少しずつの入れ替わり
作:石山


 グラウンドの傍、こそこそと帰っていく少年がいた。
「立花、今日もサボりかー」
 グラウンドでキャッチボールをしていた野球部員が声をかけてくる。
「うるせー。今日も用事なんだよ」
 その後を、女生徒が距離をおいて着いていっているのは、ぱっと見では分からない。
 そのうち、二人は別の経路を経て、高校近くのマンションへと入っていった。
「委員長、コレめんどくさくねー?」
 エレベータに乗った二人は同じ階で降りた。
「あなたみたいなエッチな人と誤解でもされたら困るから」
 立花と呼ばれた少年は、だめだこれはと天を仰ぐ振りをする。
「じゃあ、今日の状況を把握するわ……」
 そう言って、委員長はセーラー服のリボンを外し、上着を脱ぎ始めた。顔は伏せているため表情が分からない。
「あ、あぁ……」
 その声にあわせて、立花も学生服を脱ぎ始める。そういえば、二人とも夏だというのに下にTシャツを着込んでいるようだ。先に脱ぎ終えた立花の姿を見て、委員長は息を飲む。
「やっぱり胸まで……」
 立花少年の胸には、柔らかそうな双丘が盛り上がり、その先にピンクのポッチが薄ピンクの乳輪の中に存在していた。
「じろじろ見ないでよね」
 顔を赤くした委員長は、最後のTシャツのしたに来ていたブラジャーまで脱ぎ去った。
「俺の胸か……」
 そこには、そこそこに鍛えこまれた胸板が存在していた。肩や腕に見られる柔らかそうな肌ではなく、硬く強そうな皮膚だった。
 それは、二人して社会科資料室の道具を取り出そうとした時だった。二人の間で昔の人形のようなものを落としてしまい、バラバラにしてしまったのだ。
「あの時は、手のひらだったよな……」
 立花の差し出した手は、男の手にしては小さく細い指をしている。
「これじゃ、制球ができねぇ」
「早くなんとかしないと」
 焦った声の委員長に、なんだか楽しそうな立花。
「しかし、柔らかいんだよな……コレ」
「さわらないでよ」
 腕を押さえ込もうとして間違って立花の胸を掴んでしまう委員長。骨ばった手の平が柔らかな肌を遠慮なく掴んでいた。
「いててて」
「ごめんなさい」
 委員長はその感触と痛みを感じた立花に驚き、部屋の端まで後ずさった。こうして二人は、体の部分が入れ替わるという怪現象に遭っており、その情報交換に鍵っ子である委員長の家で会う事にしているのだ。
「一日一箇所か……」
 遠慮なく胸を揉んでいる立花に説得力は皆無だが、その推測は正しかった。

委員長のマンション。目覚ましよりもけたたましい声が部屋に響き渡った。
「な、な、な、な、あああああ」
 なかなか寝付けなかった委員長の目の前には、ぐったりと寝転ぶ奇怪なモノが居た。正確には、窮屈そうな場所にくっ付いていた。
「なんでいきなりここなのよ、ここって、あれじゃない。あれってなんのよ。でも、順番おかしいってば」
 泣きじゃくりそうな勢いだが、恐怖の方が勝っているんだろう。ベッドの奥へと逃げようとするが、股間に張り付いている男の証明が立ち去ることは無い。起きかけなため、勢いよく立ち上がったモノである。
「これじゃ、男の子じゃない」
 朝の7時だが、両親ともが朝早いとあって、その騒ぎを知るものは居ない。
「いけないわ」
 自分の股間にちんちんがくっついているという状況以外の懸念事項を思い出したようだ。
「あいつに私のが!」
 それを考えただけで、先ほどとは違うベクトルに頭が煮えそうになってくる。いつも冷静なお嬢さんっぷりを発揮する少女だが、今朝の状況はひどいものだった。上げるのを忘れたショーツ。その隙間から覗く股間から垂れ下がるモノを完全に忘れ、携帯電話のメールを必死に打っていた。
 文面を要約すれば、『触るな、見るな、忘れろ』だろう。しかし、メール送信し終わったところで現実が戻ってきた。尿意だ。問題を先送りにしようとすればするほど、尿意が高まってくる。いつの段階で入れ替わったのかはわからないが、むし暑くて寝る前に飲んでしまった麦茶を恨みたくなる。
「よし、よし、大丈夫、大丈夫」
 そういって、トイレの前に立った。1分ほど時間を要して中に入る。便座に座るが、尿意のせいでガチガチに固まったモノが便座の中に入ろうとしてくれはしない。
「これって、このままじゃ、あそこにあーして」
 ウォシュレットの放出みたいになるのだろう。そんな惨事は回避したい。でも、触るのは嫌だ……。しかし、尿意が高まり限界に近づいたとき、委員長は冒険にでた。
