アプリの戦士☆アイポン&ロイド 作:greenback |
『目標を補足』 「よーし、マジカルアプリ"GPSボム"をスタンバイ!」 『……レディ』 「んじゃカウントいくよー、3、2、1、ファイア!」 天から白く尾を引いてピンク色のミサイルが飛来し、大音響とともに炸裂します。怪人「ミスターフェロモン」は直撃をくらって、あえなく倒されてしまいました。 小太りで色白で挙動不審で、剛毛で油っぽくて汗臭くて……ぱっと見たところ、その姿はひと昔前のいわゆる「キモオタ」のイメージそのもの。ネーミングもかなりアレな上にちっとも外見と一致していないような気がしますが、そんなことで油断してはなりません。彼はれっきとした悪の手先。邪悪な能力で女子大生をかどわかしていた誘拐事件の首謀者だったのです。 「ふふん、まいったかあ」 黒こげになって倒れているミスターフェロモンの背中を踏みつけたのは、なんだか奇抜なコスチュームに身を包んだ小さな女の子でした。 たいそうなドヤ顔をしていますが、それすらも可愛く見えてしまうのは美少女の特権といったところでしょうか。 「おのれアプリ戦士め……だが、この俺を倒したこと、きっと後悔することになるぞ……」 「負け惜しみはかっこわるいよ、おじさん」 そう、この少女こそがこのお話の主人公。幕本あいという名前で緑背付属中学校に通うごく普通の女の子……だったのですが、ある日を境に魔法のスマートフォンを操るアプリ戦士・アイポンとして怪人たちと戦うことになったのでした。 そして、変身ヒロインにつきものなのが小さなパートナーの存在。 『後悔? どういうことだロイド』 知的な合成声とともにスマートフォンのディスプレイから3Dホログラムのキャラクターが飛び出します。彼の名はロイド君。あいちゃんの中に眠る変身ヒロインの素質を見出した張本人です。ちょっと口調は妙ですが、それはまあこういった不思議生物のお約束。地球よりもはるかに科学の進んだ異世界「アプリヘブン」に住んでいて、魔法のスマートフォンを通じていつも的確なアドバイスをしてくれる、頼りになる相棒なのでした。 「ゆ……誘拐した女には、特殊なフェロモンを使ったマインドコントロールを施してある。解除できるのはこの俺だけだ」 「なんですって?」 「その俺を、お前は倒してしまった。気の毒になあ。あの女はこれからの一生を、洗脳状態のまま生きていくってわけだ。ふはははは……は……は……」 とんでもない告白をしながら、ミスターフェロモンの身体からまばゆい光が放たれます。あれよあれよという間にその身体は光の中に溶けていき、やがて笑い声とともにすっかり消滅してしまいました。 「ロイド君、どうしよう?」 『ちょっと厄介なのは確かだけど、まあだいたい予想の範疇だロイド』 「ほんとに?」 『嘘はつかなイド。とりあえず、いつものアレを』 「あ、うん」 ミスターフェロモンのいた場所をよく見ると、地面に小さな二次元バーコードが刻まれていました。それは倒された怪人たちが後に残す、ほんのわずかな痕跡。魔法のスマートフォンでスキャンすることで、ロイド君は怪人のデータを全て解析できてしまうのです。 『ふむ、ふむ……うん、ハッタリじゃなさそうだロイド。あいつの出すフェロモンを吸ったが最後、あのブ男がとびきりのイケメンに見えてきて、身も心も尽くすようになってしまうみたいだロイド』 「うわあ、嫌な能力だなあ」 『でも、対策がないわけじゃなイド』 「ほんとに? 凄いねロイド君」 『ただ……』 「ただ?」 『……』 ロイド君は黙ったまま、難しい顔で何か考えていました。 やがて、何かを決心したように口を開きます。 『あいちゃん、マジカルアプリを起動しロイド』 「え?」 『できればこれは使いたくなかったけど……やむをえなイド。ホーム画面から"ニューアプリ"を選択!』 「う、うん」 いつになく険しい表情を浮かべるロイド君に圧倒されて、あいちゃんは何も聞くことができません。とにかく言われた通りに魔法のスマートフォンを操作します。 『紫色に光っているアイコンが現れたら、そこをタッチするんだロイド! 新アプリ"ファントムコピー"をダウンロード&インストール! セレクト、怪人ナンバー13・ミスターフェロモン!』 