きらいなもの→チェス
作:おもちばこ



チェスなんかだいっきらいだあぁぁぁぁ〜。



そんな声が俺の中でこだまする。
そんな事言いながら俺は小学校の時チェスの大会では
何回も優勝している実力者なんだけど。勝負となるとウザイ奴が……。




「ねぇ敦志、あたしと勝負しなさい」
「げ・・またかよ彩香、オセロはもう何十回相手したと思ってるんだよ」
「私には1日1勝という目標があるんだからね」
彼女の名前は俺の同い年の戸叶彩香(とがの さやか)。
俺が知っている中では唯一の負けず嫌い。
勉強でも、スポーツでも、順番を決めるじゃんけんでも。
彼女は勝負事に強く、テストではいつも満点を取るし。
体育の鉄棒だって片手大車輪が出来てしまうほどの兵(つわもの)だ。
そんな彼女は勝負に弱い俺を格好のターゲットとして勝ち星を上げ続けている。
どんな事でも(俺に)負けることを大の屈辱とし、
腐れ縁という事もあり、高校2年生まで俺と同じ学校の同じクラスにいるのだ。
ま、それはそれで嬉しいんだけど。



俺たちは毎週土曜日になるといつものようにテーブルゲーム等を数種類やる。


オセロ

「・・・あんた今にもなって四隅を取られる程の弱さなの」
「うるせーな、こっちだって色々考えてんだよ」


将棋

「王手」
「……参りました」
チェスは得意何だがなー


囲碁

「・・・19目半の差で私の勝ちね」
「・・・こんなはずじゃなかったのに」

2人麻雀

「国士無双っと」
「・・・・」


すごろく

「あっがり〜」
「え。早くない?」


格ゲー

「やったー、パーフェクト勝ち」
「……」



1時間きっかりにこの勝負は終わった。今日の結果は綾香の全勝で幕を閉じた。
「ええと、今までの対戦成績は5024勝1敗で私が勝ってるわね、ふふふ」
彼女はにやりと笑っている、
傍からすれば気味が悪いのだがほぼ毎日の事なので気にしなくなった。
「なあ、そろそろチェスを……」
「だめ〜。絶対駄目。チェスだけは勝負したくないの〜!!」
彼女が怒鳴りつけるように俺に言った。
小3のとき俺にチェスで完敗したことがトラウマになっているらしい。
彼女はルールを余り知らなかっただけなのだが相当悔しかったらしく、
以後俺が得意なチェス以外で勝負を申し込まれてきたって言うわけだ。
まあそれを受けている俺も俺だけど。悪く言えば暇人ってことだ。




俺は自分の部屋に戻りベッドに転がり込んだ。
「ああ……俺は何しているんだろう」
所属している運動部は最近サボリ気味。
元々人と話すことが億劫だった俺にとっての友達は綾香一人だけ。
その綾香にも近頃は些細な事で嫌われる始末だ。
最近は相手がいないせいかチェスをする事もめっきりなくなった。
腕もすっかり鈍りこれでは綾香に追い越されるのも時間の問題だ。
自分が何の努力もしてこなかったと言えばそれまでのことなのだが。
「……畜生」
俺はベッドの毛布を叩いた。



「掃除でもするかな」
まだ昼過ぎだし気持ちを切り替えるのには丁度いいかな。
悪く言えば現実逃避なんだけど。



日ごろからまめに自分の部屋の掃除をしているので1時間ほどで終わった。
我流ベッドメイキングも済んだころに押入れの中からそれは出てきた。
「これは・・懐かしいな、チェスの駒じゃねえか」
デザインはシンプルだが立派な温かみのある木製の駒。
見たのは5年ぶりのためだいぶ埃が被っていた。
小学校のとき依頼の感触に酔いしれていると。
「部屋のインテリアとして使えそうだな。窓辺においておくか」
何事にも誰にも勝てないと思っていた俺は、
もはやチェスで誰かと勝負する事など頭になくなっていた。



