第4章 お見合い
 土曜日の正午、瑞穂は青山にあるホテルでお見合いをしていた。今日は朝、
早くからエステと美容院に行き準備は万端である。なんと言っても相手は慶応
大学出身の二枚目であるのだ。商社に勤めており海外を飛び回る仕事をしてい
るようで、昨日もシンガポールから帰ったばかりだと言う。瑞穂が考える「亭
主元気で留守がいい」である。家柄も目黒に貸しビルをいくつも持つ資産家で
彼はその家の次男なのだ。

「そろそろ、若い二人だけにしましょうか」
「そうですね」

瑞穂と見合いの相手である近藤功を残し、世話役の人と彼の母親は出て言った。

「疲れますね」
「えぇ、少し緊張します」
「どうです?ここで話しをしているよりドライブでもしませんか?」
「はい」
「じゃ、善は急げで・・・今の時刻でしたら箱根くらいまで行けますから」


東名高速道は事故渋滞であった。
「これじゃ、駄目だな。ちょっと遠いけど中央道で信州の方に行きますか?」
「お任せします」
「冬の諏訪湖に行ったことありますか?」
「いいえ」
「一面、氷が張っていて湖の上を歩けるんですよ」
「そうなんですか、是非、連れていって下さい」
「わかりました」

近藤功の運転するBMWは中央道に行き先を変えた。

「瑞穂さんはお若いのに、何故、お見合いをしたんですか?」
「知り合いに勧められまして」
「そうですよね。玉の輿だとかを狙って結婚相手を探す為に腰掛けで会社に入
  る女性がいますが僕は嫌いなんです。そう言う人」
「・・・・・」
「もし、瑞穂さんがそう言う人で、本当に結婚を考えている方だったらどうし
  ようと悩んでいたんです」
「あはは、そうだったんですか。近藤さんも30歳前ですものね。結婚なんて
  考えていないですよね」

(これって遠回しに断っているってこと?)

瑞穂は条件も含め、大変乗り気であったのだが、近藤は結婚なんて眼中に無い
ようなのだ。

「えぇ。まだ、仕事に打ち込みたいですから」
「・・・・・」
「でも、良かった。男性の側からは断りづらいですからね」

(それって・・・私から断れってことかしら?)

「今日は貴重な体験をさせてもらいました」
「こちらこそ」
「お互い、せっかくのひとときですから、楽しみましょう」
「えぇ」

2時間程で諏訪湖に着いた。思ったより気温は高く、湖に氷は張っているのだ
が赤い旗が立っていたのだ。

「あの旗は危険だという事ですよね」
「たぶん・・最近、湖も汚れて温度が下がらないようで、氷が薄くなったらし
  いですね」
「残念です。これじゃ・・・湖の上に行けないわね」
「大丈夫じゃないかな。ほらっ、人も歩いている」
「本当だ。行きます?」
「じゃ、あそこの小島まで行こうか」

近藤は岸から500メートルくらいのところにある小島を指差した。

「大丈夫?」
「はい」

岸から300メートルも氷の上を歩いたであろうか、瑞穂は恐る恐る氷の上を
歩いていた。彼女はまさか氷の上を歩くとは思ってもいなかったのでパンプス
を履いて、お見合いにのぞんでいたのである。靴は氷の上をツルツルと滑って
しまうのであった。

「もうすぐですよ・・・」

その時、龍が鳴くような音が氷の下で聞こえた。

「きゃ!」
「大丈夫だよ、笑」
「だって・・・・氷が割れるんじゃ?」
「氷の下の空気が移動したんだ」

近藤は瑞穂を安心させようと、自分の手に捕まるようにと瑞穂に手を差し伸べ
た。瑞穂も手を強く握りかえしたのである。

氷の上を強い風が吹いて来た。瑞穂は全身が凍る思いである。まさか、こんな
ところまで来るとは思ってもみなかったのでコートは来ているものの、その下
は薄手のスーツなのだ。近藤は瑞穂の肩を抱むように引き寄せた。瑞穂も近藤
の胸で風を避けるように顔を埋めた。

「もうすぐだよ」
「はい」

近藤が再び強く抱きしめた。しかし、その手が瑞穂の胸に触れるのである。
はじめは、偶然に触れてしまったと思ったのであるが、少しすると、その手は
大胆になり胸を弄るように動いているのだ。

「近藤さん。。。」
「うん?」
「・・・手を・・」
「あっ、ごめん・・感じてしまった?でも、恥ずかしがらなくても良いよ」
「違います・・・」

近藤は瑞穂の胸から手を離そうとはしないのである。
「やめてください」
「いいだろ?お互い大人なんだから・・割り切ってお見合いを楽しもう」
「そんな・・・・うぐぅ」

