俺の彼女が入れ替わり

作:やみすぴ



 今日は彼女との始めてのデートだ。
 デートする場所は去年できたばかりの遊園地、エターナルファンタジーパークだ。
 アトラクションについては先日一人で行ってすべてチェック済みなので準備も万全だ。
 俺は気合を入れて待ち合わせ場所に向かう。

「先輩、おはようございます」

 少し小柄でかわいらしい女の子が話しかけてくる。



「お、おはよう可奈ちゃん」

 彼女の名前は矢島可奈、俺の通ってる学園の一年生であり俺の彼女だったりもする。

「もしかして待たせちゃったかな?」

 確かまだ約束の時間にはなっていないと思ったが……。

「いえ、私もさっき来たばかりです」
「その嬢ちゃん、一時間くらい前からそこにいたぞ」

 近くのベンチに座っていたじいさんがにやにやしながらそう言ってくる。

「先輩に会えると思ったらじっとしてられなくて……そ、その、早く来すぎちゃいました」

 可奈ちゃんは顔を真っ赤にしながら俯く。
 俺はそんな可奈ちゃんがかわいく思えて仕方なかった。

「俺も可奈ちゃんに会えるのが楽しみだったよ」
「先輩……」
「ほら、そろそろ行こう」

 そう言って俺は可奈ちゃんに手を差し出す。

「は、はい、今日はよろしくお願いします!!」

 可奈ちゃんは顔を真っ赤にしながら俺の手のひらを掴んだ。


 これはまだ俺達が付き合い始めた頃の話。
 この時はまさかあんなことが起こるなんて思っていなかった……。




 一週間前、俺の住んでいる街で無差別集団入れ替わり事件が起きた。
 俺自身は被害にあわなかったものの、たくさんの人達が被害にあったらしい。
 その中には俺の知っている人間も何人かいた。
 数年前から突然人間の体が入れ替わるという謎の事件が起きるようになっていた。
 入れ替わった人間の話によると急に意識が遠くなり気づいたら別の人間の体に変わっているらしい。
 ネット等の噂によるととある科学者が開発した発明品が原因らしいが詳しい事はわかっていない。
 いや一般市民である俺達には知らされていないだけかもしれない。

「よお隼人、何ぼっーとしてるんだ?」

 そんなことを考えていると勤が話しかけてきた。
 こいつは金沢勤、この学園に入学してからの友人……というか悪友である。

「この間起きた入れ替わり事件のことを考えてて……」
「あの事件か、前からこういう事件が起きてるのは知ってたけどまさかこんな身近で起きるなんてな……俺達のクラスにも被害者が出てるし」 

 そう言いながら勤は空席に目をやる。
 そこはクラスメイトの河越さんの席だった。

「河越さんずっと休んでるけどどうしたんだ?おまえ河越さんと付き合ってたんだろ?」

 河越さんというのは美人でスタイルがよく男子からも人気が高い女の子だ。
 そして勤の彼女でもある。

「もう河越とは別れたよ」
「えっ、いつの間に!?」

 それは初耳だった。

「河越も入れ替わり事件に巻き込まれてな、中年のおっさんと入れ替わって……泣いてたけどさすがにおっさんと付き合うのは俺には無理だ」
「そ、それは大変だったな……」

 あの美人で巨乳の河越さんがおっさんになるなんてとても想像できない。
 さすがにそんな姿では学園には来れないのだろう。

「大変なのは、おまえだって同じだろ?」

 そうなのだ……。
 俺の彼女である可奈ちゃんもこの入れ替わり事件に巻き込まれて今は違う人間の体をしているのだ。

「まあどうするかはおまえが決めることだしな……ただ愛せないならきっぱり別れた方がお互いのためだと思うぞ」

 今の可奈ちゃんは以前とはあまりにも見た目が違いすぎる。
 俺は今の可奈ちゃんのことを……。

「ああ、わかってるよ」

 やっぱり彼女には俺の本当の気持ちを伝えるべきなのだろう。
 例えそれが彼女を傷つけることになったとしても……。


 授業が終わり、教室の掃除を終えた俺は校門へと向かう。
 校舎を出ると校門の近くに学園の制服を着た30代後半くらいの女性が立っているのが見えた。
 見た目は美人なのだがその姿はまるでコスプレした年増のAV女優のようだ。
 その女性を見てクスクスと笑いながら通り過ぎていく生徒達。
 俺はそんな女性に声をかける。



