プレコーシ ぼくとお姉さんの入れ替え物語
作・JuJu

#5

 美穂さんはぼくにコーヒーを手渡した。
「公園で飲みましょ」
 美穂さんはそういうと、きびすを返してゆっくりと歩き出した。ぼくも後ろについて歩いた。
 美穂さんはブランコに座った。ぼくもならうように、隣のブランコに腰を掛けた。
 空が夕日に染まっていた。
 公園には池があり、名前の知らないつがいの鳥が、夕陽に照らされた水面(みなも)を、仲むつまじそうに泳いでいた。
 美穂さんは、さきほど占いをしてもらったコーヒー屋をぼんやりと眺めていた。
 ぼくもつられて、コーヒー屋を見た。
 女の子が、テーブルに敷いていた紅い布を畳んでいるところだった。彼女が動くたびに金色の髪が舞い、夕陽を反射して輝いていた。
 やがて片づけ終わったらしく、男性が出口に向かって歩き始めた。コーヒー屋の女の子はこちらに振り向くと、その場で軽く頭を下げた。そのことに気がついた美穂さんは、ぼんやりしていた顔を笑顔にすると手を振って応えた。先を歩いていた男の人はいつのまにか立ち止まっていて、夕陽を背に女の子が来るのを待っていた。女の子は駆け足で、男性の元に走った。やがてふたりの影は夕焼けに消えた。
 美穂さんはお店のあった場所を眺めながら、コーヒーをすすっていた。美穂さんの顔も、夕陽を浴びて赤みを帯びていた。
「生まれてから今まで一度も来たことのない場所。
 そして、来る理由もないし、これからもう二度と来ない場所。
 そう思うと、こんな場所でも、なんだか不思議に愛(いと)おしいね」
 お姉さんは、独り言のようにいった。

    *

 コーヒーを飲み終わっても、美穂さんは公園のブランコに座り続けていた。
 よほどつらい結果でも出たのだろうか。美穂さんは占いをしてもらってから、心ここにあらずといった様子で、ずっとなにかの思案にふけっていた。
 いっぽうぼくはこんな誰もいない公園に、いつまでもいたいとは思わなかった。
 探求心は、変わったコーヒー屋を見つけたことですっかり満足していたし、なによりこのままでは、せっかく美穂さんと花火大会を見るという大切な機会が失われてしまいそうに思えた。
「さあ、そろそろ花火大会の会場に行きましょう」
 花火大会にはまだ時間があったが、ぼくは立ち上がると、美穂さんをせかした。

     *

 公園を後にしたときから、ぼくたちは誰ともすれ違わなかった。
「さっきのコーヒー屋の人に、神社への道を占ってもらえばよかったですね」
「あ! ほんとだ!!」
 美穂さんはなんで気がつかなかったんだろうといった顔をした。

     *

 それでも、なんとかぼくたちは、泉を囲む森に戻ることができた。
 しかし問題はそこからだった。今度は森の中で迷子になってしまったらしい。迷子になるほどの広い森ではないはずなのに、歩いても歩いても同じ場所にもどってしまう。
 神社にも花火をする会場にも人がたくさん集まってきているはずなのに、ここからは人の気配もざわめきも聞こえず、恐ろしいくらい静かだった。
 やがて、美穂さんは立ち止まるといった。
「ねえ、のどが渇かない」
「いや。さっきコーヒーをおごってもらったばかりですし」
 ぼくはのんきに飲み物など飲んでいるような気分じゃなかった。
「いいからいいから。
 実は占いの女の子から、こんなものをもらったんだ」
 美穂さんは巾着袋からさっきのビンを取り出した。


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