TS堂の野望 /(校正版)

原案/こういち
/あさぎり




「株式会社 TS堂」
『平成不況』と言われるこの時代に、莫大な利益を上げている企業にして、まことしやかに語られている「女性に変身できる秘薬販売」の噂。
その秘密に迫る為、我々は秘密裏に調査を開始した。
しかし調査は初期段階から困難を極める事になる。
何せ調べようにも住所、電話番号、一切が不明なのだ。
我々はまず、ダメ元で「TS堂」と明記してある会社を片っ端から調べ上げた。
「TS堂工業」
「TS堂興業」
「TS堂製作所」
「TS堂大飯店」etc…。
その数はゆうに300を超えていたが、噂の品物を扱っている所は皆無と、余りに早いつまづきに誰もが疲れの色と動揺を隠せなかった。
失意に暮れる我々は藁にもすがる思いでインターネット上にある、巨大掲示板に情報募集の書き込みをして見る事にした。
そして待つこと一週間…。
ほとんどは誹謗、中傷、荒らし、意味の無いAAばかりだったが、その中に一つだけ有力な情報を発見する事が出来た。
「○○県○○○市に探している会社あるよほほほぉぉぉん☆」
…明らかに人をおちょくってる文章であるが、八方塞りである以上、我々に選択の余地は無い。
我々は早速、情報を頼りに「株式会社 TS堂」のあると言う○○県○○○市に車を飛ばしたのだった。
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地方都市の一角にその会社はあった。
一応、通販メーカーの形をとっているが倉庫に品物は一切無く、事務所はだいぶ前から人の出入りした気配は無い。
我々はビルの管理人に頼んで鍵を開けてもらい中に入ると、「会員用」と書かれた無造作に積んであるカタログの山を見つけ、その中から一部を慎重に引き抜く。
するとそこに載っていたのは、この会社で扱っているものの一覧だった。
女性向け衣類、靴、化粧品、アクセサリーなど特に目新しくは無く、値段にしたって安くも無いどころか不当な位の高値がついている。
同じグレードのものなら大手やお店に置いてある物の方がはるかに安く買う事が出来るだろう。
正直言ってわざわざここの通販を使う理由が見つからないのだ。
しかも他に比べて明らかに高額な品物を購入出来るのは、会員のみと言う異常なまでの徹底した秘密主義。
彼らがそこまでする理由は何なのだろうか?
きな臭いものを感じ取った我々は更に調査を進める。
前出の巨大掲示板に加え、テレビ、ラジオ、雑誌、口コミなどありとあらゆるメディアを通じて調べた結果、匿名と30分限りの拘束時間を条件に一人の人物から話を聞く事が出来た。
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「友田 辰夫(仮名)」さん
そう名のった男は年齢40前後。
大手食品メーカー勤務できっちり分けた頭髪にふちなし眼鏡、それにブランドモノの背広の着こなしが知的なやり手サラリーマンを思わせる。
「何からお話したらいいのか…私自身も信じられないのですよ」
男は何かに怯えながら、それでいて嬉しそうに口元を緩める。
「そうですね…では、まず会員になった経緯からお願い致します」
「分かりました…」
ゴクンと生唾を飲み込み、男は覚悟を決めた様に顔を上げると我々を見据えてながら呟く。
「実はですねぇ…」
そう言って切り出した男の話はにわかに信じがたいものであった。
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「…丁度一年程前の事になりますか。
当時、私は単身赴任をしており、アパートを借りていたのですが、ある日の夜、小包が届いていたんです。
宛名を見ると前の住人宛てのものらしく、「試供品」と「株式会社 TS堂」の文字が印字してありました。
「………………………。」
不信に思った私は包みを上下に振ってみたり、中の音を確かめたりしましたが特に異常はありませんでした。
本来なら人様宛ての小包なら送り返さなければならないのですが、「試供品」だし、どうせ宅配ビデオの案内なんかだろうと、…まぁ軽い気持ちで封を開けて見たんです。
すると中には薄いカタログと使いきりの入浴剤の袋が10種類程入っていました。
「ほう…」
仕事から帰ってきたばかりで風呂に入っていなかった私は早速、風呂を沸かすと袋の一つを手に取り、中の粉を浴槽に入れてみました。
すると思いがけない事が起こったんです。
(えっ、何だこれは…!?)
