8.お勉強

バザーの後から香山は明らかに変化した。仕事において相手が男性だった場合、相手に主導権を持た せ、相手に決定してもらう形にもっていった。出しゃばるようなことはなくなり、控えめになった。香山の評判は高まった。同時に女性社員も香山の虜になっ た。よく気がつき、声をかけ、すべての人にやさしくなった。松下とのデートも回数を重ねた。映画を見たり食事をしたり、なんということもないデートだった が、毎回刺激的だった。「課長」としてではなく、一人の女として過ごせることが苦痛でなく喜びになった。男性らしく自分をリードする松下に、香山はますま す惹かれていった。一方で、女性らしくリードされてしまう女らしい自分に満足していく自分がうれしかった。しかし、最後の一線は越えられなかった。いや正 確には超えることを考えるのだが、松下はまだ要求してこない。しかし考えざるをえない自分がいた。理性がそれを拒否しているのだが。

 

 ある雑誌が目に留まった。『キャリア女性の恋愛の形』の特集があった。香山はそれを読み込んだ。そこに書いてあるのはこんなことだった。

 

『キャリアといっても一人の女。でも周囲はそうはみてくれ ません。たくましい男性にくるまれるようなそんな恋愛をしたい、そう思うキャリア女性はそのギャップに悩んでいます。でもいいじゃないですか。昼のキャリ アの顔と、二人きりのときの女の顔を使い分けるなんて、きっと恋人も喜んでくれるわ。どんな男性も自分の恋人には二面性を求めるの。男性は二人きりになっ たあなたが普通の女性に変化するのを、あなたを征服したなんてふうに勝手に思い込んで喜ぶの。あなたみたいな女性はかえって特よ。普通の女性として振る舞 うだけでギャップが大きいから相手に喜びも倍増!。そんなふうに思われるのはいやよ、なんて虚勢をはるのはやめて。セックスのときは特にそう。相手にすべ てをまかせて、されるがまま、いわれるがままにして、自分は相手に所有されるものだって考えて。サービスするなんてことを考えるのはまだ早いわ。それは次 のステップだから。まずは彼にすべてをまかせて。』

 

 (そうね。男のときは本当にそう考えていた。女性雑誌って結構どぎついけど当たってるわ。)次のページをめくる。

 

『でも、二人きりになっても自分を安っぽい女に見せること はないわ。例えば、まず部屋に二人で入る。相手がジャケットを脱いだらハンガーを手渡すとか、かけてあげるとか。お茶をだしたり、食事の準備をしたり。で もそれ以上はしないこと。要はベタベタしないってことよ。あなたは有利よ。だってこんなことをするだけで相手は必要以上に喜ぶから。女性はすべからく受動 的に造られているの。生物学的にそうなのよ。だから待つの。 相手があなたの作業中(食事の準備中とかに)に抱きついてきたらしめたもの。ちょっとだけ驚 いて、ちょっとだけ抵抗して、あとは恥ずかしいのを我慢してされるがままに・・・・・・・』

 

 (ふぅーーー。)香山はため息をついた。(やっぱりセッ クスって避けられないのよね。まいっちゃうわ。裸になって全身をさらけ出して、男の情欲をぶつけられるのね。女だからしかたないって頭ではわかってるつも りだけど。  もし、セックスしちゃったら私はどんなふうに変わるのかしら? 想像できない。男性に自分を捧げるっていう気持ち、わかるわ。征服って男性 の願望であって女性は関係ないなんて思ってたけど、女も征服されるのよ、きっとみんな女性はそう感じてるんだわ。

 だから私は怖いのよ。でもそこって避けてはいけないのよね。松下さん。)

 

松下を無意識にそう呼んでいる自分がいた。

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