ロイド君の声とともに、液晶画面から光が放たれます。光線はあっと言う間に大きなリボンになって、あいちゃんの体をくるくると包み込んでしまいました。 それは、あいちゃんがいつもアイポンに変身するのとほとんど同じプロセス。虹色の空間に光と音楽が溢れ、体中が粟立つような感覚とともに服がどこかに消え去って、変身が始まります。ぽん、ぽん、と軽快な音とともに、普段ならカラフルで可愛いコスチュームに包まれていくのですが…… 「え?」 かわりに現れたのは、ぶかぶかのポロシャツに洗いざらしたジーンズ、聞いたこともないメーカーのスニーカーと、くたびれたウエストポーチ……そして、なぜかオープンフィンガーグローブ。そう、たった今やっつけたミスターフェロモンの装備していたものばかりなのです。 「なにこれ? いったいどうなって……」 『まだ終わってなイド』 「え、何が……あ、あぁああ!」 身長と肩幅がじわりと延びて、それ以上に体重が増して。あきらかにオーバーサイズだった服に合わせるように、みるみる身体が作り替えられていきます。同時に全身から油っぽい汗がにじんで、すえたような体臭が漂い出しました。 「ひぃっ……いっ!?」 悲鳴を上げようしたあいちゃんは、その声質までもが低く太く変わっていくのに気づいて、思わず口を押さえます。その手に触れる頬には、じょりじょりした髭の感触。わずかに膨らみかけていた胸は胴回りの贅肉の中に溶けて、代わりにたぷんとお腹がせり出します。 変身が終わったとき、そこにはミスターフェロモンそのものの姿が残されていました。半泣きになっている不格好なおじさんの中に、さっきまでの美少女の面影はどこにもありません。 「なんなの……どうしてこんな……こんな姿に……」 『それが新アプリ"ファントムコピー"の能力だロイド。倒した怪人の姿に変身することができるんだロイド』 「な、なんでそんなことしなきゃいけないのよ!?」 『気持ちは分かるけど、仕方ないんだロイド』 ミスターフェロモンの強力な洗脳術を解く、たったひとつの方法。それは彼自身が被害者にキスをして、「お別れだぜ、ベイビー」と囁くこと……なのだそうです。 「ベイビーって……なにその寒いセンス」 『そもそもあいつは、もてない男たちのもやもやが集まってできた怪人なんだロイド。だから見た目もアレだし、センスが良いわけないんだロイド』 「なるほど」 『とにかくこのままだと、誘拐された人はずっとミスターフェロモンに心酔したまま、帰りを待ち続けることになってしまうんだロイド。だからこうしてあいちゃんが、あいつになりすまして術を解いてあげるしかないんだロイド』 あいちゃんは深くため息をつきました。ロイド君がここまできっぱりと断言するからには、本当に他に方法がないのでしょう。 「……ちゃんと元に戻れるんだよね?」 『もちろんだロイド。もう一度アプリを立ち上げて、コピー解除を選択すれば一瞬だロイド』 「分かったよ。仕方ない、とっとと済ませちゃおう」 『その意気だロイド!』 × × × ロイド君の解析によって、ミスターフェロモンのアジトの位置はすぐに判明しました。被害者の女子大生、飯田みそらさんはそこに捕らわれているはずです。 さっそく現場に向かったあいちゃんでしたが、まだまだ厳しい9月の残暑は、ついさっき肥満体になってしまったばかりの彼女にはかなりの強敵でした。すぐに息のあがる肉体に鞭打って、吹き出す汗を拭いながらさまよい歩くこと数時間。なんとか目的地に到達した時には、日はすっかり傾いていました。 あたりは閑静な住宅街。スマートフォンのGPSが示す場所を目前にして、あいちゃんは首をかしげます。 「これの、どこがアジトなの? なんか普通のアパートみたいだけど」 『アジトってのは本来そういうものだロイド。赤軍とかもこういうなんでもないアパートに潜伏したりしてたんだロイド』 「セキグンて何?」 『……なんでもなイド。さすがゆとり』 「ロイド君ていくつなの?」 『うるさイド。ほっといて欲しいイド』 ふたりがどうでもいいことでもめていると、目の前のアパートの一室のドアがおもむろに開きました。あいちゃんが思わずそちらに目をやるのとほぼ同時に、部屋の中から出てきた人もまたこちらに顔を向けます。