くろいはね
作:今




 ずいぶんと長く眠っていた気がする。
 眠っている間に、世界は様変わりしていた。
 空高く搭を建て、地を石で固め、闇を消すかのように灯される光…。
 たった数世紀でここまで世界を変えてしまうとは、凄いな人間。人間が何をしようが俺には関係ないけど。

 俺は悪魔に分類される存在らしい。名前は秘密だ。そんな有名でもないし。
 大昔、というより俺という存在が生まれた頃は神だった。
 辺境の地域でひっそりと信仰されていた程度の存在だが、一応は神だったのだ。
 ある時にやってきた別の宗教に悪魔扱いされた事により、現在では悪魔という事になっている。
 神や悪魔の界隈ではよくある話である。

 まあ俺がどんな存在でも、やることは同じだからどうでもいい。
 せっかく目が覚めたことだし…遊ぶか。
 とりあえずこの時代の情報を得る事にしよう。
 誰かいないかな?できれば女の子。
 辺りを見回す。
 あれはちょっと歳食いすぎ、嫌いじゃないけど今回はパス。こっちのは胸大きすぎ、今はそういう気分じゃないからパス。
 あそこの小娘は…何あの化粧?おっさんには理解できん、パス。あの娘は幼すぎ、数年後に期待。
 あ、あの子がいい。小柄だし、胸も控えめ、変な化粧もしていない。
 そうと決まればさっそく…。

============================================
 すっかり暗くなってしまった道を、私は一人歩いていた。
 私としたことが、こんな時間まで話し込んでしまうとは…。
 最近この辺りで怪しい男がうろついているという話をすみれが言っていた。怖い話だ。
 できればそういう人とは出会いたくないものだ。

 そんな事を考えていると、急に体に違和感を感じた。
 何かが入り込んでくるような気配。それと同時に、腕の感覚がなくなった。

「あ、あれ?」

 腕が動かない。手に持っていた鞄が地面に落ちる。
 だらん、とぶら下がった腕を動かそうと力を入れようとしてもうまくいかない。
 まるで腕だけが私のものじゃなくなったかのような…。

『腕、完了』

 頭の中で男のような太い声が聞こえた気がした。
 それと同時に、私の腕が動き出す。私の意思とは無関係に。

『うん、なかなかいい感じ』
「な、なによこれ!」

 ワケが分からない。私の腕なのに、私のものじゃないかのように動く。
 とりあえずこの場から逃げようとするが、走り出す事はできなかった。何故なら…

『脚、完了』

 すでに脚の感覚もなくなっていたから。

「ど、どうなってるのこれ…」
『まあまあ気にせずに。すぐ済むから』
「何が…………全身、完了!うん、いい身体してるね♪」

 急に声が出せなくなったかと思うと、次の瞬間には口が意志とは無関係に声を紡ぎだす。
 私の身体は、いつの間にか全く自由が利かなくなっていた。

『な、なによこれ!?なんなのよあなたは!』
「なにって…俺は私よ?」
『わけが分からないの…あれ?なに、何かくるの!?』

 まるで、心まで少しずつ蝕まれていくような感じ。

「私は…佐々木双葉だよね♪」
『ちがう、それは私!あなたじゃない!』
「何言ってるの。あなたも私でしょう?」
『え?あれ?…そうだっけ』
「そうに決まってるじゃない。『俺』は誰?」
『ささき…ふたば?』
「うん、じゃあ『私』は?」
『…ふたば』
「ほら、同じでしょう?」
『うん…そう…なのかな』

 もうなにもわからない。
 『わたし』はふたば。『おれ』もふたば。
 『わたし』は…『おれ』?
 うん、きっとそう。そうだとおもう。
 『わたし/おれ』…は、ささきふたば…。

「心の乗っ取り、完了♪」

 『私』は佐々木双葉。
 どこにでもいるごく普通の女の子。
 趣味は音楽鑑賞。最近は洋楽に興味があるかな?
 特技はテニス。一応テニス部でレギュラーだよ。

 …こんなかんじかな?
 人間に憑くのは久しぶりだけど、うまくいったみたい。
 さて…とりあえず帰って自分の身体を楽しもうかな?
 私は双葉の家へと向かうことにした。

 しばらく歩いていると、後ろで気配がする。
 立ち止まると、後ろにいる誰かも止まった。
 歩き出す。後ろの誰かも歩き出す。
 止まる。後ろも止まる。
 …偶然じゃなさそうだね。
 さてどうしようか。
 今までの双葉なら全力で逃げるのが一番だけど、今は『俺』がいる。
 時間的には早く帰りたいところだが…ま、先に遊んでおくのもいいだろう。
 俺は人通りのない路地へ曲がった。後ろの誰かも追いかけてくる。
 すかさず路地に結界を張る。これで多少の騒ぎが起きても気づかれることはない。
 後ろを振り向き、後ろの誰かと向かいあう。
 50過ぎくらいの男がいた。茶色いコートを着た、禿頭のおじさんだ。

「〜〜〜〜〜〜」

 男が何か言っているが、どうでもいい。
 俺が遊ぶと決めた以上、このおっさんが誰で、何を考えていても関係ない。
 自分の行動を後悔するがいい、人間。

 悪魔としての自分の力を使うために、『黒い翼』を広げる。
 双葉の背中から、本来なら絶対に存在してはいけない翼が生える。服が破れるが、気にしない。後で直せる。
 ありえない光景に、男の顔が歪む。
 驚いた?驚いてくれた?じゃあ次は怖がってくれ。
 ゆっくりと男に向かって手をかざす。
 俺は翼を広げる事でいくつかの能力が使えるが、一番得意なのは『変えてしまう』能力だ。
 相手の肉体を、心を、現実を捻じ曲げ、それが正しいように『変え』られる。これが俺の娯楽だ。
 まずは身長から変える。双葉より少し背が高いくらいがいいかな。
 コートの中に身体が埋もれていく。
 …相手が女の子だったらそそる光景だが、おっさんだとありがたみがない。
 よし、顔変えるぞ、顔。美少女だ、美少女にするぞ。
 顔全体を小さめに、目は大きくパッチリ、唇は艶っぽく、鼻は小さめ。
 ほうら、髪を生やしてやろう。女の髪だけどな!
 ロング?うん、ロングがいい。黒髪ロング。
 顔の変化に気づいたのか、男は手で顔や髪に触れる。身体が小さくなっていることにも気づいたようだ。
 ま、気づいたところでどうにもできないけどね。
 次は体型だな。
 肩幅を縮める。細く細く、思わず抱き締めたくなるくらいに。
 腰も細く細く。キュっと引き締まったウェスト、ヘソも綺麗にしてあげよう。
 尻は大きく大きく。思わず触りたくなるほど、魅力的なヒップをプレゼントしよう。
 脚を内股に、全身の筋肉をやわらかく変化させ、肩もなで肩に。
 どんどん変わっていく肉体。男は泣きそうな顔してる。
 泣くなよ、俺が悪者みたいじゃないか。悪者だけど。
 今度は胸を変えよう。
 大きく大きく膨らませる。ぐんぐんぐんぐん膨らんでいく。
 乳輪を広げ、乳首を変えて、感覚を変えて、大きなおっぱいを作り上げる。
 双葉より大きく膨らんだ胸。うん、巨乳は他人に与えるべきものだな。俺自身がなりたいとはまったく思わないが。
 自分の胸に驚愕する男。だが、驚くのはまだ早い。
 男のシンボルを、女の物に変える。
 変化に気づいた男は股間に手を伸ばす。彼の、いや彼女の手の中で、彼の象徴は失われていき、新たな器官が生まれていった。
 これで、男物を着た美少女の完成。
 ここでこの娘を襲ってもいいんだが…そろそろ帰らないと双葉的にまずい。俺には時間の操作はできないし。
 かといってこのまま捨てておくのも勿体無い。どうしたものか…。
 ああ、そうだこうしよう。
 俺は最後の仕上げに取り掛かった。

