僕はママ?(6)

亮が父親の布団で目を覚ました時、すでに朝になっていた。

父親の姿も、母親の姿もすでに寝床には無い。

亮は起きあがり自分の体を見下ろす。

まだ小学生の男の子の体のままだった。

「そっか、昨日はパパの布団で寝ちゃったんだ、だから、戻らなかったのね」

亮は一人つぶいた。

その時、玄関の方から扉が閉まる音が聞こえた。

父親が出勤したのだろう。

亮は、部屋を見回すが、亮が昨日、母親の枕元に忍ばせたあの木の実は無い。

亮は、跳ね起きて、部屋を出た。

そこには、いつも自分がつけているエプロンを身に着けて、洗い物をしている母親の姿があった。

亮は、母親に近づき声をかける。

「ママ、木の実落ちてなかった?」

「木の実?、あー、あれ、亮のだったのね」

「あるの?」

「ほら、これでしょ?」

亮の母親は、エプロンから割れた木の実を差し出した。

「わっ、割れてる!?」

亮は大きな声を出してしまった。

「あ、ごめんね、それ昨日パパが割っちゃったの。あれ、どうしたの亮、なんか顔色悪いわよ?」

「割れちゃった・・・」

「それ、そんなに大切なものなの?」

心配そうに亮を見る母親の声を聞き、亮は木の実から顔を上げ、真顔で母を見つめた。

「何?」

不思議そうに、亮の母親は息子の顔を見る。

「あのね亮、本当のことを話すわ」

一瞬、母親は動きを止めた。突然”亮”と本当の名前で呼ばれたことに

驚いたのだろう。

「りっ、亮ったら、どうしたの突然、ママの事を自分の名前で言い出して?」

それでも、亮の母親は、自分が母親である事を思い込もうとした。

「ママ、昨日言っていたよね。自分は、本当は亮だって」

「それは・・・、昨日、ママおかしかったのよ」

「ちがうの、本当にアナタが亮なのよ。そして、アタシは本当はママなの」

「それどういうこと?」

亮の言葉に母親が体をこわばらせる。

「実は、アタシが亮とアタシの体を取り替えたのよ」

「取り替えた? そんな事できるわけ無いじゃない」

「できちゃったの。あたしだって本当に入れ替われるなんて思ってなかったもの」

亮はそういって手に持っていた木の実を見た。

「それ?」

亮の母親は、亮の掌の中の木の実を指差す。

「うん、これを、一昨日手に入れたの。入れ替わりたい相手と自分の寝床に置くと、入れ替われるって説明書に書いてあったわ。もちろん、信じたわけじゃないけど、面白そうだって思って、亮の寝床においたのよ」

