ぽよんぽよん
古い家の立ち並ぶ一画に、小さなモルタルアパートが建っていた。
その一室に醜い小男が、若い女性を抱えて入ってきた。
女性は茶色い髪のショートヘアの若い娘で、年の頃は22,3という感じだ。
女性は意識が無いようで、長いまつげのまぶたは閉じられ、男の肩に身体を完全に預けている。
男は女性を部屋に中央に敷いてあるぺしゃんこの布団に寝かせると、急いで扉の鍵を閉めた。
そして部屋の電気をつけると、部屋の隣にある狭い台所へと何かを取りに行った。
台所から戻ってきた男の手にあったのは、小さな二つの肌色の塊だった。
それは、バスケットボールくらいの大きさの、人の皮膚のような肌色をした物体で、その物体は男のごつい手の中で、ぽよんぽよんと揺れている。
男は肌色の塊の一つを、布団に寝かされた若い女性の顔にぺっとりと貼り付けた。
肌色の塊は、女性の顔の上で、ぽよんぽよんと揺れた。
男はしばらくその様子を眺めていたが、そっとその塊を取り上げる
すると、女性から顔が無くなってしまった。女性はのっぺらぼうになっていのだ。
男が、女性から引き剥がした肌色の塊を見ると、あの女性の顔が塊に張り付いていた。
肌色の塊に張り付いた女性の顔は生きているようで、眠っているような安らかな表情で寝息をたてていた。
男は、別の肌色の塊を自分の顔に貼り付ける。
肌色の塊は、ぽよんぽよんと揺れる。
そして、すぐに男は、その塊を自分の顔から引き剥がす。
男も先ほどの女性と同じくのっぺらぼうになってしまった。
男の顔から引き剥がされた肌色の塊には、黒ずんだ男の醜い顔が浮き出ている。
男は女性の顔が張り付いた塊を自分の顔にびたりとつける。
そうしてから、男が自分の顔から塊を引き剥がすと、
男の顔が、先ほどの女性の顔に替わっていた。
その女性の顔が、まぶたをゆっくりと開ける。
男は自分の新しい顔をぺたぺたと触り、かすかに笑みを浮かべた。
そして、さっきまでの自分の顔が張り付いた塊を、倒れている女性ののっぺらぼうの顔に貼り付けた。
そして、それを引き剥がすと、女性は男の醜い顔になってしまった。
「つぎは声・・・」
男の顔は完全に女性のものになっていたが、声は野太い男の声のままだった。
男は、肌色の塊を今度は女性の喉元に押し当てた。
そして、もうひとつの塊を自分の喉仏に押し当てる。
さらに、それらを顔にしたのと同じように、反対にくっつけて引き剥がす。
「これで声は、完璧ね」
男の声は、女性の高い声になっていた。
「さてと、つぎは髪型かしらね」
男は、高い声を出せるのが嬉しくてたまらないようで、女性の言葉遣いで喋りながら、自分の脂ぎった薄い髪をなでる。
そして、そこにあの肌色の塊を乗せる。
また、倒れている女性の明るい茶色の髪の上にも、もうひとつの塊を乗せた。
そして、それをまた反対に貼り付けて、引き剥がす。
男は首から上は完全に女性そのものになった。
逆に倒れている女性は首から上は完全に醜い男になってしまった。
「さて、どんどんやっちゃおうかしらね」
男は嬉しそうに、また女性の声で言うと、肌色の塊を使い、次々と女性と自分の体を取り替えていった。
男の身体はどんどん女性そのものになっていき、倒れている女性は、どんどん醜い男そのものになっていく。
そして、最後の仕上げに、作業の途中で剥いだ女性の着ていた衣服を、男は自分で着てしまった。
男は、完全に、さきほどまで倒れていたあの若く美しい女性になっていた。
男は、自分の脱いだ服を倒れている、女性に着せる。
「交換完了」
男は満足そうに、足元に倒れている、かつての自分の姿を見下ろした。
そして、男はつぶやいた。
「やっと、やっと元に戻れたわ」
半年振りに、彼女は自分の体を取り戻したのだった。
終わり
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あとがき
なんとなく、「元に戻る話」を書いてみました。
でも、ただ戻すだけじゃ面白くないので、こんな感じの話になりました。
「取り返す」という行為は、事情を知らない第三者から見たら、
「略奪」以外の何物でもないのだなぁ、
と書いてみてなんとなく思ったり。
ちなみに題名の「ぽよんぽよん」は、話に出てきた「肌色の塊」の名前です。