「失礼します」
 呼び出しを受けたオレはとある一室へと入る。
 大きな机を前に腰掛ける人物はオレの上司だ。
 それに対し「遠山勘四郎巡査。まいりました」と敬礼をした。
「そんなに緊張しないで楽にしてくれ」
 恰幅のいい白髪の老人は苦笑混じり言う。
「はっ。しかし署長自らお呼びと言うのであればさすがに緊張を」
 そうなのだ。目の前の人物はこの警察の署長。中村梅太郎だった。
「まぁとにかく座りなさい。少し長い話になる」
「はぁ」
 言われてオレは着席する。

「遠山君。実は君に特別任務を与えたい。それも一年以上だ」
 それは確かに長い話だ。
「痴漢に対するおとり捜査を務めてほしい」
 うわ。また来たか。
 自慢じゃないがオレは小柄。警察官の規定にぎりぎりで通る身長。
 体質なのか肌も白い。皮膚と言うより「肌」と表現するほうがしっくり来るし。
 おかげで何度か女装してのおとり捜査を務めたことがある。
 あ。オレ柔道も空手も有段者なんで襲われても無事だったけど。
「同時にこれはあるプロジェクトへの協力でもある」
 ? いきなりわけがわからなくなったぞ。
 そして署長の言葉はオレの混乱をさらに激しくした。なにしろそれは
「君には2011年2月1日から2012年三月末を目処に女性になってもらいたい」
だったのだから


おとり捜査

作:城弾


「あの……どういうことですか? 痴漢のおとり捜査なら『女装』では」
『そ』を『せ』に噛んだのかな?
「確かにそうだ」
 どうもそう言うわけではないらしい表情。署長は間をおいて続ける。
「だが君は顔を知られている」
 ああ。そう言えばそうだ。
 路地裏でやってきた痴漢ともみ合いになり、表通りまで追いかけた挙句に取り押さえた。
 そこまではいいが誰かに撮影されたらしく、オレの顔はネット上にアップされて知られまくった。
「女装警官」と。痴漢逮捕劇と言うつもりだったらしいが。
 ちなみにカツラが落ちたせいで「女装」とわかった。

「しかし君以外の適任がいないのも事実」
 確かにな…オレ以外はごついのばかりがそろっているし。とてもじゃないが女に化けられはしない。
「そして今回は鉄道からの要請だ。一向に減らない痴漢を撲滅するため逮捕者を出してほしいと」
 言ってしまえば見せしめか。
「そのためにも女装した男子ではなく女性である必要がある」
 ああ。なるほど。女装で待ち構えていたらやってくるの待っている形で「誘発」ともいえる。
 しかし本当の女ならたまたま痴漢した相手が警察官だったと言う大義名分が通る。
「そこまでは理解出来ますが……そもそも本当に女になるなんてそんな夢物語が」
「出来るんだ」
 署長はここで引き出しから一通の書類を差し出した。
 言われて目を通す。「プロジェクト……ティンクルスター?」
「特殊なシステムで性別を中心に身体を変えることが出来る実験だ」
「こんなものが?」
「実例もある。ちなみにそのプロジェクトの名前だが今回の前段階の被験者たちが立ち上げたメード喫茶の名前から取ったそうだ」
 え。そこオレ行ったことあるよ。今の話が本当ならあのメイドみんな男だったのか?
「えーと。それは出来るとしまして、そんな面倒かけるよりは女性警官では」
「繰り返すがこれは実験に協力する意味もある。今回はさまざまな職業から被験者を募りデータをとるそうだ。犯罪捜査の前線のデータ提供だな」
 何だそれ? どうしてそんな実験に警察が協力するんだ? もしかして民間じゃなくて政府レベルの実験なのか?
 そんなことを考えていたら署長が別の理由も話してくれた。
「本物の女性では痴漢に対する恐怖が勝る危険性がある。だが本来は男の君ならそれもない。だから君に白羽の矢を立てた」
 む……筋は通る。確かに痴漢に対しては恐怖より怒りがある。
 元々の女性では逆だろう。怒りより恐怖が先かもしれない。
「どうだ。やってくれないか?」
 話はわかった。しかし13ヶ月も女として暮らすのか。これは悩む。
 そう。悩む。即座に断るのではなくて。
 それで痴漢を撲滅できれば……女性の被害を食いとめ、冤罪などもなくせるかも知れない。
 冤罪で人生台無しにした男も多いしな。
 しかしそんな長期にわたり女性として過ごしていたら「くせになる」んじゃないか?
 それを思うと悩む。

