女性化中毒

黄櫻


 床から一段高くなった畳敷きの部屋に、三人の男性が屯している。
 男性といっても、みな一様に若い。少年と称して差し支えない年齢であることは、顔つきや体つきからも見て取れる。
 三人は同じ衣服を身につけていた。衣服だけではない。黒いタンクトップに黒いハーフパンツに包まれた身体は痩せており、筋肉も乏しい。
 三人は、それぞれ思い思いの体勢で、ただ、時間の経過を無駄にしていた。
「う、うう……」
 壁にもたれかかり、手足を畳に投げ出していた、肩まで髪を伸ばした少年がうつろな瞳を瞼の裏に回り込ませながら呻いた。
 彼の正面でひざを抱えていた、目の大きい少年がその様子に気付き、声を投げる。
「つらいの?」
 返答はなかったが、無言は否定ではない。肯定である。
「つらいよね。僕は昨日指名があったから平気だけど……」
「昨日だけじゃないだろ」
 直立で壁に額をこすりつけていた、耳にピアスをした少年が横槍を入れた。
「お前は毎日、数回呼び出しがかかってるじゃないか。俺は三日前からさっぱりだよ。そいつにいたっては、もう二週間お呼びがかかってない」
 目の大きい少年は、ピアスの少年を見上げながら、その言葉に驚きを見せる。
「二週間……」
「よく我慢してると思うよ……俺なんて三日でもうヤバめだってのに……」
 ピアスの少年の言葉は、最後にこう付け加えられる。
「女になりてえ……」
 それは、三人に共通した願望であった。
 壁掛け時計が午後七時半を指し示す。それと同時に、三人の視線が扉に集中する。
 程なくして扉がノックされた。扉の外の人物は、中の反応を待たずに扉を開ける。
「仕事だ」
 入ってきたのは、黒いスーツに身を包んだサングラス男だ。彼は三人に対して冷たく言い放った。その言葉に過敏な反応を示し、男に飛びつく少年がいた。件の、二週間我慢しているとされた少年である。
「俺だよな!?」
 畳を這って、スーツの男の足に縋り付く。
「俺だって言ってくれよ。もう無理なんだよ、胸が平らなのも股になにかあるのも耐えられない。なあ、頼むから、仕事させてくれよ……」
 蒼白になった顔を畳に向かい合わせ、吐き出すように綴られた言葉だった。
 しかし、そんな願いは儚く切り捨てられる。
「今回もお前じゃない。エリナだ」
 スーツの男の視線が、大きい目の少年に向けられた。源氏名を呼ばれた少年は立ち上がり、わずかに目を細める。
「またお前かよ……」
 ピアスの少年が、明らかな落胆の色を浮かべた表情を目の大きな少年に向ける。
「エリナはリピーターが多い。逆にカナエ、お前の客からは満足出来なかったというアンケートも返ってきている。もっとテクニックを磨いておけ」
「ううう……」
 涙を浮かべた瞳をスーツの男に向け、髪の長い少年は懇願する。
「わかった……わかったから頼む、俺を女にしてくれ……」
「薬の個人購入は認めているはずだ」
「もう金がないんだよ……うああ、胸、胸をめちゃくちゃに揉まれたい……」
 ――ジャンキーが。
 スーツの男の声は、空気を響かせない。
「行為の練習目的で使用するなら、今月分の給料から天引きする形で薬をやる。俺が練習台になってやるよ」
「うあ、あ! 本当か!?」
「ああ、ただし後でな。エリナ、行くぞ」
「はい」
 スーツの男の足が、髪の長い少年の腕を振り払う。
 目の大きい少年はスリッパを履いて、スーツの男に続いて部屋を跡にする。その表情は、哂っていた。



