誇り

作:愛に死す


「虫の王ベルゼブルよ、貴様もこれで終わりだな」
 この国を脅かした醜悪な魔物にアルスはとどめを刺そうとしていた。
「そう簡単にやられるか」
 直立した巨大な蝿に似た姿のベルゼブルは腹部からべとついた粘液を放射した。
「甘いよ、ふっ、蝶のように舞い蜂のように刺す」
 軽くステップを踏み粘液をかわすと、アルスは剣でベルゼブルの体を何度も突き刺す。嫌な臭いのするベルゼブルの体液がビチャビチャと飛び、アルスに降りかかる。体液は、アルスの体を強酸のように焼いた。
「これしきの事でくじけてたまるかぁ!」
「ぐぅ、俺はもう滅びる、しかし、ただでは死なん、死なんぞぉ!」
 断末魔の叫びを残しベルゼブルは、自らの体液の中へ沈んだ。
「終わったか…」
 剣を支えにしなければならないほど、アルスは疲労困憊していた。
「みんな、仇はとったよ」
 仲間の冥福を祈りながら、アルスは近くの村へ戻った。ここは廃村と化していた。唯一、恋人のユリアだけが、アルスの帰りを待っていた。
「ユリア、なんとか帰ってこれたよ」
「アルス、おかえりなさい」
 花のようなユリアに抱きかかえると、アルスは全ての疲れが癒される気がした。
 その夜、二人は久しぶりに熱い夜を過ごした。
 深夜、眠っていたアルスは、鋭い痛みに目を覚ました。
「うわぁ、なんだこれは!?」
 蛆がアルスの体を覆いつくしている。蛆はアルスの体内に入り肉を喰い荒らしていた。
「ユ、ユリア!」
「ア、アルス助けて!」
 アルスがユリアを方を向くと、ユリアの腹は妊婦のように膨れていた。風船のように際限なく膨らんでいく。そして、臓物を撒き散らし、ユリアの腹が割けた。
「キャァァァァァッ!!!」
 ユリアの腹を破って出てきたのは、ベルゼブルだった。
「俺がそう簡単に死ぬとでも思ったか!女の肉はうまかったぜ」
 ユリアの肉体は、蛆に覆われ白骨化していく。
「俺の体液に人間の女が触れれば、俺をそれを贄にして蘇る事ができるのだ」
「ああっ、ユリア、ユリア」
 絶望の呻き声をアルスは漏らす。
「貴様のお蔭で我が眷属のほとんどが死に絶えた…殺すだけではあきたらぬ」
 ベルゼブルはアルスを蹴っ飛ばした。
「どうしてくれようか…ふふふっ、いい事を思いついたぞ」
「一思いに殺せ!」
「貴様は生かしておいてやろう、まずは邪魔なものを取り去るか」
 蛆はアルスの股間に集中した。
「ぐっ、や、やめろ」
「はははっ、お前の男根はそそり立っているぞ。その蛆どもの唾液には麻薬が含まれているからな。蛆に喰われても痛みはなかろう、むしろ気持ちいいのではないかな」
「あくぅ」
 血塗れの男根から大量の精液が何度となく吐き出される。
「苦痛と快楽に歪んだ顔がたまらないな」
 ベルゼブルは涎をたらした。
 アルスの男根はついに食い尽くされた。しかし、なおも蛆はアルスの股間に集中している。
「そろそろいいか」
「殺せ、殺してくれ」
「そうはいかん」
 ベルゼブルが指を鳴らすと、蛆はいっせいに糸のようなものを吐き出した。アルスの体は白く覆われ、繭のような物を形作っていく。抵抗も空しくアルスの体は、繭の中に完全に包まれてしまった。
「くそっ」
 繭の内部はぼんやりと輝き意外に明るかった。しかも、繭は半透明になっており、ベルゼブルの姿も見える。アルスは、内側から繭を破ろうとするが、繭は弾力性と吸収性に富み、傷一つつかない。
「無駄なあがきだな」
 アルスがあがいているうちに繭の中に水のようなものが満たされ始めた。