「…お姉ちゃん、お姉ちゃんってば!」
「ん…あ、ふたば?」
「やっと目を覚ました。突然倒れたから心配したじゃない」
「ごめんごめん。何で倒れちゃったんだろうね?」
「さあ?とりあえず帰ろうよ。お母さん達が心配してるよ?」
「うん、そうだね」

 先程まで『存在すらしていなかった』、お姉ちゃんと一緒に、『私』は家へと向かい始めた。
 お姉ちゃんは私と同じ制服を着ている。一学年上の、頼りになるお姉ちゃんだ。
 黒くて長い綺麗な髪と、大きなおっぱいが魅力的。女の私でもそそられちゃう。私の場合は『俺』の影響が大きいんだけど。
 まさかこのお姉ちゃんを見て、さっきまで禿頭のおじさんだったとは誰も思わないだろうね。
 さあて、帰ったらお姉ちゃんとゆっくり遊ぼう!

 帰宅中、お姉ちゃんとの会話と双葉の記憶から現代の知識を学ぶ事にした。
 日常生活に関ることから勉強についてのこと、噂話やおばあちゃんの知恵袋など、大体の事は分かったと思う。
 ショッキングだったのはショーグンやサムライが既にいない、ということだね。ショーグン様は一度見てみたかったので残念だ。
 ショーグンという言葉に反応して双葉の記憶からある人物が浮かんだが…忘れる事にした。この島国にいなければどうでもいいし。

「…ふぅ」

 帰宅後、お風呂で色々堪能した私はベッドの上でくつろいでいた。
 なかなか感じやすくていいね、この身体。だから人間の女はやめられない。
 神や悪魔にとって、人間の女というのは刺激的な存在だ。
 人が捧げてくる生贄も大抵は女性だし、地上に降りた天使が女に溺れて堕ちるというのもよくある話である。
 まあ自分が女になって楽しむ場合、人間であろうが悪魔であろうが関係ないけどね。
 それにしても、お母さん美人だな…。
 実年齢より若々しいし、キリっとした眼がカッコいい。そして時々見せる優しげな表情が印象的なんだ。
 さらに子持ちとは思えないくらいプロポーションがいい。双葉としては憧れるね。
 『俺』としても『私』としても、この母親は魅力的だ。
 真剣に彼女がほしいんだが…父親が邪魔だな。どうしようかな?

1.殺す→後味悪すぎ。今時そういうのは流行らない。却下。
2.父親を乗っ取る→男の身体なぞいらん。却下。
3.何らかの理由で家にいられない状態にする→方法が浮かばない。保留。

 あまりいい手段は浮かばないな。
 となるとやはり…いつもの方法だよな?

============================================
「な、なんなの、これはぁ!」
「ふふふ…暴れちゃ駄目だよ、お父さん♪」
「い、一体どうなってるのこれは!双葉は羽が生えるし、あたしは、あたしはぁ!」
「ふはははは!ねえ!どういう気分!?少しずつ自分が別のものになるってさぁ!」

 やっぱ楽しいねえ、人間を変えちまうのはさぁ!そして男を女に変えるのは最上の娯楽だ!
 変えちまった上で、奪ってやるよ!あんたの最愛の妻をよぅ!家族をよぉ!


 話は二時間前までさかのぼる。

「お母さん、ちょっといい?」
「うん?双葉、どうかした?」

 居間でくつろいでいたお母さんに話しかける。
 お風呂から上がったばかりらしく、身体がぽかぽかしている。

「ちょっとお話したいなって。隣、座っていい?」
「ん、いいよ」

 お母さんの隣に座ると、お母さんの匂いがした。いい匂い…。
 っと、お母さんを堪能する前にやる事があったっけ。

「お母さんって、美人だよね」
「あら、褒めても何もでないわよ。双葉だって可愛いわよ」
「そう?お母さんに似たんだね」
「そうねぇ。…体型は似なかったみたいだけど」
「お姉ちゃんに吸われました」
「あははは、一葉の発育は確かにいいわね」
「そうだねぇ」

 羨ましいとは思わないけどね。私は私の魅力がある。お姉ちゃんも好きだけどね。
 一葉お姉ちゃんの事に関する記憶の改変もうまくいってるみたいだね。失敗するわけないけどさ。

「それにしてもお母さんのおっぱい、大きいよね」
「大きいのも大変だけどね」
「…触っていい?」
「なんで?」
「なんとなく」
「もう、子供じゃないんだからママのおっぱいから卒業しなさいよ」

 お堅いねぇ。だがそれがいい。
 その方が堕ちた時にいい表情を見せてくれるんだよねぇ。

「お母さん、私の眼を見て?」
「え?」

 目が合った瞬間、お母さんの目が虚ろになる。
 お母さんの心の中で、いろいろな物が書き換えられていく。
 『魅了』成功。これでお母さんは私の虜。

「お母さん、おっぱい触っていい?」
「うん、お願い…」

 同意も得た事だし、遠慮せずに楽しんじゃおう。
 服の上からおっぱいに触る。
 あ、ノーブラだぁ。やわらかぁい。触ってるだけで気持ちいいや。
 私の胸も少し大きい方が…まあ気が向いたらそういう風に変えようっと。

「双葉、わたしのおっぱい、どう?」
「…柔らかくて、温かくて、気持ちいいよ」
「そう、よかったぁ」

 安心したかのように落ち着いた表情になるお母さん。
 今のお母さんにとって、私に嫌われない事が一番大事だからね。
 ああもう我慢できない!
 いつのまにか私はお母さんの服を脱がし、おっぱいを直接揉んでいた。

「ああ、双葉、いい、いいわぁ」
「ねえねえ、気持ちいい?お母さん、気持ちいい?」
「うん、気持ちいいわよぅ」

 うーん、やっぱお父さんなんかにお母さんは勿体無い!
 私が、『俺』が、お母さんを独り占めするんだ!

