10.空港と浜辺とプール
ジーンズに白のTシャツ。松下はブルーのシャツに白のチノパン。これが二人の服装だった。生理
も無事に終わり、美容室にも行った。2日続けてエステに行った。ここしばらくは男に抱かれる自分、頭はそのことだけだった。飛行機に乗っても緊張のあまり 口数も減り、上の空だった。しかしそれも沖縄に到着してすっかり変わった。
「あーー、すっごーい。きれいな海だわ。」
「ははは、やっと笑った。」
「え?」
「だってずっと不機嫌だったから心配しちゃったよ。ここに来るのを後悔してるのかなって。」
「あ、ううん。ごめんなさい。 き、緊張してたから。」
すまなそうにうつむく香山。
「いや、よかった。そういうことならね。」
軽くキスされた
「あ、いや、、みんないるよ」
ちょっと赤面してうつむく香山。
「ふふ、気にしなくていいよ。俺たちは単なるカップルだからね、ここでは」
「 う ん、そうね。」
無意識に松下の腕をつかむ香山。
「じゃあ、おわびに一つ言うことを聞いてくれるかな」
「え? いいわよ。何?」
不安そうに松下を見上げる香山。
「今日から二人のときは俺は君を佳織、もしくはお前って呼ぶ。佳織は俺を健司さんって呼ぶんだ。そして俺の話には、そうだな、、恥ずかしいけど」
「恥ずかしいけど、、、何?」
香山はお互いの呼び方に既にクラクラ目眩がするほど乙女チックになっていた。それに加えてまだ何かあるのか。その場に立っていられないほどだった。
「うん、そうだな、俺との受け答えには丁寧語で話すこと。俺は自分の女にはそうであってほしいんだ。」
はにかむように照れる松下を見上げて、香山も満面の笑みで応えた。
「はい。いいわ。わかりました。け、、健司さん。」
「うん、可愛いよ、佳織。」
(これがそうか)佳織は胸がキュンキュンなる自分に驚いていた。
感動に涙が出そうになった。
佳織は白のワンピースに着替えた。南国らしく全身が白。腰にも白の大きめのベルトをし、素足に白のサンダル。夕方になっていたから日焼け止めはいらないが、ファンデーションは濃いめにして化粧を直して先に出て待っている健司のところへ急いだ。
「うーん、きれいだよ、佳織」
「ふふ、そう? うれしいな」
腕を組んで浜辺を散歩する二人。
「会社でのタイトスカートも似合うけど、今日はすごく可愛いよ。会社のやつらにも見せてあげたいね」
「あ、、やっぱりいやらしい目で見てたんですね、私のこと」
「ふふ、しかたがないよ。お前はきれいでスタイルもよくって。特に腰のラインがそそられる」
キス
「あ、、見られてます。 そんな、恥ずかしいです。」
「気の強い鬼課長がこんなに可愛い女だったなんてね。」
「気の強いって、やっぱりそんなふうに見られちゃうんですね、私。」
「仕事中は仕方がないさ。俺だけが知ってる佳織がいるのがうれしいのさ。」
以前に読んだ雑誌の記事が頭をよぎる。
「残念だけど海には今回は入らないよ。」
「あら、どうしてですか?」
「日焼けさせるにはもったいないから、この肌を」
きれいな夕暮れの海辺で初めてのディープキスを受け、メロメロなところでこんなことを囁かれ、全身が濡れていくのを感じた佳織は、こうつぶやいた。
「私の初めてが健司さんで幸せです。」
力強く肩を抱かれて歩く砂浜。
乙女の絶頂であった。
「やっぱり恥ずかしいわ」
「そんなことはない。」
(ああ、ほんとにいやらしい身体だよ)
プールでビキニ姿を披露している佳織を眺めながら健司はほくそ笑む。
「みんな見てる。佳織がきれいだからだよ。」
「もう、やめて。」
「あ、だめだよ、そんな言葉遣い」
「え? あ、ああ、ご、ごめんなさい。でも、お願いよ、恥ずかしいからあまり言わないでください。」
「くすくす、いいよ、わかった。でも見られることは女性としていいことなんだ。俺も佳織がみんなに見られてうれしいんだ。自慢したいんだよ、わかるだろ。」
「え、ええ」
(そうね、私が変に恥ずかしがったりしちゃうと健司さんが困っちゃうかも。ふふ、変だわ。健司さんがすべてなのね、私って。でもこれが女の幸せなのかな。丁寧語っていっても健司さんに甘えるみたいですごく自然だわ。)
確かにいい身体をしている。巨乳ではないが全体が締まって
いるから大きめに見えるバスト。キュッとしまったウエストと、そのために凹凸のバランスが見事なヒップ。真っすぐな脚。健司のアドバイス通りに両肩を背中 に戻すようにして、一本の線を踏むように歩く。モデルにでもなった気分だった。男どもの視線が気になっていたが今は心地いい。女性陣の嫉妬の眼差しにも優
越感に浸れた。医療チームから言われたことを思い出す。「精神面以外は完全な女性です。言いにくいですが、女性器やその周辺も含めてパーフェクトです。安 心して恋人に身を任せてください。」赤面してしまう会話であったが、今では相当強い自信が漲ってくる。
健司が泳ぐ。一通り何でも泳げるようだ。佳織も泳ぐ自信はあるが、化粧もあるためそれは避けた。健司が泳ぐのを見ているだけで満足していた。
「悪いね、俺ばかり泳いで」
「ううん、そんなことないわ。でもすごいわね、そんなに泳げるなんて」
きれいな水が滴り落ちる健司の胸板をまぶしそうに見上げる佳織。
「たいしたことはないさ。どうする?化粧をおとして泳ごうか?」
「うーん、いいわ。だって後が大変だし」
「そうだな、ふふ」
「なーに、ふふって」
「だって俺も以前はそうだったからさ。そして佳織が濡れるのは俺の腕の中、佳織が泳ぐのも俺といっしょのベッドの中さって思ってね。 さあ、もう行こうか。」
「 はい」
返事するのがやっとの佳織だった。
あまりにも生々しく、これから起こることをイメージさせられてしまったからだ。
男の作戦だとわかってはいても、素直に返事をすることしかできない自分。
でもそれがまたなんとも心地いい。
言葉遣いを少し変えただけでこんなにも変わるのか。
男は力強く女をリードし、女は男に従う。
(それが女なんだわ)
佳織は健司の思惑通りに心と身体の準備をさせられていたのだった。