかりすぎる。 そこで鎮守府のお偉方は何を思ったのか、徴兵した人間を新たな艦娘として“改修”する事にしたのだ。 かつて橿原丸や出雲丸と呼ばれた大型貨客船が、隼鷹や飛鷹と呼ばれた空母へと改修されたように。 赤紙で徴兵された俺達は、かつて存在していた艦娘たちの姿を模した“艤装”を施され、大破轟沈した彼女たちに代わり、戦場に出ていくことになる。 俺は自分で言うのもなんだが、まぁ心身共に健康な男子だ。お国の為に、銃後の者たちの為に、前線で戦う艦娘たちの助力になれるように兵役に就くことにした。 鎮守府へ赴いた俺は兵学校で座学や白兵戦、実際に船に乗って近海で機銃や砲撃、雷撃の訓練を受けていた。 そんなある日、俺は上官に呼び出され、ある一室に来ていた。 扉を開け中に入ると、向かい合う椅子と間に挟まれているテーブル。そしてその上に乗せられたトランクが見えた。 「失礼いたします、中佐殿。お呼びとのことですが、如何様なものでありましょうか」 「よく来てくれた。…実は君に与えたい任務があってな。まずは掛けてくれ」 「失礼します」 案内された椅子に座ると、対面に見える中佐の顔が見えるのだが、それはどことなく落ち着かないような顔をしていて。 喉の渇きが抑えられないのか、湯呑の中に入っていたであろうお茶は既に半分以上が消えている。 「今から話すことは、軍内部でも秘匿されている事だ。…こちらが呼んだとはいえ、君には内容を聞かず退出する選択も出来る」 「それほどまでに重大な任務とは…、まさか新型の艦娘建造なのですか?」 「いや違う。…しかしこれ以上の説明は、君に選択の余地を無くさせるぞ」 「…構いません。お話し下さい」 「わかった。君はこの話を聞けばもうこの任務を受けるしかない。それを理解した上で聞いてくれたまえ」 そうして中佐殿がトランクに手をかけて、中を俺に見せる。中には折りたたまれたような藍色の服と、薄い人肌のような色をした“何か”。 「まず君は、艦娘についてどの程度理解しているかな?」 「兵学校においての座学として、一通りは」 「では艦娘が戦没している事は?」 「……まさか、そのような事があるのですか?」 「あるのだ。…まずはそれが第一の秘匿事項だ」 考えてみれば、これは戦いなのだ。戦争である関係上、勝者と敗者は厳然として存在し、同時に戦場において生者と死者の区分も明確に存在する。 命をかけて戦っているのならば、艦娘が死なないなどというのは幻想、夢物語でしかないのだ。 そう中佐殿は語っていた。 「艦娘が轟沈していった事を公表すれば、それはすなわち国民を不安にさせ、ひいては国全体の問題にもなりうる。故に、だ」 「…それは、確かに…」 「どうしても低下してしまう戦力を、どう補填するか。…それを考えた一つの結果が、これだ」 トランクを押し出され、否が応でも「これなのだ」と伝えられてくる。 中佐殿の了解を取って、それを手に取ると、藍色の服は見覚えがあって、人肌のような物は、まるで人間を押し潰したような、ペラペラの何か。 様々な「何故」という疑問を呈する事さえ遮られ、中佐は説明していく。 戦闘に際して艦娘達は疲弊し、もはやオリジナルが多く存在してはいない。彼女たちは強力且つ貴重であるがゆえに浪費できず、“代わり”となるものを使わなければならない。 その為の艤装がこの“皮”。新たに艦娘1体を建造するコストで、20体は造れる、コストパフォーマンスに優れた量産型の艦娘。 ここ数年の彼女たちが魅せた華々しい活躍は、ほぼ全てがその艤装を纏った“別人”達の物なのだ。 そしてその艤装を纏った者達全てが、男であるという事を。 その言葉を聞くたびに視界が歪んでいく。俺達が見ていたものは何だったのか、解らなくなってくる。 「兵学校での訓練は新兵達が艦娘になれるか否かの適性を見極める為の物でもあってな。その上で君には…、彼女の皮を用意した」 中佐殿が差しだしたのは一葉の写真。そこに写る女性の事は、すでに知っていた。 短く整えられた黒髪、優しさの中に真面目さを湛えた赤い瞳。制服の上からでも隠し切れない女性らしい体型。 重巡洋艦高雄型、その一番艦。 「高雄」 「…他の者は、これを知っているのですか?」 「いや、これは艦娘となれるだけの適性を持った者だけに伝えられている事でな。殆どの者たちは知る由のない事だ」 故にこその「機密」。そして殊更にその言葉が、既に軍属である俺を縛った。 「重巡洋艦「高雄」の皮を着用し、前線に出撃せよ。以後の命令は、着任場所の提督に従うように」 中佐殿の最後の言葉が、これを着ない選択肢が無いのだという事を、強く証明していた。 * * * 高官が部屋を辞して、俺が一人残される。目の前には「高雄」を平たく潰したような、真実を知らなければ目をそむけたくなるような代物が、ぺたりとテーブルの上に乗っている。 着るしかない。 意を決して全身の服を脱ぎ、艤装を手に取って、背部の裂け目から体を入れる。 脚を通すと、つま先まで完全に入れた瞬間、何かがつながる感覚がしてくる。 筋肉に包まれてると自負する脚が柔らかい脂肪に包まれ、しかし男の時とは異なる強さに満ちた感覚だ。 両脚を通せば同様に、細い腕と白魚のような指が、肌からの触覚と動かす事で「自分の一部」と認識する感覚が強くなって。 サイズが2cmは小さくなった足で床を踏み締めると、それが顕著に解る。 これだけでこの艤装の凄さと、同時に恐ろしさを感じてしまい、体を入れるのが怖くなる。 先に腕を通すと、四肢全体から筋肉の感触と、不可思議な力を感じてしまう。 頭を通すのは、身体を通す以上に恐ろしい。落ち着かず、白く細い掌を何度も握っては開いて、落ち着かない心を落ち着けようと、無駄な努力を繰り返す。 だが、逃げられない。 何度も深呼吸をし、どれだけ時間が経ったか解らないままに、意を決して先を進めることにする。 撓んでいた腰部分の皮を掴んで、ズボンを引き上げるように下半身を穿く。突起の無い股間がピッタリと張り付き、二十年近く慣れ親しんだ相棒の気配が消える。 代わりに感じるのは頼りなさと、股間の間を通る空気。男の時より薄い会陰部の毛がすぅと撫でられ、思わず変な声が出そうになる。 もう後戻りはできないのだ。 母親や姉より大きな、端的に言えば扇情的な二つの胸がぶら下がる上半身も、このままの勢いで羽織る。 厚くなってきた胸板の代わりに、肩から引っ張られるような重みが二つ、俺の体に張り付いた。 きちんと羽織るために体をゆすると、その度にゆさゆさと重そうに揺れ動く乳房はとても卑猥だ。 上半身まで着終えると、俺の体はすっかり「高雄」の物になっていた。 置かれていた姿見で確認すると、高雄の女性としての体の上に俺の首が乗って、まるで居場所を奪われたと言わんばかりに、高雄の顔がしなびた風船のように垂れ下がっている。 体を見下ろせば、大きさを誇示する乳房のおかげで足元がまるで見えない。呼吸をするたびに胸が動いて、ふるふると揺れていく。 女性の体が、あり得ざる視点で、そしてこんなにも近い。ごくりと生唾を飲み込んでしまう。 あぁ、このままこの体で、異常な感触を堪能できるのなら。ここが軍の土地でなかったら。 欲望のままにこの体をむさぼっていたのかもしれない。 「…いや、ダメだ。俺は「高雄」になるんだ、ならないといけないんだ…!」 かぶりを振って邪念を払う。 垂れ下がる頭を手にし、割れ目から広げる。これを着るしかないのだと思えば、逃避とはいえ幾分かは気が楽になったけれど。 それでも少しの恐怖とともに、高雄の顔を、俺の顔に被せた。 「う、く、あ、あぁぁぁ…!」 後頭部の裂け目がとじた瞬間、俺の頭に何かが流れ込んできた。 朗らかな次女、物怖じしない三女、知能派の四女。彼女たちの情報を筆頭に、過去に体験した戦いの数々。敵、傷、別離、沈没。 沈んでいく。 仲間が、妹たちが。 生き残ってしまう。 自分だけが。 それは紛れも無く「高雄」の思考と記憶。それに俺の頭が塗りつぶされていく。 しかし同時に、「俺」本人の記憶も意志も存在して。 「私は、俺は…、高雄…、あれ、いや違う、俺は…」 ぐるぐるとまわる意識の中、裸のままでは気恥ずかしいと考えた俺は、トランクの中に入っていた服を手に取った。 下着を着け、制服を着用し、スカーフを巻いて、靴を履いて、帽子を被る。 姿見に移るのはもう「俺」ではなく、重巡洋艦「高雄」そのものであった。 けれど「高雄」になった俺は、中佐殿に「俺」であり「高雄」であると見抜かれて、ある鎮守府に送られた。 行きの船の中で中佐殿から渡された手紙を見て、ある一つの事実を知ることになる。 それは、艦娘になるための艤装に施された、薄ら寒い機能。 この艤装はあくまで艦娘達の「偽装」である関係上、それを知らぬ者達に別人であることを悟られてはならず、それが故に記憶や性格を上書きし、本物と寸分たがわぬ存在に作り変える機能があった。 けれど俺はその上書きがうまく働かず、さりとて記憶の追加もされてしまった関係上、「俺」であり「高雄」であるという歪な存在になっていたこと。 研究班は原因究明に力を注いでるが一向に解決の目処が無い、とも。 