それが最初の印象でした。
…普通、温泉の元と言うとオレンジやライム色したパウダー状のサラサラしたものかと思っていましたが、それはドロドロと粘つき、肌色と言うより艶やかな乳白色をしていて、例えるならまるで動物の脂肪の様ではっきり言って気持ち悪かったです。
しかし、しばらくして粉が完全に浴槽に溶けると、何と言うか…女性特有の甘ったるい香りが浴室に立ち込めてきたのです。
「………………………。」
私は怪訝に思いながらもせっかく沸かした風呂に入らないのも何なので、汗ばんだ服を脱ぎ捨てるとそのまま入浴する事にしました。
「ふぃぃぃ〜」
始めこそ恐る恐るつま先から足を入れていったのですが、お湯自体は普通のモノとなんら変わりありません。
しかも意外な事に中に入ってしまうとあれ程気になっていた香りは消え、湯船に浸かっていると身体中のコリやら疲れやらが物凄い勢いで取れていくのが体感出来る程です。
それにまるで子供の頃の母親の胸元に抱かれている様な心地よさ。
私はうっとりとしながら 身をゆだねる様に風呂を満喫しました。
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それから10分程でしょうか…私は自分の身体のある異変に気付きました。
やけに細くなった指先。
体毛が無くなり、きめ細かくなった肌をした両腕。
耳元やうなじにかかる艶やかな髪の毛。
極めつけは見下ろした胸元の二つの膨らみ。
それらはあきらかに今までの自分とは違うものでした。
「なっ…何だ!?」
そう呟いた声も普段の私の声よりも高くハリのあるものでした。
いくら浴室は声が反響するからと言ってもこんな声は出ません。
まるで…若い女性の発する様な声。
私は湯あたりでもしたのかと思い、風呂から上がるとバスタオルを手に取り身体を拭き始めます。
しかし、タオルが触れる感触も肌をつたい落ちる水滴も普段と全然違いました。
おまけに胸元の豊かな膨らみやうっすらと生えた恥毛は、女である事を主張する様に私の目に飛び込んできます。
(はは…何か夢でも見ているんだろう…仕事のし過ぎかもしれないな。)
私は軽いパニック状態に陥りながらも目の間の現実を否定する様に無心で身体を拭き終えると居間に向かって歩き出しました。
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(…んっ…んんっ…!?)
途中、ふと鏡に写った自分の姿に我が目を疑いました。
そこには首にバスタオルを掛けた見た事の無い若い女性が、全裸のままこちらを見つめていたのです。
私はいよいよ自分がおかしくなったのかと不安になりました。
しかしその      は間違いなく「リアル」なものだったのです
(よし………夢かどうか確かめてやる。)
私は覚悟を決めて鏡の前に立つと自分の身体を確かめる様に胸元から下半身に向かって手を伸ばしました。
「んんっ!」
突然の刺激に思わず声が漏れます。
まるで身体中が性感帯になった様な…そんな気分でした。
更に深く指を滑り込ませると今まで味わった事の無い押し寄せる波の様な甘美な刺激が襲ってきます。
「はぁっ…うんっ……はぁ…ん…」
(なっ、何だ…これは…!?)
まるで倒錯した世界に迷い込んでしまった様に、私は夢中で自慰を始めていました。
「あぁっ…おおっ………!?」
そしてもう少しで絶頂を迎えそうになった瞬間、呼吸が急激に苦しくなったかと思うと身体もそれに答える様に段々と元の形に戻っていきました。
「何だったんだ…一体!?」
私は自分の身体に起こった事が理解できずに、しばらくその場に呆然と立ち尽くしました。
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どれ位の時間が経ったのでしょうか…すでに夜は明け始めていました。
私は冷え切った身体を癒す様にパジャマに着替え、布団に潜り込むと今まで起こった事を頭の中で整理してみたんです。
何故、私の身体が女性に変化したのか、そして急に元に戻ったのかを…。
冷静になって考えてみるとやはり原因はあの袋…。
そう考えた私は布団から飛び起きると、先程破った袋を手に取るとパッケージを確かめてみました。
そこには、「美人の湯  〜坂本 美穂 19歳〜」と書いてあり、裏には彼女のものであろうプロフィールやいつ頃に採取したものなのかなど事細かく記されてありました。
しかも「本品は試供品であり、いくら浸かっていても効果は最初の10分間のみですが、本商品になると変身時間は入浴時間によって変化する。」
…と言う但し書きまで書いてあります。
(…と言う事は!?)