「俺がなんとかしなければならないのに…」
  繭の中は羊水のようなもので満たされてしまった。息苦しさはない。アルスは羊水の中で、身動きがとりにくくなっても、必死に繭を殴り破ろうとしていた。
「貴様のような強き者が、人間の中にいることが驚きだな」
 ベルゼブルは繭に近づいた。
「その資質が惜しい…」
「部下になれとでもいうのか」
 羊水の中でも喋る事はできた。アルスは憎々しげにベルゼブルを睨みつける。
「誰がそんな事を言うものか!」
「さて、その意思が何時まで続くかな」
 ベルゼブルはいやらしい笑みを浮かべた。
「さて、そろそろか」
「なに!?」
 アルスの体が己の意思に関係なくうごめきはじめた。胸や尻がふくらみ、逆に体は縮んでいく。
「うわぁ!」
 アルスの肉体は女になってしまった。
「こんな事で俺は挫けたりしない」
 気丈にも甲高い声で、アルスは叫ぶ。
「これは小手調べに過ぎない」
 続いて、アルスの体に黄と黒の毛が生え始めた。二色の毛は縞々模様を描いて、アルスの体を彩る。尻は今までよりも更におおきく丸く膨らみ先端には大きな刺が一本鋭く生えていた。
 背中がぐっと盛り上がり、二対の支脈の走った透明な羽が飛び出す。
 頭には触覚が、伸びていた。
「こ、これは!?」
「そうそう、蜂のように刺すんだったな、よかったじゃないか」
 ベルゼブルは哄笑した。
「くっ、くぅ」
「まだ足りなそうな顔をしているな」
「がぁぁぁ!」
 アルスの脇のしたから新たな腕がはえた。新しい腕はアルスの意思を無視し勝手に這いずり回る。
「や、やめろ、変な気持ちになる」
 アルスの胸を秘所を巧みに襲う。
「ゆ、許してくれ、俺の負けだ」
 涙を流しアルスはベルゼブルに懇願した。
「はじめからそう言えばいいのだ。俺を殺す事など何者にもできん」
 ベルゼブルが指を鳴らすと繭が割れ、アルスはやっと開放された。
「貴様には、女王蜂のように我が眷属を孕んでもらうぞ」
 ベルゼブルは、いきなりアルスの秘所に男根を挿入した。
「はははっ、なかなかいい具合だぞ、さぁ、いい声で泣き喚け!」
「あっ、くぅ、ああーっ!」
 アルスは媚びるような嬌声を何度もあげた。ベルゼブルはアルスの中に精を絶え間なく放つ。
「そらそらそらっ」
「あんっ、駄目、やさしくして」
「たまらんなぁ」
 征服感にベルゼブルはほくそえむ。
「今だ!」
 油断し一瞬、ベルゼブルの体が弛緩した隙にアルスは一か八かの攻撃をしかけた。
 尻にはえた忌まわしい毒針で、ベルゼブルを貫く。大量の毒をベルゼブルに流しこんだ。
「ゆ、油断したぜ…だが、お前の中には俺達の子供がいる。そして、もはや二度とお前は元の姿に戻れないのだ」
 ベルゼブルの体がドロドロと崩れていく。アルスは一人残された。
「俺はもう人間ではないからお前が復活する事もない、しかし…」
 アルスの腹はもう膨らみ、人外の者が胎内で脈打って誕生の時を待っていた。異様に成長が早い。しかし、アルスには子を思う母のような気持ちが芽生え始めていた。
「くっ!」
 肉体の変化からかアルスの心も魔物に近づいていく。
「俺は俺だ、俺が死ねば全てが終わる…」
 アルスは震える手で鞘から愛用の剣を引き抜いた…。
 その後、勇者と魔物が相打ちになって倒れたという報が流れ、やっと国は平和を取り戻した。

 

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