兄と僕

作:愛に死す
絵:みかん飴さん




 僕が兄の部屋に入ると、兄は女になっていた……。


 その日は兄の部屋で対戦ゲームを楽しんでいた。午前二時は回っていたと思う。さすがに僕は眠くなって自室に戻った。翌日は授業もあったしね。

「兄さん、僕はそろそろ先に寝るよ」

「そうか、じゃ俺は一人プレイでこの面をクリアしてからにするかな」

 翌朝、僕は眠い目を擦りながら起きた。兄の部屋に入ると、よく寝ていたようなのでほっといたんだ。僕が高校から戻ってきても、兄の部屋にはまだ灯りがついてない。まだ寝ているらしかった。

「兄さん、そんなに寝ていると頭にカビが入るよ」

 僕はゆさゆさと兄の体を揺さ振った。すると、

 ムニュ

 という変な感触が僕の掌に返ってきた。マシュマロのようにフワフワとして、弾力がある感じである。

「ふわぁぁぁ、よく寝たな」

 大あくびをして起き上がったのは、見知らぬ女性だった。

「あ、あの、兄さんの彼女ですか?」

 僕はドキドキしながら尋ねた。兄もいつの間にか彼女ができて、女を連れ込むようになったのだろうか。大学生だからそれくらいあってもおかしくない。兄のパジャマを着た女性の胸に、ついつい目が吸い寄せられてしまう。ボイーンボイーンだった。

「何を馬鹿なことを言ってるんだよ。俺に決まっているだろ」

 女性は僕に口を尖らせて文句を言った。でも、僕には自分のことを俺という知り合いはいない。

「え、えっと、どなた様でしょう?」

 今から考えると間抜けな質問をしていたと思う。だが、それも当然だった。一夜明けたら兄が女になっていたなんて、誰も信じやしないだろう。

「俺はお前の兄に決まってい……な、何だこりゃぁ!?」

 女性はいきなり自分の胸をわし掴みにしたんだ。

「う、うわっ、ほ、本物!?」

 僕は女性が狂ったかと思った。しかし、その言動には覚えがある。

「も、もしかして、兄さん?」

「そ、そのはずだけどな。あ、あん」

 女性……いや、兄は自分の胸を揉んで喘いでいた。


 幸いというべきか、この家に住んでいるのは兄と僕だけだった。親の仕送りと兄のバイト料で、このアパートに暮らしている。

「まいったなぁ、これじゃバイトもできやしない」

 兄は股を広げてポリポリと頭を掻いた。

「に、兄さん、そんな格好はよくないと思うよ」

 僕は内心ドギマギしながら忠告した。

「あーん、一人前に照れているのか。ははは」

 うーん、確かに顔には兄の面影はあるものの、そこにいるのは見知らぬ女性だと言ってもよい。特にその豊満な乳房や尻は破壊的だ。ナイスバディな美人だ。

「まぁ、今日はこれですますか」

 兄はTシャツと短パンに着替えた。他のズボンは尻がきつくて入らなかったらしい。だ、だけど、その白い太股を見たら……股間は正直だった。

「ほれほれ、ほーれほれ」

 わざわざ僕の前で、胸を寄せて揺らしている。僕をからかっているのだ。ああ、あの胸に顔を埋めたらどんなにか気持ちいいか……じゃなくて、危うく理性を失いそうになる。それにしても楽観的な兄だ。この状況を何とかしようと思わないのか。

 弟である僕がこんなに悩んでいるのが、何だか馬鹿らしく思えてくる。

「に、兄さん、せめて他の服を買いにいこうよ。さすがにその格好じゃ秋は寒いよ」

「じゃ、お前が買ってきてくれるか?」

「ぼ、僕がぁ!?」

 素っ頓狂な声を上げてしまった。婦人服市場には足を踏み入れたことはない。悔しいけど僕には恋人はいなかった。

「冗談だよ。仕方ねえなぁ。お前も一緒につきあえよ」

「わ、わかったよ」

 僕は兄と一緒に外に出た。だが、やたらと注目されている気がする。それも、男からだ。

「に、兄さん、周りの視線が何か怖い気がするよ」

「気にし過ぎだ」

 絶対に兄はこの状況を面白がっている。僕は冷や冷やしていた。粘つくような視線が、兄に集中している。僕を憎々しげに見ている男もいた。そんな目で見ないでくれぇ!