ふたりの視線がぶつかりあった次の瞬間、相手は凄い勢いでこちらに飛びかかってきました。 「お帰りなさいませ、ご主人様!」 ガードが遅れたのは、ミスターフェロモンの肉体に慣れていなかったせいだけではないでしょう。凄い勢いで抱きついてきたその女性の格好を見て、あいちゃんは呆気にとられてしまったのです。 やたらにフリルのついたメイド服に、水色のネコ耳としっぽを装備したその姿。かわいいと言えばかわいいのかもしれませんが、ごく一般的な日本の住宅街にあってはかなり……いえ、非常に浮いていました。 「ああ良かった、ご無事で何よりです! 連絡がないもので、みそらは心配してたんですよ」 「み、みそらって……まさか」 『ああ、どうやらこの人が例の女子大生…飯田みそらさんのようだロイド。なるほど、ここまで完全に洗脳できてれば、監禁なんてする必要ないんだロイド』 「感心してる場合じゃないでしょ」 ひそひそロイド君と話しながらふとみそらさんに目をやれば、そこには満面の笑顔。こころなしか感涙すら浮かべている様子です。それはまさに「恋する乙女」を絵に描いたようでした。さらさらのロングヘアとチャーミングな眼鏡、ぷっくりした唇が印象的な整った顔立ち……どこをとってもむさ苦しさの塊のようなミスターフェロモンとはつりあいがとれないように思えるのですが、これも全てマインドコントロールのなせるわざなのでしょう。喜々として「ご主人様」に化けたあいちゃんを部屋の中に招き入れ、かいがいしく夕食の支度を始めました。 「ご主人様の大好きな、缶詰のミカンをいっぱい乗せたおそうめん。いつ帰ってきても召し上がって頂けるように、お出汁をとってお待ちしてたんですのよ」 冷凍のショウガをすりおろしながら、みそらさんは鼻歌でも歌い出しそうに上機嫌です。 『とりあえず疑っている様子はなイド。こうなればむしろ好都合だロイド』 「そ、そうだよね」 ロイド君に促され、あいちゃんは静かに深呼吸をしました。ひとつ咳払いをして立ち上がり、キッチンに立つみそらさんの背中に声をかけます。 「みそらさん」 「やめてくださいご主人様、そんな他人行儀な。いつものように"みそら"と呼び捨てていただけませんの?」 「あ、うん。み……みそら?」 「はい、ご主人様!」 「あの……ええと……」 気恥ずかしいといえばこんなに気恥ずかしいことはないのですが、こんなことでひるんでいる場合ではありません。 まずはキス。そして「お別れだぜ、ベイビー」。その気になれば簡単、簡単。あいちゃんは自分にそう言い聞かせながら、両手でみそらさんの肩をつかみ、ゆっくりと抱き寄せます。目の前に迫った彼女の髪からは、フローラル系の匂いがふわりと漂ってきました。 心臓がどきどきしているのが分かります。耳まで真っ赤になって、また一段と油汗が噴き出してきました。 「キ……キ……キス、しても、いいかな」 「え?」 みそらさんは不思議そうな表情を浮かべて聞き返します。思ってもみないリアクションに、あいちゃんはすっかりテンパってしまいました。 「あ、いやその、違くて、別にあたしは変なこと考えてるわけじゃな……」 「嬉しい」 「へ?」 「いつもみたいに黙ってしてくださればいいのに……でも、嬉しいですわご主人様」 ふわりと微笑んで、みそらさんが目を閉じます。少し顎を上げるようにして、はっきりキスを待つ体勢を形作りました。 その、あまりにけなげな態度にあいちゃんは同情を禁じ得ません。かわいそうに、こんなにかわいいのに、こんなキモい怪人にいいようにされちゃって……いま、解放してあげるからね。もうちょっとだけ我慢してね…… あいちゃんもぎゅっと目を閉じて、なるべく静かに、なるべく軽く、口付けを交わします。ちゅっと小さな音と共にグミキャンディのようなぷるんとした感触が唇に残って、そのあまりの柔らかさと瑞々しさに、あいちゃんは一瞬、心を奪われてしまいました。 その、次の瞬間。 「!」 みそらさんの舌がぬるりとあいちゃんの唇をこじ開けて、口の中へと侵入してきたのです。あいちゃんは何が起こったのか分からないまま、思わず目を開きました。文字通り目の前、2センチかそこらにみそらさんの顔が見えます。