Rental Body
Intricate World
Part:A
The "A"lternate

陰謀世界A オールターニット@

原田聖也



五月上旬

「さて、どうしたものか……」
 木曜の夜。派手な電飾で彩られた駅前通りの雑踏の中。ガックリと肩を落とし、ノロノロと重い足取りで歩いているサラリーマンがいる。年齢は三〇歳より少し上。
 この男の名は七橋啓喜(ななはし けいき)。
 帰路の途上にある彼は、一つ大きな溜息を吐く。続いて、誰に聞かせるでもない呟きを漏らす。
「まさか、土壇場で啓多朗(けいたろう)が『お母さんに授業参観に来て欲しい』なんて言い出すとはなぁ……やはり、暮れの大掃除のときにアルバム(記録ディスク)を見せたのが原因か……」
 ここ数日の間、七橋は小学校二年になったばかりの一人息子・啓多朗(けいたろう)の授業参観のことで頭を痛めていた。
 ――授業参観への母親の参加――
 これは、七橋の家庭では土台無理な相談であった。何故なら、
「あいつの母親は五年も前に、不慮の事故で逝ってしまった……」
 のだから。七橋は妻の死後、再婚をしていない。それらしい女性との交際もあるわけではない。
「……だから、母親の代わりとして、せめて俺が授業参観に顔を出してやろうと思っていたのに……」
 七橋はワザワザ休暇まで取って、明日――金曜の授業参観に備えていたのだ。しかし、
「……母親でないと啓多朗は満足しないんだよなぁ……」
 息子を喜ばせようとして自分のした行為が、全くの無駄になってしまい、七橋は落胆の溜息を漏らす。
「明日の授業参観は、どうしようか? ……行くべきか行かざるべきか……あーあ、授業参観なんて無くなってしまえば、こんな悩みは無くなるのに……」

『――ボディ貸します』

 うな垂れている七橋の耳に、スピーカーから放たれた女性の声が不意に飛び込んで来た。七橋はそのフレーズが気になり、声のあった方に目を向ける。
 そこには、
 ――レンタルボディショップ ネイリル――
 という看板の掲げられた建物が立っている。
 その建物は――純白の吹付けが施された壁、漆黒に塗られた重厚そうな金属製の扉、どこにも見当たらない窓――と、きわめてシンプルな……いや、むしろ寂しい雰囲気を醸し出している。
 その一方で看板は――奇抜な形で無駄にカラフルなレタリング文字、七色に彩られたナマズのキャラクター、チカチカと眩しい光を放つ赤や黄色をした無数の電飾――という異様に派手なデザインをしていて、人目を引く看板が多く並ぶ駅前の通りの中でも、一際目立っている。
 七橋は人の流れに逆らい、寂しい建物と派手な看板がケンカをしているアンバランスな店の前で立ち止まる。そこへ、店のスピーカーは立て続けに、

『……あなたは『自分が、こんなだったら良かったなぁ』、『あんな風になってみたいなぁ』って空想したことはありませんか? ……恰好良い顔、眩い美貌、完璧なプロポーション、若くて瑞々しい身体、明晰な頭脳、抜群の運動能力、そして、可愛い動物や幻のデミヒューマン……思い通りの自分になれる夢のレンタルボディサービスが、遂に解禁となりました! 新しい世界を見つける絶好のチャンス! 素晴らしい体験を、いち早くあなたのもとへ。……ネイリル社は万全のセキュリティでお届けします……』