「お母さん、キス、しよ?」
「え!?双葉、本気?」
「うん」
「でも…わたし達親子よ?女同士よ?」

 お母さんの中にかろうじて残っていた常識が抵抗する。
 でも無駄だよ。お母さんは私の虜だもの。

「でもしたいの。駄目?」
「…うん、しよう。わたしも双葉とキスしたい」

 ほらね。
 そっと唇を重ねあう。

「ん…」

 お母さんの顔が近い。やっぱり、お母さん綺麗だね。
 互いの胸が触れ合う感覚、唇から、胸から伝わってくる体温。
 いつしか、私達は互いの舌を絡めあいながら、互いを求めていた。

 …そろそろいいかな。
 『俺』は翼を広げる。お母さんはキスに夢中で気づいていない。
 翼で俺とお母さんを包むようにして、『変え』始める。
 肉体的に変えることはない。変えるのは記憶。
 俺の都合のいいように、お母さんの記憶を改竄してしまう。
 …よし、これでいい。
 あとはお父さんが来るまでお母さんと…。

―二時間後

「な、何やっているんだお前達!」

 うんまあ驚くよね。帰ってきたら嫁と娘が絡み合ってんだもん。しかも娘は翼生えてるし。
 それにしても部屋中が羽根だらけだ。なかなかいい光景だが、掃除が大変そうだな。

「一体なんなんだこれは!葉子、何をしているんだ!」

 うるさい奴だ。男の声で怒鳴られるのは不快でしかない。
 亭主関白気取りか?うっとうしい。まあそれも今のうちだけか。
 …あ、ちなみに葉子ってのはお母さんの名前な。

「葉子、答えなさい!」
「…あなた、だれ?」
「何を言っているんだ、夫の顔を忘れたというのか!?」
「…わたしの夫は数年前に他界しました。夫を騙るあなたは誰?」
「ふざけるな!」

 うん、普通そうだよな。ふざけているようにしか思えんわ。
 でもそうじゃないんだな。お母さんはお前の事なんか既に忘れてるんだから。
 お母さんの夫、即ち私のお父さんは既に死んでいる事になっているのだ。
 こうすることで、これから起こる事に対する矛盾を回避できる。

「お母さんはふざけてないよ、お父さん。ふざけているのはあなたの方だ」
「…双葉、そのおもちゃを取りなさい」

 ああ、この翼がおもちゃに見えると。まあ普通生えてないから当然の反応か。

「お父さんはもういちゃいけないんだよ」
「いい加減にしなさい!」
「いい加減にするのはてめえだ。もうお母さんは『俺』のものなんだよ」

 そう、お母さんは俺なしじゃ生きられない。俺の事しか愛せない。
 もうお前の居場所はお母さんの隣じゃないんだよ。
 …それにしても、自分の身体の変化に気づかないのかねぇ。怒りでそこまで頭回んないか?

「ねえ、自分の身体を見てごらん」
「!?な、なんだこれは!」

 自分の身体を見て、お父さんはやっと自分の変化に気づく。
 身長がぐんぐん縮んでいく。
 やや大柄だった体が、お姉ちゃんよりも、双葉よりも小さくなる。
 身長の変化が収まった頃には、どう見ても子供にしか見えない状態だった。
 もちろん、このままで済ましてやるわけがない。
 股間のふくらみが消失し、胸がほんのかすかに膨れ、全身が細身になり、髪が肩の辺りまで伸びる。

「な、なんなの、これはぁ!」
「ふふふ…暴れちゃ駄目だよ、お父さん♪」
「い、一体どうなってるのこれは!双葉は羽が生えるし、あたしは、あたしはぁ!」
「ふはははは!ねえ!どういう気分!?少しずつ自分が別のものになるってさぁ!」

 やっぱ楽しいねえ、人間を変えちまうのはさぁ!そして男を女に変えるのは最上の娯楽だ!
 変えちまった上で、奪ってやるよ!あんたの最愛の妻をよぅ!家族をよぉ!
 何もかも変えちまえ!お母さんの夫だったことも!男だった事も忘れちまいな!

「おい、気付いているか?気付いてないよなぁ!自分の記憶が変わっていくのによう!」
「…え?ええと…あたしは…葉子…お母さんの娘で…三葉?あれ?違うよね!?違うはずだよね!?」

 ははは、もう男だった事も思い出せないか!早いな。

「いいや、あってるさ。あなたは三葉。私の妹だ」
「…そう…だっけ?双葉お姉ちゃん、本当?」
「本当だって。ねえ、お母さん」
「うん、三葉はわたしの娘よ…」
「そ、そうだよ…ね?あたしは…三葉だよね?」

 そう、お前は三葉だ。お母さんの夫なんかじゃない。
 あなたは『私』の妹。可愛がってあげるからね。

「ほら、三葉もおいで。私達と遊びましょう?」
「う、うん…」
「そこで覗いているお姉ちゃんもね!」

 お姉ちゃんは素直に部屋へ入ってきた。
 頬が紅潮している。まさか私達を見て、一人でしてたんじゃないでしょうねぇ?
 まあいいわ。今夜は皆で楽しみましょう。

 私達の宴は夜遅くまで続いた…。

 目を覚ますと、お母さんがこちらをのぞきこんでいる。

「おはよう、双葉」

 そう言いながら、私にキスをしてくる。
 私も舌でそれに答える。
 おはよう、お母さん。

 お母さんは朝ご飯の支度。
 お姉ちゃんと三葉はまだ寝ている。まあ昨日は夜遅かったからね。もう少し寝かせてあげよう。
 今は一秒でも長くお母さんと一緒にいたい。私はお母さんの手伝いをする事にした。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか遅刻ギリギリの時間帯だった。
 お姉ちゃん達はすでに出かけている。声くらい掛けていってほしいものだ。
 名残惜しいが…まあ帰ってくればまた会えるんだから我慢しよう。

「それじゃ、行ってきまーす!」
「双葉、気をつけてね…なるべく、早く帰ってきてね?」
「努力はするよ!」

 お母さんに見送られて登校する。なかなかいいものだ。
 こういう、何気ない日常って素晴らしいよね?
 この幸せ、絶対に手放したくない。あの時のような思いはしたくない。
 お母さんを護るためなら、『俺』は悪魔の名を甘んじて受けよう。私はそう心に誓う。

 まあそれはさておき、学校へ行ったら何をしようか。
 ただ授業というものを受けるだけじゃきっと退屈だし。
 何か面白い事を…。

「おはよう、双葉!」

 後ろから声を掛けられた。
 振り向くと、私と同年代の女の子。
 この娘は…すみれだ。大橋すみれ。
 私の親友で、テニスでダブルスを組む相棒と、『双葉』の記憶が教えてくれる。
 うん、やっぱり身体を乗っ取るのは便利だね。記憶から細かい癖まで、全て知る事ができる。
 元々の双葉の意識も取り込んでるからか、『俺』も自然に振舞える。
 今の私は、『人間』であり『悪魔』でもある、なんか凄い存在なのだ。まあそれがどうしたんだよ、
って話でもあるんだけど。

「…おーい、双葉?」
「あ、ごめんすみれ。おはよう」

 いけないいけない。ちゃんと今までどおりの双葉として振舞わないと。
 私はいつもどおりの挨拶を返す。よし、完璧だぞ、私。
 だが、すみれは不思議そうな顔をする。

「どうしたの?」
「ん…いや…うん、なんでもない」
「ならいいけど…大丈夫?気分が悪いとかじゃない?」
「うん、大丈夫。やっぱあたしの気のせいだね」

 すみれは笑顔を返してくる。
 危ない危ない、バレたかと思った。たまにいるんだよ、『俺』に気付く勘のいい奴が。
 バレたとしてもその時は『変え』ちゃうだけだし、普通にしてれば誰も気付かないけどね。

