俺たちは何処から来て、
何を成し、
わたしたちは何処へ行くのだろう?
9月のある週末、俺は、美術館で絵画鑑賞をしていた。
『まあ、絵画鑑賞だなんて、なんて高尚なご趣味でしょう?』
美術館に行くというと、だれもがそう言う。だが、俺には、絵画鑑賞なんて趣味はない。俺はただ飾られた絵の前にしばらく立ちどまり、また歩き出すだけだ。それを繰り返しているうちに、俺の足は、一枚の絵画の前で止まった。
大旗の下に |
2009年9月
作・◎◎◎
大旗を掲げるメイド姿の美女を先頭に、累々と転がる男たちの抜け殻を踏みつけて行進するさまざまのコスチュームを身にまとった美女たち。彼女たちは一応に満足そうな薄笑いを浮かべている。
「あら?TS派の巨匠・◎◎◎画伯の『大旗の下に』ね。TS三大発明をテーマにした三部作のひとつね。大作よネェ」
いきなり隣から声がしてきて、俺は横で声のした方を見上げた。そこには、長い黒髪の知的な美女が目の前の絵画を熱心に見詰めていた。
「わたしは、画伯の作品なら『半魚の叫び』の方が好きだな。美しい人魚になるつもりだったのに、醜い半魚人になり、その絶望感が深まっていくうちに、物悲しいあわれな泣き声が、狂気に満ちた笑い声に変わっていく感じが、恐ろしいほどに迫力があるのよね。あなたは、どの作品がお好きかしら?」
(ちなみにこれです。 http://www7a.biglobe.ne.jp/~toshi9_kaitai/illust/Twilight_train.html )
彼女は、ただ絵を見ながら独り言を言っていたのではなくて、俺に語りかけていたのだった。だが、絵画には、まったく興味がない俺は返答に困ってしまった。
「うふふ、いきなり声をかけられると怪しいわよね。大丈夫よ、わたしは、ホラ、これだから」
そう言うと彼女は、長い黒髪を持ち上げて、襟足を俺に見せた。白くきめ細やかな肌に、まったく不釣合いな小さなバーコードがあった。
「わたしのこのボディは、レンタルボディなの。いま知的でおしとやかな女性モードに性格をセッティングしてあるのでこんな話し方だけど、本当はがさつなのよ」
「・・・・」
「といっても、まだ怪しいか。児童TS保護法が厳しくなったものね。この絵画のテーマの『憑依薬・PPZ-4086』を使って、児童に憑依して淫乱行為をする人たちを取り締まるためでもあるらしいけど、これだけTSが一般化した社会なのに、ちょっと見当ハズレの対応のような気もするんだけど。あなたはどう思う?」
俺は、彼女の問いかけに答えず、その場を去った。
「あら?気分を害したのかしら」
彼女の呟きを背にして、俺は美術館を出た。
TS三大発明(注(レンタルボディ・ゼリージュース・PPZ-4086)の誕生、集団入れ替わり現象やTS病の大流行を経て、TSは一般化した。俺たちの時代には夢物語でしかなかった出来事が、今ではごく当たり前のことなのだ。
美術館を出た俺のそばを一陣の風が吹いた。俺は、いままで身体を間借りていた少女の身体から抜け出すと、その風に乗って仲間の待つ世界へと旅立った。俺は、美術館の前で、風にめくれたスカートを抑える少女に、いままで身体に間借りさせてもらった礼を告げた。
「華代ちゃん、ありがとう」
注)TS三大発明:この物語の世界に限るセレクトですので、授業や試験の解答では、正解になりませんので、あしからず。