 と、宣伝文句を浴びせてくる。それを何となくといった感じで聞きながら、七橋は心の中で呟く。
(レンタルボディサービスか……)
 レンタルボディサービスとは、読んで字の如く「身体を貸し出すサービス」のことである。
(……確か、先月に政府の認可が下りて、各社がこぞって営業を開始したんだよな……)
 七橋は人の通行を妨げない位置に移動し、ショップをぼんやりと眺める。
 サービスが開始されてまだ一ヶ月と少ししか経っていないため、世間での認知度が低いのだろう。彼が眺めている間、ショップに入ったのは、黒いスーツを着てジェラルミンケースを提げたサングラスの男、ただ一人だけ。また、七橋以外にはショップに興味を示す者はいないようだ。
 『人目を引く看板』も、『サービスの素晴らしさを謳う宣伝のアナウンス』も、ほとんど効果を発揮していないらしい。
(……ただ漠然と『夢のサービス』って宣伝してもなぁ……自分の身体に満足している人は、借りたいなんて思わないだろう……それに、この手のサービスは“飽き”が来るのも早いだろうし……レンタル料金が一日数千から数万、高いのになると10万円でも利かないらしいからなぁ……)
 人気の薄い商売に対して、独自の批評をする七橋。
(……何か具体的に、有効な利用法を打ち出さないと、商売としては少し厳しいな……ん? 『有効な利用法』?)
 彼は、“あること”に思い当たった。レンタルボディと、その“あること”が結びつく。
 七橋は今まで沈んでいた表情を急に明るくし、ポンッと自らの手を叩く。
「……そうか! レンタルボディには、自分の願望を叶える以外に、そういう利用法もあるのか!」
 自分の冴えた閃きに、思わず周囲に聞こえるほど大きな声を上げてしまう七橋。周囲の人間は当然、「何ごとか?」といった様子で彼のことを見てくる。
 しかし、七橋はそんなことを少しも気にせず、踵を返すと軽い足取りで雑踏の流れに戻っていった。

       *

 翌日つまり金曜日の朝。選挙が近いのか、街頭では候補者が演説をしている。
 休暇を取ってあった七橋は、昨夕と同じレンタルボディショップの前に来ていた。彼は息子を学校に送り出したあと、“記録ディスク(アルバム)”を持って真っ直ぐここへ来たのだ。
 重厚そうな金属製のドアの前で、彼は手にしているディスクのラベルを一度確認し、
「よし、これで準備万端。あとは身体を借りるだけだ――」
 と、一つ頷いてから、ショップの中に入っていった。

       *

 その二日後……日曜日の夜。
 例のレンタルボディショップへ向かって、さっそうと歩を進める一人の女性がいた。年齢は20代半ばくらい。すらっとした身体つき。整った顔立ち。なかなかの美人だ。
 女性は、息子とともに過ごした三日間のことを振り返り、心底満足そうな表情を浮かべていた。
(啓多朗、私のことを本当に“お母さん”だと信じきっていたものね……)
 続いて、それが今度は笑みに変わる。
(それにしても、授業参観で私の姿を見たときの啓多朗の驚いた顔は傑作だったわね。まさに『“幽霊”を見て腰を抜かした』って感じだった)
 その“傑作な顔”を鮮明に思い出した女性は、こらえきれずに、クスリ、と小さく笑いを漏らしてしまう。少し屈むような姿勢をして、右手を口に添えている。
(まさかこんなに上手くいくとは思わなかったわ。これもレンタルボディさまさまね……)