「お待たせ」
「あっ、先輩」

 女性は俺が声をかけると嬉しそうにこちらにやってくる。

「行こうか、可奈ちゃん」

 そう、この学生服を着た中年女性が今の可奈ちゃんなのだ。
 入れ替わり事件があったあの日、気がつくと可奈ちゃんは今の姿になっていたらしい。
 最初は俺も信じられなかったのだが、話しをしてみて本人なんだと信じざるおえなかった。
 体はまったくの別人でも中身は矢島可奈なのだ。

「先輩、手を繋いでもいいですか?」

 以前の可奈ちゃんならいちいちこんなことは言わず自然に手を繋いできたのだが、やっぱり本人も今の姿を気にしているのだろう。

「ああ、いいよ」

 俺は可奈ちゃんと手を繋いで一緒に歩く。
 その姿は他の人間にはどう映っているのだろうか?
 やっぱり小柄でかわいらしかった可奈ちゃんと今の妖艶な大人の女性の姿をした可奈ちゃんはあまりにも違いすぎる。
 まあ別人の体なんだからあたり前ではあるのだが……。

「なあ可奈ちゃん、今度から待ち合わせ場所は変えた方がいいと思うんだ」

 あんな風に他の生徒達に見られてたら正直辛いだろう。

「大丈夫です、私は気にしてませんから」

 それはきっと嘘だろう。
 彼女の目が赤くなっていることに俺は気づいていた。
 俺が今の可奈ちゃんに初めて会った時、彼女は泣いていた。
 いきなり二周り以上も年上の……しかも他人の体になってしまったのだ、彼女にはとても辛いことだったはずだ。
 可奈ちゃんと体を入れ替わった中年女性は今どうしているのだろう?
 騒ぎを大きくしないために、情報が規制されてわからないようになっているが、俺はその事に何か裏があるように感じていた。
 河越さんの事といい入れ替わった彼女達には損害しかないが、もう片方から見たらどうだろう?
 もしかしたら、この事件は無差別なんじゃなくて入れ替わったもう片方の人間が得をするように仕組まれたモノだったのでは?
 なんの証拠もないのにそんなことを考えてしまう。

「あの先輩、やっぱり私と手を繋ぐのは嫌でしたか?」

 可奈ちゃんが悲しそうな顔で俺を見ている。

「えっ!?」
「先輩なんだか怖い顔をしてたから、やっぱりこんなおばさんと手を繋ぐのは嫌なのかなって……」
「ち、違うよ!!ただちょっと入れ替わり事件について考えてたんだ」

 あの事件がなかれば彼女も苦しまずにすんだし、俺もこんな気持ちにはならなかったかもしれない。

「どうしてこんなことになってしまったんでしょうね……」
「それは……俺にもわからないよ」

 本当にどうしてこんなことになってしまったのか……。

「あの、先輩無理しなくていいですから、先輩が別れろっていうなら別れます……学園に来るなっていうならもう行きません」
「突然何を言うんだよ!?」
「私はどんなに笑われたっていいんです、先輩と一緒にいれるならそれで……でも私のせいで先輩が笑われるのはやっぱり辛いです」
「可奈ちゃん……俺は無理なんてしてないよ」

 俺は可奈ちゃんの手を優しく握り返す。

「でも私不安なんです、こんな誰ともわからないおばさんの体になって、先輩が離れて行っちゃうんじゃないかって……。一緒にいても先輩を辛くさせるだけなんじゃないかって、だから私、私、もうどうしたらいいのか……」