「いかんいかん。言い忘れていた」
 なんとなく署長がわざとらしく切り出す。
「この実験への協力で謝礼が出る。本来公務員には副業は認められないが、それは特別手当と言う形で与えよう」
 提示された金額はまさに目玉が飛び出るほど多かった。

 かなり迷ったのも確かだがオレは了承した。

 言われたとおり二月一日にオレは女になった。
 それからしばらくはリハビリ。
 二週間くらいでなんとか動けるようになった。

 そして署に戻る時が来た。
 最初はさすがに感触に戸惑ったが既にここまで下着はつけてもうなれた。
 胸がブラジャーにフィットする感触は女装じゃちょっとないし。
 作られた胸はAカップとやや小ぶり。動きやすいから別に良いけど。
 身長は160くらい。顔は普通かやや「可愛い」感じ。
 無造作に伸びたロングヘアだが綺麗に整えたらそれなりに見られるのではないかな?
 服だがとりあえずはスカートとブラウスを。
 これはサイズの問題。最初はパンツルックと配慮したらしいが腰回りとか股下で採寸がいり、それよりはウエストさえあえばすむスカートになった。
 女装の時に何度か穿いてたし、そう言う任務と理解していたので覚悟は出来ていた。
 とはいえど感覚が変わったと言うことかなんか「女装」の時より頼りない印象だ。
 それに綺麗な物を着けているとは言えどパンツ見られるのは嫌だな。
 こんなんじゃ風がふいたら一発で捲れ上がるだろうし。
 布きれ一枚の下は女としての体と思う余計に見られたくない思いが…
 この時点ではまださすがに女としての羞恥心ではない。

「それじゃ行きましょうか。舞ちゃん」
 迎えにきたのは女性警官である高橋絵里子さん。
 オレが痴漢捜査の際に女性的な歩き方や仕草をレクチャーしてくれた人物だ。
 三十をちょっと越した程度の短髪の女性。
 身長はやや高めだ。胸はあまりない。
 飛び切りとは行かないが美人の範疇に入る。
「高橋さん。いきなりその名前はちょっと」
「あら? 元に戻るまでその名前でしょ」
 一種のコードネームとして女性名も設定した。それが遠山舞(とおやま まい)だ。
 苗字に「おやま」とあるので「女形の舞」と言うネーミングとか。
 既に肉体は完全に女性だが名前まで女性名になると精神的にもあっという間に女性化しそうだな。
 しかしそれではオレがこの任務についた意味がなくなる。
 あくまで男の精神を維持して女の肉体を駆使せねば。

 署に戻り元の部署。そしてとりあえず新しい部署に挨拶を済ませるとオレはいきなり手の空いている女性陣に囲まれた。
「それじゃまずあたしたちがやって見るわ」
「よ、よろしくお願いします」
 ここは更衣室。山と積まれた女性服は古着屋から調達されたものだ。
 印象を変える意味もありバリエーションがいる。
 そうなるとそれが新品ばかりと言うのもおかしくなる。だから古着だ。
「はい。まずは服を脱ぐ」
 高橋さんが楽しそうに言う。
「あの…やっぱりみんなの前でですか?」
「ええ。『女同士』でしょ」
 やや抵抗がある。しかしこれも仕事と割り切り下着姿になる。
 目を皿のようにしている女性警察官数名。
「うわぁー。本当に女の子なんだ」
 女装してのけたこともあり、その時は女性に見えるかチェックを依頼したこともある。
 しかしこうして半裸。ましてや女性化した姿を見られると言うのはかなり恥ずかしいものがある。
 自分でも赤くなるのがわかる。思わず視線を下に。目そのものも伏目がちに。
「やだ。可愛い」
 その表情が彼女たちを刺激したらしい。
 きゃいきゃいやかましい声で騒ぎ出し、そしてあれがいいこれがいいとブラジャーを選び出す。
 当然だが女の数だけ服の趣味がある。すんなりまとまるはずもない。
 着るのはオレなのに…

 誰も笑ってない。
 オレはオレで半裸でのさらし物状態に。
 女性たちと言うと新しくつけたブラの印象でだ。
「高橋さん。可愛くないですよ」
 大きいサイズで可愛いデザインではなかった。
「しょうがないでしょ。このくらいあれば成人女性らしくなるでしょ」
 それで薄い胸に設定されていたのか。調整次第でなんにでも出来る。今は詰めてCカップにしていた。
 大きくするのは詰め物の加減次第だが大きい物を薄くするのは無理だ。
 サラシとか言う手もあるがそれだとブラジャーのシルエットにはならないからな。
 それなら最初は薄くして後から大きくしてもいいんではと思うが、薄い胸がいきなり大きくなったら詰め物を疑うが、意外に逆の可能性は考えないようだ。

