2.痴漢
(朝の化粧って時間がもったいわね。男だったらひげを剃って終わりなのに。それに服装も毎日変えないといけないし。やっぱり女って損ね。でももう1ヶ月たったし、慣れたわ。仕事も順調だし。当たり前か、前の仕事と同じだしね。部下も驚くのも無理はないわ。)
その日は電車が混んでいた。身長が低くなってしまったのでつり革にはなかなかつかまれないため、ドアの近くの三角コーナーともいうべき場所に押し込まれることになるのも今日は特別に身動きができなかった。
(やだな。女性になってからは力も出ないし、押し返せない。つくづく損ね。 ! え? なに? 痴漢?)
おしりをなで回される感触。ぞくぞくして気持ちが悪い。
(そんな。やだ、気もち悪い。なにが面白いの?こんなことして。)
顔をにらみつけてやろうか、足をふみつけてやろうか、そんなことを考えてみたが、声が出ないし体がすくんで動けない。
(どうして?い、いや。やめて。くそ、どうして声がでないの?)
香山の思いを知ってか知らずか、男の手はエスカレートしてくる。声を出せない女に調子に乗ってきているのは間違いない。でも香山は動けない。
(くやしい。どうして、どうしてなの? あ、いや! 恥ずかしい、顔を見られてる。くやしい!見返せない。)
今日はお客様とも会わないのでジーンズだったため、容易に股間に指が入り込めた。香山の体が緊張で固くなる。涙が出そうになり脚が震える。それでも声が出なかった。
(誰か、だれか助けて。)
「おい、やめろ」
「な、なにをするんだ。なにもしてねぇよ」
「うるさい。出ろよ。この痴漢やろう。」
(誰かが助けてくれた。ああ、うれしい。ドアが開いたわ。逃げなくちゃ。 あ、でもお礼を言わなきゃ。でもやっぱり恥ずかしい。ごめんなさい、やっぱり逃げる。)
その場をそうそうに逃げ出して出社する香山であった。
その日の調子はさんざんだった。どうして声が出なかったのか、どうして助けを呼べなかったのか。そうできなかった自分が悲しくて悔しかった。そして卑劣な男の指の感触が体に残っており、気持ち悪くて仕事に集中できなかったのだ。誰かに助けを求める、そのことが既に依存心であり、心も女性化している証になっているのだが、自分では気づいていなかったのだけれど。
「香山課長。少しお話が。」営業1課の松下課長だった。営業2課の香山とはライバルの関係である。
「なんでしょうか。」
「今朝は大変だったでしょう。大丈夫ですか?急にいなくなっちゃったから心配しました。」
「え? すると?」
「あのとき助けたのは私ですよ。女性としては逃げ出しても仕方ないですけども。」
「え? そ、そうでしたか。す、すみませんでした。お礼も言わずに。」みるみる頬を染める香山。
「いえいえ、そんなことはいいんです。私もそうでしたから。ふふ」
「??」
「私も香山課長と同じく性が逆転しちゃった口ですよ。これからどうですか、少しお酒でも。」
「そそ、そんな。 」
憎めないさわやかな笑顔で語りかける松下課長についていくことしか香山はできなかった。