第3章 瑞穂の朝

 週末、金曜日の朝、いつもの時間に木村瑞穂は目を覚ました。郊外にあるワ
ンルームマンションに一人暮らしの瑞穂にとって、これからが試練の時間なの
である。ベットから起きあがりドアから出ていくまでの1時間はゴミ箱をヒッ
クリ返したような忙しさである。顔を洗って、食事の準備をし、着替えを行い
食事を食べる。歯を磨いて、念入りにお化粧をするのである。あと30分も早
く起きれば、もう少し楽なのであるが、生活習慣が起床の時間を変えることを
許さなかった。

特に、冬の寒い朝は心の中の悪魔との戦いである。決着に長引くと悪魔は力を
増し、10分もすると悪魔の勝利が確定してしまう。今日の場合は、生理と言
う悪魔にとって強い味方がいる上に、昨日の晩は飲み会であったという状況も
あってすぐに悪魔の勝利宣言がされてしまったのである。

「う〜ん・・・やっぱり、休んじゃおっ」

瑞穂にとって休む時に苦痛なのが会社への連絡であった。無断欠勤するわけに
もいかないので課長に連絡をしなくてはならない。風邪を引いた時などは大手
を振って連絡出来るのだが、今日のような生理休暇の時は電話をする為に2,
3回は大きく深呼吸をしてから受話器を取り上げるのである。

(なんで女性だけ生理なんてあるのかしら、男にもあれば、この気持ちがわか
 るのに・・・・)
「あ〜っ、なんだかフラフラしてきたわ」

部屋が大きく揺れ始めたのである。二日酔いだと思った瑞穂はそのまま頭から
布団をかぶって目を閉じ、いつのまにか寝てしまったのである。


遠藤学は布団の中で目を覚ました。頭から布団をかぶっているため文字通り布
団の中であった。

(う〜ん・・・今、何時だ?)

布団の中から枕元に置いてある時計に手を伸ばした。しかし、いつもならすぐ
に手にする時計が無いのである。遠藤は仕方なく布団から顔を出した。

(うんん?)

長い髪の毛が頬に絡んだのである。布団から上半身を起こすと視野には見慣れ
ない部屋の光景が飛び込んできた。彼は再び布団を頭からかぶってベットに潜
り暗い布団の中で考えたのである。

(夢かな・・・でも、リアルだったが・・・)

遠藤は恐る恐る布団から顔を出したが、部屋の光景を確認するまでもなく違和
感に気づいていた。長いカーリーヘアーの髪の毛が顔にまとわりついていたの
である。それでも彼は部屋の光景を確認せずにはいられなかった。

(ここは・・・)

綺麗に整頓された部屋はピンク系で統一されており、どう見ても女の子の部屋
である。大きな鏡のついたドレッサーには化粧品が沢山並べられており、壁に
はハンガーに吊されたワンピースやハーフコートがあった。これらは明らかに
女性の物であり、もし、ここが女性の部屋で無かったとしたらオカマの部屋に
違いない。遠藤に判っているのは、ここが自分の部屋では無いということだけ
である。

彼は確かに、いつも通り自分の部屋で寝たハズであった。女性の部屋に迷い込
んでいる理由が思い出せなかったのであった。遠藤は部屋の持ち主が現れるの
をしばらくベットの上で待ったが・・・主はいっこうに現れなかった。

(もしかして・・・また、あの幻覚か)

遠藤は、昨日見た幻覚を思い出していた。改めて自分を眺めると薄いブルーに
クマの絵柄の入ったパジャマを身につけていた。胸には膨らみもあり、一回り
小さくなった身体は女性そのものなのである。

(と言うことは・・・僕は遠藤瑞穂?)

下腹部の痛みが思い出されたように遠藤を襲った。ズンズンした痛みが続くの
である。彼はおもむろにベットから出ると部屋の中を見回し、テーブルの上に
置かれていたバックの中を探り出したのである。

(あった)

彼が手にしたのは社員証である。入れられている革のケースこそ違うが、彼が
いつも携帯している社員証であった。

(やっぱり、木村瑞穂・・・)

社員証の写真は遠藤の知っている木村瑞穂である。しかし、氏名は遠藤瑞穂に
なっているのだ。

遠藤の頭は混乱していた。

(僕はどうかしてしまったのか?)