「まずはこんなものかしら?」
 想像していたよりは早くまとまった。
 クリーム色のブラウスに紺のタイトスカート。同色のジャケットで女物のスーツだ。
 ちゃんとパンティストッキングもつけている。ここは空調効いているが脚をむき出しにしてこの寒空を歩くのはきつそうだからありがたく思う。
 OLの通勤服を想定している。比較的「おとなしい」デザインでほっとした。
「どう? 動きは?」
「はぁ。ちょっと脚さばきが」
 スカートは初めてじゃない。それでもなんか女の肉体になったせいか以前とは違う。
 とにかくスカートのすそがひざに……と言うかストッキングにまとわりつく。動きにくい。
「慣れてもらうしかないわね。歩幅が小さくなればそれだけ女性的に見えるし。でもそんなに動きにくいなら靴はかかとの低い物がいいわね」
 痴漢対策である。追う。あるいは逆に逃げる時にかかとの高い靴では不利。
「でもハイヒールは武器になりますよ」
 別の女性警察官が言う。確かにあのかかとで踏みつけられたら悶絶する。穴が空くんじゃないか?
「歩けないとまずいんで」
 試したことはあるがなんであれで歩けるのか不思議に思った。それだけにオレはやんわりと拒絶した。

「ところで美容室は行かないの?」
 高橋さんが聞いてきた。
 実はオレも気になってたんだよね。背中までの黒髪。
「OLとしてはちょっと長いわね」
「それに揃えた方が可愛いし」
 いや。OLらしくないと言うのは受け入れても可愛いかどうかは関係ないだろう。
 それを告げると「なに言ってるんですよ。痴漢をおびき出すなら可愛いほうがいいじゃないですか」
 た、確かに。
「カラーはまずいわよね」
 染める気か?
「でもいまどき茶髪くらいオフィスでも認めてない?」
 まずい。遊ばれている。しかも染める気満々だ。
「あの…痴漢はおとなしいタイプを狙いませんかね?」
 根拠としては弱いと思うが相手が泣き寝入りすれば逃げられるし。
「それもそうか」
 よかった。
「でも顔が知られてきたら髪の色を変えて行きましょうか」
 そのあたりは仕方ないか。それにイメージチェンジは確かに効果的だ。
 慣れてないオレだからまずは黒髪でスタートと言うわけだ。

 結局は美容院に行かされて短めに切りそろえられた。
 説明は高橋さんがしてオレの髪を切ってもらった。
 うなじが隠れる程度の長さ。清潔感のあるショート。
 社会人女性なら不思議はない。

 そして戻ってからはメイクのレクチャー。一人で出来るようにならないといけないらしい。
 いちいち他の女性の手を借りなくてもいいようにと。
 ちなみに化粧品だが各人持ちよってくれたと。
……と言うか買ったはいいが使えなかったものをここぞとばかしに押し付けられたんじゃ?
 まぁその中からあう物を見つけて揃える格好か。
 たまに女装でする程度ならそんなに品質にこだわらなくても、毎日肌につけるのでは選ばないといけないし。

 一応は準備がすんで今日の所は五時に引き上げ。
 だが先日まで住んでいた男子寮じゃない。
 有事の際に招集かけられるようにと独身男子は寮生活が基本。
 それから解放されたが女子寮に引越しだ。
 あくまで通勤電車の中でのおとり捜査。
 したがって別に「自宅」を隠すまでもないから一般人を装うべく別の所からと言う必要もない。
 そして女としての生活になじむべく回りみんなが女と言う環境に放り込まれた。
 やはり男子寮にこの体ではいるわけにもいかないと。
 それはわかるが一人で女の中に飛び込むのはかなり勇気がいると言うことも考えてほしかった。

 女子寮を見るのは初めてだがさすがに大人の住むところ。
 パステルピンクの洪水と言うようなことはなかった。
 調度品などは女性向けの印象だけど。
「遠山さんはここね」
 寮母の案内で部屋につく。礼を言うべきだったがオレは絶句した。
 こっちの方にピンクの嵐が。
「こ、この部屋は一体?」
「みんな熱心にやってくれてたわよ。カーテンとか持ちよって」
 ものの見事に少女趣味な部屋がそこにあった。
「ハッ!?」
 猛烈にいやな予感がしてクローゼットを開ける。
 吊るされているのは女物の服。
 スーツとかワンピースとか。
 それは任務の関係でわかるが…こっちか!
 引き出しを開けるとやたらかわいらしい下着が。
 くそぉ。みんなしておもちゃにしやがって。

