7.バザーにて
「いきなりでびっくりしました。今日はどういうつもりで食事なんか誘ったんですか?私みたいな元男なんか。」自虐的に香山が言う。
「自分をそんなふうに言うのはやめた方がいいですよ。あなたは充分以上に魅力的だ。」
「あら、そんな。」松下に言われると頬を染める。
「それにしても今日はやられました。」
「ふふ。常務に言われました。もっと大人になれと。女の武器を生かせですって」
「女性には場を丸くする能力が高いですからね。元男性からしてみるとばかばかしいお芝居になるかもしれませんが、それができるようになると無敵のコンビネーションができるかもしれませんね。」
「それは私も感じています。なんとかしたいと思っているのですが、医療チームの話だと何かのきっかけで変わるそうです。時間が解決してくれるみたいですね。」
「そうですか。実は今日お誘いしたのは、私の恋人になってほしいと思ってなんです。」
「!」
目を丸くして香山は松下を見る。
「そう驚かないでください。男になって何人かの女性とつき
あうことになりましたが、香山課長は、なんというか一人で生きていける女性のように見えますが、どこか危うい感じがして守りたくなってしまう。そんな気が して。私もそういうことを考えるとほんとうに男性化が完成してきたのかなと思ったりもして。」
「そんな、私は別に守ってもらうとかそんなことは考えたことはありません。」
香山はストレートな誘いに目のやり場に困ってしまった。
胸がドキドキする。そんな香山を見て松下は(女性化完成の一歩手前って感じかな。俺の言葉なんか裏を返せば、強がってるキャリアの女性を堕としていく過程 を楽しんでる身勝手男の策略だってこと、すぐにわかりそうなものなのに。ふふふふ。)そんなことを思いながら内心にやつきながらこの場のやり取りを楽しん
でいた。
「あのとき、キスしたのは」
香山は息をのんだ。(い、今さら、そんなこと、突然言わないでよ。)動揺した。夢にもでてくるファーストキスだった。
「好きだったからです。あなたを。」
「・・・・・・・・・・・・・・」目を泳がせる香山。
(そんな、、、どうしたらいいの?こんなとき。)
「とりあえず今日はここでお別れしましょう。こんどの日曜日は迎えにいきます。デートってことになりますが、無事に自宅にお戻ししますからご安心を。はは。」
そのあと言葉をほとんど発することができない香山であった。
日曜日。香山はどんな服装をしていくかまだ決めかねてい
た。変な言い方だったが、相手は元女性、いわばプロの女性。香山の着こなしなんかはすぐにあらを見つけるだろう。最終的に選んだのはピンク系のワンピース だった。スーツにしたいところだったが、デートだから女らしくしなきゃという乙女心がそうさせたのだった。
「きれいですね。似合いますよ、そのワンピース。」
ヒップから助手席に乗り込み注意深く脚を滑り込ませていく。医療チームに教えておいてもらって良かったと思ってほっとした香山に、松下は言った。
「あ、ありがとうございます。は、初めてなんです。この服。いままで着る機会がなくって。」
「男性とのデートも初めてってことですか?」
「え、ええ。」(そんな恥ずかしくなること、言わなくてもいいのに。)頬を染める香山。
「うれしいな。私も普通の男性になったってことかな。自分の好きな女性の初めての男になるのを喜ぶなんて。じゃ、行きますよ。」
(また、そんな恥ずかしいわ、そんなこと言うなんて。それは、そうかもしれないけど。え? やだ、初めての男って、、どういう意味? 紛らわしいこと言わないで。。)
香山は松下の言葉にどきりとしてそれが間違っていないこ
とに驚いた。私の秘密を知っていて、デートのみならず初めてのキスまで奪った男だった。自分を女として扱って自分が女だということを少しづつ教えてくれる 人、それが松下だった。表面上は同年齢だが、実際には年下の男性に教えられていく自分。恥ずかしく、でもうれしいことでもあった。
「さあ、つきました。すみませんが手伝ってくださいね。」
そこはある団体のバザーだった。今日は何かのお祭りのようで、たこ焼き屋が松下の班が担当だったようだ。
「おお、松下君の彼女か。かーーー、やっぱりきれいな女性だな。初めまして、班長の若松です。」
「は、初めまして。香山と申します。よろしくお願いします。」
「早速だけどどんどんたこ焼き作ってよ。おいしいやつ頼むよ。」
「は、はい。」説明も受けないまま香山はエプロンをして作業に入った。
「香山さんの彼女ですか?よろしくね。」数名の女性陣がそこにいた。
「はい。よろしくお願いします。」
そこまでは香山はそつなくこなした。しかし香山は女性だけの中で過ごすということは会社のなかでもほんのわずかの時間だったから大変だった。
「え? そこはだめよ。そんなことしないでこうしてください。」
「香山さん、もう、そんなことも知らないの?貸して。わたしがやるわ。」
入れ替わり立ち替わり香山はいじめられた。たこ焼き屋は
もちろん初めてだったが、女性のオキテというものがわからない。わからないからすこしづつ学んでいっているのだが、ここではいわばいじめだった。あこがれ の松下に彼女がいて、それがこんな美人だった。そんな思いをしている女性のなかに放り込まれたのだ。何か知らないことやわからないことで香山がつまづくと
一人が指摘し、傍らの別の女性がくすりと笑う。男性にも聞かせようとしているのか声も必要以上に大きかった。
香山はそこでは「課長」ではなかった。単なる一人の女だった。女としては付け焼き刃のままだったから、失敗は当然だったが、松下の彼女というレッテルがいじめを助長させた。
(松下に恥をかかせてはいけない)
そんな思いで香山はそれまでのプライドは捨てざるを得な かった。代わって、かわいい彼女というレッテルを貼ってもらうようにがんばった。「えー、そうなんですか。」「ごめんなさい、すぐにやります。」「は、は
い。そうですね、わかりました。」男性のときは部下だったような若い女性にいちいち謝り、彼女らの指導を甘んじて受けた。悔しくて悲しかったが、松下に恥 をかかせられない、その思いだけで女を演じた。いや、しかし、その日も終わるころには男性陣に愛想を振りまくことも苦にならなくなってきた。
この日一日で香山は大きく変わった。
「お疲れさまでした。突然でびっくりした?」帰りの車の中で松下は香山をいたわった。
「久しぶりに大勢の人がいたので戸惑いましたけど、楽しかったです。」
「最後の方は楽しんでいたのがわかりましたよ。いきいきしてました。でも、最初は大変でしたね、申し訳ありませんでした。」
「いいえ、そんな。会社を離れて一人になったときって、私は単なる女なんだと実感しました。勉強になったわ。」
「女性って、大変でしょう。」
「ふふ、そうですね。いろいろ教えてもらってばかりですね、私って。」
「結果的にはそうですけど、私は少しでもあなたのそばにいたいんですよ。」
もう香山のマンションに車はついていた。車の中で松下がそっと顔を近づける。香山は目を伏せそれを待つ。自然に唇が重なる。香山には1時間にも思える一瞬だった。
「おやすみなさい」
「ええ、おやすみ。じゃ、明日、会社で」
「はい。」
その日、香山は無事に(いじめられたことも含めて)終わったと思い、ほっとしてすぐに眠りについた。唇に余韻を感じながら。