静まりかえった部屋のなかで時間だけが流れていった。遠藤は静けさが少し怖
くなり部屋の隅にあったテレビのスイッチを入れたのである。番組は知らなか
ったが、出演者は彼もよく知っているタレントと女子アナウンサーであった。
朝のニュースを芸能情報と一緒にダイジェストで紹介しているのである。

遠藤は画面の隅に表示されていた時刻に目が止まった。彼の会社の始業時間だ
ったのである。この状態では出社出来ないと考えた遠藤は取りあえず会社に休
暇の連絡をする事にしたのである。

部屋にあったコードレス電話を手に遠藤は自分の知っている会社の番号を押し
た。

(この番号で会社にかかるだろうか?)

5回目の呼び出し音で相手が受話器を取ったのである。瑞穂が会社にいる時は
一回目の呼び出し音が終わる前に受話器をとるのだが、フレックスを採用して
いる遠藤の会社では、この時間は人も少なく、真っ先に電話を取る木村瑞穂は
遠藤瑞穂としてここに居るのである。

「もしもし・・・・」
遠藤は言葉を発した後、次ぎの言葉に詰まってしまったのである。その声は、
明らかに女性の声であり、遠藤学のそれでは無い、「遠藤です」で通じるか否
か不安になったのだ。

「もしもし、高千穂電機商会でございます」
電話に出たのは男性の声でった。

「もしもし。。。遠藤です」
遠藤は黙っていても拉致があかないので名字を名乗ったのである。
「遠藤瑞穂君かな?木村だけど、どうした?」
「すみませんが、ちょっとお腹が痛いので今日は休ませてください」
「そうか、わかった。お大事に」
「はい。失礼します」

会話はあっけなく終わったのであるが、遠藤の世界では木村と言う男性は会社
には居ないのである。昨日見た幻覚でも木村課長が現れたことを思い出した。

(木村?・・・木村瑞穂??)
(やっぱり、僕と木村瑞穂の立場が変わってしまったのか?)

前回の体験では2,30分で基に戻ったのであるが、すでに30分は過ぎてい
るのである。遠藤はベットに戻り、この異常な状態から目が醒めるのをまった。
しかし、1時間を過ぎても、2時間を過ぎても、変化は起こらず、下腹部の痛
みだけが続いていたのだ。

(どうしちまったんだ・・・)

寝返りを打つと胸の膨らみが邪魔になった。遠藤はフッと触ってみたい衝動に
かられたのである。

パジャマのボタンを上から3つ外すと白いブラジャーと胸の谷間が露わになっ
た。そっと谷間を形成する膨らみを手で触る。乳房を触れる手の感触と手に触
れられたバストの感覚が同時に脳まで伝わってきたのだ。

(なんだか。。。へんな気持ちだ)

彼は少し強く、鷲掴みにした。

「いたっ!」

自分で掴んで声を出してしまったのだ。彼が思っていた以上にバストは敏感で
あった。彼の好奇心はそれで終わらなかった。指で自分の乳首を触りだしたの
である。女性の乳首は敏感で感じると聞いていた遠藤はどんなものなのか味わ
ってみようと思ったのであった。

(なんだよ・・・痛いだけじゃないか)

彼は痛いのは始めだけかも知れないと考え、しばらく続けたのであるが、乳首
は擦れるような痛みを増すだけなのである。

(乳首は痛いは・・・アソコは痛いは・・・なんなんだよ)

遠藤は胸を触わり終えると下腹部が気になった。どう見ても男性のシンボルは
無いように見える。バジャマのズボンの中を覗き込んだ。目に入って来たショ
ーツには男性の象徴である膨らみは無かった。もう少し可愛いパンティーを想
像したのだがショーツはベージュ色をした大きいものであった。

遠藤が股間に触れようとした時、突然、ドアのチャイムがなった。彼は触わろ
うとした手を引っ込めたのである。

(誰だぁ?・・・・・)

3回チャイムが鳴った。遠藤は居留守を使うことにした。しかし、チャイムは
再び鳴ったのである。今度は続けざまに鳴り続けるのである。

(仕方ない・・・)

遠藤はドアのところまで行き、来客者の顔をドアの越しに確認したのである。

(木村課長?)