そんな日の夜の夢の出来事
「おい、敦志君」
「……何だよ。誰だよ」
「おっと、はじめましてだな、我輩はキングだ。チェスのな」
俺は状況がうまく掴めないままに話は進んでいった。
「今日は危うく我輩の僕(しもべ)たちがネズミに食われる所を助けてくれてありがとな」
俺の家にネズミがいたのかよ。押入れもまめに掃除しておくべきだな。
「何か御礼をしたいのだが。何がいいか」
俺は即座にこう答える。
「友達が欲しい」
「却下する、自分で頑張れ」
じゃあ俺は何も要らないと答えた。それに加えて。
「俺をご主人様とでも言いたそうな口調だな」
「ああ、小学校のころはえらい世話になったからな」
俺は一呼吸置いてこう言った。
「実はもう僕はチェスを卒業した。もう君たちに関係のない人間なんだ」
「え……そ、そんな。お前ほどの実力だったら……一度に多額の賞金を掴むプロも夢ではないかと」
「うるさい、今俺はチェスなんかやってる場合じゃないんだ」
本当は好きで好きでたまらなかったのに、
夢の中だけど心にもないことを言い続ける。
「要するに君たちはもう僕にとって"必要のない存在"なんだよ」
キングが唖然とする。
俺ははっとした、大変な事をいってしまった。小1からの11年間、
ずっと負け続けることに耐え忍んでいた怒りが爆発した瞬間だった。
よりによって好きなものに向かって。すると駒の心は突然こんなことを言った。
「……仕方がないですね」
「え?」
「我輩キングへの侮辱罪として安堂 敦志に ポーンの呪いをかける」
「な……何だよそれ」
キングはつづけてこうも言う。
「お前は一流のプレーヤーになれる逸材だったのに、
それを蹴った上にチェスの最高峰である我輩を侮辱した」
俺は慌てて訂正しようとする。
「そ、それはカッとなってつい……。御免、悪気はなかったんだ」
「悪気がなかったら何を言ってもいいのか。我輩はかなり傷付いた。もう許さん」
俺は言葉を失った。後悔先に立たずとはこの事だったのか……
「もっと重い刑もチェスの世界では存在するのですが。お前が10年に一度のチェスの逸材の為に減刑とした。詳しい事は後で知らせる。彼方が再びチェスを好きになる日を楽しみにしているぞ」
「おい、ポーンの呪いって一体何だよ、おい!!」



バッ

「はぁ……はぁ……」
心臓の音が止まらない。こんな夢を見たのは生まれて初めてだ。
時計の針は午前6時をさしている。今日は日曜だ、大して焦る事もない。ゆっくり安・・



ピンポピンポピンポーン



インターホンの音だ、あいつだ……。
俺は二階から階段を駆け下り玄関のドアを開けた。
「こんな朝早くから何の様だ全く……え」
彼女は少し悲しそうな顔をしていた。
「敦志。チェス……やろうか」
彼女の思いも知らぬ言葉に俺は少し戸惑った。
「え・・・あ、こんな朝早くに大丈夫か?」
「私、反省したの。敦志はチェスだけには誰にも負けないって思ってるのに。あんなに将棋だの囲碁だのやっておいてチェスだけやらないなんておかしいよね。今までずっと御免ね」
こんなに朝早くに来るのは何かおかしいと俺は思った。
だが千載一隅のチャンスだ、ここは確実に勝っておこうと思った。
かといって勝ち負けの差が広すぎて焼け石に水なのだが。
「ちょっと準備するから・・うん」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
俺はあのキングの哀しい顔が頭に浮かんだ。



俺たちは8×8の白黒ボードの上に駒を置き始めた。俺は後攻の黒、綾香は先攻の白だ。
「久しぶりだね、こういうの」
「あ・・・ああ」
「どうしたの?どっか具合でも悪いの」
夢の事とはいえ俺の駒はどこか泣いて見えた。
「それじゃ、はじめよっか。先攻はどっちからだっけ」
「黒が後攻って決まってるんだからお前だろう」
「あ、そうか」
俺は底知れぬ不安を感じていた。



「どうしたの敦志?チェス得意じゃなかったの?」
「あ・・手加減してるんだよ」
腕を磨いておかなかった事を後悔しても仕方がないって言うかもう負ける寸前。
「ねぇ敦志、ポーンが一番向こう側のマスにいったらどうなるの?もう進めないよ」
「ああ、それはね・・・」
ポーンは前に一個ずつ進める最弱の駒だ、
最弱だがそれが勝負を分ける事もある重要な駒だ。
何故なら一番向こう側に行ったら"成る"事が出来るからだ。
これはいわゆる敵陣に行った手柄として出世が出来ると言うシステムなのだ。
一番端に来たポーンはルーク、ビショップ、ナイト、クイーンのどれかになることが出来る。
ルークは縦横に真直ぐ進む事が出来る。
ビショップは斜めに進む事が出来る。
ナイトは太陽のように8つの箇所に駒を飛び越えて進む事が出来る。
クイーンはルークとビショップを縦横斜め全てに進む事が出来る最強の駒だ。
たいていの奴はクイーンにする事を選ぶ。その方が強いからな。
「じゃあこのポーンを敦志の陣地においてクイーンにしまーす」
綾香がポーンをクイーンにすると宣言した瞬間。



