暗殺者

 

俺はいま、喫茶店にいる。

地階の店なので窓は無く、間接照明で照らされている店内は、やや暗い程度。

客は女が2人だけ。

同じテーブルで向かい合って座っている。

ひとりは俺。うすい水色のスーツに肌色のやや厚手のストッキング、髪をアップにして眼鏡をかけた、見た目キャリアウーマン風の女。

そしてもうひとりは依頼人。サングラスにマスク、ニット帽を深く被って怪しげな格好をした女だ。

テーブルには、先ほど運ばれてきた2人分のコーヒーと、書類封筒が置かれていた。

 

「・・・この女を・・・、殺してください」小声だが、穏やかではないセリフ。

しかし他に客はいないし、入り口とカウンターからは一番遠い席を陣取っているので、他人に聞かれる心配はない。

 

俺は殺し屋だ。

裏の稼業を生業としている。

表の世界の人間には、知る必要のない存在だ。

 

この女は、どうやって俺のことを知ったのだろう。

俺をここへ引っ張り出すまでに、相当の労力を費やしたはずだ。

よほどターゲットのことが憎いとみえる。

 

俺は中身の確認をするため、テーブルに置かれていた書類封筒に手を伸ばした。

写真と、ターゲットに関する資料が収められている。

それにざっと目を通してる間、依頼人の女はターゲットがいかに酷い人間なのかを、くどくど語っていた。

 

「わかりました。お引き受けします」

 

俺は、依頼者の話を遮るようしてに言った。

それを聞いた依頼人は、引き受けてもらえるかどうか心配だったらしく、ほっとした様子だ。

・・・もっともその表情はわかりにくいが。

 

「ではこれを」

俺は2枚の請求書を差し出した。

 

「一枚は前金用、もう一枚は成功報酬です」

「はぁ・・・」

「まずは前金の支払いをお願いします。入金が確認され次第、こちらは仕事に入りますので」

「はぁ」

「そしてこちらは、1週間経ってもターゲットの存在が確認できていた場合は支払う必要はありません。その場合は失敗したと考えてください」

「はぁ、そうですか・・・」

「しかし1週間後、仕事が成功したと思ったのでしたら、お願いします」

「・・・はぃ」

「必要経費は、こちらの規定額ですでに前金に含まれています」

「・・・」

「あなたとお会いするのは、これが最後になるでしょう」

 

契約は成立した。

が、依頼人は何か不安げな様子だ。

まあ、無理もない。

 

「大丈夫、1週間後には、あなたの望んだ結果が出てるはずですよ。・・・では」

 

俺は払いを済ませ、店を後にした。

 

 

店の外は暗かった。

客の少ない時間帯を選ぶと、どうしても深夜になってしまうからだ。

 

俺はアジトへの帰りの途中、人気のない公園に立ち寄った。

公衆トイレの個室に入る。変装を解くためだ。

 

まず、着ているものを全て脱ぐ。

うすい水色のスーツ、パンスト、下着類もだ。

髪を下ろして、眼鏡も外す。

 

そして、首の後ろに手を回し、髪を掴んで左右に引っ張ると、

ピッ

という音がして、首筋に裂け目ができた。

 

ピピピッ

 

さらに引っ張ると、裂け目は腰のあたりまで広がる。

そして、その裂け目からは、中に人がいるのが見えた。

俺だ。

 

依頼人と会うとき、俺は変装する。

素顔を知られたくないからだ。

まあ、向こうも顔を隠していたのだから、お互い様だな。

 

素顔を知られたくはないのだが、俺は依頼を受けるとき、最後に依頼人に会うことにしている。

他の連絡手段、電話なりメールだと第三者に履歴が残るので、足がつく危険があるからだ。

それに、対面依頼でないと、安心できないという依頼人も多い。

 

俺は女の皮を脱ぎ始めた。

変装用のこれは、全身を覆うタイプなので、着たり脱いだりするときは服も一緒に脱がなければならない。

面倒だが、高い精度で変装できるので仕方あるまい。

 

そして、隠していた鞄を引っ張り出して、中から着替えを出す。

今まで着ていたものを代わりにその鞄に詰め込み、俺はその場を後にした。

 

 

数日後、前金の振込みが確認できた。

仕事にとりかかるとしよう。

 

ターゲットのことは、事前に調べてある。

依頼人からもらった資料に、住所も書いてあった。

 

22歳、大学生で一人暮らし。

依頼人の愚痴にもあったとおり、確かにあまり人には好かれていないようである。

性格が高飛車で、言動にも遠慮がなく、他人の彼氏を奪うなどして、いろいろと恨みを買ってるらしい。

 

ターゲットとしては、久しぶりの若い女だ。

楽勝だな。

 