しかし解決されれば俺が俺でなくなるため、ありがたいことではあるのだが。 手紙を折りたたみ、くしゃくしゃに握りしめた後、船の上甲板で火にくべた。 * * * 「初めまして、提督。重巡洋艦「高雄」着任いたしました」 「初めましてだ。俺には名が無い、好きに呼んでくれ。電、高雄にうちの案内を」 「は、はい、解りましたなのです」 送られた先の鎮守府で最初に目通りしたのは、機械のように無表情な提督。そしてその提督を信頼している、秘書艦の少女。 記憶によれば「電」のオリジナルもすでに沈んでる筈なので、彼女も皮を着た別人なのだろう。 それでも健気に案内してくれる少女を思いながら、休憩中に少し思った事を言ってみる。 「ねぇ電ちゃん。…あの提督、少し硬いわね」 「そうなのです。司令官さんの事は着任当時から見ているのですが、最初の頃は本当に固かったのです。本当に機械そのものでしたけど…」 「けど?」 「思えば、電が一人の時はまず出撃させませんでしたし、暁おねえちゃんが来てからようやく出撃してましたし…、その時も中破しただけで撤退したのです」 「提督の判断としては間違ってないと思うわ? 一人での出撃は心細いでしょうし、まずは生き残らせないと経験も積めないでしょう?」 「それはそうなのです。ですけど…、大破して帰ってきた時、司令官さんは『死なれるのはイヤだ』って、言ってくれたのです」 「…イヤだ?」 「なのです。本当に機械みたいだったら、「イヤだ」なんて感情はなかなか出てこないと思うのです。体が機械なのは確かですけど、心までは機械じゃなかったって、その時確信したのです」 「……え?」 何か少し聞き捨てならない発言が出てきたので、詳しく聞いてみると、とんでもない事ばかりが飛び出てきた。 信じられないような事ばかりだけれど、それでも決して悪い類の存在ではないと思ったが…。 「大丈夫かしら。ここでやっていけるのかな…」 不安だけは拭いきれなかった。 そんな初日から、慌ただしく時は過ぎていく。 鎮守府内での演習を繰り返して練度を上げ、最初は電ちゃんたちについていきながら戦場で戦って。 大きく傷つけばすぐに撤退指示が出されて。 機械のようだった提督は、次第に人間みたいに感情を露わにしていって。 お酒の力を借りながら「なぜ沈没するのが嫌なのか」を問いただしてみて。 語られた内容に酔った頭がすぐに冴えてしまったりして。 提督が艦娘たちとの距離を縮めていくように、俺も提督との距離を縮めていった。 そうして一年が過ぎ、提督の秘書艦を電ちゃんから引き継いだある日。 「高雄。翌日ヒトヒトマルマルに寄港する船で、愛宕が着任する」 「…本当ですか!?」 「妹」の存在を提督の口からきいて、すぐに詰め寄ってしまう。今まであった事のない、記憶の中だけの存在。 後悔の源の一つに、どうしても体が止められなかった。 「ああ、本当だ。……だが、横須賀からの通達では少々問題を抱えてしまったようでな。ケアを高雄に任せたい」 「問題、ですか?」 「電文によれば砲弾症のような物らしいが、詳しい事は解らなくてな。だからこそ、愛宕が心を開ける高雄に頼むんだ。 手におえないと判断すれば俺にも言え。尽力はする」 「…はい」 不安は大きかった。 記憶の中でしか会った事のない「妹」の存在と、彼女が抱える問題。それがいったい何なのか。 解らないままに翌日を迎えて、愛宕が連絡船でやってきた。 タラップを降りてくるのは、高雄とよく似た、しかし異なるロングスカートの制服を着た、潮風になびく金髪の女性。 記憶の中にある通りの、「愛宕」の姿だった。 「…高雄?」 「えぇそうよ。よく来たわね、愛宕」 内心の不安を気取られぬよう、笑顔を作って出迎えたら。 「…っ!」 「あ、愛宕っ?」 彼女はすぐに俺に向かって抱き付き、泣きじゃくってしまった。 「うぅ…、高雄ぉ…、私、変になっちゃったの…! 頭の中が変なのぉ…!」 「ちょ、ちょっと待って愛宕、話を聞くから落ち着いて。ね?」 慌てて愛宕を俺の部屋へと連れて行き、泣き止むまで慰め続け、ようやく落ち着いたところで、少しずつ話を聞いていくことにした。 愛宕が語るには、別の鎮守府で出撃していた時、偶然にも飛来した敵の砲弾が頭に当たった事で大破してしまったのだという。 即時撤退し、入渠ドッグに入れられ、長い時間をかけて修理され見た目は通常通りに戻ったのだが…。 「その時からね…、頭の中がずっとぐちゃぐちゃしてるの。私の中に別の「僕」がいて、でもその「僕」も自分だって思って…。 考えていけばいくほど、本当は「僕」なんじゃないかって思うようになっちゃったの。