 一気に疲れたのでみんなが帰ってくる前に風呂を済ませることにした。
 人のいないうちにと思ったら甘かった。非番の連中がいる。
 どこかで見ていたのか湯船に使ったあたりでどかどかと入ってきた。
「あ。いたいた。舞ちゃんだ」
 アイドルならまだまし。珍獣を見る目で見られている。
「うわぁ。本当に女の子なんだね」
 この中の何人かは男の時におとりをするべく服を借りたことがある。要するに顔がばれていた。
「お、おまえらっ。すぐに出るから入ってくんな」
「どうして?」
 服を借りたことはないが知り合いである杉 仁美さんがいう。
 小柄で幼顔。それだから小学校や幼稚園の交通安全教室では人気者だとか。
「どうしてって…オレは男だろうがっ」
 綺麗なソプラノがさらに風呂場でエコーが掛かる。
「声も顔も女の子じゃない」
 ううっ。作り変えられたこの身が恨めしい。
「まだ入ったばかりでしょ? 女の子の体の洗い方を教えてあげるから」
「オレは痴漢対策のためにこの肉体になったんだ。そんな必要はない」
「あら。男にない部分の洗い方も知っているの。きゃー。プレイボーイ」
 くっ。悔しいがそれは知らない。
「さぁ。みんなで手伝ってあげましょう」
 ぼやっとしてたら女どもがいっせいにオレを湯船から引っ張りあげる。
 そして何人かは押さえつけ、何人かはオレを洗っていた。
 こいつら。普段お堅い仕事でたまったストレスを俺で遊んで晴らす気なんじゃ?
 しかし多勢に無勢。腕力も普通の女子並になったオレがかなうはずもなく、きっちり洗われてしまった。
 なんだか触られていくうちにやたら力が抜けたし。これってもしや…

 その後も食堂では食事作法。さらには寝る前はコミュニケーションと称してお菓子を持ち込んでくるし。
 男子寮から持ち込んだ自慢のAV(エロビじゃないほう)セットまでいじりだすし。

 明けて朝。食事を済ますと前日に教わった通りに衣類を身につける。
 おかしい所がないかを確認して今度はメイク開始。
 ところがこれが上手く行かない。
 付け焼刃もいいところだしな。
「ええい。くそ」
 イラだって声を上げたらそれを制するかのようにやんわりとした声が。
「舞ちゃん。メイク上手く行ってる?」
「寮母さん」
「その様子じゃダメでしょ? 仕方ないよね。年季が違うし」
 学生時代からしてたり、あるいは逆に社会人になっても就職してないからノーメイクで通す女もいるが、たいていは高校卒業あたりからメイクをし始めるようだ。
 そんな連中とオレじゃ雲泥の差。
「手伝ってあげる。でも自分で覚えてね」
「助かります」
 これは素直に言葉が出た。

 数分後。自分で驚くほど綺麗な顔になった。
「これが…オレ?」
 昨日みたはずなのに改めて驚く。
「うん。ばっちり。それじゃ痴漢もイチコロよね」
 できばえに満足そうに寮母の目黒さんが言う。
 反省のない常習犯だけにしたいけどな。
 たまの気の迷いとかを「誘ってしまった」となると気分が悪い。
「ありがとうございます。それじゃ行ってきます」
 オレは駅へと向かう。既に任務は始まっている。

 たぶん緊張していたと思う。
 以前のおとり捜査は暗い夜道で一人だったから女装姿はそんなに見られなかったが、今度は満員電車である。
 今は完全に女の肉体だけど、それでもスカートはいてメイクして電車に乗り込むのは男として生まれ育った身の上にはきつい。
 これは任務と強く自分に言い聞かせて乗り込んだが…

 三往復して一度も遭遇せず。
 ラッシュがなくなってきた。これじゃ痴漢もしようがない。退散しよう。
 オレは署の最寄駅で降りて署を目指す。

 報告を済ませると事務仕事。
 いくら痴漢のおとりとは言えど電車に乗るだけが仕事じゃない。
 この肉体じゃ本来の勤務にはつけないが内勤は出来る。

 そして本日二度目のおとり捜査。今度は夕方のラッシュだ。
 しかしこれも空振り。
 まぁいきなり遭遇もするはずないか。

 緊張の一日が終わり女子寮へと帰宅する。精神的に疲れた。
「お帰りなさい。舞ちゃん。どうだった?」
 オレの正体を知る寮母さんは任務も知っているので尋ねてくる。
 オレは首を横に振る。
「あらそう。舞ちゃんとても可愛かったけど、ちょっと子供っぽかったかしら」
 う。確かに顔の印象は二十歳前後。ちょっと不自然なOLだったか?