 涙を流す可奈ちゃんを抱きしめ俺は頭を撫でてあげる。
 本当にどうしたらいいのか俺にもわからない。
 今はただ彼女が落ち着くまで側にいてあげよう。



 次の日から俺は、勤と一緒に入れ替わり事件の調査を始めた。
 いろいろ調べたのだが、やっぱり犯人や原因とか詳しいことはわからなかった。
 だけど入れ替わった人間については半分くらいわかった。
 比較的若くてかわいい女の子が多いのとその女の子達が中年男性や一部女性と入れ替わっている事だ。
 無差別と言われているのにこれは何かおかしい気がする。
 それに情報規制されてるとはいえ、まったくマスコミが騒がない事にも違和感があるし……もしかして何か裏で大きな力が働いているのだろうか?
 入れ替えさせられた女の子達から話を聞くことができたが、その反対に入れ替わった中年達からは情報規制がどうのと難しい話を盾にされコンタクトを取ることができなかった。

「やっぱり何か裏があるのかな……でもこれといった証拠もないし」

 これは意図的に起きた入れ替わり事件なんだと思うけど、そんな証拠はどこにもない。

「まあ学生が調べられる範囲なんて限られてるし、これだけ調べれただけでも上出来じゃないか?」
「それはそうだけど……」

 そもそもどうやって入れ替わりなんて漫画みたいな現象が起きたんだろう?
 せめてそれがわかればいいんだけど。

「だけど勤も一緒に調べてくれるなんてちょっと以外だな、やっぱり河越さんのため?」
「別にそういう訳じゃねえけど、今後付き合った女がまた入れ替わっておっさんとかになったら嫌だろ?」
「それは確かにね」

 可奈ちゃんがもし中年のおっさんと入れ替わってたらとか……想像したくもない。

「だいたいこんな事件が起きてたらおちおち新しい彼女も作ってられないぜ」

 まあそうそう起きるような事件でもないけど、こうやって身近で起きると否定はできない。

「それにしても、隼人も可奈ちゃんもすげえよな」
「え?」
「隼人はあんな年増女の体になった彼女のためにがんばってるし、可奈ちゃんはあんな体になってまで隼人に会うために学園に来てるんだろ?」

 そうか……可奈ちゃんは俺に会うためにあんな体になっても学園に来てたのか。

「別に俺はすごくなんかないよ、辛いのは可奈ちゃんなんだから」
「まったくおまえは優等生だな、そんなおまえに俺がとっておきのプレゼントしてやろう」
「いったいなんだよ?」
「実はな、可奈ちゃんと体が入れ替わった女性を見つけたんだ」
「なんだって!?」
「その人に連絡してみたらおまえの話を聞いてくれるってさ、そのかわり指定した場所におまえ一人で来て欲しいんだとよ」
「俺一人で?」

 なんで俺一人なんだろう?

「俺は他に調べることもあるし、おまえはその人に会って話でも聞いてみたらどうだ?」
「ああ、わかったよ」

 俺一人でというのがちょっと気になったが、指定された場所へと向かった。

 そこはこの街にあるホテルのとある一室だった。
 俺は緊張しながらもドアをノックする。
 するとドアが開き、中からセクシーな衣装を着た可奈ちゃんが出てきた。

「あなたが、吉田隼人君かしら?」

 なんだろう声も体も可奈ちゃんのはずなのにすぐに別人だとわかってしまう。

「は、はい、そうです、あなたが藤崎富美子さんですか?」

 藤崎富美子、可奈ちゃんと体が入れ替わった38歳の女性だ。

「ええ、そうよ……ほらお話するなら中に入りましょう」

 俺は可奈ちゃんの体をした藤崎さんに連れられ部屋の中に入る。

それで私に聞きたいことって何かしら?」

 そう言って藤崎さんは足を組みながら椅子に座る。
 なんていうか声は可奈ちゃんなのに話し方も雰囲気も全然違う、まるで別人みたいだ。

「あの、入れ替わった時の事を聞きたいんですけど」
「悪いけどよく憶えてないわね」

 藤崎さんは興味なさそうにそう答えるとタバコを吸い始めた。
 その仕草に俺はちょっとイラッとしてしまう。
 可奈ちゃんの体でタバコを吸うなんて……なんだか彼女の体を汚されているみたいだ。