 この女性の正体は、金曜日の朝に駅前のレンタルボディショップに入っていった七橋啓喜。
 七橋はそのレンタルボディショップの会員になり、そのままボディの貸し出しを受けた。そこでリクエストしたのが“この容姿”。これは五年前に他界した妻と良く似たものだった。
 リクエストの際、七橋はショップに持ち込んだ“記録ディスク”を利用した。これには、五年前に他界した七橋の妻の画像や音声のデータが保存されていた。
 七橋が妻似のボディを借りた経緯は、以下である。
 ショップには、あらかじめレンタル可能なボディのリストが用意されている。大抵の利用者は、そのリストの中から『自分の要望に“合った”もしくは“近い”ボディを選ぶ』という形式をとっている。
 そこで、七橋はショップの店員にディスクを渡し、その中にある妻のデータに最も近いボディをショップのリストから探してもらった。
 ショップにあるレンタルボディは全て遺伝子操作された一個の細胞という形で保管されている。ショップはそれをクローン培養して一体のボディを作る。
 そして、用意されたボディに、七橋は『性格性質設定』を施してもらうことを希望した。これは『自分本来とは異なる性格になりたい』とか『借りるボディに合った性格でないと不都合が生じる』といった場合に利用者のリクエストに応じて、レンタルするボディの頭にインストールする『人工の性格』のことだ。
 七橋は記憶に残っている妻のイメージを基にして、「朗らか、優しい、素直、女らしい、何にでも気がつく……」などの性格性質設定をリクエストした。
 性格性質設定の他に、七橋はオプションで、家事全般の知識と女性としての生活知識をボディの頭に付与してもらった。ただ、知識付与に関しては未だ発展途上ということで、インストールできる知識は初級程度の簡単な物に限定されていた。
 そのようなカスタマイズが一通り済むと、ボディの一部にはレンタル店と利用者の個人情報をバーコード化したものを法律に従ってプリントされた。そして、ようやく貸し出しが可能な状態になった。
 ちなみに、貸し出しの際には、心霊工学に基づいて研究開発された霊魂分離装置という『身体から霊魂を取り出す特殊な装置』が用いられる。これで、霊魂を元の身体からレンタルのボディに移し替えるのだ。
 霊魂の転送が無事に完了し、晴れて七橋は妻に良く似たボディを借りることができた。
 ちなみに、服はショップがボディに合ったものをしっかりと用意してくれた。
 その足で、七橋は息子・啓多朗の通う学校へ出向き、母親になりすまして授業参観に出席した。
 息子は母親の姿をした七橋を最初に見たとき、かなり驚いたようだ。目を真ん丸にし、しばし呆然としていた。しかし、次の瞬間には『死んだ母親が天国から帰ってきた』と勝手に思い込んでくれたらしい。息子は母親に自分の勇姿を見せようと、はりきって授業に臨んでいった。
 授業参観が終わった後も、七橋は母親の演技をして啓多朗と一緒に手を繋いで下校した。帰路での息子との会話も母親として臨んだ。ボディに施されていた設定の御陰で、女言葉も苦にはならずスラスラと自然に話すことができた。
 ちなみに、このとき、七橋は息子に『お父さんが仕事の都合で日曜日の夜まで帰って来られなくなったから、お母さんが代わりに啓多朗の面倒を見るために天国から来たのよ』と説明した。ひどく安易な嘘だったが、幸いにも幼い息子はそれを信じてくれた。
 帰宅してから、七橋は息子のために手料理を作った。本来の七橋には、ごく簡単なメニュー以外は作れない。しかし、借りていたボディの頭にインストールされていた『家事全般の知識』には『簡単な家庭料理に関する知識』も含まれていたので、普段なら口にすることの叶わない家庭料理を食卓に並べることができた。
 食事のあと、七橋は息子と一緒に入浴しようとした。ところが、何故か息子は恥ずかしがり、一緒に入ることを拒否してきた。幼いながらも“そういうこと”を気にするようになったのだろう、そう考えた七橋は、別々に入浴することにした。
 その代わり、七橋は仲良く息子と一緒のベッドに入り、息子に子守り歌を歌ってあげた。
 疲れきっていた七橋は、そのまま息子のベッドで熟睡してしまった。レンタルボディを借りる際に行われる霊魂分離は、大量に霊力を消費するのだが、生まれつき極端に霊力が弱い七橋は、余計に消耗が激しかったらしい。
 翌――土曜日。休日であるにも関わらず、七橋は早起きをした。母親として息子と一緒に過ごす時間を少しでも多く確保するのは勿論のこと、折角借りたボディをできる限り有効利用するためだ。
 珍しく朝食を米飯にしたり、溜まっている洗濯物を一気に片づけたり、散らかり放題な部屋を掃除し整理整頓したり……と七橋はボディに備わっている『家事に関する知識』を活用して午前中を終えた。
 午後からは息子と連れ立って近所の公園へ散歩に出掛けた。
 そこで七橋は息子と一緒にボール遊びをしたり、母親として息子の話しを聞いたりした。
 そして、日が暮れる頃には二人で手を繋いで帰宅をし、七橋は前日の晩と同じように息子と過ごした。
 日曜日。七橋は朝から息子と大きな遊園地へ出掛けた。
 そこで二人は、最新式のジェットコースター、お化け屋敷、その他のアトラクションを充分に満喫した。同時に、七橋は母親として息子に接する時間を楽しく過ごした。
 そして、二人は日暮れ前に帰宅した。
 三日間、ずっと慣れない身体で過ごした七橋の疲れはピークに達していた。しかし、七橋はそれを押して、最後の晩御飯を作った。その晩御飯を息子と二人で食べた後、いよいよ一番辛い場面を迎えた。
 七橋は母親として息子に“お別れ”を告げた。その際、七橋は「お父さんが、お仕事を終えて家に帰ってくるから、お留守番の役目が終わったお母さんは天国へ帰らなきゃいけないの」と、またも安易な嘘をついた。それにも関わらず、息子は再度その嘘を信じてくれた。そして、とても寂しそうな顔をした。
 しかし、幸いにも息子は別れを受け入れてくれた。泣いたり喚いたりして駄々をこねることはしなかった。
 そんな息子に見送られ、大きな達成感を抱きつつ、七橋は自宅をあとにした。