 その後、特に何もなく昼休みになった。
 いつもの双葉なら皆と昼食をとるところだけど、今の『俺』は遊びたい気分なので席を外させてもらった。
 さて…学校で遊ぶにしても、何をするべきか。
 いくつか構想はあるけど…まあとりあえずはあそこからかな。

 職員室についた。
 中に入ると同時に、『俺』は翼を広げる。
 扉を開けた事により、何人かの教師は俺の方に視線を向けてきた。その瞬間、変化が始まる。

 柔道で全国大会に行ったことが自慢の30代の教員の身体から筋肉が失せ、服の下からでもわかるほどの大きな胸が形成される。
 丸太のような腕は細く柔らかく、脚もむっちりとしたものに変わる。
 髪は長くウェーブのかかったものに変わり、服装はシャツとジャージというものからブラウスとロングスカートへ。
 顔つきも柔らかくなり、視力2.0が自慢だった眼に厚いレンズの眼鏡が掛けられる。
 暑っ苦しい印象しかなかった体育教師は、おしとやかな雰囲気を漂わせる女性になった。

「え、な、なんだこれ!?」

 自らの変化に驚いている。今までの自分と正反対の存在へと変わる気分はどうかな?
 だけど、まだ終わりじゃないんだよね…。内面の『変化』が始まる。

「お、俺…どうなって…おれ…?わたし、なんで『おれ』なんて…?」

 男として育った記憶が、少しずつ女としての記憶に侵食されていく。
 柔道で活躍した記憶は、女子水泳部を優勝へと導いた記憶へ。
 男同士でサッカーをした記憶は、女の子同士でショッピングに行った記憶へ。
 女性とのセックスの記憶も、男性に抱かれたものへと変わる。
 ありとあらゆる記憶が、女性のものに変わっていった。

 こうして、ゴリラとあだ名されていた体育教師は、人魚と呼ばれ、生徒達の憧れの的となっている体育教師になった。

 周りの教師達にも変化が起きる。
 中年の国語教師は胸の小ささを気にしているボクっ娘に。
 ヒステリックな数学担当のおばさんは、内気な新任教師に。
 科学担当で女子に人気の二枚目教師は、三つ編みでぐるぐる眼鏡(勿論はずすと美人)の少女に。
 古文の真面目な男性教師は、スタイル抜群で露出の高い服が好きな御姉様に。
 親しみやすい柔和な笑顔が特徴の男性音楽教師は、ちょっとぽっちゃりとした女の人に。
 学年主任の男性英語教師に至っては、ゴスロリの似合う銀髪の少女(成人はしているので安心)に。

 翼を見た教師はもちろん、見ていない教師も、舞い散る羽根が触れただけで変化する。
 こうして、誰一人自分の変化に気付くことなく教師達は全員女性へと変わっていった。

 うん、美人教師ばっかりだ。
 ただ、結婚してた教師の奥さんにはかわいそうな事したかな?多分今頃男に変わってるだろうし。
 本当は変えたくないけど、女同士で結婚はまだしも、子供がいた場合大変な事になるからね。
 その場合、面倒な奴らを相手にしなくちゃいけないからね。
 さて、そろそろ教室に…。

「へえ、面白い翼じゃない、双葉」
「え!?」

 振り向くと、すみれがいた。
 舞い散る翼を気にすることなく、いつの間にか私の近くまで来ていた。
 羽根に触れても…変化しない!?
 今舞っている羽根は、『変える』能力の塊のようなもの。
 触れればどんな人間だって『変わって』しまうはずなのに…。

「う〜ん、なんかいつもの双葉と違うと思ったら…こういうことだったのねぇ」
「な、何で平気なんだよ!羽根に触ってるのに!」
「ああ、これ?やっぱこれが原因なのか、先生達の変化は。みんな綺麗になったわねぇ…」

 …すみれの記憶が変化してない。
 教師達が変化した時点で、生徒達の記憶の中の教師の姿も今のものに『変わる』はずなのに…

「ああ、こういう力はあたしには効かないから。そういう体質なの」
「そうか…俺もついてないね。こんな近くにそういう人間がいるなんてな」

 たまにいるんだよ、こういう人間が。
 神の奇跡も、悪魔の魔術も、ありとあらゆる能力が一切効果を発揮しない人間が。
 万事休すか…。

「ついてない?何を言ってるの。別にあなたをどうこうする気はないわよ?できないしね。ただ…」
「…ただ?」
「こんな楽しそうな事、親友のあたしに黙ってするなんてひどいじゃない?」

 …は?なに?どういうこと?

「鈍いわねえ。一緒に遊ばせろ、って行ってるのよ!」

============================================
 なんでこんなことになったんだろう。
 今日は早く帰ってお母さんと遊ぶつもりだったのに…。

 私とすみれはテニスコートにいる。
 目の前にいるのは男子の部長、敏章。周りのギャラリーも男子ばかり。

「じゃあ確認するわね。あたしが勝ったら男子がコート使うのは控えてもらうわ」
「俺が勝ったら、女子がコート使うのは禁止な」

 我が校のテニス部は伝統的に男女の仲が悪い。
 発端は男子が女子の着替えを覗いたとか、そんな話だったらしい。
 また、女子は大会で成績を残しているのに対し、男子は泣かず飛ばず。
 そんなわだかまりもあってか、両者の関係が修復される事はなく、コートの使用ですら揉める有様だ。
 …ま、それも今日までだけどね。

「だが、お前が女子のエースだからといって、男子の俺とまともにやりあえると思うのか?」
「やってみればわかるんじゃない?」
「…ふん。女にゃ負けねーよ」

 敏章はコートの端へと向かう。っと、その前に一芝居。

「あの…敏章さん」
「あ…双葉さん」
「これ…受け取ってください」

 『俺』はお守りを渡す。渡す時に、敏章の手に触れる。
 さらに敏章の目をじっと見て『魅了』する。お母さんの時もやったが、これくらいなら翼を広げなくても使える。
 すみれの話では元から『双葉』に好意を抱いていたみたいだから、すんなりとかかってくれる。
 そして俺は、敏章にそっと命じた。

「     」
「う、うん…」

 そう言った後敏章から離れ、誰にも気付かれないように、コートから出た。

「こういう使い方は久しぶりだな…」

 コートから離れたところで翼を広げる。
 誰にも見られていないことを確認し、空を見つめる。
 静かに風が吹きはじめる。
 俺が変えられるのは人間だけではない。気圧を変えれば天候だって操作できる。
 もちろん人を変えるより大変なのであまり使う事はないが、今回は屋外なので誰が見ているかわからない。
 あまり翼は見てほしくないのだ。余計な奴らを相手にする可能性が増えてしまうから。
 風はテニスコートへと向かって吹き荒れる。風に乗って、俺の羽根が舞った。
 よし、準備完了。後は高みの見物と行こうか。
 『私』はすみれの応援へと向かった。