私はあわてて残りの袋とカタログをテーブルの上に広げるました。
思った通り、残りの袋には下は10代前半の少女から30代の女性の顔写真とプロフィールが印刷されています。
(なるほど。これが試供品って事は本品はここに載っているのか?)
自分の身体が一時とは言え若い女性の身体に変化すると言う、余りに非科学的に思えた事を身をもって体験した今、欲望はどんどん膨らんでいきます。
私は期待に胸を弾ませ夢中でページを捲りました。
しかし、カタログの方に載っているのは女性向けの衣類、靴、化粧品、アクセサリー等で、探している入浴剤の事は一ページも書いてありません。
失意のままページを閉じようとした時、私はある事に気付いたんです。
それは…。
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「ジイィィィィィィ〜ッッ。」
話が佳境(かきょう)に差し掛かった所でカメラのテープ切れのランプが点灯し、同時に拘束時間解除を知らせるアラームが鳴り始めた。
「おや、もうこんな時間ですか?では、そろそろ…」
そう言って椅子から立ち上がる男。
「あのっ…」
我々が慌てて引きとめようとするのを遮る様に男は話を続ける。
「そんなに心配そうな顔をしないで下さい。別に二度と会えないって訳じゃありませんから。…ただ、今度からはこちらの方に連絡を下さい。もちろん謝礼はまとめてで構いませんから。」
わずかに笑みを浮かべながら男は裏に携帯電話の番号を走り書きした一枚の名刺を我々に差し出すと足早にその場を立ち去って行く。
「チッ………」
まるで肩透かしを食らった気分だ。
もう少し深い所まで立ち入りたかったが仕方が無い。
悔しいが今は男の言葉を信じて詳細は次回に持ち越す事にした。
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「株式会社 TS堂」
平成不況と言われて久しいこの時代に莫大な利益を上げている企業にして、病的なまでの秘密主義。そしてまことしやかに語られている
「女性に変身できる秘薬販売」の噂。
その実態に迫る為に我々は調査を開始した。
しかしあらゆる手段を使っても得られる情報は皆無に等しく、調査は難航を極めたが様々な紆余曲折の末、我々は会員の一人である「友田 辰夫(仮名)」なる人物とのコンタクトに成功。
いよいよ確信に迫り始めたその時、無情にも拘束時間が来た為、臍(ほぞ)を噛む思いで彼の背中を見送ったのが丁度一月前。
その間、我々は肝心の事を聞き出せずまま悶々と過ごす羽目になった。
再びあの様な失態は繰り返さぬ様、我々はこの一月の間に何度も綿密な打ち合わせをし、充分過ぎるほどの取材時間も取り、万端の構えで彼を待つ事にした。
しかし、周到な準備をして待つ事30分。
約束の時間より10分を過ぎても彼は現れなかった。
(もしかして…逃げられたのか?)
頭をよぎる嫌な予感をかき消す様に煙草に火をつけ、2,3度ふかしてはもみ消すと言う動作を繰り返すが一向に現れる気配は無い。
「畜生っ…!」
うつむいたまま、空になった煙草の箱を握り締め呟く。
(フフッ…とんだ三文芝居だな…)
自潮気味に口元を緩め、ふと壁掛け時計の針を確かめる様に顔を上げたその時ドアをノックする音が聞こえた。
「おおっ、来たか。気を持たせやがってあのオヤジ♪。」
「プッ…」
「ハハッ」
俺の軽口に全員が安堵の表情に緩む。
「コホン…どうぞお入り下さい。」
そう声を掛ると冷静を装いながらドアの方に視線を移す。
しかし、そこに立っていたのは我々の期待した人物では無かった。
「遅れまして申し訳ない、友田です。」
申し訳なさそうに部屋に入って来たのは、前回の中年の男性ではなく若い女性だった。
年の頃なら25、6歳位だろうか。
淡い色のワンピースに大き目の革製のコートで身を包み、不釣り合いなアタッシュケースと涼しげな目元がやけに印象的だ。
一瞬、背筋に冷たいものが走る。
(マズイ、もしかして依頼を断る為に代りの人間をよこしたのか?畜生!…折角ここまでこじつけたと言うのにまた振り出しから始めなくてはならないのか?)