「僕が愛宕のフリをしているだけだ」って…。 そうしたら次第に、周りの事も、皆のフリをしている誰かだって思うようになって…、恐くなっちゃって…」 堰を切ったように語りだす愛宕の顔は、焦燥に苛まれているようだ。 目元にはクマが出来ていて、きっと眠れていないのだろう。 だから今は、何も言わずに抱きしめた。 「高雄…?」 「愛宕、今日くらいは甘えていいのよ。怖いのなら受け止めてあげるから、今はただ、こうして抱きしめてあげるから」 「…うん」 おずおずと俺の腰に愛宕の腕が回される。小刻みに震える腕が背中の方で重なると、体の震えを止めたいかのように体を押し付けてきて。 怯えたような心臓の鼓動が、安心させるように落ち着いた鼓動を、互いの大きな胸越しに伝わせあう。 小さな子供をあやすように、そっと頭と神を撫で続けていく。 どれくらいそうしていたのだろうか。 顔を俯かせていた愛宕が、俺の方を見上げてきた。 「ねぇ高雄…。高雄は…、高雄も同じなの…?」 「え…?」 うるんだ瞳が訪ねてくるのは、一つの疑問だった。 「前に一度、修理してくれる明石さんに打ち明けたことがあって…、その時はまともに取り合ってもらえなくて。 提督にも報告したら、驚いた顔をしてすぐにこっちに異動させられちゃって…、誰も話を聞いてくれなかったの…。 でも高雄は…高雄だけはしっかり聞いてくれて…、本当に嬉しかった。 だからこそ、確かめたいの…。ねぇ、高雄は…」 高雄は、「僕」と同じなの? 涙目で訴えてくるのは、仲間を求めている視線。信じられなくなってしまった世界での、同じ思いを共有できる仲間を欲しがって。 …実のところ、それは俺も求めていたのだ。 艦娘の数が少ないこの鎮守府では、人目のつかない所では本来の「俺」を出せる。が、ほかの誰かが…、軽巡や駆逐艦の子達がいる前では、殊の外「高雄」を演じなければいけない。 いっそ本性を曝け出せたら。 ずっとそう思っていて。ずっと、仲間を求めていて。 「あぁ、そうだよ」 「ん、むぅ…っ」 頭を押さえるように、逃げられないようにして、そっと口づけをしてしまう。 「ん、ふぁ、んちゅ」 「ん、んぅ…、ふぁ…」 少しだけ舌を絡めて、すぐに放して。瞳に疑問の光が宿った愛宕に告げていく。 「俺もそうだよ、愛宕。「高雄」の皮を被って、高雄のフリをしているだけだ。 大丈夫だ、仲間はここにいるから…、安心してくれ」 「…うん、………うん…っ」 嬉しそうに、けれど同時に悲しそうに、涙を浮かべて顔をゆがめる愛宕は。その顔を見られ続けたくないように、俺の胸に顔をうずめてしゃくりあげ続けていた。 * * * 「提督にお話があります」 「どうした、改まって。しかも二人揃って」 愛宕を落ち着かせた翌日、隣に愛宕を連れ添って提督の執務室に顔を出していた。 既に片付け終った書類の束をファイリングする手を止めて、提督はこちらに向き直ってくれる。 「えぇ、今後の事に関して大事なお話が。それと、できれば…」 「…解った。電、席を外してくれ。話が終わり次第呼び戻すから、それまで待機しててくれ」 提督の横では、俺が愛宕の担当をするにあたって秘書艦に戻っていた電が立っていて、提督の言葉に頷いた。 「解りました。…あの、高雄さん、愛宕さん、あんまり気負わないでほしいのです…」 「大丈夫よ電ちゃん。気を使ってくれてありがとう」 「はわわ…っ、そ、それじゃ失礼するのです」 書類を手に取り、部屋を出て行こうとする電の頭を軽くなでてあげる。 少しだけ恥ずかしそうにはにかみながら、彼女は部屋を辞していった。 扉が閉まり、足音が部屋を離れていくのを家訓してから、提督は私たちに応接用の席を勧め、対面側に腰を下ろした。 「…で、話とは?」 「私…、いいえ、俺や愛宕は…、艦娘の皮を着用していて彼女たちの意識を刷り込まれたはずでした。 ですが俺はそれが完全に行われず、愛宕は不慮の事故で記憶が混同してしまっています。 この状況について、何かご存じなのではありませんか?」 「……なるほど、そうか。…ようやく、か」 「ようやく…?」 瞑目しながらその言葉を呟く提督の表情は少しだけ嬉しそうで、言葉の内容と共に気にかかる。 ゆっくりと目開いて、提督は口を開いていく。 「説明をする前に、まずこちらからいくつか質問をさせてくれ。 まず1つ、お前たちを含めて、今ここに所属している艦娘の数は何隻だ?」 「十四隻です。駆逐艦五隻、軽巡洋艦二隻、重巡洋艦三隻、水上機母艦一隻、軽空母二隻、戦艦一隻です」 間違う筈も無い。