 痴漢にあわなくて落胆と言うのもへんな話だが、オレがわざわざ女になったのもそのためなんだ。
 一人くらい捕まえないと意味がない。

 そんな事情を知ってか知らずか今日もオレの部屋で宴になる。
「あははは。女としてはちょっとわかるわ。あたしにそんなに魅力がないのかって」
 杉さんが言う。いや。それが理由で落ち込んだんじゃなくて、徒労に終わったからなんだけどね。
「いくら痴漢電車でもそんなに毎日は出ないでしょ。また明日。明日」
「でもさぁ、こんな体になったのに空振りじゃなぁ」
 アルコールのせいか愚痴が出る。口調も砕ける。
 女の肉体だからか酔いが早い。
「それじゃ気晴らしにいい物みよう」
 杉さんがその可愛らしい声で言うとその場の純正女子たちの態度が二分された。
 うんざりした表情と待ってましたというものだ。
 返事も聞かずに杉さんは出ていくとしばらくしてビデオを持って戻ってきた。
 それは男性アイドルのライブDVDだった。
 彼女は熱狂的なファンだったのだ。

 それから二時間。ライブビデオに興奮している杉さんたちを横目にオレは醒めていた。
 男にもファンはいるかも知れないがオレはあんまり興味がなくて。
 どっちかと言うとAK…いや。それもどうでもいいか。

 翌日も乗り込むが痴漢に遭遇せず。
 まさか事前におとり捜査がばれているんじゃ?
 被害が出ないのはいいことだけど自分の肉体をわざわざ女に作り変えたオレの存在意義は?

 夜。昨日ライブDVDを見なかった面々が最初からDVDを持ってきた。
「昨日のはガキの趣味。今日のは大人の趣味だよ」
 そう言って橋由紀子さんの手でかけられたのは大あまのラブロマンス映画。
 持ち込んだ当人はうっとりしたように観ている。
 ヒロインに感情移入しているのだろう。
 けど今のオレはまだ心まで女になってないし。正直わからない。

 空振りと夜の宴で日々はすぎ金曜日。
 このころにはオレもすっかり電車に乗るのになれていた。
 メイクも自分で出来るようになった。
 やって見るとこの白い肌に色を乗せるのが絵を描くみたいで面白い。
 「いつもどおり」満員電車に乗り込んだ。

 ついにきた!
 尻に手の感触。
 ただこれだけじゃたまたまと言う可能性もある。この混雑だ。冤罪はまずい。
 もっとはっきりしたことをやらかすまでまたないと。

 オレが恐怖しているとでも思ったかその手の主は調子に乗ってこちらの下半身をもてあそび始めた。
 胸は目立つからか触ってこないがスカート周辺はしつこく触って来ている。
 もうこれで充分に確定なんだがもう少し。
 確かに本当の女性なら未知の存在である男に触られまくってパニックをおこしてしまうだろう。
 だがなめんなよ。こっちゃ体は女でも魂は男だ。ケツ触られた程度で怖がるかよ。

 よし。スカートの中に手を入れてきた。これで言い逃れは出来ないぞ。
 オレはそいつの手をつかむとこの高い声で「この人痴漢です」と叫んだ。
 あくまで一般人を装うためここで身分は明かせない。だからこその台詞。
 この台詞でいっせいにオレから乗客が離れた。
 満員電車でも痴漢が誰か判別するだけのスペースが出来る。
「げっ」
 オレに手をつかまれたくたびれた中年男は予想外の展開に声をあげる。
 丁度そこで電車が停まる。痴漢は逃げ出そうとするがオレは後ろからタックルするようにしがみつく。
 元々が小柄だったから体格で勝る相手への対処方は知っている。
 しがみつかれた痴漢は駅のホームで倒れこむ。したたかにどこか打ちつけたらしく逃げられない。
 オレは痴漢がクッションなったから無事。むしろ軽量とはいえど痴漢にのしかかりダメージを増加させた。
「駅員さん呼んで下さい」
 オレは駅員が来るまでしがみついていた。