そんな俺の焦りを察したのかスタッフも心なしか表情を曇らせながら無言のまま女性を見つめている。
「………………。」
色々な思いが交錯する中、取りあえず何故この部屋に前回の人物では無く、この女性が来たのか聞かねばならない。
そう考えて女性の方を見ながらいぶかしげに尋ねる。
「あの、友田…って事は、もしかして友田さんの娘さんか代理の方ですか?」
「あはは、違いますよ。正真正銘、私が友田ですよ。…もっとも、この姿で言っても信じてはもらえませんかな?」
我々の方を一瞥しながらアタッシュケースを足元に置くと、背中を向けたまま答える女性。
「?…どう言う意味ですか?」
「ですから、私が友田ですよ。実は昨日からこの近くのホテルに泊まっていましてね、今日は前もって変身してきたんですよ…どうですか?綺麗でしょう、この娘」
女性はアタッシュケースに腰を掛けると頬に手を添え、含み笑いを浮かべながら答える。
「えっ…ええっ〜!?」
思わずその場の全員から驚きの声が漏れる。
まさかこの女性が前回のあの男の変身した姿だと言うのか?
しかし、もしその話が本当だとしたら…。
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「それでは準備が整うまでこちらの椅子に移動して頂いて、それからお話の続きを宜しいでしょうか?」
「分かりました」
我々は動揺を悟られない様に慎重にカメラをセットすると、インタビューの準備を始める。
「………………。」
ファインダー越しに見る友田は女性そのもので、とてもあの男が変身した姿だと信じる事が出来ない。
(もしかしてこの娘はまるっきり別人であの友田ってのと組んで、我々の事を担ごうと思ってるんじゃないのか?)
そんな疑惑にも似た思いが頭をかすめる。
「何か気になることでも?」
「いえ…では、準備できましたんで」
「そうですか。では、始めましょうか」
我々の視線を楽しむ様に友田と名乗る女性は、唇を舌で軽く湿らすと落ち着いた様子で質問に答え始めた。
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えぇと前回の続きからでしたな。
確か…ページを閉じようとした時、私はある事に気付いたんです。
それはページの値段の横に書いてあった小さな文字でした。
よく見ないと分かりませんでしたが、そこには確かに「会員ポイント」と言う文字が見受けられました。
…それを見て私はすぐにその意味を理解したんです。
つまりこのシステムはカタログに載っている商品を購入して、始めて目的の入浴剤を買う事の出来ると言う訳です。
早速、私は半信半疑ながら2、3点の品物を注文書に書き込み、申し込む準備をし始めましたがここで一つの疑問にぶち当たりました。
困った事にカタログには電話番号はおろか、連絡先すら明記されていないのです…どうしたものかと思案に暮れていると、突然、玄関の扉を叩く音が聞こえてきました。
私はあわてて扉を開けるとそこには黒いスーツに身を包んだ長身の男が立っていました。
鋭い目つきに痩せこけた頬、おまけに無表情なその姿は、一言で例えるなら「爬虫類」を連想させます。
「なっ、何か御用でしょうか?」
私は男に尋ねると男は口元だけを緩めてこう言い放ちました。
「おっさん、試供品は気に入ったかい?注文だったら受けてやるぜ」
「お前…何故、その事を…!?」
私はびっくりして、何故、試供品の事を知っているのかを問いただそうとしましたが男はそれを遮る様に話しを続けます。
「そんな事より注文するのかい?しないのかい?」…と。
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「今になってみると全ては仕組まれていたのかもしれません。試供品が私の所に送られてきたのも、あの男がアパートに来たのも、どう考えたってあまりに偶然すぎます。…まるで私がそう選択する事が分かっているかの様に…」
我々を見据えながら淡々とした口調で女性は話を続ける。
「そう考えてみれば前の宛名の住人にしたって、本当に存在していたものなのか怪しいモンです…しかしその時は何も迷う事無く、答えました」
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「…する」
「そうか。じゃ、早速契約といくか。まずは…」
動揺する私の心を見透かした様に男は更に口元を緩めると、いきなり私の持っていた注文書を引ったくり、計算をし始めました。
「フン…って事は総額5万3千円で本品一人分だな。早くしなよ、おっさん」
「あっ…ああ」
私は男の言われるままなけなしの金を差し出すと男は奪い取るようにしてそれを受け取り、代わりに分厚い小冊子を差し出しました。
「これで契約は成立だな。おっさん。…それではようこそ我が『株式会社 TS堂』へ、御会員様。では、こちらから連絡があるまでにお好みの娘を選んでおいて下さい。言っときますが今回のご購入ポイントですと選べるのはくれぐれも御一人ですのでそこの所、お忘れなく」
お金を受け取ったとたん急に丁寧な口調になった男は、そう言い残すと一瞬の内にその場から消え去ってしまった。
(何だったんだ…あの男は…?)