「それより、あなたこの体の女の子の彼氏らしいわね」
「はい、そうですけど」
「こんな所まで話を聞きにくるなんてあなたよっぽどその娘のことが好きなのね」
「まあ……」

 正直そんなこと言われると照れるのだが……。

「うふふ、照れちゃってかわいいわね……でも今の彼女は38歳の年増女よ、そんな彼女のことがあなたは本当に好きなのかしら?」
「えっ?」
「そんな先の無い年増女よりも私と付き合わない?」

 この人は突然何を言い出すんだ?

「あなたはこの体を愛していたんでしょ、この若くてかわいらしい体を……あんな年増女の体よりも私がこの体であなたを愛してあげるわよ」

 そう言って藤崎さんは俺に抱きつき控えめな胸を押し付けてくる。
 藤崎さんからは俺の大好きだった可奈ちゃんのいい匂いがする。

「せっかくこんな若くてピチピチな体を手に入れたんだからそれに見合う若い男が欲しいのよ」
「もしかして、この入れ替わりは意図的なモノだったんですか?」

 俺は思い切って聞いてみる。

「さあどうかしら?そうだったとしてもあなたの彼女はもう元の体に戻ることはできないわ、これからずっとあの年増女の体で生きていくのよ……うふふ、本当かわいそうね♪」

 藤崎さんのその言い方からは、全然かわいそうに思ってるように聞こえてこない。
 いやそれよりも今すごく重要なことを言っていたはずだ。

「もう元に戻れないってどういうことです?」
「同じ人間との入れ替わりは一度きりらしいわ、要するにこの体はもう私のモノだってことよ……うふふ、やっぱり若い娘の体はいいわね、ちょっと胸が小さいのが残念だけど」
「そんな勝手な事が……」

 許されるはずがない。

「ねえ坊や、世の中っていのうは理不尽で力の無い人間にはどうしようもないことだらけなの、それを理解しなさい」

 世の中は確かに理不尽だ……だけど目の前で起こってるこの理不尽を理解なんてできない。
 だったら可奈ちゃんはどうなるんだ!!

「私と付き合ってくれるなら、坊やにも甘い夢を見させてあげるわよ」
「お断りです」

 そう言って俺に抱きついていた藤崎さんを引き剥がす。

「そう、やっぱり子供ね……それじゃああなたはこの先もあの年増女になった彼女を愛していくのかしら?」
「俺はあなたに会ってわかったことがあります」
「何かしら?」
「俺は彼女の体が好きだった訳じゃない、彼女自身が好きだったんだってことにです」

 そうだ、可奈ちゃんがどんな姿をしていたとしても俺は彼女が好きなんだ。

「ふーん、綺麗事……って言いたい所だけど、私はあなたみたいな男嫌いじゃないわ」
「俺はあなたみたいな人は嫌いです」

 体は可奈ちゃんでもこの人とはとても話が合いそうに無い。

「うふふ、言うわね……それじゃあ私の年増臭い体を思う存分愛してあげてちょうだい」
「失礼します」

 俺はそう言うと振り返らずにホテルの部屋を後にした。
 結局詳しいことはわからなかったが、やっぱり裏に何かあるみたいだ。

「同じ人間との入れ替わりは一度きり……」

 藤崎さんの話が本当だとすると可奈ちゃんはもう元の体に戻ることはできないということなのか……。



 次の日、教室に行くと体中に包帯を巻いた人物が近づいてきた。

「よお隼人、昨日はどうだった?」

 その声はとても聞き覚えのあるモノだった。

「おまえ、勤か!?その包帯いったいどうしたんだよ?」
「いやぁ〜、昨日おまえと別れた後にいろいろ調査しててさ、黒服着た変なやつらに襲われちまって……イケメンが台無しだよ」