駆逐艦、電、暁、涼風、不知火、曙。軽巡洋艦、名取、川内。重巡洋艦、高雄、愛宕、衣笠。 水上機母艦、千代田。軽空母、龍驤、飛鷹。戦艦、陸奥。 自分と同じような者達だと理解して、何度となく兵力が足りない事を愚痴りながら。けれどもみな沈まないよう、心の繋がりだけは強く持っている仲間達。 「前線と言う位置に於いて、この数と言う事についての疑問はあるか?」 「…率直に言えば、戦力が少ないと思います。どうにか運用は出来ていますが、連合艦隊を組めば鎮守府はほぼ無防備です」 「あの、提督? それらが一体どういった…」 「…それは、ここの設立理由にある。ここはな…」 俺の答えと愛宕の疑問に、提督はすぐに答えを出してくれる。 「お前たちみたいに、艤装皮膜との不具合を起こした者達が送られる、厄介払いの為の鎮守府なんだ」 提督は私たちを椅子に掛けさせ、少しずつ説明してくれた。 擬似的に艦娘になる為の艤装皮膜SS、「Skin Ship」(皮船)にはこうして不具合が起こり、着用者との意識の混濁と言う問題が起きるのだと。 只でさえ本来の艦娘よりダウングレードされた艦娘SSは戦没が多い中、このような精神的な問題からの轟沈は多い案件なのだという。 そうして起こした轟沈は味方の士気を下げ、鎮守府全体の戦力を低下させてしまう。 だからこそ、そのような原因になった「不具合を起こした艦娘SSを隔離する場所」が求められたのだと。 「言い方は悪いが、不具合を起こした者達でも名誉の戦死をさせられる場所…、という名目で作ったらしいが、ふざけていると思わないか? 連中はSSの問題を直視せず、臭い物に蓋の理論でここを作ったに過ぎない。そんなおためごかしに付き合うほど、俺はロボットではない…!」 「だから、誰も死なないように注意を払って、戦うのですね。練度を上げ、連携を重ねて、皆が一丸となれるように」 「あぁ。…中の人間に死なれるのが嫌だというのもあるがな。いくら艦娘の代わりとはいえ、俺はもう、人間が死ぬのを見たくはない」 少しずつ感情が見え始めてきた提督の、まるで作り物のような瞳の中に、今この時に初めて激情の炎が見えた。 そう、気付いてしまった。 「同時に、SS内の記憶との不具合を起こした者達が名乗り出てくるのを待ってたんだ。 ここでなら取り繕わなくてもいい、ありのままで良い、と言いたくてな」 「だというのに、自分からのアプローチはしないのですね…?」 「すまんな、一度死んだ身なもので、他人との付き合い方が実はよく分からなくなっているんだ」 まるで近所に散歩に出るかのような、たくさんあるお茶菓子の一つをもらうかのような気さくさで、何か聞き捨てならない事を言われたような気がして。少しだけ頭が理解を求めるために、思考をフル回転させた。 それは愛宕も同じようで、けれど彼女の方が提督の事を知らない為、すぐに反応してくれた。 「え? …提督、死んだって…、どういうことなの? 高雄、知ってる?」 「……いや、俺も知らないけど…」 「…あぁ、そういえば告げてなかったな。俺はサイボーグだ。死にかけの所をどこぞの狂科学者が、脳以外の全部を機械に置き換えてな。 本体は頭で、身体は交換可能だ。首が取れるぞ?」 両の手を頭の横に添え、すぽ、と言わんばかりの気軽さで、提督の体と頭が分離した。 「ひゃあああああ!?」 「て、提督…っ!?」 愛宕は叫ぶし、正直な事を言えば俺もこの時、腰が若干抜けかけていた。 それに反応して、近くに待機してくれていたのか、電が走って執務室に戻ってきてくれたのだ。 「愛宕さん、どうしたのですかっ!? ……し、司令官さん、またなのですか」 「…ふむ、初見で首を取るのは驚きが強いか」 「当たり前なのです!」 どうやら彼女は全部知っていたようで、首を取ったままの提督に向けて怒っていて。 その光景は普通の軍隊ではありえない光景だったけれど、だからこそ。 少しだけ愛宕の心の重石も取れていたようだった。 * * * そのまま電に部屋を追い出されて、自分たちの部屋に戻ってきていた。 「…困ったわね」 「困ったね」 「…でも、考え方によってはここには沢山の「仲間」がいるって事よ」 「そっか…。私達、1人じゃなかったのね…。良かった」 安堵の溜息をついた愛宕の顔は、ようやくひと心地つけたと言わんばかりに穏やかになっている。 それはそうだろう、とも思った。自分が陥った状況と同じようになった存在が、この場ではこんなにいるのだから。 「高雄」としての意識が最初からまじっていた俺は、“そんな事もあるのだろう”と考えていたが、ある日突然異常に陥った愛宕の場合は、受け入れるだけの余力も無かったのだろう。 