まるで狐につままれた様な気分でしたが、取りあえず手元に残された小冊子を開いてみる事にしました。
「おっ、おおっ!!」
パラパラとページをめくるうちに私は興奮して、思わず声を上げてしまいました。
そこにはまさに私の期待した通りの「モノ」が掲載されていたのです。
下は小学生高学年位から上は30代後半までの女性の写真とプロフィール。
それはまさにあの袋に印刷されているものと同じものでした。
ただ袋のものより更にたくさんの女性が小冊子には載っていました。
(ほうほう…成る程…!?)
私はページをめくりながらどの娘のモノにしようかと思いをめぐらしていると一枚のページに目が止まりました。そこには何と妻の若い頃のプロフィールと写真が載っていたのです。
「…………………。」
私は震える指先でもう一度なぞる様にページを読み直します。
「やっぱり…」
写真は白黒で、名前も旧姓でありましたが確かに載っていたのは若い頃の妻の姿でした…自慢じゃありませんが妻は私よりも5つ年上で、若い頃はそりゃ美人でね。よく「不釣り合いだ。」なんて友人から冷やかされたモンです。
ですが、時の流れと言うのは残酷なもので、あれ程自慢だった妻も子を産み、年を負うごとに容姿は醜く衰え、それに伴い性格は図々しく、傲慢で怠惰になっていきました。
それを身をもって知る事になってから、彼女への愛情も急速に覚めていったのです。
「生きていれば年を取る」と言うくつがえせない事実。
もちろんそれが当然なのは頭では分かってるのですが、私はそれが許せませんでした。
ですから、彼女の姿を見ないで済む様に単身赴任を選んだ訳です。
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私は身体中に電気が走った様な衝動を感じました。
(再びあの頃の妻に会える…いや、私自身が彼女になれる)
それは私にとって夢の様な事で、耐えがたい衝動が何度も何度も身体の中を駆け巡ります。
そして一時間後、電話が鳴りました。相手は先程の男です。
「どうですか、お決まりになられたでしょうか?」
男の問いかけに、私は迷う事はありませんでした。
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一週間後、「株式会社 TS堂」から注文した品物が届きました。
しかし私はそんなものには目もくれずに入浴剤を手に取ると、早速湯船に流し込みました。
すると以前と同じ様に女性特有の甘ったるい香りと湯煙が浴室に立ち込め、湯船は乳白色に染まりました。
(いいぞ、これで…若く、美しい…あの頃の妻の姿に会える)
私は初めて妻と結ばれた時の様な、激しい胸の高鳴りを憶えました。
「チャポン……。」
私ははやる気持ちを抑えて湯船に浸かると、目を閉じて肉体の変化を待ちました。
それから10分後…。
期待と不安が交じり合った気持ちで最初に掌をかざしてみました。
そして目に飛び込んできた姿に文字通リ我が目を疑いました。
明らかに私のモノでは無い細くなった白い指先。
体毛が無くなり、きめ細かくなった肌をした両腕。
耳元やうなじにかかる艶やかな髪の毛。
そして見下ろした胸元の二つの膨らみ。
「………………!!!!」
私は浴槽から上がると、濡れた髪もそのままに鏡の前に立ちました。
そこに写っていたのは全裸のまま若い頃の妻でした。
頬を上気させ、真っ直ぐな視線で私を見つめ返す、あの日のままの妻の裸体。
「おっ、おおっ…おおぉ………」
気が付くと私は夢中で自慰を始めていました。
愛する妻の身体を余す事無く征服できる喜び。
私の指が快楽を貪れば貪るほど敏感に反応する鏡の中の妻。
まるで快感を共有している様な錯覚に私は夢中になりました。
「はぁっ、はぁっ…はぁっ…ああっ…!!」
程なくして私は絶頂を迎えました。
その日の自慰は今まで一番充実したものかも知れません。
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それからはまるで坂道を転がり落ちる様でした。
私はあの頃の妻の姿でずっといたくて毎月TS堂から品物を買い続けました。
洋服、靴、化粧品、アクセサリー等少なくても月に20万、多い時には100万を超えた時もありました。
