「すげ替え屋」
作 シクノレ


それが俺のやっている商売の名前だ。名前だけじゃ、何をやっているのかてんでわからないだろう。
俺の仕事は名前の通り、すげ替えることだ。
ああ、主語がなくてわかりづらかったな。
すげ替えるのは首だ。
小さい頃にやったことのある人も多いと思いだろうが、人形同士の首をすげ替えるのと同じ感じで――
俺は人間同士の首をすげ替える。
ピンと来ないかも知れないが、本当だ。人形と同じ感覚で、俺は人の首をすげ替えることが出来る。
俺がこの仕事を始めたのは一年前、夜中に妙な男に出会ってからだ。
深く帽子をかぶった、サングラスをかけ、コートを着込んだ正体不明の男で、見るからに怪しい風貌だった。その男は俺にこう言った。
「人生は退屈か?」
まるで見透かしたようなその言葉に、俺はついつい頷いた。
「では、これなどどうでしょう?」
男がコートの中から取り出したのは、一本のナイフだった。何の変哲もない、ただのナイフ。男は、このナイフを俺に三千円で売ろうというのだ。
勿論俺は断った。先程の質問との関連性もわからないし、何より欲しくもないナイフを三千円で買うなど馬鹿げているからだ。
男は、そのナイフはただのナイフではないと語った。
人間同士の首をすげ替えるナイフ。
そんなことがあり得るハズがない、俺はそう言ってナイフを突き返したが、男はナイフの力を見せてくれるというのだ。
男に連れられ、近くの公園へと向かう。
公園には誰もいない……ハズなのだが、木の陰から荒い息遣いが聞こえた。
男と共に覗き込むと、そこには性行為に及ぶ二人の男女がいた。童貞の俺には少々過激な現場だった。
男は何も言わず、男女の首筋に手刀を打ち込んだ。男女がその場に気絶すると、男はニヤリと笑みを浮かべた。
「見ていて下さい」
男はナイフを、倒れている男の首へあて――

切り裂いた。

が、血はない。まるで人形のように、男の首はゴロリと落ちた。断面さえもまるで人形のようだった。
続いて、女の首も同じように切り裂く。
どうするのかと俺が問うと、男は女の首を、首のない男の身体へくっつけた。すると、不思議なことに女の首は男の身体へピッタリとくっついた。男の筋肉質な身体に、女の頭。その首に切れ目など存在せず、元々そうだったかのようだった。
今度は、男の首を女の身体へくっつける。こちらも同じように、ピッタリとくっついた。
「死んではいません。そろそろ目を覚ますでしょうから、少し離れて見ましょう」
言われるままについて行き、やや離れた場所から倒れている二人を眺める。
「うぅん……」
先に女の方……否、首が女の方が目を覚ます。
「あれ……あたし一体どうなって……」
筋肉質な身体付きをした、女顔でツインテールの男。
「え……っ」
すぐに異変に気付き、ぺたぺたと身体中をまさぐり始める。
「な、なんで……いや……! なんでこんなのが……!」
彼女……もとい彼の意思とは関係なく、そそり立った股間の物が存在を主張する。彼はそれに触れ、甲高い悲鳴(声は女のままである)を上げた。
「どうしたんだよ……」
その悲鳴に、首が男の方が目を覚ます。
スタイルの良い、女性らしい身体付き。胸はD程あるだろう。しかしその身体にくっついているのは、無精髭を蓄えた渋い短髪の男の顔だった。
Dカップの、髭を生やした男顔の女。
「お、お前どうしたんだその身体……!」
Dカップの胸を揺らし、彼女は男へ近づいた。
「あ……アンタこそその身体……!」
ゆっくりと、男は女の胸へ触れた。
今まで自覚がなかったらしく、触られたことで女は初めて自分の異変に気が付いた。

