わたしは、悩んでいます。わたしには人に話せない秘密があるのです。
「由香、巡回の時間だよ。」
わたしは、同僚の政美と夜の巡回に出て行きました。夜の病院は、昼間と違って、静まり返った印象があるけど、夜のほうが、音が通るほど、うるさい事がありました。うなり声や、突然の奇声、ドアの開く音や、廊下をぺたぺたとスリッパであるく音。けっこう気味悪いものでした。
わたしたちが、3階の小児病棟の巡回を終えたとき、政美が、わたしを後から抱き締めました。
「政美なにをするの。」
「わかっているだろう。由香、俺はあの病気にかかってからと言うもの、お前の事がひと時も忘れられなかったんだ。だからいいだろう。」
「だめよ。あなたもわたしも女なのよ。いくら意識が男のようになったとしても、あなたの肉体は女なのよ。わたしとおんなじね。それに、今は仕事中よ。こうしている間にもナースコールがかかっているかもしれないわよ。」
わたしの言葉に政美の動きが止まり、抱き締めていた上が緩みました。あの病に侵される前は、職務に忠実な看護婦だった政美は、わたしの言葉に理性を取り戻したのでしょう。わたしに詫びると、巡回を続けました。
あの忌まわしいウィルスは、看護婦の間にも広がっていきました。ですが、大半の人たちは、職業意識から普段はいままでと変わらぬ態度を続けていましたが、気の緩みが出てくると、抑えられていたものが一気に噴出し手のつけられないものとなることが多々ありました。ですが、病院側も彼女達の苦痛や、人手不足の関係上、見てみぬ振りをしていました。
そんな彼女達を側で見ながら、わたしは、別の不安に悩まされていました。
わたしも、彼女達のようになるのでしょうか、それとも・・・・
わたしには人に言えない秘密がありました。それは、中学3年の時に、2次成長期に入り、髭が生え出し、声が変わっていった時の事でした。わたしは、色白で、きめ細かい肌をして、どんな女の子にも負けないくらい、綺麗な顔立ちをし、天使の歌声と賞されるほどの美しい済んだ声をしていました。
でも、それもこの2次成長期がずたずたにしてしまうのです。わたしの大好きなこの肌と声が失われる。わたしは毎日悩み、苦しみました。そして、わたしの脳裏にある声が聞こえてきました。
『元を断てばいいじゃないか。』
それは、悪魔の声だったのかもしれません。わたしは、何の疑いもなくあることを実行してしまいました。
男性器切断。両親の留守の時に、わたしは台所から持ち出した包丁で、それを根元からざっくりと切り落としてしまいました。最初は何の痛みも感じなかったのですが、じわじわと痛みが傷口から広がってきて、あまりの激痛にわたしは気を失いました。
4日間、わたしは生死をさまよい、助かりました。偶然、早めに帰ってきた母が、わたしの部屋からかすかに聞こえてくるうめき声に気がついて、股間を血だらけにしたわたしを発見したのです。もう少し遅かったら、わたしは出血によるショック死をしていたかもしれません。わたしは助かりましたが、男に戻る事は出来ず、女の子に生まれ変わる事になったのです。こうして、わたしはこの肌と声を失わずにすんだうえに、自分を美しく着飾る特権を得ることが出来ました。
そのときから、わたしは、女を楽しむことにしました。むさくなって行く男友達に比べ、日に日に綺麗になっていく女友達はなんとすばらしいものなのでしょう。そして、わたしは、美しく女らしくなっていく自分が誇らしく思えてきました。わたしは、女になれたことに感謝していました。
わたしは、小さい頃からあこがれていた看護婦になったのですが、これが思っていた以上に大変な仕事でした。でも、日々楽しく仕事をしていたのですが、あのウィルスのおかげで、同僚達はおかしくなり、わたしがあこがれていた女性たちは、次々に淫乱なおっさんになっていきました。そして、大親友だった政美も冒されてしまいました。
彼女からの誘いを交わしながら、わたしは、気になることがあるのです。それは、わたしもこのウィルスに冒されるのだろうかということです。元・男だったわたしも、彼女達みたいになるのでしょうか。それとも、このままでいられるのでしょうか。でも、このままだったとしたら、わたしの秘密はいずればれてしまうでしょう。
ウィルスに冒されておっさんになるか、それとも、このままで、今まで隠してきた秘密を公にしてしまうのか。わたしは悩んでいます。これから、わたしはどうなってしまうのでしょうか・・・・

 

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