「こうすれば!」
 腰をちょっと浮かし、ホースの先を元から調整したのだ。かろうじて射線上に便器の外縁が入っている。
しかし、その工夫もあっさりと暴走するさきっちょに砕かれる。尿での大惨事は免れたが、とっさに掴んだ指先が尿にぬれ、がっちりと掴んだその感触が指に残った。
「問題ない、問題ない。どうせ私のおしっこなんだから。手はあいつのだし」
 その論法に無理は無いのか。そんなことは考えないことにした。そして、委員長は着替えという難関に突入していくこととなった。昨日は、胸にパットを仕込む作業だけだった。いや、手に生えた毛がないかチェックもしていた。
「これ……大丈夫かしら」
 もちろん、ショーツからはみ出ないかということだ。
「しかたない」
 短めのスパッツを着用することにした。これならば、形が出ることは無い。委員長は元々スカートをミニにしているわけではないため、スパッツが目立つことも無い。その時、メールが返ってきた。それを見た瞬間、委員長の髪が逆立った。メールを要約すれば、縮れ毛も入れ替わったらしいとのことだ。モノ自体の存在感に忘れていたが、委員長の陰毛とはボリュームが違っていた。
「ほんとに袋なんだ……」
 冷静にそんなところも見てしまう。スカートを翻し、スパッツとショーツの隙間から股間を覗く女子校生が、そこにはいた。

 学校につくと立花が委員長にトイレの仕方を尋ねてきた。ずっと我慢してきたそうだ。
「拭くのか……、しかし、立ちションもできねーのか。くそう。委員長は、便利になったよな。これでどこでもしっこができるぜ」
「どこでもなんてしません、ぜったいにしません」
 委員長はきっぱりと否定した。
「しかしさ、いまは見た目があんまり変わって無いが……、顔でも変わってみろよ。もう、お互い性別も入れ替わってるわけだしよ」
 性別が入れ替わっていると再確認されたことに委員長がフリーズしかけている。
「もう、出るとこがかわって誤魔化すのも大変だし。つぎ、足でも入れ替われば身長も変わるぜ?」
 次々出てくる問題の再確認。委員長がここのところ寝不足の原因だ。
「そんなこと言われなくてもわかってるわよ。それよりもホントに変なことしないでしょうね。胸とあそこまで入れ替わって……」
「あ? あぁ、オナニーしないかってことか。すまん、した。気持ちよかったわ。おかげで遅刻しそうになった」
「!!!」
 言葉にならない怒りというものだろう。立花は、ノンキそうに笑っている。
「委員長もやってくれていいよ、オナニー。やりかた教えようか?」
「こんの、変態が!」
 思わず平手が出ていた。しかし、リーチの短い委員長では……届いた。おまけに鋭い。
「うげっ」
 立花が頬を押さえてへたり込んでいる。
「すっげぇ力……。あれ?」
「腕が……」
 伸びていた。委員長は立花よりも頭一つ分身長差がある。その腕がくっついたわけだから、委員長が手長。そして、立花は。
「みじかっ」
 夏服だから、毛のないきれいな腕が立花から生えている。
「いきなり入れ替わった。なんでだ。一日一ヵ所じゃないのか」
 立花もいきなりの事態に動揺している。委員長は、ぱっつんぱっつんになった袖、そして腕毛。
「か、かえる」
「そう、そうだな」
 早退をした二人は、急いで委員長の家へと向かった。しかし、途中の歩道で足が入れ替わり、靴が合わなくなった。次に髪が入れ替わった。突然の長髪、突然の短髪に戸惑ったが、構っては居られない。エレベータを待っている間に脚が入れ替わった。
「ひぃぃぃ」
 委員長は、あと少しで過呼吸に陥りそうだった。二人の視点が並んでいたのだ。そして、部屋の前で、上半身の残りが入れ替わった。
「ま、まって……」
 ドアを開いて入ったとき、もう体の部分としては顔しか残っていなかった。
「なんだこれ……」
 だぶだぶの学生服を着た男顔の女の子。窮屈そうなセーラー服を着た女顔の男の子。ちぐはぐな状況に、二人とも呆然としている。二人はソファにへたり込んだ。そして、委員長が……、委員長の顔をした者が切り出した。
「服をとりあえず脱ぎましょう……、確かめないと」
 服を脱いだ二人は、完全に顔のパーツ以外は女と男が逆転していた。立花は、自分の体を眺めて顔を赤くしている。胸の先をとがらせて、股間を湿らせている。委員長も痛いほど勃起させ、その状況を理解しようと努めている。