熱に浮かされたような瞳と紅潮した頬、そして荒い息づかい。乱れた髪の毛からは香水と汗が調和した、独特の匂いが漂ってきます。一心不乱に舌を絡め、唾液をすすり、時おり「んっ」「んっ」と小さな声を漏らしながらあいちゃんの身体をきつくきつく抱きしめてきます。 早く合い言葉を言わなきゃと思っても、こうも執拗に唇をねぶられてしまってはどうすることもできません。下手なことをすれば、みそらさんの舌を傷つけてしまう可能性だってあるのです。とにかく、いちど引き離さないと……そう思った次の瞬間、あいちゃんの背筋に電撃のようなものが走りました。 「んんっ!?」 いったい何が起きたのか分からないまま、あいちゃんは急速に混乱していきました。 今のって何? 攻撃? みそらさんが? 私がニセモノだってバレちゃった? 『落ち着いてよく見ロイド! ほら、彼女の右手』 「え……?」 ロイド君の言葉にうながされて、あいちゃんはみそらさんの右手に目をやります。それはいつの間にかあいちゃんの股間へと延びていて、そこにあるものをしきりにまさぐり、こすりあげるような動きを執拗に繰り返していたのでした。 そこに、あるもの。 固く熱くそそり立ちはじめた、そこにあるもの。 それは、あいちゃんがこの姿――ミスターフェロモンに変身してからずっと、意識しないようにしようとしていたものでした。小さくて可愛くて誰からも愛される元のあいちゃんとは、何もかもが違うこの身体。さえなくて、むさ苦しくて、ごつごつぶよぶよべたべたしていて……でも、その中でもいちばん違っている、その部分。 男性器。 もちろんあいちゃんだって、男と女の身体が違うことは知っています。でも、遠い昔――まだお父さんとお風呂に入っていた頃――のおぼろげな記憶の中にしかない、気持ちの悪いあの肉の棒が、一時的とは言え自分の身体から生えているなんて、考えたくなかったのです。 ましてそれが、実際に勃起してしまうなんて。大きく膨らんで、服の上からでも視認できるほどになってしまうなんて。女の人に撫でられて――気持ちよく、なってしまうなんて。 「ご主人様ぁ……みそらはずっとお待ちしてたんですよ? お申し付け通りのこの服装で、良い子に良い子にしておりました。だからご褒美を頂いても、よろしいですよね? いつものように」 みそらさんの声が、みるみる艶を帯びていきます。 荒い息づかいの吐息まじりの台詞を耳元で囁かれると、あいちゃんの身体もそれに呼応するようにかあっと熱く燃え上がりました。 な、何考えてるの私? みそらさんがこんなことしてるのも、ぜんぶフェロモンの洗脳のせいなんだから。術さえ解いてあげれば――ええと、キーワードは、ええと――どくんどくんと脈打つ自分の鼓動がうるさいほど頭に響いて、うまくものが考えられません。 「あ……いや……だ、だめだよ……」 「ふふ、何がダメなんですかご主人様? みそらは愚かなので、言っていただかなきゃ分かりませんわ……」 「何がって……あっ」 あいちゃんがあたふたしているうちに、みそらさんは慣れた手つきでファスナーを下ろしてしまいました。拘束から解放されたペニスがぶるんと勢い良く跳ね起きるのを見て、あいちゃんは悲鳴を上げます。 「嫌ぁあああっ!」 それはあいちゃんの想像を遙かに超えて大きく、醜悪な形をしていました。先走りに濡れて鈍く光りながら時折ぴくんぴくんと物欲しげに蠢くその様子は、さながらSF映画に出てくる宇宙生物のよう。その根本には黒々とした陰毛がわさわさ繁茂していて、そこからツンと漂う酸っぱい体臭は、吐き気がするほど気持ちの悪いものでした。 でも、それこそがミスターフェロモンの能力の肝。マジカルアプリ「ファントムコピー」の再現はそこまで及んでいたのです。 「ああ、これです! ずっと、ずっと待ってた!」 みそらさんは犬のようにくんくん鼻をならしたかと思うと、とろけるような表情を浮かべてあいちゃんの股間に顔をうずめました。嬉しそうにくすくす笑いながらその臭いを堪能し、やがて当然のようにそこにある陰茎をぱくりとくわえます。 同時にさっきの「電撃」を数倍にしたような、すさまじい衝撃があいちゃんの身体を貫きました。