鈴女(1)

 

ある春の日、うららかな日の光が差し込む座敷を、格子をはさんだ店の外から、大勢の男たちが鼻の下を伸ばして覗き込み、着飾った遊女達の品定めしている。

「ほら、鈴女あくびなんぞしてないで、まじめにおやり!」

座敷の中、眠りそうになっている一人の遊女に、店の女が言った。

「あーい」と鈴女と言われた女郎はやる気のない返事を返す。

店の女は、まだ何か言いたそうだったが、軽くため息をつくと、他の女郎のところへ行ってしまった。

鈴女は座敷から、格子の外に集まる男たちをぼんやりと眺める。昼のこの時間にやってくる男なんて、大抵は、吉原見物にやってきた田舎物の冷やかしばかり、本当に女を買いに来る客なんていやしない。

それでも数日前までは、この時間に鈴女にも心待ちにしていた客がいたのだ。その男の名前は三九朗といった。腕の良い大工で、男ぶりも良く、鈴女はすぐに三九朗にほれ込んでしまった。三九朗も鈴女と夫婦になる誓いを立てた。鈴女は最近、病気で働けないという三九朗のために生活費も用立ててやったし、吉原に通う金も出してやった。しかし、数日前、三九朗は姿を消してしまったのだ。三九朗は腕の良い大工などではなく、修行を途中で逃げ出した半端者で、男ぶりをいいことに、あちこちの女郎に貢がせては食わせてもらっているような男だと、他の女郎から聞いたのは昨日のことだ。

鈴女は、ちょっとは名が売れた女郎だったが、三九朗に入れあげている間に、馴染み客は離れていってしまい、最近では日々の白粉や髪結いの代金さえもままならなくなっている。鈴女が大切にしていた品々は、ほとんどが借金の肩に持っていかれ、鈴女はここ数日、何もかもがどうでもよくなっていたのだ。

だが、店に出ないと折檻されるので、しかたなしに、こうして店に並んでいる。

鈴女は惚けた目線で、格子の向こうに並ぶ男たちを見る。その中にいる老人の姿が、鈴女の目に入った。やぼったい着物を着た、やはり田舎から出てきたばかりという風な老人だ。

ふと老人と鈴女の目が合う。老人は鈴女を見て、にかりと笑い手を振る。鈴女もにこやかに微笑みかえした。すると老人は鈴女の方を手招きした。

「ちょいとごめんよ」

鈴女は、他の女郎に言い、老人の方に近づく。

「のう、お前さんと遊ぶにはどうすりゃええんかいの?」

老人はニコニコしながら言う。見るからに善良そうな老人だ。

「そこの妓夫・・・って言ってもわからないね。そこの店番の若い衆に、あたしと遊びたいと言ってくださいな」

鈴女は、店の前にある番台に座っている男を指差した。

「はて?あの店番は若いようにみえんが?」老人は聞き返した。

「ここじゃ、郭で働く男は、何歳でも若い衆っていうんですよ」

「ほー、そうかそうか」

老人はそう言うと、いそいそと店番の方に歩いていった。

妓夫に自分の値段を聞いたら、あのお爺さんたまげて、そのまま帰っちまうね。

鈴女はそんなふうに考えていた。吉原で遊ぶには岡場所の数倍はする。あの爺さんにその金を払えるとは思えなかった。

しかし、しばらくすると、店の女から鈴女に声がかかった。

「鈴女、お客だ。さっきの爺様だよ」

鈴女は意外に思いながらも、女に返事をすると、あの老人の待つ座敷へと向かった。

 

 