「はいはい、40−0だよ、敏章くん?女には負けないんでしょう?」
「う、うるさい!これからだこれから!」

 あ、もう効果でてるね。
 コートには先程飛ばした羽根が散らばっている。
 そして、先程より髪の長さが伸びた敏章がいた。よく見ると体格も少し小さくなっているような。
 周りのギャラリーも同様の変化がおきているが、誰一人その異常に気付く事はなかった。
 うん、みんな羽根に触れてるみたいだね。後は勝手に変わってくれる。

 敏章がサーブを打つ。敏章が打つ球は速い事が売りだった。だが、今彼が打った球にその速さはなかった。
 すみれはその球を楽々打ち返す。その球も対して速くないうえに、敏章いるほうへと返っていく。
 普通なら返せる球だ。だが、敏章は空振りした。

「はい、1ゲーム。このまま1セット頂くね」
「さ、させない!…あれ?」

 敏章から発せられた声はいつもより高めだった。少し違和感を感じたようだが、その原因に気付く事はできない。
 身体にも変化が起きる。髪はまた少し伸び、身体もまた少し小さくなる。
 もちろん、周囲のギャラリーにも(個々の変化の差はあるが)変化がおきる。

 仕掛けはたいしたものじゃない。
 羽根には、あらかじめ『すみれが点を取るたび、肉体が女性へと変化する』という条件で『変化』させるように能力を仕込んでおいた。
 後は一度でも羽根に触れてくれれば、後はじわじわと変化するさまを見ているだけでいい。
 もっとも、すみれが試合に勝てなければ意味がないんだけど…もちろんその対応もしてある。
 敏章に私が命じた事はただ一つ。『勝たないでくださいね』、という事。
 これで敏章は、『この試合に負ける』ことに全力を尽くさねばならないのだ。本人も気付かないうちに。

「30−0!さあどんどん行こうか!」
「う〜、負けないからな!」

 やがて髪は腰まで伸びて、

「2ゲーム目〜♪」
「う、うるさい!次が、次があるよ!」

 身体はすっかり小さくなり、

「3ゲーム」
「…次こそ勝つもん」

 筋力はすっかり衰え、

「4ゲーム目…ほら、どうしたのかなあ、男子の部長さん?」
「う〜」

 身体全体が丸みを帯びていき、

「5ゲーム!後1ゲーム取ればあたしの勝ちだよ」
「ここから!ここから逆転してやるんだから!」

 胸が大きく膨らみ、

「はい、おしまい」
「そ、そんな…ボクが、ボクが負けちゃうなんて…!」

 そこにいる『少女達』に、男としての面影は全くない。いつの間にか、着ている服も女子の練習着になっていた。

「じゃ、約束は護ってもらうよ」
「わかってるよ。男子はコートを…男子?」
「あら、敏子ったら約束忘れたの?女子テニス部全員、(いろいろな意味で)仲良くするようにって約束でしょ?」
「敏子…うん、そうボクは敏子だよね。…そんな約束だっけ?」
「そうよ。ねえ、双葉」
「あー多分そうじゃない?」

 そんな事どうでもいいよ私は。早く帰ってお母さんと遊びたいんだよ。

「あら…双葉さんが言うならそうだよね?」
「そうそう。敏子は双葉の言う事なら信じるでしょう?」
「な…!すみれ!何を言うのさぁ!」
「隠さない隠さない。敏子が双葉のことを…」
「すみれ!それ以上言ったら怒るからね!」

 記憶まですっかり変わったようだね。
 それにしても、私がどうしたというのだろう?…まあいいか。
 これでテニス部も一枚岩になりました、と。

 この後、すみれは新しく女子テニス部になったみんなとシャワー室で色々やったらしい。
 私はその時には家に帰っていたのでよくわからないけど。

 さて…次は何をして遊ぼうかな?

============================================
 『双葉』となって2週間ほどたった。
 私は何の変哲もない日常を過ごしていた。
 例えクラス全員が女子になってたり、付き合っている男女の性別が逆転していたとしても、それが異常な事だと気付かれなければ『何の変哲もない日常』であろう。

「でもさぁ、なんでみんなの記憶を変えちゃうの?」

 そんなことをすみれが聞いてきた。まあ当然の事だろう。
 男が突然女になって、身体の違いに戸惑うとか最高のシチュエーションだしね。

「そりゃ、私だって記憶を変えないで反応を楽しみたいんだけどねぇ…」
「じゃあそれをやろうよ。その方が面白そうだし」
「…やってもいいけど、面倒な事になっても知らないよ?」
「面倒な事…?」
「別にいいんだけどね。相手にしても絶対負けないから」
「…まあいいわ。やるの?やらないの?」

 どうしようか?
 アレを相手にするのは確かに面倒だし危険だが、『俺』自身が楽しみたい事も事実。
 リスクはあるが、リターンも大きい。賭けるべきか…?
 よし、やってみようか。
 どうせあいつらだってあんまり人間を気にしてはいないだろうし。
 そう、『アレ』にさえ気をつければ…。

「わかった、やろう。ただ、ターゲットは絶対に子供がいない人限定ね」
「別にいいけど…何で?」
「色々都合があるのよ」

 そう、色々とね。能力の限界とか、世界のルールとか。

 『俺』の変える力は元来、『願いをかなえる』ことに使うものだ。
 『騎士になりたい』という願いには、騎士になるための家柄と知識と経験を与えた。
 『母親の病を治したい』という願いには、雑草にその病の特効薬としての効果を持たせた。(病自体を直す力はない)
 『異なる性別になりたい』という願いには…これは今と大して変わらないか。遊んでるか遊んでないかの違いはあるが。
 『邪魔なライバルを消したい』という願いには、そのライバルの存在を書き換え、恋人にしてあげた。(生命を失わせる力もない)
 『雨を降らしてほしい』という願いには、気圧に変化を与え、雨の降りやすい状況を用意した。
 『願いを叶える』のではなく、『願い通りに変える』…これが俺のやり方だった。
 ただ変えているだけだといつかは綻びが生じてしまう為、『最初からそうだった』ようにする事の方が多かった。
 その影響からか、現在でも俺が意識しない限りは世界自体が変化してしまうが、特に困った事はない。
 むしろ変な矛盾が起きて奴らに目をつけられないから便利だ。…物足りないと思うことも多いが。

「さて、誰で遊ぶ?」
「そうね…子持ちでない…子供じゃダメ?」
「未来ある子供の運命を弄ぶのは大好きだけど、今はそういう気分じゃないね」
「じゃあ大人で…子供のいない…」
「できればセックスしてない人がいい。その方が安全だ」
「だったら、あの人がいい。確実に童貞な職業の人がいるわ」
「へえ、誰?」
「それはね…」

============================================
 すみれに案内されつれてこられた場所。それは俺にとってはあまり都合のよろしくないところだった。

「…すみれさん?」
「何かな、双葉さん?」
「ここはもしかして、神に対して祈ったりするところではないでしょうか?」
「うん、そうだね」
「それで、日曜には礼拝とかしちゃったり、たまに悪魔とか狩っちゃう人もいたりするような場所では?」
「ここは悪魔狩りしてないと思うけど、まあ間違いではないんじゃないかな。よく知らないけど」