心を落ち着けるようにお茶を飲みながら、湯呑を置いた愛宕が、ふと何かを思い出すような表情になった。 「あ、そういえばさっきのキスの事なんだけど…、私、初めてだったのよね。それが高雄だなんて…」 「そんな事言ったら、俺だって初めてで…、でも…」 「でも?」 「…あんな状態であんな目で視られたら、男としちゃ辛抱堪らないというか…」 自分の腕の中で泣いてる愛宕の姿を思い返すと、少し忘れかけていた「男」としての欲求があふれ出てしまいそうだった。 …あぁ、男として致せない今の状況が恨めしい。 そんな俺の内心を知ってか知らずか、愛宕はころころと鳴る鈴のような声で笑っている。 「やぁねぇ高雄ったら。私も高雄も女でしょ? それとも…、姉妹でそういう事、したいの?」 「……したい!」 「正直ねぇ。でもね、ホントは私もしたい、っていうか…、うん、男としての欲が出てきちゃったな、って思ってたの。 それにね、「僕」が混乱した時に慰めてくれた君だから…、そのお返しをしてあげたいなって思ったのもあるよ」 「高雄」も知らない、目の前の「愛宕」が取る仕草は、きっと名前も知らない中の人間の仕草なのだろう。 心細そうに俺の手を取って、じぃと見つめてくるその表情に、少しだけ心が動かされ…。 けれど、その手を振り払って。 「…いや、やっぱり止めよう」 「…何で?」 「…愛宕だって解ってんだろ? 艦娘の皮を被ってるけど、俺達はお互い男だって。 止めようぜこんな事、どうせ兵役が終わった所で戻れる保証もないし…」 「別に気にしないわよ? 他の人より、高雄が良いって「私」が言うんだもん。ね、良いでしょう?」 「良いのかよ、本当に…」 畳みかけるように手を取り直し、なおも愛宕は俺に近づいてくる。 身体だけでなく、顔が近づいて、 ほんの少し、唇同士が接触した。 「ん、…、うふふ、お返しよ?」 いたずらを返せた、と言わんばかりに笑顔を向ける愛宕を見て、思う。 あぁ、いつもの彼女だと、俺の中の「高雄」が安堵して。それに引きずられるように、俺も軽く溜息が出てしまう。 「……愛宕、お前ってバカだな」 「あ、ひどーい。そんな言い方は無いんじゃない?」 「悪い悪い。…よし、それなら俺も腹を決めるわ。一線を越えても、節度を持って昼間は姉妹で夜は恋人。 そんな関係で…、良いか?」 「えぇ、勿論。大歓迎よ」 何かなし崩しに決めてしまったような気がする。けれどそれはきっと、「俺」と「高雄」が二人で決めた事。 どちらも思っていたことは、「愛宕を泣かせたくない」。 ただそれだけで、けれどきっと重要な事。 「でも明日は遠征があるんだから、今日はお互いSkin Shipで終わらせようぜ」 「……高雄……」 「……悪い、言いたかっただけだ」 * * * 俺が「高雄」として「厄介払い鎮守府」に着任し、3年。「愛宕」が俺と似たような状況に陥ったと判明して、2年。 意識が俺の物である、ということを隠しての時間は長く、愛宕と秘密を共有してからは充実し短く感じられた。 俺達に割り当てられた二人部屋では、夜毎に睦み合い「女」としての交わりを繰り返した。 そんな関係になった翌日に提督から「そういう事はしても構わないが、音漏れに気を付けることと、翌日に響かないようにすること」と言われた時は、羞恥心で二人とも首を括りたくなったりもした。 けれど、艦娘SS、Skin Shipとしての任期は3年で一つの区切りを迎えることを提督に伝えられた。 継続するにしても、ここで終えるにしても、一度上の方と話をしなければならない。 他の誰でもない、俺としての意志で。 連絡船で本土に戻り、横須賀鎮守府に連れていかれた。そこで目隠しをされ、ある部屋の中へ通される。内部が変わってなければ、通されたのはおそらく、俺が「高雄」の皮を被った部屋だろう。 空間把握能力が高い、という俺の一つの長所なのだが、だから何だと言われればそれまでの事。…それでも、戦闘における敵の配置や位置取り、水上機運用に於いては十二分に役に立ってくれたが。 …何で俺、空母じゃなくて重巡になったんだ? 部屋に通され、誰もいない部屋の椅子に座らされること暫し。扉が開いて、誰かが入ってきた。 「お待たせしました。これより任期についての確認を取らせてもらいます」 目隠しをしたまま、対面に座った女性の言葉にうなずく。どことなく聞いた覚えのある声だ。 「…その前に、お互いの顔が解らないと不安でしょうから、それをお取りしますね」 声の主が近づいて、目隠しを取るのか手を後頭部に回してきた。 