「結婚願望」

作・真城 悠




 こんにちは。初めまして。私は真城華代と申します。

 最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんなみなさんの為に私は活動しています。まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

 報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

 さて、今回のお客様は…。

 

 虚ろな目でそれを追っていた。

 神崎充の目には覇気が全く感じられなかった。

 目の前で艶やかなドレスに身を包んだモデルたちが颯爽とターンを決める。その中に有名人でも混じっているのだろう、さかんにフラッシュが焚かれる。

 それをじっと見ている神崎の目。

 

「いやあ、素晴らしいショーでした」

 花束に囲まれた控え室で握手を交わす大人たち。

 多くの人間が入れ替わり立ち替わり宴を盛り上げている。

 その隅で正装した小学生程度の小さな女の子が様子を伺っている。

 

「ふう」

 神崎はパイプ椅子に腰を下ろした。

「先生、私は先に帰りますので」

「ん?あ、ああ・・」

「では、失礼します」

 会釈をして出ていく女性事務員。それに力無く答える神崎。そっちのほうもロクに向いていない。

 また大きなため息をつく神崎。

「おにーちゃん」

 びっくりした。

「!!!!…?」

 あんまりびっくりすると声も出ないらしい。神崎は目の前に小さな女の子がいるのが目に入る。気が抜ける神崎。

「どーしたのよおにーちゃん。元気なさそうじゃない」

 ふっと自嘲気味に笑う神崎。

「そうだね」

「今、困ってるでしょ?」

 この娘は一体何なのだろう?知り合いの子供だっただろうか?思い出せない。

「まあ、そうだね。うん。困ってるよ」

「はーい。これ!」

 何やら名刺状のものを手渡してくれる少女。

 何の気なしに受け取る神崎。

 そこには「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」と書かれていた。

「困ってる事があったら何でも言って下さいな。見事、解決して差し上げます!」

 自信満々の様子である。

「へーえ、悩みを解決してくれるんだ?」

「はあい」

「でもちょっと無理かな。俺のは」

「そんなこと分かりませんよ」

「ふん…」

 考え込む神崎。どうやら少女、華代への反応も上の空らしい。

「先生!」

 ドアの外から声を掛ける女性スタッフ。

「車の到着が遅れるそうです。あと十五分か二十分くらい掛かると」

「そう。分かった」

 引っ込む女性スタッフ。

「忙しそうね」

「まあね」

「そうそう、話の続きよ」

「何か言ってたっけ」

「悩みがあるって」

「うん…」

「どうしたの?」

「無理だって」

「そんなこと無いわよ」

「…じゃあ聞いてくれる?」

「もちろん」

「実は、好きな人がいるんだ」

「ひゅーひゅー」

「結婚を約束してる」

「最高じゃないですかあ」

「ところが、最高でも無いんだこれが」

「どうして?」

「…それで悩んでるんだよなあ…」

「性格が悪いとか」

「いや、彼女自身に関することじゃない」

「家族に反対されてるんでしょ」

「…有り体に言えば、そうだ」

「ありゃりゃあ、どうして」

「下らない話だよ」

「教えてよ」

「あちらさんが女系家族でね。しかも俺も長男なんだよ」

「…?」

「うちの親も向こうの親も一歩も譲らん…困ったもんだ」

「へえ、そんな話もあるのね」

「はっきり言ってまずいんだよなあ…世間体もあるし」

「どうしてそこで「世間体」なの?」

「いや、多分時間をかければ妥協点は見いだせるとは思うんだ。しかし少なくとも今週中位には結婚しないと…」

 暫く考えている華代。ピン!と指を弾く。

「分かった!「できちゃった」んでしょ」

 首を振って黙り込む神崎。図星らしい。

「何でも依頼を受けて貰えるんだよね?」

「うん」