 蛍光灯だけが照らす廊下を二人は歩く。コンクリートの壁とリノリウムの床が二人の足音を響かせていた。
 そして二人の会話も、無機質に響く。
「エリナ。あの二人に薬を分け与えてはいないだろうな?」
「そんなことする訳ないじゃないですか。オフの日分の薬の確保で手一杯ですよ。僕、一日一回は女の子になれないと狂いそうで」
「そうか。ならいい」
 そうこうしているうちに、二人は廊下の突き当たりの扉にたどり着いた。
 スーツの男が扉を開くと、中から眩い光が漏れる。二人は慣れた足取りで、その中へと入っていく。
 閉塞感とは無縁御空間がそこにはあった。大量のクローゼットが立ち並ぶその一角には、巨大な姿見と化粧台が置いてある。
 その隣にはアクセサリーケースが置いてあり、その脇にはウィッグとコスメが整頓されて用意されている。
 しかしここは、純真無垢な少女が憧れるような、夢のある更衣室ではない。
 ここにある腹も、ウィッグも、アクセサリーも、コスメも、全て――売り物を飾り付けるだけの道具に過ぎない。
「さて、準備しろ」
「はい」
 スーツの男がエリナに、内ポケットから取り出したプラスチックの筒――無針アンプル剤を手渡した。
 エリナはそれを左腕に押し当てる。実に慣れた手つきだ。その間に、スーツの男は別の準備を初めていた。
「く、あ……」
 アンプルが床に落ちて跳ねた。
 薬が全身に回っていくのを感じ、エリナは恍惚とした表情を浮かべる。やがて、即効性の薬がエリナの体を変化させていく。
 タンクトップを二つの膨らみが押し上げていく。その頂点から更に突起するものがあった。
「あっ、あっ、あっ……ぼくの、おっぱい……」
 内股に曲がった足の間に右手を挟む。舌を出してよがっている顔の周りに、伸びた髪がかかっていく。
「あっ、なくなってく、なくなってくぅぅぅ……」
 腰回りがなだらかな曲線を描き出し、肩幅が狭くなり、肌が白く、きめ細かくなっていく。
「きもちいいっ、おんなのこになるの、きもちいぃぃぃっ!!」
 細く高く甘くなった声で純粋な思いが述べられる。
 絶頂の感覚がお腹から頭頂に駆け巡り、意図せず嬌声になって外に漏れる。
「ああああぁぁぁぁぁんっ!!」
 それは男の情欲を満たす声であった。
 女性化が完了したエリナは、肩で呼吸しながら服を脱いでいく。タンクトップが捲り上げられると、小ぶりだが形の良い胸がふるんと揺れた。その頂点で勃起する乳首はほんのり色づいた桜色をしている。
 脱いだタンクトップを無造作に放り投げ、続けてハーフパンツを下ろす。股間の下にできた隙間に右手の指を差し込み、左手は胸に移動する。
「はああっ……ぼくのおっぱいやわらかいよぉ。お○んこつるつるだよぉぉぉ……」
 準備を終えたスーツの男が、その手に服一式を携えてエリナの前に立った。
 エリナは腕を広げ、どこか定まらない背線を男に向ける。
「見てください! 僕女の子ですよ!」
「ああ、そうだな」
「女の子のハダカですよ? 興奮するでしょ? よかったら好きにしていいですよ?」
「……薬の副作用か。はしゃぐ気持ちもわからんでもないが、今は仕事だ。これを着ろ」
「……はぁい」
 エリナは少しだけ肩を落とし、まず下着を受け取る。純白のショーツに足を通して、やはり純白のスポーツタイプのブラジャーを胸につける。
 続いて渡された、そこかしこにフリルやレースの付いたピンクのワンピースを頭から被り、スーツの男に背を向ける。
「この服……いつものおっさんですか。 あ、ジッパー上げてもらえます?」
「ああ、あの客はいい金蔓だ。九十分コースでいくつもオプションをつけたから、今回も延長だろうな」
 伸びた後ろの髪を手で持ち上げると、男がジッパーを引っ張り上げた。髪を持ち上げていた手がそのまま後ろに回されて、掌が上に向けられる。
「あのおっさん、気持ち悪いんですよ。僕を穴としてしか見てないし、最後に本番でやるんですけど、精液まみれの僕のお○んこに丸めたお札を挿し込むんですよ。女の子として扱え、って感じです」
 男は話を聞きながら、エリナの掌にリボンを二本乗せた。エリナはそれを使って、二本の、短めのサイドテールを作っていく。
「本番行為に関しては、店側は関知しないからな。あくまで自己責任でやれ」
「わかってますよ。でも、女の子の身体だとどうしても我慢出来なくて。お兄さんも女になれば解りますよ?」
「俺は古い人間なんでな、自分の体をいじることに抵抗がある」
 スーツの男が見つめる中、少女は、完成した。
「じゃ、行ってきます」
 エリナは入ってきた扉とは別の扉から外へ出て行く。スーツの男は、それをじっと見つめていた。
 そして一人になった男は、ため息混じりに言い放つ。
「気持ちわりいなぁ、TSジャンキーは。ま、こっちはそれで金儲けしてるから滅多なことは言えないが」
 TSXー518。そんな名前の完全女性化薬が開発されてから既に二年が経過している。
 しかし、その常習性は凄まじく、中毒症状を起こす若者が後を絶たないにも関わらず、今だ合法ドラッグとして流通している。
 彼らは今日も女になって、男に媚びる。
「おじさぁんっ、エリナを指名してくれてありがとぉ。今日もいっぱいいーっぱい可愛がってねぇ」




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