結び目を解き、しかし手の動きはそれだけに終わらない。首筋に何か冷たい機械を押し当てられたかと思えば、今まで隠れていた筈の頭部の裂け目が出来ていたようで、それに指をかけ、べろり、と言わんばかりに俺本来の頭を、3年ぶりに外気にさらけ出したのだ。 そして俺の目に飛び込んできた声の主、その顔を見る。 「…初めまして。「私」だった貴方。改めて名乗らせていただきますね。重巡洋艦高雄型一番艦、高雄です」 目の前にいるのは、誰であろう。俺が3年の月日をその身で過ごした「高雄」本人だった。 驚く俺が落ち着くのを待たずに、高雄は俺の名前や所属を告げて、俺がそれに答える。何度も質疑応答を繰り返していくたびに、ゆっくりと俺の心は落ち着いていく。 「それでは最終確認をさせていただきます。貴方は…、今後も同鎮守府にて任務を遂行する意思はありますか?」 壱にも弐にもなく、それに頷く。他の誰でもない俺が、あそこに居たいと思っているから。 「その理由を、お聞きしてもよろしいかしら?」 3年間の赴任と言えども、あそこは既に大切と思える場所になっている。 デタラメな提督が笑う場所、駆逐艦の娘達が集う場所、深海棲艦の手から守った場所、姉妹と寄り添う憩いの場所。そして何より、愛宕と会えた場所。 あとから着任した摩耶や鳥海が俺を「姉」として慕ってくるのは、末っ子だった俺としてはひどく新鮮だった。いつも俺を助けてくれた兄貴の苦労が解って、同時にやりがいも感じた。 戦いの中で、作戦を共にした別鎮守府の艦隊の仲間が海中に沈んでいくのを見届けた。助けたくて手を伸ばしたけど、敵の砲撃の只中にいたから届かなくて、それでも行こうとすれば電に泣いて止められた。 静かな夜を優しく熱く過ごした。姉妹同士だと解っているけれど、それでも惹かれあう心に逆らえなくてその身を重ね合わせた。 「…一つ、質問していいかしら。もしかして貴方、皮を着てからの記憶をずっと保持しているの?」 それには肯定する。俺だけでなく、愛宕もそうであることもうちのデタラメ提督は知っている。 「…そう。“私”だけならまだしも、愛宕も記憶があるのね…。」 そもそもこの事例を高雄が知ってることに驚き、こちらからも質問をして、帰ってきた答えに驚いた。 偶然の事故で起こりうる可能性、相性による可能性、そして“本人”達と遭遇してしまった場合の可能性。それらの考慮から、人格の上書が起こらない事例が存在するのだと。 では俺の場合はどれに当たるのだと問えば、高雄は「相性の可能性」と答えた。もし空母の皮を用意されたのなら、この様な事態は起らず記憶の上書きが発生している筈だと。 「試験評価によると、貴方は空間把握能力は高く、砲雷撃も適性アリ。駆逐艦や軽巡では空間把握能力を生かせず、空母や戦艦では雷撃戦能力が使えない。そういった理由から重巡が選ばれたのよ。 それが“私”で、貴方との相性が良かったのと、二重の理由からこうなったと思うの」 そう評価されて、確かに納得がいく。俺自身、大抵の事は何でもできるという自覚があったから、総合力に優れた重巡が選ばれたのだろう。 偶然に関しては、感謝するしかない。もし別の重巡洋艦であったのなら、俺は“俺”でなく、愛宕とこのような関係にもならなかっただろう。 「一つ、宜しいかしら」 手を見つめる為に下に降ろしていた視線を上に上げると、高雄がこちらを確と見つめている。 「貴方があの鎮守府に戻るのなら…、私に一つ、約束をしてほしいんです」 言い辛そうに、しかしその瞳の中にはある種の決意が灯っているのが、見て取れて。 解ってはいる事だが、続きを促した。 「“貴方の妹たち”を…、守ってください。私は…、出来ませんでしたから…」 「高雄」としての記憶の中で、さらにおぼろげなある海域での戦い。自らは戦えずに、妹たちを見殺しにしてしまった、あの記憶。 苦く辛くて、何度も夢に見ていたのだろう。記憶が交じり合った俺でさえそうなのだから、その記憶しかない「高雄」は、どれ程だったのだろう。 俺には推し量る事しか、出来ない。 「高雄」の手を取り、重ねる。同じ形の手が重なり合って、分かっていたけど彼女の手は柔らかくて、少しドギマギするけれど。 理解の意を示して、完遂する事を誓って、頷いた。 「ありがとう…。私になって、“私”を理解してくれた貴方に会えた偶然に、感謝しますわ」 眦に涙を一滴溜めながら、「高雄」は微笑んでくれた。 そんな彼女に少しでも報いたくて、応えたくて。どうしたものかと思いながら執った手段は、抱擁だった。 