 俺の知らない所でそんなことが起きてたなんて……。

「怪我は大丈夫なのか?」
「ああ、これは妹が大げさに包帯巻いただけだから気にすんな」

 こんなに包帯巻くなんて随分と心配性な妹のようだ。

「そんなことより、黒服からの伝言だ……命が惜しかったらこの件にはもう関わるな……だってさ」

 藤崎さんと話してて思ったけどやっぱりこの事件には裏があるようだ。

「そっちはどうだったんだ?」
「ああ、実は……」

 俺は昨日あったことを勤に伝えた。

「なるほどな、やっぱり裏に何かあるみたいだな……たぶん俺達じゃどうすることもできないような大きな何かが」

 確かに学生の俺達じゃどうすることもできないモノが裏に隠れている気がする。

「隼人には悪いけど今回の件、俺は降りるわ……」
「勤?」
「やつらは普通じゃない、もしかしたら俺だけじゃなくて妹が、家族が狙われる可能性もあるしな」

 確かにその可能性はあるだろう……。
 もしかしたら自分の家族が意図的に入れ替わり事件に巻き込まれる可能性だって十分にある。

「わかったよ」
「すまないな……」

 勤は申し訳なさそうに頭を下げた。

「いや、この事件は元々俺達みたいな学生なんかにどうこうできるようなモノじゃなかったんだ……」
「隼人……」
「でもあきらめた訳じゃない、今は無理でもきっといつかこの事件の真相を暴いてみせる」

 例え可奈ちゃんが元の体に戻れなかったとしても……。

「はぁ、さすがは優等生……まあそん時は俺にも声をかけてくれよな」
「ああ、その時は頼む」

 俺達の戦いは終わったんじゃない、まだ始まったばかりなのだ。
 そして今の俺がやるべきことは……。



 その日の帰り道、俺は可奈ちゃんと一緒に歩いていた。

「可奈ちゃん、今週の休みにデートしよう」
「先輩急にどうしたんですか?」

 可奈ちゃんは驚いたのか歩いていた足を止める。

「最近ずっとデートしてなかっただろ?」

 可奈ちゃんの体が入れ替わってから俺達は一度もデートをしていない。

「で、でも今の私はこんなおばさんの体だし……」
「そんなこと関係ないよ、俺は可奈ちゃんとデートしたいんだ」
「先輩……」
「可奈ちゃんが人目が気になるっていうなら、そういう場所は避けるけど?」

 可奈ちゃん自身、今の体を気にしてる訳だしその辺も考えないと。

「わかりました……私、先輩とデートします」
「それじゃあ場所はどうする?」
「遊園地がいいです、先輩と初めてデートした時に行ったあの遊園地」

 それはきっとエターナルファンタジーパークのことだろう。

「あの遊園地か……うん、わかったよ」
 俺と可奈ちゃんが初めてデートに行った場所、可奈ちゃんにとっても俺にとっても思い出の場所である。



 そしてデート当日。
 そこには初めてデートした時と同じ服を着た可奈ちゃんの姿があった。



「ううっ、やっぱりこの体じゃ、この服は似合わなかったですか?」
「そんなことないよ、すごくかわいいよ」

 少なくとも俺にとっては、グッとくるものがある。

「ほら、恥ずかしがってないで行こう」
「は、はい……」

 俺は可奈ちゃんと手を繋ぎ歩き出す。
 すれ違う人間がちらちらとこちらを見てくる。
 その中にはあきらかに悪意のあるモノもあったが俺はそんなこと気にしない。
 今俺の隣を歩いてる女の子は俺にとって一番かわいい女の子なのだから。
 ……とは言っても可奈ちゃんはやっぱり恥ずかしそうだった。
 遊園地についた俺達はいろいろなアトラクションを楽しもうと思ったのだが……。

「すみません先輩、この体で連続でジェットコースターはきつかったみたいです」

 いくつか乗り物に乗っただけで可奈ちゃんがダウンしてしまった。
 俺も以前の可奈ちゃんのつもりでいたから気づかなかったけど、今の可奈ちゃんは38歳の別人の体なのだ。