小島に着くと、突然、近藤は瑞穂を抱きしめ唇にキッスをしたのだ。
「うぐぅぅぅぅ」

瑞穂は離れようと工藤の胸を押したが逆に両手をとられ後ろ手に絞り上げられ
てしまった。両手を背中のあたりで握られると力の入れようがないのである。
腕の関節が外れそうなのである。逃れようとすると正面にいる近藤に自ら身体
を密着させてしまうことになる。片手で瑞穂の両手首を押さえた工藤は片方の
手で瑞穂のコートを捲し上げスカートの中に侵入させて来たのである。

スカートの中の手が瑞穂のお尻を鷲掴みにした。

「痛いっ」
「大人しくするかい?」

瑞穂はあがらうことをあきらめていた。
(なんで・・・・こんなことに・・・・)

「俺ってサドの気があるんだ。暴れると余計に欲情しちまうよ」
「離して下さい」
「氷の世界をバックに全裸の美女ってのも良いだろ?」
「・・・・・・」

目の前が揺れていた。
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「大丈夫か?」
(誰だこいつは・・・)

遠藤の目の前には身知らなぬ男がいた。それも一面、氷で閉ざされた湖の真中
である。

(諏訪湖か?)

遠藤は以前、ワカサギ釣りに来たことがあったのである。それにしても寒いと
思った。

(なんだ?これは・・瑞穂は何をしてるんだ?)

遠藤は自分の姿を見て唖然としていた。コートは羽織っているものの、その下
はショーツだけで、殆ど全裸なのである。もちろん豊満なバストも突き刺さる
ような冷たい風に曝されているのである。

「生理だったんだ?」
「・・・・・・・・」

気を失っている間に脱がされてしまったようだ。

「私の服は?」
「寒いだろ?こっちに来なさい」
男は瑞穂を火の側に呼んだのである。

「服は?どこだ?」
遠藤はとにかく服を来て凍るような寒さから開放されたかった。

「だから・・ここだよ」
男は火を指差した。遠藤が見ると炎の中にグレーの布が燃えていた。原形はす
でに無かったが、男が・・この布が瑞穂の服だと言っているのがわかった。

「なんてことを・・・」
「とにかく・・・風邪を引く前に行こうか」

男はそう言うと遠藤を置いて岸に向かって歩き出したのである。遠藤も後を追
った。羽織っていたコートに腕を通しボタンを締めたが寒いことには変わり無
い。コートの下はショーツだけなのである。パンプスを履いていた為、氷の冷
たさはそのまま伝わって来る事は無かったが、素足を冷たい風が舐めながら通
って行く。セミロングのコートの裾からコートの内側にも容赦なく冷たい風は
侵入してくるのである。

岸まで辿り着いた時、遠藤の全身は凍るように冷え切っていた。歯がガチガチ
と音を立てる。

「顔が真っ青だな。大丈夫?」
「・・・・・・・・」

(どうなっているんだ?こいつは誰だ?)

「暖かいお風呂に浸かりたいよ」
「わかった。そこのホテルに行こう」
「・・・・」

状況の解らない遠藤は近藤の後についてホテルに入った。とにかく、身体を暖
めたかったのである。相変わらず下腹部が痛い。

部屋に入ると男は車からバックを取って来ると言ってすぐに出ていってしまっ
た。遠藤は冷え切った身体を暖めようとバスルームに直行したのである。

遠藤はお湯を湯船に入れている間、シャワーを浴びた。身体に少しづつ感覚が
蘇って来る。湯船にお湯が半分ほど溜まるとシャワーを浴びながら中に入った
のである。

「ふ〜う・・・生き返った」

少し温めのお湯を熱くして目を閉じたのである。

(でも、どうなっているんだ・・・わけがわからない)

やっと身体の芯まで体温を取り戻すことが出来た。遠藤が心地よさに瞑ってい
た目をあけると湯船のお湯は朱に染まっているのである。

(えぇ?何処かに・・・怪我を?)

遠藤は自分の身体を見回した。どこにも怪我をしている様子はないのである。
湯船の中の丸みを帯びた小さな身体がお湯の揺れに合わせて形を変えていた。

(そうか・・・・湯船に入っていけなかったのか)

生理日であった瑞穂の身体からは血が流れ出ていたのである。遠藤は急いで湯
船から上がると溜まっていたお湯を流した。

(女の身体っていうのは、面倒なものだ)

再びシャワーを浴びるとバスタオルで身体を拭き、ホテルに備え付けられてい
たバスローブを身に着けたのである。

部屋の中に男は居なかった。その変わり女性物のバックがテーブルの上に置い
てあった。瑞穂のバックである。

「うん?」

テーブルに遠藤が近づくと走り書きのメモがあった。

「彼氏から電話があったよ。俺は用事が出来たので先に帰ります。その恰好で
  東京まで帰りなさい。きっと君は新しい自分を発見することだろう」

(何をこいつは言っているんだ?)
(コートだけの全裸で東京まで帰れって言ってるのか??)