 あの宗教、俺がこの国に来た頃はむしろ弾圧されてたのに…いつの間に堂々と教会を建てられるようになったんだよ。

「もしかして、教会には入れない?」
「いやそんなことはないけど…」

 一応俺も神だったし(今は悪魔だけど)、教会に入って能力を使うくらいはできる。

「この教会にいるのは、神父だけなんだよね、神父」
「別にいいじゃん、教会なんだから」
「よくない!シスターのいない教会なんて、麺の入ってないラーメンのようなものだよ!」
「謝れ!教会関係者の皆様に謝れ!」
「あんたが言うな!条件は満たしてるでしょう?」
「まあ、確かに神父は童貞じゃなきゃなれないが…」
「ならいいじゃない」
「何か引っかかるんだよなぁ。大切な事を忘れているような…」
「忘れるくらいならたいした事はないわ!さあ、神父をシスターにしましょう!」
「…本当にたいした事じゃなきゃいいんだけどな」


 教会の中には、人のよさそうな顔をした、白髪頭の老神父がいた。

「ようこそ教会へ。お嬢さん方なにかようかね?」
「ええ、少し悩んでいる事があるんです。家族や教師達にはとても話せないような内容で…。
 どうしようかと悩んでいる時に、ここの神父様はなんでも相談に乗ってくれると聞いたんです。それで…」

 …よくもまあ、そう嘘八百並べられるものだ。悪魔の俺でも関心するわ。

「ほほう、そういうことなら任せなさい」

 そしてあんたもうれしそうに引き受けんな。

(老人って話相手がほしいものなのよね。ちょろいもんだわ♪)

 と、小さな声で囁くすみれ。
 天使のような笑顔でそういう事いうな。あと謝れ、世界中のお年寄りに謝れ。

「で、何をお悩みかな?」
「なんだと思います?」
「ふむ…お嬢さんぐらいの年頃なら恋愛や学業、友人の事が気になるのではないのかな?」
「そういう悩みの人もいるでしょうけど、あたしは違いますね」
「ということは、お嬢さんの悩みは別の事か…ふむ、やはり最近お若い子のことはわからんのぉ…」
「いえいえ、あたしの悩みはちょっと特別でして」
「なるほど、性に関する事ですな!」

 待てエロジジイ。何故そういう結論になった。
 てかなんだこの会話。回りくどい上に分かりにくいわ。

「そのとおりです!さすが神父様!」

 そしてお前も待て。何しに来たんだよ、ここに。
 そもそもこのやり取り意味があるのか?

「そうです、悩んでいるのは性に関することです。でも…」
「でも?」
「そうですね…あたしは神父よりシスターの方が好きなんですよ。だからシスターに相談する事にします。…双葉!」

 あ、出番?まったく、教会入ってすぐ始めればいいものを…。
 俺は翼を広げた。
 正面にいる神父は、その黒き翼をしっかりと見てしまった。

 俺の姿を見た神父は何か言おうとしたが…身体の変化とともに生じた痛みがそれを妨げた。
 顔に掘り込まれた皺が少しずつ減っていき、張りのある肌へと変わっていく。
 白髪混ざりの短い髪が、少しずつ長くなっていく。色は…金髪だな。シスターだもん。
 歳のわりにガッシリとした体格が、華奢なものになっていく。
 肩幅が狭まり、腕は折れそうなくらい細く繊細に、腰はキュっとくびれ、太ももはむっちりと…。
 お尻は大きくしよう。シスターといえば安産型。俺が決めた。
 着ていた服も、いつの間にか修道服へと変わる。
 胸の大きさは…シスターなら大きい方がいいだろ、常識で考えて…。
 修道服を押し上げていく胸。なだらかな平面が隆起していく。
 膨らみは服の上からでも分かるほどに大きくなる。ぐんぐんぐんぐん大きくなる。
 やがて隆起が収まり、触るととても柔らかくて温かい、そんな大きな胸が残った。
 そして既に排泄器官としてしか機能していなかったであろう股間にそびえて…いるか微妙な山を、聖人が復活した丘を髣髴させる女の象徴に。
 はい、金髪巨乳シスター…『安部さん』完成。名前で呼ぶのは禁止だ。
 そして…。

「さあ、どういう気分かな?女の人の身体は?」
「あ、悪魔め!このようなことをすれば、神の天罰が…ぁあ!」
「いい声で鳴きますね、シスター。もっとシスターの声を聞かせてよぉ」
「ひゃぁん!ダメだ!胸はダメだ!」
「大変よ双葉!シスターの弱点は…胸よ!」
「そりゃ大変だね」

 安部さんの胸を愛撫してるすみれを眺めながら、『私』は適当な返事をする。
 …やはりすみれはレズなんだろうか?そういえばすみれから男の話を聞いた記憶は双葉にもない。

「だめだ、悪魔に…魂を売り渡しちゃだめだお嬢さん!」
「魂を売る?ねえ双葉、あたしの魂いる?」
「いらない。土下座で頼まれても引き取らない」

 貰っても使い道ないから。
 そんなやり取りをしながらも、すみれの手は止まらない。
 いつの間にか二人の衣服は乱れ、ほぼ裸のような状態に。

「じゃあシスターのここはどうかなぁ?」
「ぁああっ!ダメ、そこ舐めるな!堕ちる、堕ちてしまう!」
「堕ちようよ!一緒に堕ちようよ、地の底まで!一緒なら怖くないから!」
「だ、だ、だめ、だぁぁ、ぁぁぁああああっーーーー!」
「あ、イった?」

 すみれはこれ以上堕ちないと思うわ。てか絶対レズだねこの子。
 今度お母さんと遊ぶ時誘ってみよう。

「双葉、見てないで混ざりなさい!」
「…へいへい」

 私は服を脱ぎ、すみれたちへと飛び掛った。

============================================
 全てが終わり、双葉たちが帰った後。
 神父―シスターは、礼拝堂で懺悔していた。
 悪魔に抵抗できなかった事、快楽に流された事、汚された事―そしてその快楽を求めている事。
 禁欲生活を続けてきた男の頃の生活が、今は大昔のことのように感じた。
 周囲の人たちから信頼されていた『神父様』はもういない。
 今いるのは、身体の疼きに耐え続ける、淫乱な『シスター』だけ。

 その様子を眺めている男が二人。

「兄貴、見てたかい?」
「ああ…起きたのかあの悪魔」
「どうする?」
「…またあの時のような過ちを犯すかもしれん。我らで止めるぞ」
「了解。…で、あっちの『元神父』は?」
「放っておけ。ああなったら我らではどうする事も出来ん」
「そうだね。ところで兄貴?」
「なんだ弟よ」
「あの悪魔、どうやって封印したっけ?俺記憶にねえよ」
「…我もだ。だが問題はあるまい」
「だといいけどな」

 そんなことを言いながら、男達は『白い翼』を広げて去っていった。

============================================
 その日も、いつものように過ごせるはずだった。
 具体的には、生徒会長(男)を全校生徒の前で女子に変えたり、真面目な学級委員(男)をエッチな事しか考えられない女の子に変えたりして遊んでいた。