ちろちろと舌先で尿道を刺激されるたびに、ちゅぶちゅぶ音をたてて海綿体を吸われるたびに、その衝撃――とてつもない快感の波――は大きさを増していきます。 こんなのおかしい。 ありえない。 私、女の子なのに。 正義の味方なのに。 こんなもの生やして、しゃぶられて、気持ちよくなっちゃうなんて、絶対おかしい。 それなのに。それなのに。それなのに! ふわっと宙に浮くような――あるいは、何かが爆発するような感覚とともに、あいちゃんは精を放ちました。それは皮肉にも、あいちゃんにとって初めての絶頂。そっち方面にはとんと奥手だった彼女にとって、セックスどころかオナニーすら未経験の領域だったのです。だからこそ、その体験はあまりにも強烈で、あいちゃんに残されたわずかな理性をぬぐいさるのには十分すぎるほどのインパクトを持っていました。 「ありがとうございますご主人様。とっても美味しいですわ……」 みそらさんは幸せそうに口いっぱいの白濁液を飲み下し、なおも愛撫を続けます。体液にまみれて一度はくたんと萎れたペニスも、その優しい感触に少しずつ回復の兆しを見せ始めていました。 そう、もてない男のルサンチマンが集まってできたミスターフェロモンの性欲が、たった一度の射精で収まるはずがありません。その哀しくあさましい生態を、あいちゃんの肉体は完全にコピーしてしまっていたのです。 『あいちゃん、しっかりしロイド!』 ポケットの中からロイド君が叫びます。 骨伝導を利用していつもクリアに聞こえてくるはずのその声が、なんだかこの時は不思議に遠く聞こえました。 『目的を見失っちゃ駄目だロイド!』 「もく……てき……」 『そうだロイド! キスは済ませたんだから、あとはキーワードさえ言えば洗脳は解けるはずだロイド』 「せん……のう……」 そう、それですべて終わり。みそらさんは解放されて家に帰り、あいちゃんもコピーを解除して、元の姿に戻って一件落着です。 それは、とっても簡単なこと。 ……でも。 と、あいちゃんは考えてしまいました。 ――でも、そんなに簡単なんだから、もうちょっとくらい遅れても良いんじゃないかな? 目の前には再びぎんぎんに立ち上がった男性器と、それを弄びながら器用にメイド服を脱いでいくみそらさんの姿がありました。 どこまでも白く、柔らかい肌。可愛いデザインのブラジャーの中から現れる、形のいい胸とほんのり色づいた乳首。それらはまるで、とびきり上質な和菓子のようでした。とろけるように甘く、美味しそうなその肉体を前にして、暴走する男の本能がまともな思考を許すはずがありません。 ――ほんのちょっと、触るだけ。 さっきしゃぶってもらったんだから、お返しをするだけ。 パンツが邪魔だから、脱がすだけ。 こんなに濡れてるんだから、ほっとくなんて悪いから。 ほんの少し、入れてみるだけ。 ――わっ、わっ、何これ? あったかくてやわらかくて、それなのになんか、ぎゅうって締め付けてくるみたいで。 みそらさん、凄くえっちな顔してる。凄くいやらしい声だしてる。軽く入れただけでこんなふうになっちゃうなんて……私、もしかして上手いのかな? い、いや別にちっとも嬉しくなんかないけど、でも、気持ちよくさせてあげるのは、悪いことじゃないよね? ミスターフェロモンの肉体に宿っていた性欲はあまりにも強大で、あいちゃんの思考回路を簡単にジャックしてしまいました。自分への言い訳を次々とひねり出しながら、あいちゃんの行為はエスカレートする一方。ほどなく2度目の射精を迎えてもその勢いは衰えるところを知らず、時間が経つのも忘れてただただひたすらにみそらさんの肉体をむさぼり続けて――それは日が落ちて夜を迎え、文字通り精魂尽き果てて、あいちゃんが意識を失ってしまうまで終わることはありませんでした。 × × × ――ーZZZ どこかで、誰かがあいちゃんのことを呼んでいるような気がしました。 何度も何度も、しつこいぐらいに繰り返すその声は、しだいに大きさを増して、やがて叫び声になっていきます。 あいちゃんも一応、答えようとはするのですが、身体が泥のように重くて、どうにも力が入らなくて、とにかく疲れていて、小さくこう返すのがやっとでした。 