「ぐああぁぁぁあああ」



俺は悲鳴を上げて倒れてしまった。
「あ、敦志、どうしたの?」
俺の身体に変化が生じた。
「やっぱり体調悪かったのね、直ぐに病院に・・」
俺は目を開けたまま苦しそうに両手で喉を押さえてもがく、ただひたすらもがく。
「あぁあああああ」
声変わりした自分の声が段々と澄み切った高い声になっていく。


ぐりょぐりょ、ごきごき、ボキボキィ


体の内臓や骨が捏ねられているかのようなもの凄い苦痛に襲われ、俺は囁く。
「これがあいつの言ってたポーンの呪いか・・・死ぬな、俺」
俺はもう意識を保つ事が出来ない。もうだめだ・・・・










「あぁあっぁぁぁっぁあぁあ」
あたしは驚きの余り腰が抜けてその場から動けなくなっていた。
敦志の黒目が澄んだ青い目になっているのがわかる。
顔の形がボコボコと変化し。綺麗な顔になっていく。
筋肉質だった身体は見る見る衰えていき、
胸やお尻が膨らんでいった。
身体を覆っていた無駄毛が枯葉のように抜け落ち。
髪の長さはそのままだが段々と黒髪の色が落ち、綺麗な金髪へと変わったとき。
彼の変化は止まった。



「敦志……あなた」
彼は起き上がって、いや、もう彼とは呼べなかった。
彼のショートの髪型や服以外、彼を思わせるパーツが一つもないからだ。
膨らんだ胸、括れたお腹や足に張りのあるお尻、
顔は整った白い顔に青い目の金髪美少女だ。



「ここはどこなのだ。わたしは……何者なのだ」
敦志、いや彼女は少しというか、かなり戸惑っている。
戸惑っている目つきが少し可愛い。ってそんな場合じゃない
「貴族言葉を話すわね……。あなた、本当に敦志なの?」
すると彼女はこう返してきた。
「敦志だと、そなたの知り合いか?」
あたしはカチンと来た。
「とぼけないでよ!!」
私は思いっきり拳を振りかざす。すると誰かが後ろから私の手を取った。
「駄目だよ、争い事は」
彼の第一印象はかなりの美形なのだが敦志には遠く及ばない。
後からよくよく考えると不法侵入だけど今はそれどころじゃなかった。
突然敦志が見知らぬどこかの国のお姫様みたいな美少女になっちゃったんだもん。
お姫様……?クイーン?



「申し遅れた、我輩はチェスのキングだ。8年間再び我々の時代が来る事を待っていた」
「え……8年間って、もしかしてあのときの試合からずっとチェスをやってなかったって言うの」
あたしは思い出した、小3のときのあの試合の事を。
ルールがわからないのに勝負を挑んで負けてしまったあの日のことを。
「物分りが良くて助かる。その通り、大変待ちましたよ。チェスの繁栄のためにね。彼は下手したら世界一になれるほどの才能だったのに、戸叶という 者の泣き顔に深く傷付き。彼は自分でその道を蹴った。そして、われ等の存在を否定し、侮辱した当然の報いだ。われ等は敦志さんのことを思って罪を軽くして やったのだ」
「罰を受けるにしてもなんでこんな可愛い子ちゃんにする必要があるのよ」
キングの黄金の髪がなびく。
「私は安堂敦志さんにこの罰について説明しに来たつもりだったが……まあいいでしょう。後で私が言った事を伝えといてくれ」
「はぁ……分かったわ」
すると横から声が掛けられる。彼女だ。
「私は席を外していようか?空気が苦しゅうてかなわん」
「いや、ここにいて。一緒にお話を聞こう」
彼女はしばらく考えた後頷いた。
「そうか。お主の知り合いのためにも聞き漏らす事のないようにの」
いつもの敦志より優しい。敦志もこんなんだったらもっといいのに。