「それ、本当なの?」

無言でうなずいた亮のを見て母親の顔が青くなる。

「そんな・・・”アタシ”はママじゃないの? それじゃあ、昨日、”僕”は・・・、パパと・・・」

亮の母親は頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。

「どうしたの、パパと何かあったの?」

亮は母親の肩にやさしく手を置いたが、母親は亮のその手を跳ね除けた。

「ママが悪いんだ!」

亮の母親は目に涙を浮かべている。

その様子を見て、亮は、彼が寝ている間に起きた事を察した。

「ごめん・・・、亮」

しゃがみ込む、亮の母親の頭を、亮はやさしく抱きしめた。

今度は亮の母親は抵抗せずに、体を亮の小さな体に預けた。

「大丈夫だよ亮、それはママの体だから。ママがしたんであって、亮がしたんじゃないの。亮は大丈夫だから」

「本当に?」

亮の母親は顔をあげずに聞いた。

「うん、本当に大丈夫だよ。もう元に戻ろう」

亮は優しく言った。

亮も母親は顔を上げて、亮の手に握られているあの木の実を見た。

「でも、割れちゃったけど、大丈夫なの?」

「わからない、でも試してみよう」

亮は心配そうな母に対して力強く答えた。

亮は、まだしきっぱなしになっている父親の布団の枕に割れた木の実を置いた。

「さあ、亮、ここで寝て、アタシは量の部屋に行って、眠るから」

「うん」

母親は父親の布団に体を横たえる。

それを確認すると、亮は部屋を自分の部屋のベッドに戻り、枕の下にあの木の実が

あることを確認するとベッドに寝転んだ。

起きたばかりなので、なかなか寝付けない。

亮はあの木の実を入れた店のことを思い出していた。

それは、彼がまだ”彼女”だったとき、買い物の帰りに偶然寄った雑貨屋だった。

こじんまりとした店内にぎっちりと置かれた古びた道具達。店員は奥には店番のアルバイトらしい

少女がレジに立っているだけだった。

店に並んでいる道具は、どれも古びていて、どこか愛嬌のあるものだった。そして、その品々には

いちいち、その効用が書かれていた。

その中にあの木の実があったのだ。

本当に効果を信じてるわけではなかった。

こういうシャレのあるお店なのだろうと思い、亮は、あの店で木の実を買ったのだ。

ただ、彼女がレジで会計を済ませて、その店を出たとき、

不思議な事に、彼女はあの店を見失った。

つい今しがた店を出たばかりなのに、まるで、その場にはじめから存在しなかったように

あの店は忽然と消えていたのだ。

しかし彼女の買い物袋にはたしかにあの木の実が入っていた。

多分、あの店にはもう二度といけないだろう・・・。

そして、あの割れてしまった木の実にはおそらく自分たちを元に戻す力は無いだろう。

あの店を思い出すと、自然にそんな事を考えてしまう。

そうしているうちに、彼はいつのまにか眠りに落ちてしまった。

 

 

 

これで本編は、おわりです。

 

 

 

エピローグ

 

それから数年がたった。

季節は夏、ある暑い日。

「りょ〜お〜!」

夏用のセーラー服を着た少女が、坂の上で元気な声で少年を呼んでいる。

「今、行くよ」

たくさんの荷物を下げた少年が走って少女のほうに向かう。

「まったく、由香のやつ、買いすぎなんだよ」

紙袋を両手に持ちながらぼやく少年は、あの亮の成長した姿だった。

夏の日差しは強く、風景が熱気で歪んでで見える。

走っていく途中で、少年はふと足を止めた。

そして風景の中のある一点を見つめた。

少年の目には、8年前に見たあの光景があったのだ。

それは、8年前のあの日、あの木の実を買った店だ。

少年は中に入ると、あの店はまるで時間が止まったようだった。

古びた道具達がぎっしりと並べられた小さな店内、店員はアルバイトらしき少女が一人。

そして、そこにはあの木の実も売っていた。

少年は、その気の実を買って店を出る。

店を出た後、少年が振り返ると、やはりあの店はなくなっていた。

はじめからそこに存在しなかったように。

ごしごしと両目をこする少年、掌を広げてみると

買ったばかりのあの木の実がそこにあった。

「もう、どうしたのよ!?」

ちょっと怒った声で走りよる少女、彼女の手にもいっぱいあったはずの紙袋が、今はなくなっている。

慌てて来たため置いてきてしまったのだろう。

「突然、いなくなっっちゃうんだもん」

少女は、涙ぐんだ目で亮を見つめる。

「大げさだな、ちょっと寄り道しただけだろ」

微笑んで亮は、少女の頭に手を置いた。

「・・・亮が、どっかに消えちゃったかと思っちゃったの」

少女は、亮の瞳をまっすぐに見て言う。

亮は内心どきりとした。

「絶対、どっかいっちゃやだよ」

少女は少年に抱きついた。少年は、少女を優しく抱き返した。

「ああ、どこへもいかないよ」

少年はそう言いながらも、掌に握ったあの木の実を見つめるのだった。

 

 

オワリ

 


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