「それじゃ舞ちゃんが痴漢逮捕したことにかんぱーい」
 グラスが打ち鳴らされる。女子寮で「祝勝会」だ。
「サンキュー。やっと捕まえられたよ」
 これで少しは女の肉体になった意味がある。
「そろそろかなって思ってたけどね」
「調子のいいこと言うわね」
 これは女子同士の会話。
「イヤ。ホントだってば。最初はぎこちなかった舞ちゃんだけど最近は慣れたのか自然な感じになったし」
「そう言うことならわかるわ。無駄な力抜けてきてたし」
「あの……オレそんなに力んでました?」
「がっちがち」
 ここでみんなして笑う。オレ自身は苦笑。
「やっぱ女子力が上がればこうなるわね。そうだ。舞ちゃん明日は非番でしょ? 買い物行かない」
「コスメとか下着とか」
「もう充分ですよ。必要最低限はあるし」
「だめだめ。本当の女の子に見せるべくおしゃれはしておいた方がいいわよ」
「それに言葉遣いもね」
「あ、あんたらだって充分ラフだぞ」
「それにしたってあたしら『オレ』なんて言わないし」
 痛い所をつく。基本的に現場である車内でしゃべらないから自己代名詞なんて「オレ」のままで構わないと思っていた。
 しかし女に慣れて成果が出たというなら考えないとまずいか。
 オレはちょっと考える。
 しかし気分転換もいるし買い物は行くことにした。

 翌日。オレは杉さん橋さんと共に町に繰り出していた。

 今までは古着で通勤服ばかり。
 そこに女の子らしいワンピース。
 パッドを抜いて薄めの胸にしたけど、それが逆にこのフリル満載の服を似合わせていた。
 これも女性性を高めるためと思い(また高額の「謝礼」でふところが暖かいこともあり)色々買いこんでいた。
 足元もヒールの高い靴を。男の時は合わなかったが女の肉体にはあうのか意外に歩ける。
 女の記号が追加されるたびにオレと言う自己代名詞がなんか違和感だわ。
 とにかく何か高まって行く。自然とテンションが上がっていく。
 だって鏡の向こうの女の子が可愛いから。
 そして道行く男たちがこちらを振り返り、その視線が結構、優越感を満たしてくれたし。

 なんだかギアが一段切り替わった感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 それから一ヶ月。三月半ば。
 あたしは7人を捕まえていた。
 毎晩のように「女子力アップ」と言う名のミーティング…と言うか宴会。
 すっかりガールズトークにもなじんで自己代名詞も「あたし」と言うのがすんなり出るようになっていた。
 それだけ自然な女に近づいたからかあたしに痴漢を働く男どもも増えてきた。

 そして三月となると移動の季節で送別会とか早めの花見で酒を飲む機会が増える。
 酔えば運転は出来ない。電車も混雑する。
 つまりそれだけ痴漢しやすくなるのだ。
 ましてやアルコールの入った女ならくみしやすしと思っているのだろう。
 まさに今その状況。
 非番のあたしは花見に興じていた。そしてしたたかに酔った。
 はっきりしない表情をしていたと思う。
 そこを狙われたらしい。
 あたしは春物のピンクのワンピースとかかとの高い靴と言う格好だった。
 今日はおとり捜査じゃないからと機能性よりおしゃれを優先した。
 そこまであたしは女になっていた。

 あたしの下半身に後ろから粗末なものを押し付けてきていた。
(こんのぉー。お気に入りのワンピを汚したわね)
 酔いも手伝いあたしは切れた。後ろにいるらしいそいつの足めがけてヒールで踏みつけてやる。
「ぎゃあーっっっっ」
 たまらず悶絶している痴漢。あたしは常に携行している警官の身分証(ちなみにちゃんと女子としての顔写真)を示し
「あなたを迷惑条例違反。わいせつ物陳列罪で逮捕します」と啖呵を切ってしまった。
 沸き起こる拍手。そしてフラッシュ。
 まずい。撮影された。あたしの顔がばれる?

「困ったことになったな」
 所轄に戻ると署長に呼び出された。
「申し訳ありません」
 あたし深々と頭を下げた。酔いなんてあさっての方に飛んでいる。
「いや。そういう任務だからね。逮捕自体はいい。考えようによってはあれがいい見せしめになる」
 そう言われてあたしはほっとした。
「だが顔が知られた。任務は難しくなったな」
 頭が痛いのはそっちか。
 あたしも落ち込んだ。

「そこでなんだがイメージチェンジで対処しようと思う」
 一ヶ月で随分髪も伸びたし、確かにそろそろ顔を変えたほうがいいかも。
 署長は絵里子さんを呼んであたしたちに新しい姿への転換を命じた…が…

