カード

                   アイデア提供・シャイニングフィンガー5

作・よしおか



 朝起きると、居間で、姉が、カードをおもちゃにしながら、ソファーに座っていた。壁の時計が、10時を回っていた。

 「姉さん、賢さんとデートじゃなかった?10時半の約束だろう?」

 「デート?誰が・・・」

 「ねえさんがだろうが!」

 「デート?デート・・・で、で、で〜と?忘れてた。イッテキマ〜〜ス」

 姉は、おもちゃにしていたカードをテーブルの上に放り出すと、あわてて飛び出していった。

 僕は、家を飛び出していく姉の後姿をあきれ顔で見送りながら、テーブルの上に放り出していったカードを手に取った。

 それは、某カード会社のカードだった。だが、姉は、使い方が荒く、限界を超えて、支払い不能になり、カード会社のブラックリストに載っているはずなのだが・・・僕は、カードを見ていて、あるおかしなことに気がついた。それは、カードの所有者の名前が、男性のものだったからだ。それも聞き覚えのある名前だった。

 「さえきしんいちろう?」

 それは、高校時代に姉が付き合っていた一年先輩の名前だった。だが、その先輩の卒業とともに、別れたはずなのだが・・・

 僕がそんなことを考えていると、玄関の扉が開き、姉が血相を変えて、上がってきた。そして、居間に入ると、僕の持つカードに目がいった。

 「悟君。それは、僕のカードだ。渡してくれたまえ」

 「僕のカード?」

 「あ、わわわ、わたしのカードよ。悟くん、お姉さんにちょうだい」

 僕は、疑いの目つきで、姉の身体を隅々まで見回した。薄手の白いワンピースを着込んで、薄化粧した長い黒髪の女性は、ともだちもうらやむほどに綺麗な僕の姉だった。だが、何かが違った。

 「姉さん?」

 「そうよ。あなたのお姉さんよ」

 おどおどしたその目は、いつもの姉ではなかった。僕はある行動にでた。

 「さえきしんいちろうくん」

 「はい」

 姉は、その呼びかけに、思わず答えて、口を押さえた。なぜに姉は、カードの名前に答えたのだろう?僕は、ある賭けに出ることにした。

 「あなたは誰だ。なぜ姉さんの格好をしているんだ」

 「だから、わたしはあなたの姉よ」

 「違うな。姉さんは、僕のことを悟くんとは呼ばない。二人だけのときは、悟と呼び捨てにするんだよ。人前では、おしとやかな姉だが、本当は、男勝りなのさ。しんいちろうさん」

 「うぐ」

 「どういうことか説明してもらおうか。ここのところ、姉にはおかしな行動があった。弟の僕にモーションかけたり、風呂に湯あたりするまではいっていたり、家に風呂があるのに、わざわざ隣町の銭湯に行ってみたり、一人自分の部屋に閉じこもって、変な声を上げたり、不審な行動が多すぎる。これもすべて、しんいちろうさんのせいなのか」

 「なに、今までの奴らは、彼女の身体でそんなことをしていたのか。許せん。僕の京子さんを・・・」

 姉の姿をしたそれは、あきらかに怒りに燃えていた。

 「だから、おまえは誰なんだ。姉さんは、どこなんだ。言わないとこのカードを切り刻んじまうぞ」

 僕は、気づかれないように移動して、台所から、調理用のハサミを取り出していた。そのことに気がついた奴は、あわてた。

 「ま、待ってくれ。そう短気は起こさないで・・・わたしの話を聞いてくれたまえ。この身体は、正真正銘、君のお姉さんのだ。わたしは、君のお姉さんの身体に憑依しているに過ぎないのだ」

 「憑依?それじゃあ、僕の姉さんは?」

 「この身体の中で眠っている。君のお姉さんの身体を、私がレンタルしたんだ。そのカードで。よく見たまえ、そのカードの名前を・・」

 そういわれて、僕は、カードを見直した。そのカードには、こう書かれていた。

 【ボディジャックスカード】

 「ボディジャックスカード?」

 「そう、これは、登録された人の身体をレンタルできるカードなんだ」

 「じゃあ、姉さんも登録しているのか。ここに・・・」

 僕は、あまりのことに頭が混乱してきた。

 「これから説明するけど、あまりに突飛ようしもない話だからといって、カードを刻まないでくれよ。そのカードがなくなると、わたしも、君のお姉さんも、君も困ることになるんだからな」

 彼女?は、そういうと、このカードについて話し出した。

 このカードは、あるローン会社と、電子工学関係の会社、医療関係の会社が共同出資と技術提供をして作られた会社で、身体を貸す特別会員(こっちの会員には、特典として、一ヶ月ある上限までの買い物が可能なカードが支給される)、それを借りる一般会員があり、入会金は5千円で、レンタルは、一日ごとで、日割り計算で請求される。だから、長期レンタルしても安くはならないようだ。このカードを、このカード会社の指定マシンに差込、操作をすると、レンタルできる身体の立体写真とスリーサイズ、プロフィールが、画面に出てきて、気に入った身体をレンタルする仕組みになっているようだ。そして戻るときにもこのカードが必要になってくる。