 持ち帰った人形がかすかに振動している。しかし、委員長の部屋に置いてあるため、二人は気づかない。
「これ……、わたし……」
 完全に自分の体を外から見ることはない。そんなあり得ない状況を二人は体験している。『確かめる』という行為は、二人にとって相手の体を触る他ないのだった。がたいの大きな委員長が股間のモノを揺らしながら、立花へと近づく。立花は、一歩後退する。
「な、なんか、こわいな、この身長さ」
 顔は委員長なのだが、体格の違いからくる威圧感は相当なものだ。委員長は、そんなことはお構いなく、自分の胸だった膨らみをおそるおそる触ってみる。そして、その感触に思わず、体の一部が反応してしまう。そして、二人とも頭を殴られたような衝撃を受け、その場に抱き合うように倒れた。
「あ」
 気づいたのは、委員長だった。しかし、口調が違う。
「俺が居る」
 委員長の姿となった立花が先に気づき、目の前で倒れこんでいる裸の自分を確認したのだ。その声に気づいたのは、委員長のはずだが。
「私だ……、じゃあ、顔も」
 部屋においてある手鏡で確認する。そこには、野球部員の立花がいた。委員長の細身で色白の体とは対照的に健康的に日焼けしたがっちりした体型の男だ。
「完全にいれかわっちゃったね……」
 さすがに慣れたのか、股間のモノはしぼんでいる。
「そうだ、あの人形どうなってる」
 二人は、裸のまま、奥の部屋へと向かっていった。そこには、バラバラにくだけた人形が元の姿にもどっていた。元がどういうものだったかは正確に覚えていない二人だが、手足の構成に違和感が無い。
「直ってる……、直そうとしてもぜんぜんくっつかなかったのに」
 委員長はさすがに股間のぶらつきがきになったのか、近くにあったカーディガンをとるが、ペニスにくっつけるのが汚く感じたのか、元に戻した。
「これ……、もういちど壊したら、また入れ替わるんじゃないか?」
 そう立花が発案する。
「いえ、そんな確証ないわよ」
「でも、この状況よりはいいだろう。まぁ、オレはそこそこ楽しいけど。出したいもん出せないのはつらいし。気持ちいいけど……」
 委員長が睨みつける。元の顔の十倍は怖い。
「ちょっと、いつまで裸なのよ」
「それは、委員長もおなじじゃんか」
 二人はリビングに戻ると脱ぎ捨てた服を手に取り、考え直す。
「元の服は着れないわ……」
 交換が順当ということになったが……。
「へんな気おこさないでよね!」
 さすがに着ていた服を着られるのはいやだったのか、委員長は新しい下着を持ってきた。自分はというと、立花のボクサーパンツを穿くことになった。汗染みがあるボクサーパンツを穿くと、もっこりとした部分が強調されて……。
「はぁ……」
 ため息が出た。体から沸き起こる嫌悪感は無視した委員長が話を元に戻した。
「さっきの人形、壊す?」
「あ、あぁ……。壊そうか?」
 それから二時間あまり壊す壊さないの話が堂々巡りをした。そして、結局壊すこととなった。
「よし、やるぞ」
 そう言って立花は、委員長の体で大きくフルスイングして床にたたきつけた。しかし、リビングの床がクッション剤入りなのか人形が壊れない。
「私がやるわ、かして」
 場所を移して玄関にやってきた委員長は、立花の体で思い切り床に人形をたきつけた。人形は大きな音を立てて爆ぜた。部品は前回の分かれた個数の十倍くらいになろうか。
「砕けたってかんじだな……」
 とりあえず破片を集めた二人は、再びソファに戻った。
「なぁ……。なんか変わったか?」
 そういった立花は、脚を組みかえる。委員長の目に白いショーツが映る。
「もう、はしたない。やめてよね、私の姿なのに」
「そんなのどうでもいいだろ、ここには委員長とオレだけなんだし。ところで、どこか体かわってないか」
二人はそういって自分の体を見回した。そして、十分後。
「立花くん。ここ、ここ」
 足の指を見せる。そこには、くすり指だけが指の長さに違和感がある。すこし短いのだ。
「まさか」
 立花も確認すると足のくすり指が長くなっていた。
「つまり……。また入れ替わりがはじまった!」
 二人は手を取り合って喜んだ。しかし、委員長が真顔になる。
「ねぇ、これって、いつまで戻るのに掛かるのかしら」
 委員長は砕けた破片の数をみて絶望し、立花は新しい計画に笑いを堪えるのが大変だった。



inserted by FC2 system