 三日後。
 また寮母さんや高橋さん。非番の女子たちが寄ってたかったあたしを弄くり回す。
「下着はこんな感じかな?」
「最近は結構進んでいるみたいですけどね」
「懐かしいわね。あたしにもこんなころがあったわねぇ」と寮母さん。
「カバンの方はやっときましたよ」
 仁美の声。バッグに小さな人形などがついている。
「ちょっとぉ。仁美ぃ。それじゃお子様みたいじゃない」
「舞はこれからお子様になるんでしょ」
 今では完全に女同士で下の名前を呼び捨てにしあっていた。
 年上の人も敬称は付けるが下の名前でだ。
 あたし苗字変えるつもりはないのにね。

 下着をつけるとスカートを穿き、トップスを被るようにいわれた。
 スカートはジッパーをあげ、トップは下げる。
 それからヘアメイク。
 あたしはベッドに座らされ丁寧にブラッシングされる。
 ストレートロングだが後ろをにリボン。ポニーテールじゃなくて房の一部にリボンをくくりつけている。
 そして黒淵のメガネで真面目な委員長風。
「よし。完成」
 絵里子さんが言うと拍手が沸き起こる。
「あの……本当にこの格好で乗るんですか?」
「当然。署長が言ってたでしょ。最近は高校生の被害も頻発と」
「それに最近はなじみすぎてマンネリ化していたみたいだしね」
「ここらで初心に帰るのもいいだろうと言う署長の言葉だし」
「そんな。あたし馴染んでなんていません。いつだって男の心を忘れてませんよ」
「ふーん」
 一同が白い目で見る。
「な、なんですか」
 その間に仁美が何かしていたがそれが再生される。こ、このメロディはっ?
 あたしは即座にテレビを見ると
愛しい彼の姿をみた。黄色い声が飛び出てくる。
「きゃーっ。ツッキーッ。愛してるーっ」
 あたしはモニターに向かって手を振っていた。
 いやんいやんいやんいやん。ツッキーッたらいつ見てもいい男。
 あたしは身もだえしてひとしきり興奮していた。
「ハッ?」
 視線を感じて冷静になる。振り向くとニヤニヤとした笑みが。
「誰が男の心を忘れてないって?」
「『ツッキー。愛してる』だもんねぇ」
 うう。女の肉体に馴染むにつれてだんだん男の自覚が希薄になって来てたとは思っていたけどここまでとは。
 一ヵ月半のうちにあたしはすっかりザビーズ事務所の少年アイドルたちの格好良さに魅せられていた。
 痴漢なんてしてしまう男たちの醜い部分を見てきたおかげで彼らがまぶしく思えて。
「というわけで初心に帰りましょう」

 あたしは女子寮から叩きだされた。
 手にしているのは学生カバン。
 今度は胸に詰め物はなくAカップで可愛らしい胸元。未成熟な印象が。
 そしてあたしの体を包むのは紺色のセーラー服。

 あたしはOLから一転して『女子高生』になっていた。

 ちょっと待ってください。OL風で面が割れたからイメージチェンジはわかります。
 けど女子大生とか経過させずにいきなりここまで?
 そしてこの顔。若い顔ではあるけどどう見ても二十歳は超えている。
 つまり今のあたしは「二十歳超えてセーラー服で乗車する痛い女」…は、恥ずかしすぎる。

 駅までの道が針のムシロ。周囲の人たちがみんなあたしを見ているようで。
 もしかして年齢どころか実は男ともばれたんじゃ?
 だとしたらどこから? そんなに男っぽい? もう充分に女らしくなったと思ったのに。
 歩き方かしら? 男時代の名残で大またで歩いていたのかしら。
 OLの時は歩幅の小さくなるスカートが多かったけど、大きく足を広げられる格好になったからついストライドが広く?
 ううん。歩幅だけじゃないわ。表情なんかも「男」が出ていたのかしら?
 もっと優しく微笑まないと。
 それに声。これもきつくなっていたかも。小さく穏やかな声で。

 通り過ぎることの出来る道でこれですもの。
 閉鎖空間である電車なんていったら駅から駅の間は一緒の面々。
 ああっ。見られている。いやだ。恥ずかしいッ。そんな好奇の目で見ないで。
 あたしは思わず女性の後ろに隠れてしまう。
 頭では意識過剰と思うけどみんなあたしを凝視している気がして。
 こんな任務早く終わりたい。
 ううう。痴漢さん。早く出てきてください。