深夜、ターゲットが寝静まった頃を見計らい、俺は住居への進入を試みる。

今の季節、風を入れるため、窓を少し開けているようだ。

無用心だが、こちらとしてはありがたい。

 

まず、寝室からは離れた部屋に入る。

そこから音を立てないよう、慎重に寝室に近づく。あわてる必要はない。

ドアを開けると、人が寝てる気配がした。

 

寝息に合わせて、そろそろと少しずつ近づく。

枕元まで来たとき、ターゲットの顔を確認する。間違いない。

 

俺は、薬品のアンプルと注射器を取り出す。

そして、それを首筋に打った。

 

「んくっ」

ちくっとした痛みを感じたのだろう、声が出た。

が、目は覚まさない。

 

薬品の注入に約3秒・・・。

注射が終わると、程なくして効果が出てきた。

 

「んん、んんん、んぁ、あ、はああっああああっあが」

びくびくと痙攣しながら、少し苦しそうな声を立てる。

この薬は、皮を残して中身を消してしまう薬だ。

中国の奥地で、一般に知られないように作られてるのを、俺が直接買い付けに行ったものだ。

 

「あ、あぁぁ・・・・・・」

やがて、眼窩が落ち込み、頬はこけ、体の厚みがなくなっていく。

空気が抜けるようにしぼんでしまい、最後には静かになった。

 

さて、とりあえずは終わったな。

あとはこれを持ち帰って処分してしまえば完了だ。

 

仕事は終わった。

これからアジトに戻らなくてはならないのだが、この近所で俺は見かけない顔だし、今は深夜なので誰かに見られでもしたら、不審者として通報されかねない。

ここへ来るときは、細心の注意を払ってきたが、帰りもリスクを負わなければならない理由はない。

 

コトは簡単だ。

この女に化けて、朝堂々と出て行けばいい。

ついでに、その途中で行方不明になってしまおう。

 

依頼人に会ったときに使った変装用の皮も、実は昔ターゲットになった女なのだ。

 

俺は、まだベッドに横たわってる、文字通り女の抜け殻を手に取った。

そして、まだ纏っているパジャマと下着を剥ぐ。

 

俺も裸になり、女の皮を着込む。

 

まず、背中の裂け目から足を入れる。

細い脚だが、無理やり押し込んだ。

両足を入れたあと、股を引き上げ、腰を入れる。

ちょうどパンストを穿くような感じだ。

 

腕も細かったが、着てしまえば問題はない。

胸を持ち上げ、最後に顔だ。

女のかわいい顔を、俺の顔にあてがう。

目、鼻、口の位置が合うように着ズレを直す。

これでOKだ。

 

着込みが終わると、変化が始まった。

背中の裂け目が塞がり、きつかった腕や脚は徐々に元の形を取り戻す。

 

ものの数秒で、俺は女に変身した。

 

さて、あとは朝を待つだけだな。

俺は、先ほど剥いだ衣類を着て、ベッドに潜り込む。

女の匂いがした。

もちろん、俺の匂いだ。

 

 

ジリリリリリリ!

あたしは目覚ましに起こされた。

朝か・・・。

 

寝不足なのか、なんか寝足りない。

二度寝したいけど、起きなくちゃー。

よっこらと起きて、洗面所に向かう。

 

顔を洗ったあとは、化粧水も忘れない。

 

俺はこの体の記憶に従い、朝を過ごしてみた。

どうやら朝食は取らないようだな。

この後は、化粧をして着替えを行う。

 

今日は白いワンピースに、デニム地の上着。

マニキュア、ペディキュアは昨日塗り替えたばかり。

 

お出かけの準備をしつつ、昨日俺が持ち込んだ荷物をまとめる。

戸締りもきちんと確認する。

 

さて、出かけるとするかな。

もうこの部屋に戻ってくることはないだろう。

本当は、もう少しこの女のフリをして過ごしてもいいんだが、恨まれてるみたいだし、誰かに刺されてもつまらんしな。

 

駅に向かう。

途中で、コインロッカーに入れてあった荷物を取る。

ちょっと荷物が多いが、少しの間だ。

 

駅のトイレに入る。

もちろん女用。

そこで女の皮を脱ぎ、代わりにさっきコインロッカーから回収した荷物の中から別の女の皮を取り出し、それを着込む。

もちろん服も変える。

 

これで行方不明だ。

こいつもそのうち、俺の変装用の皮として使わせてもらうことにしよう。

 

 

後日、新聞の片隅の行方不明者リストに、彼女の名前が載った。

死体も出ないので、謎の事件として迷宮入りするだろう。

 

あとは成功報酬が振り込まれるのを待つだけだ。

 

 

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