まえがき

TS解体新書、500万hit誠におめでとうございます。

僭越ではございますが、完全オリジナル作品を寄贈致します。皆さまに愛されるホームページであり続け、これからも夢のある素敵な作品を読めることを楽しみにしております。

 TSの基盤、ゼリージュースを作った偉大な一人toshi9様へ
                                        村崎色







『正義の謀反―ジャスティスハンター―』(前編)

作:村崎色



曰く、陣保町を守る正義の使者が謀反を起こす。

信じられない噂が町を覆った。陣保町には正義の使者が多い。かつて敵だった正義の使者たちも、今ではすっかり打ち解けて仲間のように助け合い悪事を起こす怪人を共に倒しあった。

 それが……私の目の前で、信じられないことが起こっていた。

「待ちなさい!――エンジェル・ヴェネーレ!」

 現場に駆け付けた私の眼に、人間を懲らしめる仲間の姿が映りこんでいた。エンジェル・ヴェネーレも正義の名のもとに戦ってお互いを打ち明けた私の仲間だった。それが、男性を裸にして悦んでいた。これはヴェネーレの得意技の催眠音波―サイコキネシス―である。目に見える攻撃ではなく、目に見えない攻撃で相手を追い詰める技である。

 ヴェネーレの正義は『黙秘』である。口で喋るのではなく、黙ることで必殺技を身につけた正義の使者である。

 ベクトルが真逆故か、ヴェネーレは口数が少なくても仲の良い人物であった。親友と言えるかもしれない。

 そんな彼女が、私の眼の前で悪事を働いている。正義を穢す面汚しと成り果てていた。私は、親友のヴェネーレに指を突き刺した。

「悪事を働く者は、――正義の使者、エンジェル・メビウスが許しません!」

 苦渋の選択だ。仲間を取るか、正義を取るか。誰でも逃げ出したくなる場面、瞬間は必ずある。私にとってそれが今この時この瞬間だっただけのこと。

 私の正義は『運命』だから。私が選んだ道がすべて正しくなる能力。

「ごめんね、ヴェネーレ!!」

 涙を流しながら私はビームリボンをヴェネーレに放つ。意志を持ったようにヴェネーレに絡みついたビームリボンは電気を流してヴェネーレを焼き焦がす。

「…………」

 苦しみ悶える中でヴェネーレが嗤った気がした。そして、ヴェネーレは跡方もなく消えていった。仲間をこの手で始末しなければならないのも正義の務め。悪は正さねばならない。正義もまた、堕ちれば悪に染まってしまう。

 義理も人情も必要ない。全ては正義という正しさのみが生きれば良い。『悪い』噂が撲滅するまで、私は闘い続けなければならない。人々が安心して眠れるように。ただそれだけを願って。――私は静かに一滴の涙を流した。

「…………なんて、綺麗言を抜かしているよ」

 立ち去ろうとしたその瞬間、何者かが私に声をかけた。

「ダレ?」

 背後には誰もいない。エンジェル・ヴェネーレがいた焼き焦げたすすしかそこにはない。

「ここにいるよ。良く見て」

 いや、間違いなく背後にいる。焼き焦げたスス……それは私の勘違いで、黒ずんだ水滴だとわかった。

 水滴は意志を持ったように集まり始め、再び物体を形成していく。エンジェル・ヴェネーレにそんな能力はない。いったい何が起こっているのか私には理解が出来ずに事が収まるのを待つしかない。

 水滴は次第に『人間』の形になり、黒一色が次第に部分的に染まっていき、一人の人物へと姿を変えた。

「えっ……そんな…………」

 私が驚愕した。私の目の前に現れたのは、『エンジェル・メビウスーわたしー』だったのだ。

 ビームリボンまで装備しており、完全に瓜二つの私と対峙する。

「私の名前はジャスティスハンターって言うの。短い時間だけどよろしくね」





 メビウス(ジャスティス・ハンター)が自己紹介する。正義狩りという怪人だった。

「じゃあ、本物のエンジェル・ヴェネーレはどこ?」

「始末したよ。催眠音波―サイコキネシス―は厄介だったけど、「助けて」くらい言えれば状況は変わったかもしれないわね」

「ウソ……」

 ヴェネーレを倒したなんて信じられない、それに、ヴェネーレがこの世にいないことも信じられない……

「だから、正義と名のつく者は私には絶対かなわないんだって。だって――」

「きゃあ!」

 メビウスが私にビームリボンを飛ばしてくる。油断していた私はつかまり、腕を取られて高枝に貼りつけられてしまった。

「あなた達の正義はすべて矛盾しているんだから!」

 メビウスが断言した。

「矛盾、ですって?正義に矛盾なんてあるものか!正義は必ず勝つ――それは何時の世でも確乎不動のものだ!」

「不動は退化だよ。成長、進歩、促進。それが私の勝因よ」

「悪が成長するのなら、私がやっつけてやる。今の内に芽を摘まねば、悪害がさらに強まる!」

「ふふ、正義の対義語が悪だと思わないで。教えてあげる、正義の対義語は、正義よ」

「そんなはずはない!正義は正義に敗れない!正義と正義は共鳴するんだ!」

 おかしい……会話をしながら私は疑問に思う。私の言葉もまた、自分の正しいと思う道を正当化してくれる。それがメビウスを前に揺れ動いている。私が必死になって力説するのは、単に正義を否定されるからじゃない。私の自信がメビウスを前に削られているのを感じているからだ。

(どうして、力が発動しないの?)

 メビウスを前に――そこで私ははっとし、メビウスはその表情にニヤリと笑った。

「私はあなたの能力すべてをコピーしている。あなたが『運命』を司るなら、私も『運命』を司る。あなたの正義は能力に頼った偽物よ」

 メビウスのせいで、私の『運命』という能力は、メビウスの言葉を正当化していた。そのせいで、私の正義は揺れ動いていた。

「ち、ちがう。能力は技の一部にすぎない。私の正義は、自分を信じて歩くことなんだ」

「だから、正義の使者として選んだ瞬間にそれはエゴになるの。戦うことを望んだんでしょう?正義という名を借りて戦いを好むんでしょう?平和とかけ離れた道へ進んでなにが正義よ」

「誰かが戦わないと、平和は来ない」

「本当かしら?悪を作るものこそ私は悪だと思うけどな。本当に悪を望んでいるのはダレ?戦いを無意識に望んでいるのはダレ?」

 メビウスが私に訴えかける。悪を作り出すもの、悪を倒そうとしているもの、それこそ悪だとメビウスは力説する。悪を必要としているもの、それは――

……正義―わたし―だ。

「これから悪の戦いを見せてあげる。悪には悪の望む平和がある。その一瞬を垣間見なさい」



(中編へ)


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