「介護」

作・真城 悠




 こんにちは。初めまして。私は真城華代と申します。

 最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんな皆さんの為に私は活動しています。まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。私に出来る範囲で依頼人のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申し付け下さいませ。

 報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

 さて、今回のお客様は…

 

 

 テレビが映っている。

 岡田は力なくコントローラーでチャンネルを変える。

 どの番組も変わり映えしなかった。

 大きくため息をつく。

 部屋の中は雑然とし、食べカスもそのままである。出しっぱなしのコタツに敷きっぱなしの煎餅布団。実に寂しい老人の一人暮しであった。

「おじーちゃん」

 岡田は驚いて振りかえる。

 そこには、小さな女の子がいるではないか。

「え?あの…」

 突然の来訪者に驚く岡田。しかし、そんな様子を知ってか知らずかさくさく話を進める女の子。

「あたしはこーゆー者です」

 名刺を差し出す女の子。

 この女の子は何だろう?単なるいたずらとも思えないが…

「すまんが…こんな小さい字じゃあ、わしには読めんな…」

「あら、ごめんなさい…えーとですね。じゃあ口頭で説明します。あたしはセールスレディなんです」

「セールス…?」

「セールスレディです」

「そりゃ…つまり何だ?」

 岡田は身寄りの無い老人の寂しさに漬け込んだ詐欺事件が思い出された。

「お望みがあれば何でも言ってください。何でも適えてあげますよ」

 岡田は苦笑した。

「…?どうしたの?」

 そうだ、そんな馬鹿なことがある筈が無い。きっと「ごっこ遊び」なのだろう。だとしたらこんな老人には何より嬉しいサービスだ。政府もたまには気の利いたことをしてくれる。

「いや…何でも無い…ところで…え、と…」

「華代です」

「え?」

「かよです。ましろかよ。あたしの名前」

「あ、華代ちゃんか…「何でも」いいんだね」

「ええ!何でも!」

「じゃあお願いしようかな」

「はい!」

「わしの話し相手になってくれ」

「お安いご用ですよ!」

 岡田はとうとうと話し始めた。

 自分が若い頃の話なども多かったが、次第にそれは身の回りの愚痴に変わって行った。

 余り身寄りが無いので、一人暮しも仕方が無いが行政のあり様は酷いとか、ケースワーカーと名乗るいかがわしいのがやって来て生活に「贅沢だ」などと難癖をつけて補助金を取り上げたり、とその話は尽きることなく続いた。

「ふーん。ひどいこともあるのね」

「いや、でもお嬢ちゃんが来てくれて良かったよ」

「華代ね」

「ああ…華代ちゃんか…うんうん」

 その表情は涙ぐんでいる様でもあった。

「華代ちゃん…」

「ん?」

「こんな老人の話を聞いてくれて有難うなあ」

「いえいえ。依頼人の依頼ですよ。お安いご用ですって」

 と、ごそごそと何かを取り出してくる。

「これ…少ないけど」

「え?駄目よ!こんなの!」

 固辞する華代。

「いいから…!わしの気持ちなんじゃから…」

「だって…それこそ詐欺にあったって…そんなにお金無いんでしょ?」

 困っている華代。

「わしの気が済まないんじゃ。頼むから」

「でも…現金は受け取れないんです」

「いいから…頼むから…」

 これはどうあっても断れそうに無い。

「困ったわ…まあ、気が済むってんなら…」

「うんうん」

 やはり嬉しそうにしている岡田。

 気まず…くは無いもののちょっとした静寂が訪れる。

 岡田はテレビをつける。

「華代ちゃん」

「はい」

「冷蔵庫にオレンジジュースがあるから遠慮せずに飲みなさい」

「いえいえ。お気になさらないで下さい」

 テレビにはテニスの試合が映っていた。軽快な試合展開。

「おじいちゃんテニスが好きなの?」

「うん?まあ…昔やっとったからなあ」

「そうなんだ!?」

「昔の話さ…今でもあんな風に動けたらのお…」

 遠い目になる岡田。

「そう…あんな風になりたいのね」

「ん?」

「本来は一人一つなんだけど、特別サービスね」

 と、岡田はその身体に異変を覚える。

「…?はて?」

 曲がっていた背筋がまっすぐに伸びてくる。そして…その胸の部分がムクムクと盛り上がってくるではないか。

「…ん?」

 事態が把握出来ていない岡田。

 ひからび、皺だらけだったその腕にみずみずしい張りが戻ってくる。その身体は既に老人のそれでは無かった。

「な、何じゃ…これは…」

 その髪は白髪から、流れるような美しい黒髪になり、肩まで伸びる。その顔は健康的な美少女のそれになっていた。顔だけではない。お尻が大きくなり、腰がくびれていく。粗末な和装の下に、すらりとカモシカの様な脚線美が形成される。

「手が…」

 目の前に翳されたその手はぐぐぐ、と美しく、なめらかな女性のそれに変わって行く。

「うん。まあ、身体はこんなもんね」

「か、華代ちゃん…これは…?」

 返事も待たずにその長い髪の中にバンダナが出現し、動きやすくまとめられる。和装は白いシャツになり、スポーツブラが大きく成長したその乳房をぎゅっと押さえつける。

「あ!…」

 今まで経験したことの無い刺激に思わず声を出す岡田。

 服の変形は続き、その下半身はミニスカートになる。そこから伸びている健康的な脚線美がまぶしい。

 よれよれの下着がアンダースコートに変わる。靴下がかぶさり、その手にはテニスラケットが握られていた。

「あ…そ、そんな…」

 老人はすっかりテニスウェアの美少女になっていた。

 男やもめの雑然とした部屋に、場違いに一人取り残されるテニスウェアに身を包んだ健康的な美少女がそこにはいた。

 

 

 今回はちょっとしんみりしちゃいました。あたしにはあれくらいしか出来ませんからね。でもこれでバッチリテニスが出来ますよ。良かったですね!

 いやー、いいことをするって本当にいい気持ちですねえ!

 明日は彼方の街に行くかもしれません。

 それでは!




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