「俺の方こそごめんな」
「先輩は悪くないんです、悪いのは全部私なんです……こんな体になっても先輩のことが好きで一緒にいたいと思っている私の……」

 顔を伏せ可奈ちゃんは黙ってしまう。
 可奈ちゃんを楽しませるはずだったのに俺は何をやっているんだろう……。
 その後、可奈ちゃんの体調が元に戻ったのは夕方になってからだった。
 結局その後、俺達は何にも乗らず遊園地を後にした。


「今度はさ、もっと別の場所に行こう」
「……」

 帰り道、俺が何を話しかけても可奈ちゃんは無言のままだった。

「動物園なんていいんじゃないかな?可奈ちゃん動物好きだって言ってたよね?」
「先輩は優しいですね……」

 可奈ちゃんが小さな声でそう呟く。

「えっ?」
「こんな私に優しくしてくれて、こんなおばさんの体になっちゃった私に……」
「それは俺が可奈ちゃんのことが好きだから!!」

 俺は思わず叫んでしまう。

「私わかっちゃいました、今の私はもう矢島可奈じゃないんです」
「可奈ちゃん何を言って……」

 突然何を言い出すんだ?

「体が変わったらもうそれは別人なんです、いくら自分が矢島可奈だって思っても周りはそう思わないんです」

 可奈ちゃんは寂しそうな顔で笑いながら話す。

「友達は離れていくし家族もよそよそしくなって……知らない人は私を見てもただの若作りしたおばさんだとしか思いません」

「可奈ちゃん……」

 俺が思ってる以上に可奈ちゃんは傷ついていたんだ。

「私のことをちゃんと矢島可奈として見てくれたのは先輩だけです、今までありがとうございました」

 今まで……今までっていったいどういうことだ?

「私これからは38歳のおばさんとして生きていきます……もう先輩には会いません、学校も辞めます」
「な、なんでだよ!!なんでそんなこと言うんだ!!」
「なんでって……こんなおばさんが学生の先輩と付き合ってるなんておかしいじゃないですか……滑稽じゃないですか……」

 可奈ちゃんの目から涙が溢れ出す。

「私、もう辛いんです……自分が自分として認められないのが、そのせいで先輩までおかしな目で見られて……」

 俺のことなんてどうでもいい、でも自分が自分として認められないというのはとても辛いことなのだろう。

「もういいよ」

 俺はそう言って可奈ちゃんを抱きしめる。

「……先輩?」

 俺はこの娘を放っておけない。

「俺には可奈ちゃんの辛さを分かってあげる事はできない、でもこれだけは言える。たとえ可奈ちゃんがどんな姿になったって俺は可奈ちゃんの事が好きだよ……だから君の側にいさせて欲しい」
「ダメですよ……私、おばさんなんですよ!!先輩よりも二周り以上も年上で、体臭だってキツくて……それに!!」

 俺はキスをして可奈ちゃんの唇を塞ぐ。

「んんっ!?んっ……んんっ……」

 最初は驚いていたようだが、可奈ちゃんは次第に落ち着き俺のキスを受け入れてくれる。
 しばらくして可奈ちゃんが落ち着いたのを見計らって唇を離す。

「先輩、いったいどうして?」
「好きだからだよ」

 俺は即答する。

「そんなだって今の私は……」

 可奈ちゃんの手を掴み俺の胸に触れさせる。

「今の俺ドキドキしてるだろ?俺は今の可奈ちゃんにドキドキしてるんだよ」
「えっ……こんな年増のおばさんにどうして?」

 可奈ちゃんはわからないって顔をしていた。

「だから今の可奈ちゃんが好きだからだよ」
「そんな、嘘ですよ……」
「嘘じゃないよ、好きでもない相手に俺はキスなんてしないよ」
「先輩……私……私……!!」

 可奈ちゃんが俺に抱きついてきた。

「私やっぱり先輩と一緒にいたいです!!これからも先輩に迷惑かけちゃうかもしれない……それでも一緒にいてもいいですか?」
「もちろんだ、俺も可奈ちゃんと一緒にいたい」
「先輩……大好きです」

