復讐の始まり

 

「んっ! んんっ! んむんっ!」
「あはは、何が何だか分からないって顔してるわね。あー。楽しい」
 カーテンが締め切られたマンションの一室で、両手に手錠を掛けられてもがきながら、ガムテープ越しに呻っている女と、いやらしい笑みを浮かべながら女言葉を話す男が向かい合っている。
 金色で、短くざっくりと切られた髪に、ピアスだらけのその顔立ちから発せられる女言葉は、普段から使いなれている雰囲気は感じ取れるのに、あまりの外見との不一致に、相当な不自然さを感じさせる。
 女の両手首に付いている手錠は、それぞれがパイプベッドの格子に繋がれており、女は強制的に万歳のようなポーズを取らされている。
 下半身には安っぽいデニムのミニスカートを纏っているが、上着は無残に引き裂かれ、豊満な胸が露わになっている。胸を隠したいのか必死にもがくが、手錠がジャラジャラと音を立てるばかりで、その願いは一切叶わなかった。
「最初は不安だったけど、忘れてくれていて助かったわ。まあ、人の人生狂わせておいて忘れられてたってのは、それはそれでムカつくけど……。んもう、喋りにくい。舌にピアスとか、信じられない」
 女のバッグから手鏡を取り出し、舌を出す。そして、不慣れな手つきでピアスをいじり、一分近くもかけてどうにかそれを外すことに成功する。
「ふう、すっきりした。んー……。なんだか、舌に穴が空いてる感覚って気持ち悪いわねぇ」
 口をもごもごさせながら、相変わらずの女言葉を話す。
「……ねえ。本当に覚えてないの?」
 男が、ぐうっと女に顔を寄せる。ガムテープで呼吸がままならないのか、女の激しい鼻息が男の顔を撫でる。
 次の瞬間、女の頭突きが男の鼻っ柱に直撃した。
「ぐがっ!」
 情けない声を上げ、男が一気に顔を遠ざける。数秒の間をおいて、男の鼻から血の筋がゆっくりと流れ出した。
「んーっ! んーっ!」
 眉間にシワを寄せ、男に向かって女が呻る。ガムテープのせいで何を言っているのかは全く分からないが、男を罵倒している事だけは傍目にも感じ取ることが出来た。
「ムカつく……。自分の立場、分かってないの?」
 威嚇をする男の呟きよりも、女のガムテープ越しの呻りの方がはるかに大きい。そのため、男の言葉は殆ど女に届いていないようだった。
「んーっ! んーっ!」
「黙りなさいよ」
 男が、今度は腕だけを伸ばし、二本の指で女の鼻をそっとつまむ。
「んっ!? んんっ!?」
 十秒と経たずに女の顔が真っ赤になる。両足を、ベッドが壊れそうな勢いでバタつかせるが、男届く訳も無く、何の意味もなさなかった。やがて、その足の動きも鈍くなると、女の表情は虚ろになり、視線が全く定まらなくなっていた。
「もうしない?」
 そんな状況であるのに、男はいたって冷静に呟く。
「………………ん…………っ」
 女が、力なく首を一回だけ縦に振った。
 それを見て、男は顔をほころばせて指をぱっと離した。
「分かれば良いの。分かれば、ね」
 指が離れた瞬間、先程の呻りよりも大きいのではないかと思える音を立てて、勢いよく呼吸をする。二十回、三十回と呼吸をしてもまだ苦しいのか、呼吸の乱れは全く収まるようすを見せなかった。
 男は、そんな女に何をするでもなく、呼吸が落ち着くまで、ひたすら黙って様子を見ていた。
「じゃあ、もう一回聞くわね。あなた、本当に何も覚えてないの?」
 呼吸が落ち着いたのを確認し、男が尋ねる。
 しばらくの沈黙の後、女はゆっくりと首を縦に振った。
「そう。そうなんだ」
 怒りを思わせる険しい表情を見せながら、男が呟く。
「当然かもね。あなたにとっては女の子を無理矢理犯すなんて、ささいなことでしょうからね」
 男はそう言いながら、自身のベルトに手を伸ばす。
「そんなふうに両手を手錠で拘束して、まる一晩かけて合計七回も犯したことなんて、日常茶飯事で、とても覚えてられないわよね」
 不慣れな手つきでベルトを外し、その下に履いているトランクスごと一気に引き下ろす。
「その女の子が、それを理由に婚約を破棄されたり、噂が立って会社に居られなくなったり、親戚や家族からすら白い目で見られて、人に会うのが怖くなってひたすら部屋に引きこもるようになったって言っても、あなたにはどうでも良い事でしょうからね」
 ジーンズを完全に脱ぐと、女の足元に向かってゆっくりと足を進める。
「でもね。女の子にとっては全然ささいなことじゃないの。だから、こうしてね。復讐されるの」
 女の足元に辿り着いた男が、女の足に向かって手を伸ばす。
 女は、嫌な予感に足をバタつかせるが、容易くその足首をつかまれ、抑えつけられてしまった。
「ね、非力でしょ。女の子って凄い非力なの。男に抵抗するのって難しいんだよ」