ごめんね、また後にしてくれないかな―― ほとんど悲鳴のようになっていたその声は、最高潮に達したかと思うと突然、ぷつんと消えてしまいました。 あいちゃんは悪いことしたかなあ、と考えます。 でもやっぱり、睡魔にはかないません。 なんだったのかなあ、まあいいかあ…… こうして再びあいちゃんは、泥のように柔らかい眠りの中に、ゆっくりと沈んでいったのでした。 ZZZ――ー × × × あいちゃんはもともと、あまり早起きは得意ではありません。特にちょっと夜更かしをしてしまった日の翌朝には、寝坊してしまうことも珍しくありませんでした。 その朝もやっぱり、目を覚ましたのはずいぶん日が高くなってからでした。眠い目をこすりながら壁に掛かっている時計を眺め、ゆっくりとその時間を認識して……はっと飛び起きます。 「やばっ、遅刻しちゃう」 「あら、お目覚めですかご主人様」 自分の口から漏れた声質の違和感と、その直後に現れたみそらさんの笑顔で、あいちゃんは昨日の顛末をすっかり思い出しました。 「そうか……私、夢中になっちゃって……」 それは文字通り、夢の中にいるようなひとときでした。霞がかかったように現実味が薄く――彼女は半ば意識的にそれを夢だと思いこむことで、自分がやらかしたことから目をそらそうとしていたのかもしれません。 でも、記憶が消えてしまったわけではありません。ひとつ思い返せばまたひとつ。昨日の破廉恥行為が次々とフラッシュバックしてきます。助けに来たはずの相手に向かって鼻息を荒くして、まるで本物の男の人みたいにへこへこ腰を振って……なんて浅ましいことでしょう。どれだけ見苦しかったことでしょう。 そしてふと視線を落とせば、そこにあるのはあまりにも生々しい中年男性の肉体。服を着ていないため、昨日は見ずに済んでいた胸毛や三段腹までもがいやでも目に入ってきて、あいちゃんは心の底からうんざりしてしまいました。 「最低だ……何やってんだろ、私」 さっさとみそらさんの洗脳を解いて、元に戻ろう。 まず家に連絡して、心配してるパパとママに謝って、学校に行って、先生に叱られて――それから普通に勉強して、普通に帰って宿題して、普通にご飯食べてお風呂入って。 そういうことが、すごくしたい。無性にしたい。 ごめんねロイド君。ずっとそう言ってくれてたのに、私ったら……でも、もう大丈夫だから。 ……ね? ……ロイド君? どんなときでも返ってくるはずの返事がないことで、あいちゃんはようやく、ロイド君が――魔法のスマートフォンが見あたらないことに気付きます。 きょろきょろと部屋の中を見回しますが、どこにもそれらしいものはありません。 「いかがなさいました、ご主人様」 「いや……あの、みそらさん知らないかな? このくらいの、ピンク色の」 「ああ、あのオモチャですか」 あいちゃんの問い掛けに、みそらさんはにっこり笑顔を浮かべました。 「処分いたしましたよ」 「……え?」 「ご主人様ったら、あんなオモチャを拾ってきて、どうなさるおつもりだったんですか? それでなくても物が多くて収納に頭を痛めておいでなんですから……お料に洗濯、そしてお掃除を言いつかっているメイドのはしくれとして不肖みそら、断捨離を実行させていただきましたっ」 お茶目な敬礼のポーズをとったみそらさんに思わず返礼をしながら、あいちゃんは汗が――昨日のそれとは異なる、いわゆる冷や汗が鼻の頭に浮かぶのを感じていました。 「それって――つまり、捨てたってこと?」 「はい」 「どこ? ゴミ箱どこ? これ?」 台所のすみに置かれたゴミ箱をひっくり返して、中身を床にぶちまけます。でも、魔法のスマートフォンはどこにもありません。 冷や汗は上半身全体に広がり、ぷつぷつと鳥肌まで立ってきました。 「あの……今日ちょうど燃えないゴミの日でしたので、出してしまいましたけど」 「出した?」 「はい。表のゴミ捨て場に。それであの、ご主人様がまだお休みの間に、収集車が来て――」 すうっと血の気が引いていくのを感じながら、あいちゃんは夢うつつで聞いたあの声の正体をようやく理解していました。 あれは、ロイド君の断末魔だったのです。 いえ、厳密に言えば超生命体であるロイド君が死ぬことはないのでしょう。しかし、あのスマートフォンは彼がこの世界に干渉する、たったひとつの窓口。