(啓多朗も少しは大人になったわね。一生懸命、涙をこらえちゃって)
 七橋は息子の顔を思い浮かべ、その成長ぶりを嬉しく思った。そして、
(……さあ、早くレンタルボディを返して家に帰らないと。明日から通常通り仕事があるしね)
 と、元の“父親”としての自分に思いを馳せる。しかし、七橋には少し気がかりなことがあった。
(……それにしても、すっかり女言葉が板についちゃったわね)
 こなれた手つきで髪をかき上げながら七橋は思った。同時に、自分が自然と女っぽい言葉を使っていることを……いや、声に出さない思考ですら、それで行われていることを心配した。無意識で女らしい仕種をしていることも気になった。
 七橋に起こった変化の原因は、借りたボディに施した“女らしい”という性格性質設定。
 この御陰で七橋は三日間、これといったボロを出すこともなく息子の前で母親を演じ切ることができたのだ。しかし、その設定の素晴らしい効果も、ボディを返却する今となっては、心配の種となっていた。
(借りた初日は“ある程度、意識して”女言葉を使っていた感覚があったのに……)
 それが、息子の前で母親を一生懸命に演じているうちに、いつの間にか七橋は全く無意識の内に女言葉を用いるようになってしまっていた。
(確かオペレーターは『人によって千差万別ですが、一定期間経過すると霊魂が身体に馴染んでくる』とか言っていたわよね。まさか、既に私もこのボディに馴染んでいて、元の身体に戻った後も女言葉や女っぽい仕種が抜けないなんてことは……)
 七橋は嫌なことを考え、背中に寒いものを覚える。しかし、同時にオペレーターの
『借りているボディに違和感を持っていたり、『戻れなかったら、どうしよう』って考えられる間は大丈夫ですよ。完全にボディに馴染んだ場合、そのボディでいることが当たり前になってしまって、『戻る』『戻らない』なんて一切考えなくなりますから。まあ、そもそも三日程度の短期間では、よほど強力な……つまり非合法な設定でない限り、馴染むなんてことはありえませんがね』
 という別の台詞を思い出す。七橋はそれを頭の中で反芻して、
(……そうよね、短期間の通常利用をしているだけだから、私は大丈夫よね。このボディを返却して元の身体に戻れば、きっと言葉づかいも……仕種なんかも……全て元通りのはずよ)
 と心の中で自分に言い聞かせ、コクリと頷いた。
 そして、ショップへの歩を若干早めた。