服越しだけど密着する体は、同じ物だけれど確かに違ってて。抱き返してくる「高雄」の力強さに少し痛かったけど、我慢した。 俺の胸の中から、「高雄」の嗚咽が聞こえてくるのは、その少し後だった。 「……お見苦しい所を見せしてしまいました」 一頻り泣いたて俺の制服の胸元を濡らした後、顔と目を赤くしながら咳払いをする「高雄」。 最終確認はとうに済んでいる為、ここからは事後処理に入ると言う事なのだが…、 「実はその皮を癒着させる、永世着用の技術もあるのですが…、申し訳ないのですけど、貴方には施術できません」 続けて語る理由は、確かに納得できるものだった。 「永世着用を済ませた艦娘SSは、準オリジナルとして扱われます。…それは勿論、オリジナルが不在であるが故の処置でして、貴方のようにオリジナルの“私”が存在する場合、永世着用は行えないんです。 その代わりと言ってはなんですが…、ある事をお教えしますわ」 そう言って一際顔を赤くしながら、高雄は俺の耳にある事実を告げる。それと同時に俺の顔も、赤く染まった。 事実を問うと、 「本当ですわ。榛名…、当然オリジナルのですよ? から聞いた事ですから、間違いはない筈です」 後で試してみよう。…勿論、誰もいない所で。 理解したのは、永世着用は出来ない事、再度「高雄」として着任する事。そして皮は脱げない事。 次の更新は、また3年後という事だ。 「長い時間のような気もしますが…、貴方ならきっと戦い続けられますわ。男の子、ですものね」 意地悪そうな物言いだけれど、その言葉の裏には確かな信頼が見て取れた。 話も事務処理も終えて、再度高雄の顔を被る時、同じく「高雄」によって目隠しをされた。 特別な事が無い限りは3年後。この、同じ姿をした彼女とまた会えるのは。 だからだろうか。 理解できるから、会いたいと思っているから。「高雄」に“俺の妹たち”に会ってほしいのだけど、と伝えると、 「そこは、馬鹿め、と言ってさし上げますわ。…彼女たちの姉は私ではなく、貴方ですもの。 でも…、後を任せられるというのは、素敵な気持ちですね。あの時の悔いが、少しは晴らせそうです。 よろしくお願いいたします、“高雄”さん」 目が見えないのだけれど、確かにされた事が解った。 俺の左頬に、高雄から、女性として信愛のキスを。 * * * 旗艦の為に連絡船を使う事は出来ず、護衛の為の随伴艦を伴って海上を移動し、鎮守府へと帰還していく。 近づくにつれて次第に鮮明に映る出撃・帰還用の港には、白い第2種軍装を纏った人影がいた。それは誰でもなく、 「や、高雄お帰り。……どうだったかは、聞くまでもないな」 入り口で真っ先に出迎えてくれたのは、提督だった。 「えぇ勿論。辞めるつもりも、別の誰かに変わるつもりもありません。俺はこの鎮守府の「高雄」だからな」 「そうか。実はちょっと不安だったよ。2年前の龍驤の時は綺麗に中の人が変わってたし…、陸奥に至っては帰ってもこなかった。 暁と電、飛鷹は癒着させて戻って来たし…。解っていても、更新の時期はヒヤヒヤするな」 並んで俺の私室まで歩いていると、提督の顔が少し不安に曇っている。 提督の視線には透視機能が存在しているらしく、艦娘SSの中身も把握している。全てを考慮し、普段は「皮」の相手として接し、本音を出すのは中身が出ている俺と愛宕の前だけだ。 理解してしまうけれど話せない。そして他に誰も「自分は艤装と中の人間の意識が混じってる」と言いだしてこない事、そんなジレンマは、初期艦の電に対しても見せられない、とクダを巻かれたこともある。この人酒は飲んでも酔わないのだけれど。 「高雄は…癒着させてないんだな」 「そのことですが…、更新の際にオリジナルと会いました。その際に、癒着ができない事も」 本来は話すべきではないけれど、オリジナルの「高雄」と出会った事を話す。大分かいつまんでの内容だったが、提督は素直にうなずいてくれた。 「そうか、だったら仕方ないな。…それでも戻ってきてくれた事に、俺は感謝するよ。ありがとう、高雄」 俺に向かって、提督はしっかりと敬礼をする。良く言えば真面目で、悪く言えば機械的で。鎮守府付近まで来た深海棲艦相手に応戦できる提督ではあるのだが、それでも俺達艦娘SSを大事にしてくれる。 俺が会えたのが貴方のような素敵な提督で良かった。 だから、 「こちらこそ、いつも心を砕いてくださいまして感謝します。提督、これからもよろしくお願いしますね」 心からの感謝を言葉と敬礼に乗せて、微笑んだ。 *この作品は、ソーシャルゲーム「艦これ」の二次作品です。 |