あれがなければ、二度とあいちゃんとコンタクトをとることができなくなってしまいます。 だからこそあんなに必死に、ゴミ収集車のローラーに巻き込まれて粉々になっていく最後の瞬間まで、ロイド君は繰り返しあいちゃんの名前を呼び続けていたのでしょう。 でも、すべては手遅れ。 ロイド君との通信手段は完全に失われ、マジカルアプリは使用不能。アイポンとして悪と戦うことも、もう2度とできません。 いえ、そんなことより――といっては語弊があるかもしれませんが――ロイド君に会えないのは寂しいし、これから怪人たちからどうやって街を守るのかといった問題もたしかに重要なのですが――でも、それよりもっと根本的に、ずっとずっとまずいことがあります。 この変身……ファントムコピーが、解除できないのです。 ロイド君は言っていました。元に戻るには『もう一度アプリを立ち上げて、コピー解除を選択』する必要があると。 それは逆に言えば、アプリを立ち上げるためのアイテムがなくなった今――あいちゃんはこのまま、幕本あいに戻れないということ。 これから先の人生を、ずっとこの不細工な怪人として生きて行かなきゃいけないということに他なりません。 太くて無骨で毛深くて、臭くて貧相で醜くて……それはさっきまで思い浮かべていた女子中学生の「普通」とは、天と地ほども隔たった別世界。この身体でものを食べ、寝て、起きて、排泄して……考えているうちに吐き気を伴う嫌悪感が、胸いっぱいにこみあげてきました。 やだ、そんなの絶対やだ。 冗談でしょ? 冗談だよね? だってこんな、こんなバカみたいなことで――私――ねえ、何か、何か方法あるんでしょ? ねえ誰か、助けてよ。お願いだから……嘘だって言ってよ…… 「ご主人様?」 真っ青になってぶるぶる震えながら、両手で顔を、体を撫で回すあいちゃんの様子を見て、みそらさんが心配そうに声をかけます。 「大丈夫ですか? 何か飲み物でもお持ちしましょうか」 その、あくまでけなげな表情。そう、彼女はいまだにミスターフェロモンの洗脳術にとらわれたままなのです。 ふと、あいちゃんは気付きました。今からだって、みそらさんを解放してあげることはできるのだということを。 今この場で「お別れだぜベイビー」と言えば、洗脳はたちどころに解けるはずです。おそらく彼女は我に返り、悲鳴をあげてこの部屋から逃げ出して――ほどなく、「普通の」日常生活を取り戻すことができるでしょう。 「それで後には、この無様な肉体に閉じこめられた私が残されるってわけね……ふふ、あはっ、あははははははははははははははっ」 冷たい麦茶を持ってきたみそらさんは「ご主人様」が急に爆笑を始めた理由が分からずに、困惑した表情を浮かべています。 そんな彼女に向かって、あいちゃんは大声で言い放ちました。 「お別れ……なんて、してやるもんかあっ!」 その両目に、じわりと涙がにじみます。 「こんなことになったのは、みそらさんのせいでもあるんだもんね? 勝手にご主人様のもの捨てるなんて……いけないんだ、メイドさんのくせして、いけないんだあ」 みそらさんは「ご主人様」が言っている「こんなこと」の意味が理解できず、目を白黒させています。でも、自分が何かまずいこと――取り返しのつかないことをしてしまったらしいことだけは、はっきりと分かったようでした。 「も……申し訳、ありませんでした……」 「あはは、いいのいいの、もういいの、どうせもう手遅れなんだから。うふ、うふふふふ」 「本当に申し訳ありません! みそらは……みそらは、どのようなお詫びでも」 「へえ」 その時、あいちゃんの顔に浮かんだ表情は、とてつもなく歪んだものでした。 絶望と自暴自棄。 怒りと自己嫌悪。 とめどなく湧き出る後悔と、それをさらに上回る雄の性衝動。 それら全てが混ざり合い、溶け合って爛れ、腐り、ぐつぐつと沸騰しているような……この上なく卑しく醜悪な、笑顔。 「じゃあさ、しゃぶってよ」 最低の台詞を口にしながら、あいちゃんは自分の中でとてつもなく大切なもの――正義の味方として、女の子として、人として無くしてはならない何か――が、音を立てて崩れ去っていくのを、はっきりと感じていました。 おしまい。 |