 俺達は抱き合ったままキスをする。



 そして……。

「可奈ちゃん本当にいいのかい?」
「は、はい……先輩こそ本当に今の私でいいんですか?」

 今俺は可奈ちゃんと一緒に自分の部屋にいる。
 あれから今日は家に両親がいないと話したら俺の家に来る流れになってしまい……つまりそういうことだ。

「さっきも言っただろ、俺は今の可奈ちゃんが好きなんだ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、やっぱりいざとなると自信が持てなくて……」

 可奈ちゃんはそう言いながらモジモジする。
 こうなったらもう言ってしまおう。

「今まで言えなかったけど、実は俺……可奈ちゃんがその体になった時から興奮してたんだ」
「えっ、こんなおばさんの体にですか?」
「その体に興奮しているというか、中身が可奈ちゃんのその体に興奮しているんだ」

 体は年増の女性なのに中身が可奈ちゃんというそのギャップというか、アンバランスな感じに妙な興奮を感じていたのだ。

「可奈ちゃんがその体になって苦しんでるのに、そんなこと考えたりしてごめん!!」

 可奈ちゃんが苦しんでいるというのに、そんなこと考えてる自分は最低だ。

「でも、可奈ちゃんを好きっていうこの気持ちは本物だから」

 この気持ちは可奈ちゃんが入れ替わる前からあるもの、変わらないモノ……いや、ここ最近のことでより強くなった気がする。

「先輩はこんな体の私でも興奮してくれるんですね……嬉しいです」
「可奈ちゃん、怒ってないのかい?」
「先輩の気持ちはあの時に聞きましたから、あの言葉を私は信じてます」

 可奈ちゃんは俺のことを信じてくれているんだ……。

「大丈夫です、例え先輩がどんな変態だったとしても私は受け入れますから」
「うぐっ!!」

 変態と直球で言われるとグサッと胸にくるものがある。

「私が一番怖いのは先輩に嫌われることです……だから先輩が今の私の体に興奮してくれることが嬉しいんです」
「可奈ちゃん……」
「それに先輩がこの体で興奮してくれるなら、少しはこの体のことが好きになれそうな気がします」

 可奈ちゃんが今の体を完全に受け入れるのにはきっと長い時間がかかるだろう。
 本当なら元の体に戻るのが一番なのだが、俺にそんな力は無い。

「先輩、そんな顔しないでください」

 可奈ちゃんに抱きしめられ顔が大きな胸に埋まる。

「私は先輩がいれば大丈夫ですから……だから先輩は私のことたくさん愛してください」

「可奈ちゃん……俺、これから先もずっと可奈ちゃんの側にいるから」

 俺達は抱きあいキスをして……。
 そして一つになった……。



 数年後、俺と可奈ちゃんは結婚した。
 結局、可奈ちゃんの体は今も元に戻っていない。
 だけど俺は今の可奈ちゃんの心も体も愛している。
 それに、今となっては以前の体よりも今の体が本人にとっても自分の体になってしまっているようだ。
 そして高齢出産と言われ心配していたが無事子供も生まれた。

「ねえ、あなた……私、あなたに会えて本当に幸せです」

 そう言った時の彼女の笑顔を俺は忘れない。
 可奈ちゃんと出会ってからいろんな事があった……でも今俺は幸せだって胸を張って言える。

「ああ、俺も可奈と会えて幸せだよ」

 ちなみに入れ替わり事件の真相がどうなったか?
 それはまた別の話……。




■あとがき
 まずは400万HITおめでとうございますm(__)m
 今回は始めて書いた入れ替わり、そしてODモノでした。
 普段はダークだったり変態だったりするのを書いたりしてるんですが、こういう純愛風味のもわりと好きだったりするもので(^^;)
 入れ替わり事件の真相はこれを読んでるあなたの妄想で解き明かしてくださいw(ぉ



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