「う〜ん、みんなの記憶も変わっちゃうのが残念ね」

 屋上でお昼ご飯を食べながら、そうすみれが呟く。
 でもしょうがない。これは証拠隠滅もかねてるわけで。
 …そういや、この間の神父の記憶は変えていない。
 周りの記憶では『以前からシスターしかいなかった』ことにはなっているが、当人は神父だった記憶を持っている。
 その事でトラブルが起きてないか確認した方がいいかもしれないなぁ…。
 そんな風に考えていた時、何かが視界に入った。
 風に乗って、ひらひらと舞い踊る『白い羽根』…。
 気付いた時には、もう遅かった。
 いつの間にか、『俺』の身体は身動きが取れなくなっていた。
 かろうじて動く目だけを動かしすみれの方を見ると、すみれも金縛りにあったかのように動きが止まっている。

「見つけたぞ、『悪魔』」

 背後に誰かが降り立った。
 辺りには羽根が舞い散っている。俺の羽根とは違う、『真っ白な羽根』が舞っている。

「簡単に見つかったな、兄貴」

 すみれの背後にも、一人降り立った。
 その姿は、純白の翼を背負い、白き衣を纏った男―天使。
 …ついに見つかっちまったか!?

「何故我々がここに来たか、分かるな?」
「困るんだよ、悪魔ごときに暴れられるとさぁ!」
「…俺、お前らが動くほどの事をしたか?」
「人間の姿形を勝手に変えた」
「俺達の信者に手を出した」
「それを抜きにしても、我ら天使が悪魔の悪行を見逃すわけにはいかんだろう?」

 天使二人は静かに笑う。
 …何が天使か。聖典にも載っていない存在の癖に。

「それに忘れたとは言わさんぞ、過去に貴様がやった悪事を!」
「悪事…?双葉、あんた余罪があるの?」
「心当たりはたくさんあるが…どれのことだ?」
「女同士の連れ合いに子を持たせただろう!」

 …ああ、そんなことしたような気もする。
 確かあれは…2000年近く前に神をやっていた頃だったか。
 俺のいた地域では何故か女性の出生率が高く、女同士で愛し合う人間が結構いた。
 俺に対する信仰では同性愛は禁じられていなかった為、そんな状況に誰も文句を言わなかった。
 で、子供を欲しがっている二人がいたので、『子が出来るように』変えた。
 多分その事だろう。

「ああ、あったねそんなこと」
「しかも…二回もやったよなぁ!」

 二回?はて…俺二回もそんなことしたっけ?
 …あ、思い出した。
 子作りの件以外にも色々やらかしていた俺は、悪魔として追われる身となった。
 しょうがないので、件の女同士のカップルから生まれた娘と一緒に、世界各地を放浪する事にした。
 男と関係していない女が産んだ子は、時が時なら聖人である。
 本来の因果とは違う生まれ方をしたこの娘の寿命は、普通の人間よりはるかに長かった。
 というか、死にもしなかったし老いもしなかった。
 刺されても死なず、焼かれても死なず、死ぬ事が許されない存在。
 結果、悪魔の子と呼ばれてしまい…生まれた地にいることすら許されなかった。

 そして色々な国を巡っている途中、当時鎖国中のこの国に潜入することに成功した。
 この国は中々過ごしやすい。何せ、神がたくさんいるのだ。俺のようなやつが紛れ込むにはちょうどいいと言えるだろう。
 放浪の末、俺達はある神社にたどり着いた。そこにいたのは、まるで女神のように美しい巫女さん。
 その巫女さんに娘が一目ぼれしたので…ついやってしまった。全く反省していない。
 その後、俺は眠りについた。
 以降の事は目が覚めた後に調べたのだが、娘は巫女が死ぬまで一緒にいたが、巫女が死んだ後の行方は不明。
 多分今も生きているんだろうが…俺には彼女を探す能力もないのでどうしようもない。
 きっと、巫女との娘と幸せに暮らしていると信じたいものだ。

「…いい話ねぇ」

 俺の話に感動したすみれは、涙を流した。
 …感動する要素がどこに?

「いい話じゃねえよ。自然の摂理捻じ曲げられるとこっちが困るんだよ」
「神が定めし摂理に従うのがこの世の理。それに逆らう者には天罰を」
「…真面目だねぇ」

 今時、こんな真面目に職務を全うしようなんて天使がいようとは…。
 大抵の天使は、「将来的に滅ぼす対象である人間なんだから、放っておけ」みたいなスタンスなのに。

「あの時は封印するだけだったが…」
「今回は貴様を確実に滅ぼす」
「…封印?」

 あれ?俺そんな事されたっけ?
 俺が眠っていたのは…力を使い果たしたからだし…。
 なんで力を使い果たしたんだっけ?
 よく覚えていない。覚えていないという事は大したことではないのだろう。

「兄貴、こっちの女はどうする?」
「一緒に始末してやれ。悪魔と共謀するような女、放置するわけにはいくまい」
「はは、言いねぇ。磔刑にでもしますか」

 …すみれも一緒に、だと?
 ふざけんな。人の命をなんだと思っている。
 どんな信仰していようが、好き勝手に生きていようが、人の命を簡単に奪っていい理由はない!
 人が人の命を奪う時だって大いに悩むのに、お前達天使が命を軽く扱うって言うのか!?
 滅ぼす?やだね、お前ら程度に滅ぼされてやるもんか!
 渾身の力を振り絞り翼を開く。
 翼で触れずに、天使である奴らを変化させる事は出来ないが…『金縛りが今すぐ解ける』ように変えることは出来る!
 即座に身体の自由を取り戻し、すみれを翼で隠すように天使の前に立ちふさがる。

「この程度で動きは止められぬか…」
「一応…神だったからな…」
「悪魔が神を騙るな」

 兄の方の天使が俺を睨む。
 そうか、お前達の宗教における悪魔は…他教の神だったな…。

 …しかしどうするか。
 このまま戦ったって、今の俺では奴らに勝つ事は…。
 翼で触れたところで、奴らを変えるのは不可能。一人変えているうちに、俺かすみれがやられる。
 ならば…。

「すみれ、一旦逃げる!」
「え!?」

 すみれを抱きかかえ、いつもより大きく翼を広げる。
 目立つ可能性もあるが…そんな事を言っている場合ではない。
 俺は、空高く飛び立った。

「しっかり捕まってろ!」
「…おお、飛んでる飛んでる。凄いね、双葉」
「…ごめん、もう無理だ」
「早っ!まだ学校の敷地内から出てもいないよ!」

 …やっぱり長い距離は飛べない。人間、空を飛ぶようには出来てません。そもそも、俺の翼は飛行用じゃないし。
 鳥の姿にでもなれば飛べるだろうけど…そこまで双葉の身体を『変えて』しまったら戻せる自信がない。
 とりあえず俺は、建物の陰へと降り立つ。

「飛ぶ、って言うより…滑空?」
「人間の身体を支えるようには出来てないんだよ、この翼は…」
「で、どうする?あの天使たちに隠れて逃げる事は出来そうにないけど…」
「どこかに隠れる。いい場所ある?」
「この時間なら…体育館かな。昼休みももう終わっているみたいだし、今日は晴れてるから体育も外でプールだし」

 なるほど、そりゃ都合がいい。現在位置からそれほど離れているわけでもないし。
 俺達は体育館へと駆け込んだ。

「とりあえず結界は張ったが…時間稼ぎにしかならないね」
「なんか面倒な相手ねぇ。あいつらも変えちゃえば?」
「…一対一ならなんとかなったけどな」

 もう一方が襲ってきたらどうしようもない。
 以前の時は…あれ?どうしたっけ?