座敷につくと老人の前には豪勢な料理が並んでいた。吉原の女と同じく、吉原の料理も相当な値段がするものだ。

「爺様、ちょっと大丈夫かい? 台の物をこんなに頼んじまって?」

鈴女はつい商売を忘れて、そんな言葉を口にする。

「まあまあ、気にしないで、座りんさい、食べんさい」

鈴女は老人に進められるまま、席について、老人に酌をする

「しかし、ほんにここは夢のような場所じゃのう、こんなご馳走があって、あんたみたいな別嬪さんが相手をしてくれるとは」老人はあいかわらずニコニコとしている。

鈴女は、琴を奏で、唄を歌い、老人を楽しませた。老人は大喜びで手を叩く。そうして過ごすうちに時間が過ぎていった。

「じつはの、ちと金がたりなくてのう」

鈴女の芸も出尽くし、話すこともなくなった頃、老人がポツリといった。

それを聞いた鈴女の顔が青くなる。金が無いとなると、その客は身包みはがされ、襦袢一枚で放り出される。旅の者であるこの爺さんがそうなったらのたれ死にしてしまうだろう。

心配する鈴女をよそに、老人は相変わらずニコニコと笑っている。

「そこでな、お前さんに、面白い薬を買ってほしいんじゃよ」

老人は懐から赤い紙でつつまれた一服の薬を見せる。

「こいつを飲んで異性とまぐわうと、互いの魂を取り替えることのできる薬じゃ。足らん分をあんたが出してくれたら、こいつを二回分、あんたにやろう」

「あのね、爺様、あたしも出してやりたいけれどさ・・・」

老人の冗談に付き合うほど鈴女には余裕が無い。

「この薬、あんたならいくらでも有効に使えるじゃろ?」

その薬が本物ならば、この吉原から、抜ける事もできる。たとえば金持ちの客と入れ替わって、自分を身請けして、また元に戻ることもできるのだ。自分の体に執着しなければ、適当な客の体から、別の若い女とだって変わる事だってできる。

「ですけどねぇ、そんな薬が本当にあるとは・・・」

「それじゃあ、ためしにわしがこの薬を飲むから、あんた、わしとまぐわってくれんかの?」

老人はまたニカっと人のよさそうな笑みを浮かべる。

この老人のいっていることは本当だろうか?

ここ吉原では基本的に、初回の客とは酒をくみかわわすだけ、吉原で本当の意味の遊びをできるのは、3回目からの客だけなのだ。この老人はそのしきたりを知ってこのような嘘を言っているのか?それとも?

鈴女はすこし考えた後、布団の敷かれている部屋に老人を誘った。

 

 

薄暗い布団の中でわかったことだが、人の良さげなこの老人は、鈴女の予想に反して、たいそうなテクニシャンだった。

老人はまず鈴女の胸を絶妙な力加減でもみしだき、鈴女は思わず声を漏らしてしまった。

その声に反応するように、老人の手は鈴女の感部を的確に捕らえては、鈴女を快楽の淵へと誘っていく。鈴女の秘部が濡れていく。

「ちょっ、ちょいとやめておくれよ、気がおかしくなっちまうよ」

鈴女はあえぎを抑えながら言うが、その言葉に構わず、老人はまらを、ずぶずぶに濡れた鈴女の秘部に挿入した。

そして、鈴女の興奮が絶頂に達した時、鈴女は、あの老人になっていた。

「どうじゃ、本当だったじゃろ?」

ニカリと笑う自分の顔をしげしげと眺めて、老人は言葉を失う。

「あんた・・・、何者なんだい?」

老人はやっとの事で、しわがれた声でつぶやく。

それには答えず、鈴女は、老人の頭をやさしく自分の胸に引き寄せた。

さきほどまで自分のものだった柔らかく暖かな胸に包まれ、老人は、初めて自分の鼓動を聞いた。

「どうじゃ、自分の心の臓の音を聞くのは?」

鈴女は老人の頭をゆっくりと撫でる。

「変な、感じ・・・」

老人は、自分の心臓の音を聞いてるうちに、ふしぎに眠くなっていく。

「おっと、眠っちゃいかんぞ、これからがお楽しみじゃ」

張りのある声で鈴女は嬉しそうに言うと、老人の頭をゆっくり胸からどけて、自分の顔を老人のまらに近づける。

「どれ、なめてやろう」

鈴女は、妖艶な笑みを浮かべると、老人のマラを舐め始める。

それは老人が今まで味わったことのない種類の快感だった。

 

 

 

つづく




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