その間もドアのチャイムは鳴り続けるのである。仕方なく遠藤はドアを開けた。

「木村・・課長?」
「大丈夫かね?」
「えぇ、でもどうして?」
「昨日のこともあったから心配になって・・・」
「昨日?」

(昨晩、不良に襲われた幻覚のことを言っているのか?)

「そう、大丈夫?」
「わざわざ・・すみません」
「いや、元気なんだったらいいよ。安心した」
「せっかくですから・・・中にどうぞ」

遠藤は勝手知らない我が家に木村と名乗る課長を向かい入れたのであった。

「すみません、こんな恰好で。寝ていたものですから・・・」
「かえって悪かったね」
「いえ、何か飲みますか?」
「じゃ、コーヒーでも・・急いで来たので喉が渇いて」
「コーヒー・・・・ですか」

遠藤はコーヒーが何処にあるのか・・キッチンで探していた。
「コーヒーだったら、ここだよ」
「あっ、そうそう・・すみません」
「私が入れようか?勝手が解らないでしょ?」
木村課長が言ったのでする
「・・・・・・・・」

部屋の中に沈黙が流れた。
「私がこの部屋の持ち主なのよ・・・」

180cmもある木村課長が女言葉で話したのである。遠藤は自分が女言葉を
発したようで、少し身持ち悪い思いをしていた。

「じゃ、木村課長も・・・・」
「今日は会社を休もうと二度寝をして起きたら、会社で課長の席に座っていた
  の。どうしようと悩んでいたら自分の声で電話が掛かって来たじゃないです
  か」
「じゃ・・君は木村瑞穂?」
「えぇ、会社に居てもわからないことばかりだから、調子が悪いって帰って来
  ちゃったの」
「それは正解だね」
「でも、朝一番の会議には出たわよ。笑」

そう言えば、今日、遠藤には月に一度のマネージャー会議があったのだ。

「変なこと言わなかっただろうな」
「うん?意見を求められたから答えたわよ。みんな感心していたもの」
「・・・・・・・」
「課長の仕事なんて簡単みたい」
「あのなぁ・・・」

「このままの姿でも良いかも知れないわ」
「おいおい」
「遠藤君もあきらめてOLとして暮らしなさい。わかったね」

木村瑞穂の口調が急に遠藤の口調を真似たのである。
「ちょっと、待てよ」
「待てよ?待って下さいでしょ?私は年上だぞ」
「・・・・」
「早く、言い直しなさい。君は敬語も知らないのかね」
「・・・・待って・・ください」
「うむ、良く出来た、笑。ところでコーヒーはどうした?喉が乾いたんだが」
「おいおい・・ここは君の部屋だろ?」
「今は遠藤君の部屋だからな。君が入れてくれるかな?」
「・・・・」

「嘘ですよ、笑。私が入れるわ」

そう言うと遠藤の容姿をした木村瑞穂はキッチンに行ってコーヒーをドリップ
したのである。しかし、瑞穂の行動は遠藤にとって自分自身が行っているよう
な感覚に陥ってしまうのである。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「ところで遠藤さんはずっと寝ていたんですか?」
「あっあぁ」
「変なことしなかったでしょうね」
「・・・・するわけ無いだろ」
「するわけ無いって・・何をですか?」
「・・・・」

「ねぇ、何かしたんじゃないでしょうね。」
「してないよ。本当に・・・」
「そう?絶対に変なことしないでよ」
「あぁ・・でも」
「でも?」
「トイレに行きたい」
「駄目!!」
「駄目って・・・言っても」

遠藤の膀胱は急に満杯になってしまったようであった。そう思うと我慢が出来
ないのである。

「それに、この痛みはなんとかならないのかな」
「この痛みって?」

瑞穂は自分の身体がどうにかなったのではと、心配になった。遠藤は口に出し
てよいのかどうか・・・赤くなってしまった。その姿、遠藤の姿を見て瑞穂は
遠藤の言っていることが理解でき安堵したのである。

「生理でしょ、笑。始まったばかりだから一週間は続くわよ」
「一週間も?」
「重い時と軽い時があるから、なんとも言えないけど」
「そうか・・・早く。もとに戻らないと」
「私は一週間、このままでもいいわ」
「冗談、言ってる場合じゃないだろ」
「それもそうね」