次の瞬間、深夜の公園に二人分の悲鳴が響いた。


無論、その後俺はそのナイフを買った。
こんな不可思議で珍妙で、面白そうなナイフ――買わない手はない。
それ以来、やっているのが今の仕事、すげ替え屋だ。
金額は依頼によってまちまちだが、大体一、二万程度で一件受けるようにしている。金のない奴から巻き上げるつもりはないので、値下げすることの方が多いが……。
そして今回の依頼は、女子高生からの物だった。
どういうわけかこのすげ替え屋という仕事、意外と仕事に困らない。バイトとこの仕事だけで十分に食っていける程だ。
依頼内容は「自分をいじめている同級生と、それを黙認している男性教師の首をすげ替えて欲しい」とのことだった。
依頼人をいじめている同級生は中々の美人らしく、それを鼻にかけているので男性にしてやりたいのだとか。男性教師の方は……半ばとばっちりに近いが、いじめの黙認は同罪ということで。そういう風に、彼女は言っていた。
なるほど確かに、依頼人の女子高生は如何にもいじめられそうな雰囲気の女の子だった。不細工なわけでもないが、美人なわけでもない。ただ、暗そうな雰囲気を持っている。いじめられているから暗いのか、暗いからいじめられたのか、その辺は俺にはわからないし興味もないのだが……。
依頼人はバイトをしているらしく、俺の指定した金額の目安、一万円を用意した。値下げくらいしてやるから女子高生が無理するな、とは言ったのだが彼女は一万円出すからしっかり働いてくれと懇願している。
俺としては願ってもない話なので、ありがたく一万円を受け取る。
仕事内容は実に簡単。
予め俺は空き教室に潜み、彼女が二人をその空き教室へおびき出す。
後は不意打ちで気絶させ、首をすげ替えるだけだ。


彼女から渡された封筒の中には、依頼料とターゲットの写真が入っていた。
教師の方は如何にも体育会系といった感じの身体付きをしているが、体育教師というわけではないらしい。
そしていじめっ子の方は彼女の言う通り美人な部類に入る少女だった。気の強そうな顔付きをした、ポニーテールの少女だった。
この二人の首を、すげ替えるのか。
その後に生まれるアンバランスな状態の二人を想像し、思わず俺は笑みをこぼした。
今俺は、依頼人の通う高校のとある教室の掃除ロッカーに身を潜めている。予定では、この教室にターゲットの二人がおびき寄せられることになっている。
「原野さん、何の用なの?」
ガラリと音がしてドアが開き、ターゲットの少女――中原麻梨乃が現れる。ポニーテールを揺らしながら堂々と教室の中心辺りまで歩くと、キョロキョロと辺りを見回す。
「呼び出しておいていないだなんて……後でお仕置きね」
クスリと笑みを浮かべた麻梨乃の表情は邪悪そのものだった。
「原野ー」
続けて中へ入って来たのは、ターゲットん男性教師――多田義文だった。
スーツよりジャージの方が似合いそうな屈強な男で、髪型はスポーツ刈り。この出で立ち数学の教師だというのだから人は見かけによらない。
「ん、どうした中原」
「あ、多田先生」
「お前何でこんなところに?」
「あ、その……原野さんに呼び出されて……」
「ん、お前もか」
「え……?」
義文の言葉に、麻梨乃は驚いた表情を見せる。
「原野さんの悪戯じゃないでしょうか……」
麻梨乃の言葉に、義文はかも知れないな、と頷いた。
「先生はまだ仕事残ってるからな……。もう行くぞ」
「あ、そうなんですか。私もこれ以上用事がないので、もう帰ります」
そう言って二人がドアの方へ視線を向けると同時に、俺はこっそりと掃除ロッカーから出る。
気付かれぬようそっと背後から近寄り、まずは義文の首筋に手刀を打ち込む。
「……!」
ドサリとその場に義文が倒れるとほぼ同時に、今度は麻梨乃の背後へ近寄り、麻梨乃が俺の方を振り向く前に手刀を打ち込んだ。
倒れた二人の身体を見、俺はニヤリと笑みを浮かべると、依頼人を携帯でこの教室に呼び出した。
数分と経たない内に、依頼人はこの教室に駆けつけると、倒れている二人を見て笑みを浮かべた。
何でも、すげ替える所と、すげ替えた直後に二人がどんな反応を示すのか見たいらしいのだ。
「じゃ、始めますか」
俺はポケットからナイフを取り出し、麻梨乃の首筋へあて、そっと切り裂いた。
「ほれ」
ちょっとふざけて麻梨乃の首を依頼人の方へ寄こすと、依頼人は麻梨乃の首をキャッチして、冷たい視線で麻梨乃の首を見つめていた。
そして床へ、勢いよく叩きつける。
ちなみに、ナイフで切った後は、どんな衝撃があろうとも目覚めない。そういう仕組みになっていることを、この仕事をやっている内に気が付いた。だから依頼人の今の行動も咎めない。
続いて、俺は義文の首も身体から切り離す。
「アンタがくっつけてみるか?」
依頼人は静かに首を振った。まあくっつけるのも俺の仕事だ。やりたがるかと思ってきいてみただけである。
意外と、首をくっつける作業をやりたがる依頼人は多いが、この子は違うらしい。
俺は義文の首を持ち上げると、麻梨乃の身体を抱き起こす。
「急に気絶されて、目を覚ますとセーラー服着てる……って状況になるんだよな。先生もかわいそうに」
まあ、セーラー服を着ているだけじゃなく身体も女子高生になってるわけだが。
義文の首を、麻梨乃の身体にくっつける。
クスリと。依頼人が笑みをこぼした。
まあこんなにシュールだと、慣れている俺でもない限り笑うだろう。
ゴツイ成人男性の顔をした、セーラー服姿の女子高生がそこに倒れていた。
次に、先程依頼人が床に叩きつけた麻梨乃の首を拾い上げ、義文の身体へくっつける。
かわいらしい顔をしたポニーテールの、スーツ姿のいかつい男性。
「さて、俺は帰るが、アンタはここに残るのか?」
コクリと。依頼人は頷いた。
一万円は既に受け取っている。これ以上ここに残る必要もないだろう。
俺は依頼人に別れを告げ、その場を去った。