まぁ、そんな調子ですからお金はすぐに底を尽きましたよ。
しかし耐え難い程の誘惑は私を容赦なく突き動かします。
理性…常識…家族…そんなものはこの狂おしいまでの欲求の前では足かせにすらなりませんでした。
困った私は妻への仕送り分の給料に手を出し、あげく会社の金に手を出したのです。
自分のしている事が異常な事だと言う事は分かっています。
でも、仕方ないんです、止まらないんですよ。
その結果、妻とも離婚し会社も首になりました…しかし後悔はありません。
分かっていただけるでしょうか、この激しい飢えにも似た焦燥感。
激しい愛情にも似た、独占欲。
あなた方に分かりますか!?
分かりませんか!?
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女性は興奮した様子で椅子から立ち上げるとそのまま我々の方へ近づいてくる。
そしてカメラの前までくると着ていたワンピースと下着をおもむろに脱ぎ捨てながら話を続けた。
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「ほら、もっとよく見てくださいよ。この身体を!!一切の無駄の無いプロポーションに愛くるしい表情。美しく艶やかな髪に澄んだ瞳。それにこの豊かな乳房。私が愛してやまなかったあの頃の妻の身体に私がなっているんですよ。今では醜く肥え太り、蔑んだ目で私を見下ろすただの肉塊となった妻にもこんなにも可愛い時があったんですよ!!」
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生まれたままの姿になった女性は、何かに憑り付かれたかの様に我々に詰め寄る。
その姿はまるで自らの行為を肯定させるかの様に猛々しく、余りの迫力に壁際まで後ずさりするとそのまましゃがみ込んでしまった。
しかしそんな我々の事などお構い無しに更に女性は止めどなく言葉を続ける。
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確かにあなた方から見れば馬鹿げた事なのかも知れません…ですが、それでも良いのです。
私はこの姿でいられるのなら何だってして見ます。
何故ならこの姿こそ、私の愛した妻の姿そのものなのですから。
私が微笑めば同じ様に微笑み、私が悲しめば同じ様に悲しんでくれて、私が求めれば決して拒む事は無いんです。
鏡に写る妻は私の全てなんです。
この姿さえあれば私は生きていられる。
この姿さえあれば何もいらない。
この姿さえあれば私は…。
この姿さえ…ああああ、あああっ…あがあああああぁぁぁ…」
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女性はひときわ大きなうめき声を上げてその場に崩れ落ちた。
我々はあわてて駆け寄り、搾り出す様に呼吸をする女性を抱きかかえるとスタッフの一人が驚きの声を上げた。
「うわあああぁぁぁぁぁ!!」
あまりに恐怖に満ちたその声に全員の視線が彼女に向けられる。
すると目の前で信じられない光景が起こり始めた。
彼女の身体がまるで特殊メイクの様に変化していくのだ。
見る見るうちにその身体はたるみ出し、肌の色はくすみ、髪の毛には白いものが混じり始めた。
数分もしないうちにその姿は以前あった友田(仮名)のものになっていた。
しかしその表情には生気が無く、まるで死を待つだけの重病人の様にやつれ切っていた。
「………………。」
変身の解けた友田(仮名)はアタッシュケースの中からよれよれのスーツを取り出すといそいそと着込み始めた。
おぼつかない足取りで着替えをするその姿は、前回より若さと言うか、覇気が無く全体的に老けた印象を受ける。
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「あはは、大丈夫ですよ、心配要りません。…軽い湯あたりって所ですか。実は昨日の晩からあの入浴剤入りの風呂にに浸かりっ放しでしてね。何て言うんですか…怖いんですよ。自分の姿でいるのがね。それでずっと湯船に浸かっている訳です。ですが最近効果が薄れているらしくて、いくら長く入っていても1時間程で変身が解けてしまうのですよ。まぁ、薬の習慣性って奴なのかもしれませんが…。ですから今度からもっと強力で長持ちする奴をTS堂から手に入れなければならないんですよ。その為には莫大なお金が必要なでしてね、だからこうして恥を忍んで、あなた方の取材を受けた訳です。…これで分かっていただけたでしょうか?」