 その力の差を分からせるためか、男は、足首をつかんだまま両腕を左右に開く。当然、女の足もその腕に合わせて開き、股間を覆う黒い下着が丸見えになった。
「だからね、こうして、あなたに騙されたフリしてついてきて、両手を固定されてどうにも出来なくなってから、あなたと入れ替わったの。そうすれば、まあ、体は私のだけど、あなたを拘束したってことに変わりはないでしょ?」
 股間を強引に開かされたため痛みを感じるのか、女はその顔を苦痛に歪ませている。
「あ、方法は気にしないで。そんなこと、どうでも良いことだから」
 女の表情に一切の関心を示さず、男は右手を離し、女の股間に伸ばす。
 女は再び抵抗を試みて身をよじらせるが、例によって全くその効果は発揮されなかった。
「今大事なのは、あの時の復讐で、あなたが全く同じ事をされるってことなの」
 下着に手を掛けると、男は一切のためらいを見せずそれを引っ張った。強引に引っ張ったため、脱げるではなく、ピイィと音を立てて、下着は無残に引き裂かれた。
「んっ! んんんっ!」
 過去の過ちを思い出せずとも、これから何をされるかを理解して、女はあらん限りの力で身をよじらせる。しかし、そんな女の必死の抵抗を気にも留めず、男は自分の顔を女の股間に持って行った。
「んっ!? んっ、んっ、んっ」
 女の股間に男の舌が這う。男の舌が、上に、舌にと動くたびに、女は小さく喉を鳴らす。
「ああ、初めて舐めたけど、ヒドイ味。よく平気で舐められるわね、男って」
 ほんの数回舌を上下させただけで、男はその顔を離し、身体を足の間に滑り込ませる。
「あの時もそうだったわよね。こんな風に適当に濡らしただけで、いきなり挿入して、激しく腰を動かしたのよね。そう、こんな風に!」
「んんんっ!!!!」
 男が腰を前に進めると同時に、女が激しく呻る。
「ね、痛いでしょ。凄く痛いの。私もあの時、それくらい痛かったの。でも、今の私はあの時のあなたみたいに気持ち良いわ。初めての感触だけど、凄い気持ち良い」
 女はその言葉が聞こえていないのか、目を見開いて天井を仰ぎ見ている。
「凄い。本当に気持ち良い。身体も良いけど、あなたを陵辱しているって言うのが感覚的に凄く気持ち良いわ」
 腰を一層激しく動かしながら、男はいやらしい笑みを浮かべる。
「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ」
 女は、徐々にその反応を鈍らせ、いつの間にか、腰の動きに合わせて小さく呻くだけになっていた。
「このまま、あの時と同じように中に出してあげる。あの時は平気だったけど、次はどうかしら。妊娠しちゃうかな。でもどうでも良いの。もう、身体も人生もボロボロになった平田京子には興味ないから。これからは、あなたとして生きていくから。だからその身体がどうなっても全然興味ないの」
 不意に、腰の動きが止まる。男が小さく呻いたことから、射精したらしい事が感じられた。直後に、男と女の結合部の隙間から、ドロリとした白い液体が漏れだした。
 女は、中に出されたという事実に興味がないのか、気付く気力も無いのか、息を乱しながらぼうっと天井を見上げていた。
「ふう……」
 ゆっくりと女からその身を離し、溜め息を漏らす。
 女はぐったりとしていて、最早全く抵抗するような意志を見せなかった。
「いきなりやりすぎたかしら。でも、あの時と同じように犯す、って決めてたから仕方ないわよね」
 男が女の口元に手を伸ばし、ガムテープを乱雑に剥がす。
 ビッと小さな音を立てて剥がれた口元は、ガムテープの形に赤くなっていた。
「ねえ、反省した?」
 目線があったのを確認し、男が質問する。
「テメェ……。ブッコロス……」
 女が、弱々しく呟く。
「あは、まだ元気ね」
 男が顔をほころばせる。
「反省してようがしまいが関係ないんだけどね。あの時と同じように、あと六回はどうせ犯すんだから」
 女の表情がさっと曇る。
「あの時と同じように、ありとあらゆる道具を使って、前の穴も後ろの穴も、全部丁寧に犯してあげる。だから、まだまだ頑張ってね」
 そう言って、いつの間に用意していたのか、男は注射器を模した巨大な浣腸器具を手に取り、足元に置いてあったバケツから液体を楽しそうに吸い上げた。
 再び女が思い出したように激しい抵抗を試みたが、やはり、ガチャガチャと手錠を鳴らす以上の意味は果たさなかった。
「時間はたっぷりあるからね。ゆっくり壊してあげる、ね」
 復讐を果たせる喜びからか、女を辱める快感からか、それは分からないが、男の表情は、これから本格的に始まる陵辱劇に想像をめぐらせ、実に生き生きとしているように感じられた。




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