「あの口ぶりからして、前にもあってるんでしょう、彼らに。その時はどうしたの?」
「覚えていない」
「あのねぇ…」
「まあ覚えてないってことは大したことじゃ…」
「今すぐ思い出しなさい!覚えていない、で済ますことじゃないでしょう!」

 凄い剣幕で怒鳴られた。
 しょうがないなぁ…。
 ええと、あれは確か…娘の子供を巫女に孕ませた頃か?
 あの兄弟天使がやってきて、娘と巫女を襲ってきたんだっけ。
 その時の俺は…長旅の疲れと、『女同士で子供を作るように変え』たことで、ほとんど使える力が残っていなかった。
 残る力を振り絞ったけど、天使達の記憶を『悪魔は封印して、巫女達は死亡』という風に『変える』ことしかできなかった。
 天使たちが娘と巫女を死んでいる、と認識したために彼女達は助かったが、力尽きた俺は…。

「そのままぐっすり300年近く眠っていました」
「忘れんなそんな大切な事!」

 怒られた。
 なんかすみれに対してイニシアチブが取れない気がする。
 双葉と一体化している影響だろうか?双葉も元からすみれには弱かったようだし。

「…で、どうするの?」
「奴らを倒すなら、二人同時に『変え』ないと駄目だね」
「二人同時に…」
「そして天使あたりだと、翼を見せる程度じゃ変えられないから…直接羽根に触れさせなくてはならない」
「じゃああたしがあんたの羽根を持って、一人に触らせれば…」
「近付く前に殺されるよ。この翼のことはやつらも知っているだろうから…二人とも離れて行動するだろうし」
「じゃあどうしようもないじゃない!」
「いや、何とかする方法はあるんだよ。ただ…」
「ただ?」
「力が足りない。羽根の枚数も、テニス部や教師達の時で結構減ってるし…」

 放っておけば生え揃うけど、それを待つわけにはいかない。

「ああもう、それじゃあ意味がないわ」
「…ひとつ相談があるんだけど」
「なによ?」
「すみれって…処女?」

 殴られた。…重要な問題なのに。

============================================
 俺は体育館の入り口でやつらを待ち構えていた。翼は出していない。
 俺の姿を見つけた天使達は、すぐに目の前に降りてくる。
 それを確認した俺は、体育館の中に逃げ込む。結界はといてあるので、やつらも当然入ってこれる。

「な、なんだこれは…」

 体育館の中に入った天使達は、その光景に言葉を失う。
 床一面に敷き詰められた、羽根、羽根、羽根。
 明らかに俺の翼の量を上回る羽根の量だが、それ以上におかしいのは…その羽根は真っ白だった。

「今だ!」

 俺の叫び声に合わせて、入り口の影にいたすみれが扉を閉めた。
 同時に、俺も翼を広げる。その翼は、白く輝いていた。

「な、なんだその翼は!?貴様の翼は黒であったはず!」
「そうだそうだ!そ、そんな白い翼なんて聞いてないぞ!」

 そりゃそうだ。これは俺が神だったころの翼なんだから。
 俺は静かに目を閉じて集中し、体育館内の気圧を『変え』始める。
 通常ならまず起きない現象を発生させるため、微妙な調整が必要だ。
 やがて、密閉された体育館内に風が吹き始める。
 最初は羽根を撒き散らすこともできないほどの弱い風だった。
 やがて風は力を強めていき、体育館内を渦のように回りだす。
 そして風は、竜巻になった。
 竜巻は羽根を巻き上げ、体育館内に羽根が充満する。
 天使といえども、これはよけられない。
 それにこれなら、距離をとろうが近づこうが、俺やすみれに危害を加える前に竜巻に巻き込まれ、羽根に触れることになる。
 すみれや俺も羽根に触れることになるが、すみれにはこの手の能力は効かないし、俺が俺自身の羽根の影響を受けるはずもない。
 よって、天使だけが変化を始める。
 男性的なたくましさを象徴する肉体が、細く華奢になっていく。
 胸がどんどん大きくなっていった。
 衣装が、胸や尻を強調した黒い衣に変化していった。
 やがて風が収まり、俺の翼の色が黒に戻る。
 目の前に天使だったものが落ちてくる。
 その姿にかつての面影はなく、いるのは二人の女だけ。

「さて、質問だけど…あなたたちは誰?」
「何を言う、わ…われ?われわ…わらわ…?ええ!?なにこれ!?」
「お、おれ…おれ?…お…ぼ…ボク?ボク…何?」

 記憶が混乱している。
 天使であったという記憶が、少しずつ別のなにかに書き換えられているのだ。

「わらわ…わらわは…」
「ボクは…」
「ん?自分のことなのにわからないの?しょうがないねぇ…すみれ、この娘達に教えてあげよう」
「うん、そうだね」

 その身でしっかり覚えてもらうよ。
 自分たちが、『女』だってね。

============================================
 季節は巡り、夏真っ盛り。
 世間では夏休みで、学生である『私』は一ヶ月間思いっきり遊べるはずだった。
 だけど…。

「双葉、おやつ作ったけど、一緒に食べない?」

 お母さんがホットケーキをもってきた。一皿だけしかない。

「葉子さん、あたしの分は?」

 ベッドの上で寝転がっていたすみれがお母さんに言う。

「敵に施すほどわたしは御人好しじゃないわよ」
「くっ、兵糧攻めとは卑怯なっ…!」

 二人の間に火花が散っているような気がした。

 あの時、『俺』はすみれの処女を奪った。
 すみれの純潔を奪うことで、俺は一時的に神だった頃の力を取り戻し、天使二人を『変える』ことに成功した。
 そこまではよかったのだが、あの後すみれが「処女奪った責任は取ってね♪」とか言い出した。
 しかもお母さんの前で。
 以来、『私』はことあるごとにお母さんとすみれに迫られている。
 いつの間にかすみれは家に居着いているし、お母さんはそれが気に食わないのか、今日みたいな地味な嫌がらせをしてくる。

「お母さん、すみれにも優しくしてあげないと…夜遊んであげないよ。すみれも、お母さんと仲良くしなさい!」
「わ、じょ、冗談よ!ちゃんとすみれちゃんの分も用意してあげてあるから!」
「あ、あたしだって、別に喧嘩しているわけじゃ…」

 まったく。二人ともえっちなんだから。
 …いや『俺』が言えた事じゃないんですけどね、ええ。

 さて、今日は何をしよう。
 あの元天使たちを見に行ってみようかな。教会に預けて以来、様子を見てないし。

 いずれにせよ、夏はまだ始まったばかりだ。
 『私』は、この『くろいはね』で次は何をしようか考えることにした。





この話では名前の出ていない元神悪魔のお話第一章。
当初続編なんて考えていませんでした。


inserted by FC2 system