「誤配」

作・真城 悠




 こんにちは。初めまして。私は真城華代と申します。

 最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんな皆さんの為に私は活動しています。まだまだ未熟ですけども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申し付け下さい。私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申し付け下さい。

 報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。お客様がご満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

 さて、今回のお客様は…

 

 弱っている男。

 その後ろにはミニバンが停まっている。その脇腹には「谷山衣料」の文字がある。

「これで…うちは終わりか…」

 そこは名門私立高校の前。

 腕時計を見る谷山。

 ふう、と大きくため息を付く。やる気なさそうに後ろを振り返るも、すぐにまた向き直ってしまう。

 幾ら確認しても同じ…か、と小さく声に出す谷山。何度も首を振る。

「どうしたの?おじちゃん」

 ゆっくりと顔を上げる谷山。

 そこには、小学校低学年程度の少女がいた。

「どうしたの?こんな所で?」

 その少女の屈託のない笑顔は、今の谷山には少々鬱陶しかった。

「何でもないよ」

「そんなこと無いでしょ。顔が真っ青よ」

「何でも…無いんだ」

「よかったら話してくれる?」

 怪訝な表情でその少女を見下ろす谷山。やがて自嘲的な笑いを浮かべながら言う。

「ふ…話せばどうにかなるのかい?」

「うん!」

 力強く頷いて言う少女。すっと名刺を差し出す。

「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」

 そこにはそう書かれていた。

 あまり関心なさそうに突き返す谷山。

「じゃあ、これを何とかしてくれよ!」

 やけくそ気味に言うと、頭を抱えてうずくまってしまう。

 その少女、華代は谷山の脇を通り抜けると、ミニバンのスライドドアの中にひょい、と入る。そこにはコンパクトにまとめられた段ボール箱が幾つか積み上げられている。その表面には「水泳着」との表記があった。

「水着…?」

 答えない谷山。

 これの何がおかしいのかな?と首をかしげている華代。と、そのうち一つの箱に奇妙な記述を発見した。

「2年3組 女子用 23着  女子用 19着」

 得心したように頷く華代。振り向いて言う。

「間違えたんでしょ?発注する時に」

「ああそうだよ!」

「ふんふん…でも大丈夫だよ」

「何が大丈夫なもんか!これだけの数を…。注文し直すなんて、出来やしないさ!ここは一流有名校だぞ!専門のデザイナーに頼んで作らせたもんなんだ!取り返しが付かない!」

「そうなんだ…」

「…もう駄目だ…この業界は信用第一なんだ…こんなお得意さんを失ったら…うちみたいな零細企業はもう首をくくるしか無いよ…」

「そんなこと無いって。あたしにまかせてよ。貴方さっき「何とかしてくれ」って言ったでしょ?これでばっちり!依頼は受け付けたわ!」

 ウインクする華代。

 

 廊下を歩いている男子生徒と女子生徒。名門校らしく、男子生徒はスーツにネクタイ、女子生徒はボレロと呼ばれる上品なイメージの制服に身を包んでいる。

 その二人はカップルなのか、仲むつまじい雰囲気。

 その男子生徒の名札には「2年3組」とあった。

 突如、立ち止まるその男子生徒。

「う…」

「…?どうしたの?」

「いや…その……何か…身体が…おかしいんだ…」

 すると、その男子生徒の胸部がみるみる盛り上がってくるではないか。

「んん…?」

 言っている暇もなく、腰が細くくびれていく。それまでに比べてではあるが、ヒップが豊かに大きくなる。若干幼さを残すその脚は、くっきりと脚線美を形成するほどには太くはならない。しかし、自然と内股になっていく。

「あ、ああ…」

 肩がゆるやかななで肩になり、筋肉質だった身体はふっくらとやわらかくなっていく。もともと整ったその顔をストレートのロングヘアが覆っていく。

 色白になり、すっかりか細いそれになったその手を見ながら言う。

「こ、これは…一体…?」

 その声は既に少女のそれだった。

 周囲の生徒も、戦慄の面持ちでその生徒の変貌を見守るしかない。

 と、ネクタイが徐々に細くなり始める。それはほどなくして、女子生徒用の細いボータイになる。パリッと着こなされたYシャツは柔らかな感触の純白のブラウスになり、ズボンから生地が伸び始め、その上半身までをも包み込み始める。

 ズボンの、二本に分かれていたトンネルが徐々に一本に繋がり始める。ベルトと、それを止める為の無骨な部分が消失し、プリーツらしきものが入ってくる。

 その瞬間、ズボンの中で、トランクスによって広くカヴァーされていた肌が、より狭い部分のそれになっていく。同時にぴっちりと肌に吸い付く。同時にブラウスの中のシャツが変形し、膨らんだ胸をギュッ、と寄せて上げる。

 広がり続けてきたかつてのズボンの下部が解放され、かつて無いほど一気に空気にさらされる下半身。

「あっ!」

 突如両脚の間に進入してくる涼しい空気に、思わずその無駄毛ひとつないやわらかな内ももをこすりあわせてしまう。その動きによって、服の下に出現していたすべすべの肌着の感触が全身を襲う。

「あ…あ…そ、そんな…」

 多くの生徒が見守る中、その男子生徒は完全に清楚な女子生徒へと変貌していた。

 

 ほぼ同時刻。2年3組。

 他愛のない話に興じていた佐々木は、目の前の伊藤の身体の変化に気付いた。見る見るうちに胸の部分が盛り上がり、腰がくびれ、お尻が膨らむ。しかも、ズボンはスカートになり、女子の制服へと変わっていくではないか。

「お、おい…どうしたんだ」

「?ん」

 そう言われてやっと気が付いたのか、自分の身体を見下ろす伊藤。

「わっ!な、何だこりゃ!」

 甲高い声で悲鳴をあげる伊藤。

「お…お前…お、女に…」

「そ、そういうお前こそ…」

 言われて反射的に自分の身体を見下ろす佐々木。

「あっ!」

 そこにはボレロに身を包んだ女子生徒の身体があった。

 思わず顔を見合わせる二人の少女。二人は一瞬にしてエリート私立に通う「お嬢様」になってしまったのだ。

 同時に、悲鳴ともつかない声が教室じゅうであがる。思わずそちらの方を見てしまう二人。その口元には驚いた仕草の手が添えられている。

 男女共学で、人数的には半々のはずの2年3組の中は、どういうわけか全員が女子生徒になっていた。

 

 これで万事解決、ですね!

 まさしく「発想の転換」ってやつ。これであの水着もばっちり、全員に合うものになっちゃいます。あのおじさんも首をくくらないで済みますね。バッチリです。

 いやー、人を助けるって本当にいい気持ちですねえ。中小企業の強―い味方、このあたしにかかればそんな問題もたちどころに解決!ってなもんです。はい。

 困ったみんなはいつでもあたしを呼んで下さいね。

 では!




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