1.着任

 

「おはようございます。今日からこちらの会社でお世話になります香山佳織と申します。最初だけ申し上げますが年齢は30歳です。課長としては少し若いかもしれませんがみなさんと一緒になってがんばって参りますのでなにとぞよろしくお願いします。」

ためいきと小さなどよめきがおきた。社長がヘッドハンティングした若いが優秀な女性課長が途中入社するとは聞いていたが、こんなに美しいとは。社員の誰もがそう思った。

雰囲気は、そう女優のような感じ。髪はショート、ピアスを上品につけている。初日だからだろう、地味なグレーのスーツを着ているが、膝丈のスカートからすらりとのびた脚がスタイルの良さを感じさせる。身長は160くらい。スリーサイズはもちろんわからないがデスクに座るときにジャケットを脱いで白のブラウスになると、見事にくびれたウエストが、決して巨乳ではないが胸のふくらみと形のいいヒップを強調している。澄んだ高い声はよくとおり、キャリアらしく芯が強く近寄りがたい雰囲気を感じさせていた。だが、一方でどこか中性的な部分を感じさせていた。それもキャリアらしいと言えばそうなのだったのだが。

部下の木山という若い男性が庶務の説明をした。

「んーー、あなたの説明はわかりにくいわね。もう一度話してもらえますか?」

営業ルームがピリッと一瞬凍り付いた。まさにキャリアの雰囲気だった。となりの課の松下健司課長が肩をすくめ苦笑いした。「やりにくいのが来たな」そんなことを口にしたかのようだった。

 

香山の歓迎会は後日なので、今日はすぐに帰宅した。

(疲れたわー。まさか私が男だったなんて誰も思わなかったみたいね。ひとまず成功ね。あーーーー。)思い切り背伸びをしてシャワールームに行く。ブラジャーをはずすと弾力のあるふくらみがプルンと飛び出す。

Cだと少しきついわね。かといってDだと少し大きいし、難しいわ。)

シャワーを終え、ピンクに統一された寝室に行く。特別医療チームにいわれた通りに普段から女性として振る舞うことになっていた。パジャマもピンクを選ぶ。今日は特別にピンクの気分だった。

(あーーあ、1年も教育だとかしつけだとかされちゃって、すっかりその気になっちゃってるよ。情けないと思うけど、どうしようもないしね。男に戻る可能性はゼロだっていうし。 それにしても、あんなに視線を感じると耐えず緊張していないといけないわね。女って損だわ。)

 

香山は1年前までは男だった。途中入社というのは嘘で、課長として大活躍して将来の役員候補だとも囁かれていたのだが、この会社の開発した新薬の実験で女性になってしまったのだ。社長も動揺して当初は大変だった。「最大限のバックアップをする」という社長の言葉通り、少数の特別医療チームが結成され、戸籍やらなにやらすべてをそろえてくれた。六本木にあるこのマンションもただであてがってくれた。そしてしつけ。言葉遣いや脚をそろえて座ることから始まり、食事、立ち振る舞い、華道なども学ばされた。そのかいあって、香山は急速に女性化していった。街を歩くと男も女も振り返り、注目される。あからさまにいやらしい目つきでなめるように見る男性もいた。実は年齢は35歳だった。しかし薬のせいで体つきは20歳から25歳くらいらしい。再度入社するにあたってはやはり課長として仕事をさせたいという社長の思惑もあって30歳という設定にしたのだ。知っている者はごく少数。医療チームでさえも香山の前身がこの会社にいたことさえ知らされていない。

不思議なことにホルモンの影響からか、精神も、ものの考え方も女性化していった。当初は自分の身体に欲情することもあったが、今はそんなことは考えられない。腕がもう少し細いといいなとか、太ももがやせれば、、、なんてことを日常的に思うようになった。映画やドラマを見てもヒロインの視点で見るようになった。  ただ、主治医から恋人を早く作るように、といわれていることはさすがにまだ気持ちが許さなかった。さんざん女遊びをしてきたため、自分が逆の立場になるなんてことは想像すら今だにできないでいた。 実はこの会社には香山と同じように性が逆転してしまった社員があと2名ほどいるらしい。しばらくして慣れたら紹介してもらうことになっている。同じ境遇の人と話ができればまたいっそうこれからの生活に慣れていくらしいので、楽しみにしていた。香山は悩みつつも運命を受け入れなければ、そう思っていた。

 

inserted by FC2 system