 それから十日。
 はやっと女子高生のふりにも慣れてきました。
 人間ってすごいですね。何でも出来るのですね。
 みなさんに言わせるとかなり変わったと。
 仕草は細やかに。言葉遣いも丁寧に。しかも優しい口調に。
 表情にも攻撃的なものがなくなったと。
 誰が見ても可愛い女の子だと。
 たぶん人の目を意識した結果だと思います。
 女は見られて綺麗になるといいますが本当なんですね。自分「に」言うのも変ですけど。

 そしてしばらくしてやっと私の胸を後ろからもむ感触が。
 最初に思ったのは怒りでも恐怖でもありませんでした。
 その感情が言葉をつむがせます。「嬉しい」と。
「あ!?」
 痴漢さんは思わず声をあげ動きを止めました。
 そうですよね。まさか嬉しいなんていわれるとは思いませんもの。
 私は痴漢さんに向きあいにっこりと微笑みました。
「逢いたかった…」
「は?」
 思わず間抜けな表情になる痴漢さん。あらやだ。ちょっと格好いい顔。痴漢なんてしなければもてそう。
「これでこの任務から解放されます」
「え?」
 虚を突かれた痴漢さんの脚を払い体勢を崩します。
 そして自分の体重を浴びせのしかかります。
 痴漢さんは地面にしたたかに打ちつけられます。その手に手錠をして
「迷惑条例違反の現行犯で逮捕します」と高々と言う。
 これだけ派手にやれば知れ渡ります。これでこのモードも使えなくなる。
 私は失格の烙印を押されて外されることでしょう。
 そうすればもう女子高生の格好なんてしなくてすみます。

 周辺から拍手が沸き起こりました。
 いけない。人前なのにトリップしちゃってたわ。
「すっげぇー。女子高生刑事かよ」
「かっこいい」
「かわいい」
「ドラマみたい」
「むしろマンガだな」
 私に対する賞賛の声が。
 確かに悪い人を止めましたがそんなに誉められて…ああっ。視線が気持ちいいっ

 

 

 

 

 

「困ったことになったな」
 署長が苦虫を噛み潰したような表情です。
「ですからイメチェンして続行しますから」
「それはいいんだが…さすがに無理がないか?」
「いいんです。無関心でない車両では痴漢行為も出来ないはずです。私が遭えて恥をかきます」
 私は髪の毛を二つに分けてツインテールに。
 そして女児服を身に纏い赤いランドセルで女児小学生に扮してました。
「これで痴漢も視線もひきつけます」

 賛美の視線の快感を知ってしまった私は期限いっぱいまでいろんな女の子になります。
 場合によっては脱いでもいいとすら思っていた。

 

 

 

 

 そして翌年の五月。
 あたしは実験終了で男の体に戻っていた。
 けれど女の子だった日々が忘れられず。
 今では休日は女装が当たり前になっていた。
 車内で私に向けられる奇異の目が今では快感に。

 目的地に到着。一応は男子更衣室で着替えアニメの女性戦士の姿になる。
 もちろん下着から女物でメイクもばっちり決めている。
 毎日やっていたのは伊達じゃないわ。当たり前だけど普通はしない他の男より上手く出来てるわ。

 ここはコスプレイベント会場。
 あたしはすっかり女装コスプレイヤーとして知られていた。
「舞さーん。こっちに視線くださーい」
「はーい」
 あたしはにっこり微笑むとカメラに向かってポーズをとった。
 ああっ。刺さる視線が気持ちいいの。もっとあたしを見つめて。

Fin


 最初は「女装趣味」と言う作品の後日談と言うか語られなかったエピソードと言うつもりでした。
 『女装趣味』主人公の麻衣子が女性らしさを身につけるべく視線を集めるようにセーラー服での出社を命ぜられると。
 それはいじめだなと思い没でしたが、おとり捜査で女装はない話でもない。
 そこでこう言う形になりました。

 本当はOLと女子高生の間に女子大生が入るはずでした。
 けどリズムが悪くなりそうで見送りました。

 そして最大のきもである女子高生状態。
 視線を浴びすぎて最初は人目を気にして小さくなって。
 しかしここで逆にはまってしまいああなったと。
 中学生と思ったけどもっと無理のある姿で小学生にしました(笑)

 ちなみに裏設定ではさすがに認められず。
 女子大生から再開と。

 ネーミング。
 遠山は「遠山の金さん」で。
「舞」と言うのは深い意味はなくて。「女形の舞」は後付け。
 それで関係者は「金さん」を演じた俳優の名前から。

 笑ってもらえりゃそれで報われます。

 読んでいただきありがとうございました。

城弾

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