「家族の反対が無くなる様にして、今すぐ彼女と結婚させてくれるかな?」

 挑戦的に笑う神崎。声を上げて笑う。

 立ち上がる神崎。

「いや、有り難うお嬢ちゃん」

 考えている華代。

「思い切って話せてすっきりしたよ。じゃあ」

「待って!」

 立ち上がる華代。何かを確信したのか、不敵な笑みを浮かべている。

「もう依頼は受けちゃったから。それに、家族のみんなも大喜びのアイデアが浮かんだわ。まっかせてよね」

「ふーん。まあ、また今度聞くから」

「ここって結婚式場よね?」

「まあね」

「はいはい。任せて。そーれ!」

 怪訝な顔をしている神崎。

 と、見る見る髪が伸び始める。

「ん?何だ?」

 不思議に思っている暇も無く、ぐぐぐと盛り上がる乳房。蜂の様にくびれる腰。一回り背が小さくなり、すっかり細身の美女になってしまう。

「こ、これは…」

「へへへ。まかせてよ。あと、披露宴はやっぱ洋装よね」

 すう、と長い髪がアップにまとまる神崎…だった女性。灰色のスーツが白くなっていく。
 袖が伸び、指先まで覆い尽くす。袖はぴっちりと腕に張り付き、シルクの手袋になる。
 肩口の部分が大きくなりかぼちゃぶるまの様になる。
 ネクタイが消滅し、Yシャツの胸元がぐぐぐと開いていき、胸の谷間が顔を出す。
 首の後ろにも切れ目が広がっていき、背中が露出する。スーツはとっくに姿を消し、かつてのYシャツの表面には美しい刺繍が浮き出す。
 ベルトがすすす、と腰の後ろに移動し、大きなリボンとなってきゅっと結ばれる。
 ズボンは二本の脚のそれが融合し、もの凄い勢いで広がっていく。
 強烈にフレアーの掛かったスカートが形成される。
 革靴の表面がエナメルになり、つま先がせばまり、踵の下に棒が出現し、つんのめる様に持ち上げる。
 スカートの形成はまだ終わらず、長い長いそのすそは床を引きずって二メートルはあろうかという長さに達する。
 結ばれた髪の頂点からヴェールが広がり、上半身を覆い隠す。
 その顔には清楚なナチュラル・メイクが施され、簡素なイヤリングと真珠のネックレスが現れ、正面に組まれたその手の中には花をあしらったヴーケが出現する。
 神崎は一瞬にして純白のウエディングドレスに身を包んだ美しい花嫁となってしまったのである。

 かたかた歯を鳴らしている神崎。

「いいデザインのドレスでしょ?今日のショーで目を付けてたんだ」

 変わり果てた自分の身体を見下ろす神崎。それだけでも衣ずれの音が耳をくすぐる。

「いや…その…」

「いいっていいって、お礼は無用ですって」

「いや…「結婚したい」とは言ったけど…その…」

「大丈夫だって!その心配ならとっくの昔に計算済みですって。ばっちり解決してありますよ。さあいらっしゃーい」

 ドアが開いて、長身の美男子が入ってくる。これから結婚式に向かうかのような正装に身を固めている。

「あっ!」

「あっ!」

 顔を見合わせて驚いている男女。

「これで解決!ばっちりでしょ?しかも思いっきり二枚目にしてあげたから」

 華代に向き直る新郎新婦。

「いえいえ、感謝には及びませんよ。それより式が始まりますよ」

 と、数十分前に無人になったはずの会場から、荘厳でかつ華やかな結婚行進曲が流れてくる。扉の向こうから扉が開けられ、スモークが吹き込んでくる。ふと気が付くと、足下でヴァージン・ロードの朱が、純白のドレスを引き立てていた。



 いやー、今回はほんのちょっとだけ考え込んじゃいました。でもまさしく「発送の転換」ってやつですね。そうなんですよ。「入り婿」に反対されてるんならお嫁に行っちゃえばいいんですよ。どうしてすぐに気が付かなかったんでしょう。ちょっと反省。

 いやあ、我ながらうまくいったなあと思います。これにて一件落着って感じですね。しかも今回はカップル!お二人まとめて依頼を受けたのは…初めてでは無いけど珍しいです。はい。今回のケースでちょっぴり自信付けちゃいました。えへ。

 皆さんも困っていることがあったらうじうじ悩んでいないであたしに依頼して下さいませ。たちまち解決しちゃいますよ。それでは皆さん、ごきげんよう。






inserted by FC2 system