 ところが、デパートに向かう途中、雨がいきなり降ってきた。激しい横殴りの雨だ。女心と秋の空とはよく言ったものである。軒下を借りて、僕達はしばらく雨の通り過ぎるのを待った。

 十五分もしないうちに、雨の勢いが弱まり、青い空が広がり始める。白い雲が風に流れていた。

「あーあ、服が濡れてグショグショだよ」

「ふう。いきなりの通り雨だったな」

「まったくだね」

 兄の方を向こうとして、僕は首を硬直させた。とても見れるものではない。僕は濡れたシャツの張り付いた肢体に、思わず目をそらしてしまった。それは兄が女性になってしまったことを再認識することになった。本当に女の人の胸だ……。


「どうした? 顔が赤いぞお前」

 兄は少し悪戯っぽく笑うと、色っぽく透けた乳房をわざとらしく寄せてみせた。かぁと頬が熱くなっていくのがわかる。兄は僕の反応を面白がっていた。

 婦人服売場に入ったものの、僕は終始下を向きっぱなしだった。

「このブラなんかどうだ?」

「え、えっと、ちょっと派手じゃないかな」

「じゃ、こいつは?」

「うっ」

 僕は鼻を押さえた。そのブラは乳首まで透けていたからだ。

「もっと、普通のを買おうよ。普通のを」

「つまらないなぁ」

 結局兄はかなりたくさんの洋服を買い込んだようだ。僕は兄に悩殺されてクタクタだった。

「荷物は持ってくれるよな」

「えーっ!?」

「女性には優しくしろよ」

 確かに今の兄の細腕では、これだけの袋を持ち歩くのは大変かもしれない。僕はよろけながら、全ての荷物を抱えて家に帰った。もうヘトヘトだよ。


 し、しかもである。帰ったあとに、雨で冷えた体を風呂に入って温めようとしたところ、兄は僕に、

「一緒に入ろうぜ」

 と言ってきたのだ。風呂に入ったら、股間がバレバレになってしまう。さすがに恥ずかし過ぎる!

「兄さん一人で入ってきたらいいよ。僕は待っているからさ」

 なにげない風を装って、僕は兄に返事を返した。だが、兄は強引だった。

「そのままじゃ風邪を引くだろ。遠慮するなよ」

 僕は強引に兄と一緒に風呂に入る羽目になってしまった。兄と一緒に風呂に入るなんて何年ぶりだろうか。狭い室内では、否応なしに兄の体を触る羽目になる。兄の今の体は、とてつもなく柔らかかった。

「背中を洗ってくれよ」

「えっ?」

「ほら」

 僕はスポンジを渡され、兄の背を洗い始めた。なるべく兄の体を見ないようにするのだが、どうしても目が引き寄せられてしまう。

「ほら、今度は俺が洗ってやるよ。ははぁ、大きくなっているな」

 しげしげと兄が僕の股間を見る。そして、僕の目には兄の胸と股間が……。

「本当にないんだね……」

 今日は兄の姿が目に焼きついて眠れそうにもない。

「はぁ」

 僕はため息を吐いた。悩む。苦悩が七割、もちろん、嬉しさがないというわけではないけど微妙だ。ところが、翌日兄の体は元に戻っていた。

「せっかく買ったのになぁ」

 兄は残念そうにしていた。僕は少しの寂しさを感じながら、兄が元に戻ってほっとしていた。あんな露出度の激しい服を着られたらたまらない。

 だが、翌日僕は自分の体が女になっていたのを発見するのだった。その日は兄の玩具にされたことは言うまでもない……。



あとがき 快くイラストの使用を承諾して下さったみかん飴さんに感謝。思春期の弟をからかう兄(姉?)が面白くて、筆が動いてしまいました。どうも私は兄弟モノや親友(幼馴染)モノに弱いようです。



inserted by FC2 system