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まるですがり付くように我々を見つめる姿に全員が言葉を失っていた。
これ以上、何も得るものは無い。
そう判断した我々はカメラのスイッチを落とした。
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「それでは失礼します…」
そう言い残し友田(仮名)は引ったくる様に出演料(ギャラ)を受け取ると足早に部屋を出て行った。
それにしてもあそこまで一人の人間を虜にさせる入浴剤とそれを扱う「株式会社 TS堂」
(平成不況と言われて久しいこの時代に莫大な利益を上げている企業にして、まことしやかに語られている「女性に変身できる秘薬販売」の噂…か。こんなモノは世間の目に触れない方が良いかもしれないな…)
俺は収録したテープを足で踏み潰し、中のテープをゴミ箱に投げ捨てるとそのまま部屋を後にした。
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あれから数ヵ月後。
ある日の某アパート。
夜中一人暮らしの男の部屋に届いた小包。
「あれ?住所はウチだけど名前が違うや。前に住んでた奴のかな?「試供品」って書いてあるからもらっといても、いいか。…ええと送り主は「株式会社TS堂」ぉ?
全然聞かねぇ名前だな。ま、いいか。
それより中身は…っと。へぇ〜っ、温泉の元か。
今から風呂入る所だったから丁度いいじゃん。
んじゃ、早速使わせてもらうとするか」
そしてまた一人、「会員」が生まれる事になった。
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【あとがき】

どうも、あさぎりです。
今回の作品「TS堂の野望」は一枚(?)のファンメールがきっかけでした。
内容は素朴な疑問と非常にストレートな感想で、私も答えられる限りで回答致しました。
すると後日、回答に対する感謝と共に送られてきたメールには今回の作品の原案なるものが送付されておりました。
まぁ、簡単に要約すると「こんなの考えたんだけど、どうよ?」みたいなもんでした。(笑)
(もっともこんなに弾けちゃいませんでしたが…。)
確かに読んでみるとちっとそそられるネタなんで執筆にしてみようかと言う事になりまして今回に通じるわけです。
それにしても今回の「読者の感想や建設的意見に対して作家が作品で答える。」は、これはまさに私の理想とする、
「作家と読者が互いに高め合う関係」そのものでした。
そんな訳でメールをくれた「こういち」さんには改めて感謝です。※平成15年1月26日改正

この作品は初めての原作者付きの作品でしたねぇ「こういち」さん、お元気なんでしょうか?
あと、こう言う「罪の告白形式(?)」のお話って、個人的には結構、好きだったりします(笑

初出/「インクエスト」様
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後編
【あとがき  〜気が付いたらこんなに長くなっちゃったよ編〜】

どうも、あさぎりです。
そんな訳で私の始めての原作付き作品だった訳なんですが、何っうか貴重な体験ですな。
あとここだけの話ですけど「こういち」さんから頂いたメールには、この話以外にも素晴らしいものがあり、いつか作品化が出来ればなと思っています。
まぁ、その前にやらなければならない事が多いのですが…。

※平成15年3月12日改正
ホントは「クリーム」を書かなきゃいけないのに…(汗
人は何故、やる事が目の前にある時は他の事がサクサク進むのでしょうか?(笑

初出/「インクエスト」様

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