「それより、トイレ」
「あぁっ、ちょっと待って」
「漏れるよ」

本当に遠藤は今にもちびりそうであった。瑞穂はどこからかアイマスクを持っ
て来て遠藤に手渡したのである。

「これをして」
「何?」

遠藤はアイマスクを付けさせられトイレに連れて行かれたのである。瑞穂の手
でパジャマのズボンとパンツを下ろされたのだ。

「いいわよ。オシッコして」
「そう言われても・・・・見てるのか?」
「私の身体なんだから・・関係ないでしょ」
「見られていたら出来ないよ」

瑞穂は遠藤の言葉に耳を貸さないようであった。仕方なく、我慢の出来なくな
っていた遠藤は瑞穂の見ている前で放尿をはじめたのである。オシッコの音が
思ったより大きい。恥ずかしくなった遠藤は放尿の勢いを弱めようと思ったが
止めようにも止まらない。この光景を第三者が見たら異様だっただろう。若い
女の子がアイマスクをさせられ男の前で放尿させられているのだから。

「終わった?」
「あぁ」

遠藤が手探りでトイレットペーパーをとって滴を拭こうとすると、瑞穂がそれ
を取り上げ、変わりに拭いたのである。他人にあの部分を拭かれ遠藤は変な気
分であった。

「あっ」
「変な声を出さないでよ!・・・ちょっと待ってね」

ガサゴソと音が聞こえてくる。
「何をしているんだ?」

遠藤は股間に何かをあてがわれる感覚をおぼえた。ショーツとズボンがもとに
戻されるとアイマスクが外されたのである。

「何をしたんだ?」
「ナプキンよ。血が出てるんだから」
「・・・・そうか」

遠藤は女性の大変さを身に染みて感じていたのだ。

「でも、戻らなかったら・・・ずっと、こうするのか?」
「・・・・」
「これじゃ、僕は木村課長に飼われるマゾ女だよ」
「変なこと言わないでよ。私はそんな願望無いわよ」

話しが混乱してきたのである。
また、部屋が揺れ出した。

「遠藤課長!」
「君も揺れてるのか?」
「はい」

遠藤と瑞穂の視野から部屋の光景が消えていた。再び、遠藤の目に光が戻った
時、目の前には木村瑞穂がパジャマ姿で居た。

「戻った!」
「えぇ」

二人は安堵の表情を浮かべていた。

「でも、なんで戻ったんだ・・・?」
「わかりません・・・でも」
「でも?」
「わたし・・・自分に戻りたいと思ったの」
「・・・・」
「・・・・」
「もしかして、君が女なんて嫌だと思うと二人は入れ代わるんじゃ?」
「確信はないけど・・今まで3回とも、男だったらと思ったかも知れない」
「おいおい、そうだとして、、なんで僕と入れ代わるんだ?」
「そんなこと・・・わかりません」
「・・・それはそうだよな。入れ代わること自体が信じられないんだからな」

「でも、また・・私が考えてしまったらどうしよう」
「・・・・」

二人は状況を整理したが、何故、このような事態になってしまったか検討もつ
かなかったのである。

「明日、明後日が休みでよかった」
「どうしてですか?」
「この状態で二人が別の場所にいる時、また同じように入れ換えが起きたら困
  るだろ?」
「それはそうですけど」
「二人で一緒に居ることにしよう。いいだろ?」
「でも・・・・・・」
「でも?」
「明日、お見合いなの」
「お見合い?こんな時に・・・キャンセルしろよ。風邪を引いたとか言って」
「駄目よ。すごく良い、お話なんだから」
「良い話しって・・まだ、若いんだから。焦る年でも無いだろ?」
「女は若い時が高く売れるのよ」
「仕事もどうするんだ?そんなに早く結婚してしまって」
「当然、辞めるわよ。面白くないし」
「・・・・・・・・・」
「会社で馬鹿扱いされると本当に馬鹿になってしまったような気になるもの」
「そんなこと・・・・」
「課長には関係ないことだから」
「それはそうだが・・」

瑞穂は現実に戻ると、さっきまでの事が夢のように思えて来たのである。自分
のプライバシーに遠藤課長が踏み込んで来るのに違和感を感じていた。

「私が変なことを考えなければ、もう起きないと思いますから」
「わかった。でも携帯の電話だけは教えてくれないか?もし、また起きたら、
  互の状況を確認しよう」
「はい」

そして二人は別れたのであった。





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