       *

「『身体を元に戻せない』ですって!?」
 レンタルボディショップの奥にある一室……接客用とは別の応接室に、七橋の甲高い声がこだまする。身体は“借りたボディ”のまま。自分の目の前にいる眼鏡を掛けた三〇代半ばほどの男に詰め寄っている
 相手の男はショップの責任者。
 「ま、まあ、七橋様。どうか落ち着いて下さい……」
 彼は必死で七橋をなだめ、ソファに座るように促した。しかし、七橋の方は、呑気に落ち着いて座っている場合ではない。
「『戻せない』って、どういうことなんですか!?」
 と再び責任者に詰め寄り、説明を求める。それを受けた責任者は、口を濁しながら事情を話し出す。
「……えー、弊社のレンタルボディサービスは、お客様の御身体を預かることもあり、常に万全なセキュリティをもって……」
「それが何で『身体を元に戻せない』なんてことになるんですか!?」
「は、はい……どうやら、七橋様がボディを借りられた直後に、悪質な――それもかなり凄腕のハッカーが“我々の想定外の経路”でショップのコンピュータに侵入したようでして……そのハッカーがデータバンク内の“あるデータだけ”を滅茶苦茶に破壊してしまったのです――」
 責任者の額には大粒の汗が光っている。“想定外の事態”で彼自身も随分と動揺しているようだ。
「――それで、その壊されたデータというのが……何故か……あの……その……最悪なことに……えー……ですから……」
 と、その後に続く言葉をなかなか言い出せないでいる。しばらくの間、彼は「えー」とか「あの」とか「ですから」といった“意味の無い単語”を、しきりに繰り返しているだけだ。これでは、一向に、らちが明かない。
「一体、その“壊されたデータ”とは何だったんです!?」
 苛立ちが募った七橋は、さらに口調を強め、責任者に話を先へ進めることを催促した。すると、責任者は意を決したように頷いたあと、ようやく、かすれた声で答える。
「……実は……七橋様の……元の御身体のデータだったのでございます」
「――わ、私の身体の……!?」
 七橋は愕然とした。愕然としないはずが無い。何故なら、元の身体のデータが壊されたということは、元の身体を再構成することができなくなったということだからだ。
 息子と楽しく過ごしていた三日間に、最悪の事態が起きていたのだ。
「な、何で、よりによって私のデータが……?」
「それは私どもにも見当がつきません。……ですが、どういうわけかハッカーは七橋様のデータだけを破壊していったのです」
「そ、そんな……」
 理不尽な事態に、七橋は、ただただ困惑する以外に無かった。
 ハッカーが“七橋のデータだけ”を壊したのは、気まぐれなのか? それとも最初から狙っていたのか? はたまた単なる偶然なのか? ――七橋には全く分からない。当然、心当たりも無い。
(一体何故なの……? ……いいえ――)
 ――データを壊されてしまった今となっては、それよりも重要なことがある。七橋は慌てて“その問題”を責任者に聞く。
「わ、私の元の身体は、どうなるんですか?」
「ええ、私共としても七橋様のお身体のデータを修復できるよう、全力をあげて努力する所存であります。……その間、七橋様には、現在お貸ししているボディを、このまま継続して御使用いただくことに……いえ、お代は勿論いただきませんので……あと、三日間のレンタル料金も……それから、元の御身体に戻られるまでの補償を……」
 責任者はポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭いながら答えている。しかし、これは七橋の疑問への答えとしては、全くなっていない。おそらく、責任者は肝心な答えをはぐらかそうとしているのだろう。
 それを察知した七橋は、声の調子を強めて聞き直す。
「それは当たり前でしょう! 責任は全て、そちらにあるんですから! ――それよりも、私が知りたいのは『本当に身体を元通りに戻せるのか?』ということです!」
 これは最も重要な問題だ。『最終的に戻れる場合』と『一生、戻れない場合』では、七橋自身の取るべき方針が異なってくる。
 そして、この問題は責任者にとっての急所であったらしい。そこを改めて突かれた彼は、表情に困惑の色を浮かべ、
「…………」
 と言葉に詰っている。
 責任者の態度が示しているのは、つまり……。最も恐れていた答えが七橋の頭をよぎる。
「ま、まさか……」
 今度は七橋の方が顔色を変える。どんどんと血の気が引いていき、まさに顔面蒼白といった感じになっている。
 そして、ショックのあまり立っていることもままならなくなった七橋は、
「……ああ……」
 と力の無い声を漏らし、フラリと、よろけてしまう。
「あっ、危ない! ――」
 倒れそうになった七橋を、慌てて責任者が支える。続いて、彼は胸の中に収まった七橋に確認の声を掛けてくる。
「――大丈夫ですか!? 七橋様! しっかり……!」
 しかし、七橋が責任者の声に応じることはなかった。既に“彼女”は気を失っていたのだから――
2000/01/01



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