「チェスのルールは分かるね」
私はコクンと頷いた。
「安堂敦志は"ポーンの呪い"というのを受けている。呪いの内容はと言いますと。彼はゲームが行われない限り普通の生活をしていられるが。今日のように彼の半径1m以内で行われているチェスゲームのある出来事で彼は変身する」
「そ……それって何よ」
「黒、白どちらかのポーンが"成る"ことだ。彼の容姿、性格をポーンとして。ゲーム中でポーンが4種類(ルーク・ビショップ・ナイト・クイーン)の中からプレーヤーが選択した者の容姿、性格に変身する呪いだ」
「じゃあ、あたしがポーンをクイーンにする事を選択したから……」
「そう、薄汚い彼からお美しいお姫様へと変わったのだ。出世したのだ」
「敦志の事悪く言わないで!!」
バシーンと言う大きな音がした、思いのほか良く響く。
「し、失礼」
こいつはサイテーな奴だ。
「彼を元に戻すにはどうすればいいの」
「変身の元になったチェスゲームが終了すれば元に戻る。この呪いは1人で行うチェスゲームでも適用される。使い方によっては自由自在に変身させることが出来る。以上で説明は終了だ。それではまた」
用件だけ言うとキングは敦志の部屋を去った、
そしてあたしとお姫様が4畳半の片付いている部屋に2人でちょこんとと座っている状態になった。



しばらくあたし達はチェスゲームを中断し、くつろぐ事にした。
「お主に言いたいことがあるのだが……」
綺麗な彼女が尋ねる。
「何?」
「私が正座しておる上に頭を乗せるのは行儀が悪いぞ」
あたし達は何時の間にか「膝枕」の状態になったんだから。
「いいの、あたしは敦志にこうしてもらいたかったんだから。もう少しこのままでいさせて」
「そ……そうなのか?それなら別にかまわぬが……」
彼女の顔が赤くなっているのが良くわかる。
彼女の脈拍が上がっているのが良くわかる。
チェスのお姫様ってこんなにいい匂いがするんだ。澄んだミントの匂い。
「あたしはいつでも敦志が元に戻れるって分かっただけでいいの」
敦志の服を着たお姫様はストレートにこう言う。
「お主……敦志の事が好きなのか?」
「うん、そうじゃなかったら。高校までずっと一緒なわけないもん」
これは愛の告白なんだけどこの声は彼には届いてない。言いたくても言えない事。
でも彼女にならいえる。
「本当はね、今日は朝早くに彼を誘って一緒に何処かに遊びに行くつもりだったの。でも彼の前に来た途端にあがっちゃって。つい彼の好きな“チェス”をやろうって事になっちゃったの」
「いずれ告白できるのいいの」
「うん」
あたしは、お姫様がずっといてくれたらいいなって思っていた。
だってその方が落ち着くし、女の子同士の話し合いをしてくれるし、
何より可愛いんだもん。あたしはこんなお願いをする。
「あたしの……おともだちになってくれる?」
「いいぞ、私の呼び方は分かるだろう?そろそろ別れの時が来るようだな。またいずれ呼んでくれたまえ」
「え、まだ朝の7時よ、もうちょっと一緒にいてくれたっていいじゃない」
あたしは念を押す。あたしの目には自然と涙がこぼれていた。
「お主は良いとしても、敦志殿には父上、母上がおるのだろ。ずっと彼が行方不明では困るではないのか?」
忘れてた。それもそうだよね。



あたしは彼女の指導のもとで敦志のキングを追い詰めていく。そして、
「チェックメイト」
あたしは敦志の白のキングを詰ませた。ゲーム終了だ。
すると彼女の目が青から段々と色が濃くなり黒く変わっていく。
「じゃ、また会おうの。綾香殿」
「うん」









時計の針は8時を刺している。
「あ……あれ……俺、どうしちゃったんだろう。って俺負けてるよ。うぉぉぁあ」
どうやら俺は戸叶との試合前からの記憶がごっそりとぬけてしまっているようだ。
「敦志、これで通算5025勝1敗だね」
俺はいつものように悔しがる。戸叶は俺の顔をじっと見ている。少しにやけているのが気持ち悪い。
「戸叶。お前なんか嬉しそうだな。いつもの事だけど俺に勝ったのがそんなに嬉しいのか?」
「え、ううん。何でもない。またチェスの勝負しようね。じゃあね」
「あ、ああ。ところで何でこんな朝早くに俺んちに来たんだ?」
俺が声を掛けたときにはあいつは俺の家から去っていた。
「変な奴」



キングから教えてもらった秘密はあたしの心の中に大切にしまっておく事にした。
なんでって?せっかく新しい友達が出来たんだもん。
そういえば彼女名前もまだ決まってなかったね。
どうせならあたしが名前を付けてあげないとね。
これからの彼との学校生活がちょっぴり楽しみになった私なのでした。








そういえばポーンは4種類に出世できるって言ってたっけ。





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