 このカードは、一人一回だけの発行で、有効期間は、一年間。もし、紛失、破損したら、再発行は、有効期限が切れるまでないそうで、もし、紛失して、会社へ届けず、他人がそれを使用した場合は、永久に会員登録はできないらしい。だから、彼はあせったのだ。

 「高校時代に、君のお姉さんの京子さんのBFだったんだが、君のお姉さんに振られたんだ。でも、君のお姉さんのことが忘れられず、君のお姉さんが、レンタル登録していることを知って、偶然手に入れたこのカードでつい、今の彼女が知りたくて、彼女の身体をレンタルしてしまったんだ」

 振られた?ちょっと待てよ。姉から聞いた話と違う気がした。

 「振られたって、姉は、あなたに振られたって、いつか、僕に話したよ」

 「イヤ、振られたのは、わたしのほうだ。だって、入試のときに、一緒に行く約束をしたのに、彼女は来てくれなかった。そのために、彼女のことが気になって、試験は散々で、落ちたよ。彼女のせいではないのだが、彼女は来てくれなかった。それ以来、彼女は僕を避けるようになったんだ。わたしは、彼女を・・・・」

 女になったせいか、それとも、元々なのか、彼?は、涙ぐんでいた。

 「待ち合わせしたのは、どこで?何時?」

 「駅の西口で、午前8時20分」

 「やっぱり」

 僕は、納得した。だが、もうひとつ、確認すべきことがあった。

 「その時、誰か他の人と試験会場に行かなかった?」

 「ああ、中学時代の友人と会って、そいつと一緒に行ったよ」

 「その人は、女性?」

 「イヤ男性だ」

 僕は考え込んだ。最後のピースがはまらないからだ。

 「その人、女性には見えない?」

 「いや、華奢だけど、女には・・・後姿ならそう見えるかも。今は、髪が短いけど、あのころは、伸ばしていたから・・でも、何で?」

 僕の頭の中で、最後のピースがはまり、パズルは完成した。

 「わかったよ。あなたと、姉の行き違いの原因が・・・あまりの単純さに信じられないくらいだよ。姉が無駄遣いを始めたのも、あなたに振られた後からだし、いまだ、特定に人もいないし」

 「でも、賢さんって?」

 「賢さんは、いとこのお兄さんさ。相談事があるといつも会うんだ。冗談で、デートといって、いつも、姉さんをからかうんだ。賢さんは、既婚者だよ。それも、新婚のね。安心したかい」

 彼?の表情が明るくなった。真実は、闇に置いたままのほうが、二人のためのようだ。姉が、しんいちろうさんをいまだに好きなのは、確かなようだし。だって、何かあると、彼のことを言うからだ。

 『あの時、彼が、あんなことしなければ、わたしは、こんなになっていなかったわ。今頃は、彼と・・・』とね。

 それから、一年後、姉は、佐伯京子となった。そのそばには、やさしそうな、笑顔をした信一郎という名の男性がいた。そして、信一郎さんは、結婚とともにあのカードの会員をやめた。姉も特別会員をやめた。ことになっているが、一度会員に登録されると抹消はできないのだ。そのことを姉は知らない。だから、記憶にない出来事に戸惑いを隠せないでいる。そして、その身体を借りているのは・・・僕だ。

 僕はちょっと無理をして会員になった。大好きな姉さんの身体を、他の誰かに使われるのが許せなかったからだ。月一回の姉の生活。

特に信一郎さんとの夜の営みは、僕に新しい快感を与えた。だが、無理は、やはり無理だった。僕は、支払いに窮しだした。そこで、僕は、特別会員の契約をした。これで、支払いに困ることはなくなった。

 だが、ある朝目覚めると、僕は、ブラとパンティをはいていた。また、あるときには、化粧をしたままの顔が・・・鏡に映し出されたその顔は、姉に似ていた。

 最近は、化粧をすると姉に瓜二つになってきた。そして、女性に下着や服を着ることにも違和感はなくなってきた。いや、男物を着ることに不快感さえ感じるようになってきた。その上、こういう思いさえも・・・

 『信一郎さんといつも一緒にいたい。』

 ねえ、こんなコースないかしら?会員同士の身体の交換。永遠のね。さあ、今夜も姉さんになって、信一郎さんと・・・

 最近、たのしいわ。弟の身体をおもちゃにするの。彼は気づいていないけど、彼の身体を借りているのは、わたしなの。そして、わたしの身体に今いるのは、信一郎さん。彼がわたしになりたがっていたのは知っていたから、わたしは、彼が、わたしになっている間、彼になっていたの。男の身体ってけっこう面白いわよ。それに、年下の男の身体も興味深いわ。そうだ、今夜、わたしになってる信一郎さんと、うふふふふ・・・身体は近親でも、心は、夫婦なんですもの。いいわよね。

 それと、知美に、信一郎さんの身体を貸して、わたしが弟の身体で・・・というのも、面白いかも。楽しみがますます膨らんでいくわ。



あとがき

 チャットで、話していたとき、シャイニングフィンガー5さんの何気なく言った「ジャックスカード」から思いつきました。このきっかけを作った「ボディジャック」の話題をした赤マントさんにも感謝。いかがです。会員になりませんか?



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