その時、バックの中で携帯の呼び出し音が鳴った。

「もしもし・・・」
「課長ですか?」

電話の向こうから男の声が聞こえて来た。瑞穂である。

「どうなっているんだよ」
「ごめんなさい」

瑞穂は男の声で情けない声を出していた。

「ごめんなさい、じゃ分からないよ」
「近藤さんは?」
「にやけた野郎か?東京に帰ったよ。それより服を燃されてしまって着る物が
  無いんだ」
「知ってるわ」
「知ってる?何があったんだ」
「今、何処にいるの?」
「レイクサイドホテルの305号室」
「分ったわ。今から行くから・・・」

そう言うと彼女は電話を切ったのである。

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遠藤の容姿をした瑞穂がホテルに着いたのは夜の11時を回っていた。

「服を持って来てくれた?」
「えぇ」

紙袋の中から遠藤の見覚えのあるジーンズとTシャツとトレーナーを取り出し
た。

「こんな物しかなかったの」
「こんな物とは言ってくれるね。僕のだろ」
「だって私の部屋の鍵・・無いし」
「うん、これで良いよ」
「ちょっと、待って・・あとこれ」

そう言うと瑞穂は買ってきたと思われるパンティーとパンストを遠藤に渡した。
「コンビニが開いていたので買って来たわ」
「もしかして・・・君が?」
「そうよ」
「・・・・オイオイ、僕は変態だと思われるよ」
「でも・・パンストは暖かいんだもの。下着だって換えないと」

遠藤は瑞穂の前でバスローブを脱いだ。

「ちょっと待ってよ。レディーが男の前で・・・」
「自分の身体だろ遠慮するなよ」

そう言うと遠藤は穿いていたショーツまで脱いだのである。

「あっ、ちゃんとつけてくれてたんだ。ナプキン」
瑞穂は嬉しそうに言う。
「えっ?あぁ・・バックの中にあったから、仕方ないだろ」

遠藤は穴があったら入りたい気分であった。

「パンストはもっと丸めて爪先から伸ばすように穿くのよ」
「うるさいなぁ、いちいち。オカマ言葉もやめてくれるか?」
「ほら、ムラが出来ちゃったじゃない。やり直して」
「くそぅ」

「そうそう、やれば出来るじゃないか」

瑞穂は会社での遠藤の口調をまねした。もっとも今の瑞穂は遠藤の容姿なのだ
から、まねと言うより遠藤そのものである。

「ついでだから、お化粧の仕方でも勉強するか?笑」
瑞穂が遠藤に向かって言った。
「・・・・」
「ずっと、このままだったら課長にもお化粧を覚えてもらわないと。会社で私
  がされているように厳しく教えてあげる。笑」
「それって嫌みかぁ?」

やっと、衣服を身に着けた遠藤であったが、はっきり言ってパンティーとパン
スト以外はすべてダボダボでった。

「仕方ないわね。後、これ、食事まだでしょ?」
「おっ、気がきくね」
「私もまだだから。一緒に食べましょう」
「お茶を入れるわね」

「あっ、僕がやろうか。今は木村君の身体になっていることだし」
「そうかぁ、ありがとう。瑞穂君」

またしても、瑞穂は遠藤の口調で言った。

食事をしながら遠藤は瑞穂から事情を聞いていた。

「そんな奴いるのか?」
「現に・・・」
「警察か弁護士に相談しよう」
「嫌よ」
「なんで?」
「みんなに公開するんでしょ?それに、あいつ、私が生理だと知ったら何もし
  なかったの」
「・・・・」
「調子にのって、ノコノコ来てしまった私にも責任があるんだから」
「そうだな。軽率な行動だ」
「すみません」

女性の身体をした遠藤が駆けつけて来た瑞穂を叱っているのである。普段であ
れば無関係なハズの遠藤に叱られる筋合いでもないのであるが、今は状況が違
っていた。

「これからは気をつけなさい」
「はい」

「とにかく・・・もとに戻ろう」
「えぇ・・・でも」
「でも??」
「その気になれなくて・・・・」
「おいおい・・・頼むよ」






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