その日まで、あと一週間になっていた。あのことに気づいて、すでに8年が過ぎていた。俺はいよいよ長年の念願どおりに身体になれるのだ。
 ここ数ヶ月は、病院の中は騒がしかった。何でも女性の精神が男性化するというのだ。生まれながらに男性の精神を持ち、女の身体という牢獄の中で暮らしてきた俺には関係ないことだった。
 性同一性症候群と診断され、治療を受けるために入院していた俺は、俺と同じ病室に入院してくる彼女達を見ていて、おかしくて笑い出そうとする自分を抑えるのに苦労してしまった。なぜなら、彼女達は、女性に憑依した男性という設定のドラマに出演している女優のような行動を取るからだった。
 胸を持ちあげてみたり、揉んでみたり、しゃぶってみる奴もいた。それに、あそこに手をやり、オナニーにふける奴もザラだった。それらは3流映画のパロディでしかなく、個性もへったくれもなかった。
 なんて、独創性がないのだろう。俺が男だったら、もっと違う反応をして見せるのに。などと思って彼女達を見ていた。だが、それが他人事ではなくなってきた。
 ホルモン治療で、俺の身体は固く引き締り、声も低く、髭も生え出してきていた。少し運動をかねて、トレーニングをしていたので、身体に筋肉がつき始めていた。俺は、男に成る日を楽しみにしていた。
 俺が自分の性に疑問を感じ出したのは、2次成長期で、周りの男の子や、女の子の態度が変わってきたときだった。俺は、女の子と一緒に遊ぶよりも、男の子達と遊ぶほうが好きだった。そして、遊んでいるうちに、仲間のリーダーになっていた。誰にも負けないリーダー。それが俺だった。
 だが、ある日、俺は、仲間の中で一番弱い男の子と相撲を取って投げ飛ばされてしまった。何度やっても結果は同じだった。それからは、自分が女だと思い知らされる事ばかりが起った。その度に、自分のひ弱さや、惨めさを思い知らされた。その頃から、俺は男になる決心をした。元々、スカートよりズボン。お人形より、ヒーローグッズが欲しかった俺には、なんのためらいもなかった。
 それからの俺は、自分が女であることを否定し続けた。そして、男らしい男になろうとしていた。だが、身体は日に日に女らしくなっていき、初めての日が来た時は、目の前が真っ暗になった。この日には母親が作ってくれた大好きな赤飯が喉を通らず、自分の部屋で泣きつづけてしまった。
 あれからの女との闘いには、言い尽くせないものがあった。だが、一週間後には、俺は本物の男になれるのだ。
 『本当にそうかな?』
 「だれだ、今なんか言ったのは?」
 誰もいないはずの病室で、誰かの声が聞こえた気がした。
 『はたしてそうなか。本当の男になれるのかな?』
 「いったい誰だ。姿を現せ。」
 『おいおい、まだ気づかないのか。姿をみたけりゃ、鏡を見ればいいじゃないか。』
 「カガミ?」
 『そう、わたしは、お前なのだからな。』
 「俺だって、お前は俺だと言うのか。」
 『そう、そのとおり。わたしは、お前だ。お前の間違いを正してやろうと思って出てきたのさ。』
 「まちがい?何のことだ。」
 『お前が今言っていただろう。本当の男になれるって。その勘違いを正してやろうというのさ。』
 「勘違いなんかじゃない。これは、本当のことだ。」
 『おやおや、まだ気づいていないのか。いくら頑張ったって、お前は男になれない。いまのままじゃな。』
 「だから、手術を受けるんじゃないか。」
 『まがいものになる手術をか。』
 「まがいものって、いまの俺の身体のほうがまがいものさ。」
 『そうかな、男だったらそう思うかな。男になりたいと。』
 その声は、俺の頭の中で響いてくるものだった。確かに俺なのだろう。でも、俺の考えと違う自分というものが信じられなかった。
 「思うさ、誰でも。間違って生まれてきたのなら、正したいと誰でも思うものさ。」
 『そうなか。それじゃあ。チンポが欲しいのか。おまんこじゃなくてさ。』
 「チ・・・んん。ペニスは欲しいさ。男のシンボルだもの。」
 『ペニスゥ〜〜、なにを空気が抜けたような言い方しやがるんだ。チンポだろうが、チンポ。』
 「ペニスだ。ヴァギナは欲しくない。俺は猛々しいペニスがほしいんだ。」
 『ほら、やっぱり男じゃねえ。男が、チンポなんかほしがるかよ。男が欲しがるのは、おまんこだ。チンポを欲しがるのは、女か、お釜だ。』
 「なにを〜〜。」
 『何の苦労もなしに、こんないいものを手に入れられたのに、手放したがる奴がいるかよ。』
 そう言って奴の右手は(といっても俺の右手なのだが)、俺の嫌いなあそこに伸びた。そして、弄繰り回しだした。
 『ど、どうだ。この感触。いいじゃねええか。女はよ。』
 自分の身体の間違いに気づいてから、嫌い、触る事のなかったあそこを優しく撫でまわす感触に身体中の神経があそこに集中していった。口の周りを撫でまわすそれを、俺は下の口で咥えたくなってしまった。その言い知れぬ感触に、思わず声をあげてしまった。
 「ん、あ、あぁ〜〜〜〜ん。」
 『せっかくの胸もこんなにしやがって、でも感じるだろう。どうだどうだ。』
 左手が幼女のような胸を優しく撫でまわし、乳首を掴んだ。俺の身体に電撃がはしった。
 『どうだ。女っていいだろう。感じるだろう。』
 「う、うう〜〜ん。あ、あん。」
 『これでも男になりたいのか。あのつまらない男に・・・』
 「んんん〜〜〜〜〜。あ、ああ〜〜〜〜」
 俺は何も考えられなくなっていった。そして、自分の身体に溺れていった。

 「なあ、聞いたか。」
 「なにを?」
 「あの504号室の患者。」
 「ああ、俺を男にしてくれ〜とか叫んでいた奴。」
 「そう、アイツな、男になるのを止めえたんだって。」
 「へえ、それでどうしたんだよ。」
 「女に戻るんだと。」
 「女にか。俺達みたいに冒されて、どっちつかずに成っちまうのがおちだぞ。」
 「そうだよなあ。」
 病院の廊下で、若い看護婦達が立ち話をしていた。彼女達もウィルスの冒され、男になってしまっていた。そんな彼女達の横を、目もさえるような美しいしなやかな美女が通り過ぎていった。
 美女は、立ち止まり看護婦達に会釈すると。その場を立ち去っていった。
 「おい、あの美人は誰だよ。」
 「あれがさっき言っていた患者だよ。男になるのを止めてから、女らしくなり、きれいになっていったんだ。」
 「あれがそうか。一晩お願いしたいなあ。」
 そんな、看護婦達の話をよそに、彼女は、しなやかに玄関へと歩いて行った。
 『ぐふふふふ、女をするってこんなにも萌えるなんてなあ。これだけの美人が俺だし、女言葉を話すと、なんだか身体中がむずむずしてくるし、メイクや、ファッションを楽しむと、なんだか女装をしているみたいで倒錯的で、今までこんな快感は味わった事がないぜ。あら、わたしとした事が、はしたない。フフフ・・・』
 あらたな快感を覚えた彼女のあたらしい生活の一頁は、いまから始まっていった。


あとがき
すみません。表現が露骨なところがありますが、そのままにしておいてください。おねがいします。
それでは、また。

 

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