依頼、完遂。


原野智恵理はとある教室で笑みを浮かべていた。
足元には、滑稽な姿となり果てている麻梨乃と義文。
復讐は遂げられた。
「うぅん……」
先に、麻梨乃の身体をした義文が目を覚ます。
「何でこんな所で眠って……」
身体を起こすと同時に、動かした足がもう片方の足と直接触れたことに気付く。
「えっ……?」
身体を見降ろすと、義文はセーラー服を身につけていた。この学校の、女子制服。
「これは……一体……!?」
怖くて触れないが、胸には小さな膨らみと、恐らくブラジャーであろう胸を絞め付ける感覚。立ち上がると、スカートをはいているせいで足元がスースーする。
「うわあっ!」
スカート越しに股間を押さえつけ、義文は悲鳴を上げた。
ないのだ。
長年連れ添った義文の相棒がそこには存在しなかった。
「そんな……」
無意識の内に、義文はその場にペタンを女の子座りになる。
顔は義文のままなので、気持ち悪いことこの上ない。
「あれ……?」
次に目を覚ましたのは、義文の身体をした麻梨乃だった。
「な、なによこれ!」
麻梨乃は真っ先に、自分の胸に触れた。
「嫌……嘘っ……!? どうして!?」
困惑した表情を浮かべて、麻梨乃は股間をズボンの上から押さえつける。男らしいゴツゴツとした手から感じる、ぐにゃりとした感覚。
そして、沈黙。
「いやああああああああああああああ!」
少女のような声をした、「男性」の悲鳴が教室中にこだました。
「元に戻りたければ、私の言う通りにすることね」
ニヤリと。智恵理は邪悪な笑みを浮かべた。
元に戻すことなど、出来はしない。
否、あの男にもう一度金を払いさえすれば元に戻してくれるだろう。
しかし、智恵理はそんなことをするつもりは一切ない。
自分へ助けを求めるかのように見つめる二人へ、智恵理は笑みを浮かべた。
「まずは――」

智恵理の言う通りにしたところで、二人は一生そのままである。





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