「私はわたしに」








 夕日が眩しかった。ここからなら死ねる。下を覗いて確信する。

 そう私は死ぬ。そう決意して手すりをまたいだ。

 すると頭に彼の顔が浮かんだ。



「バイバイ、勇一さん」



 手を離し空へと飛んだ。そうすれば、もう苦しむことがないように思われたから。

 地面へと何秒もかからないのにフラッシュバックのごとく彼との日々を思い出す。

 さいしょに思い出したのは最後に彼と言葉を交わしたあの時だった。







 彼といつものホテルの一室で彼と抱き合ったあと、彼の車で送ってもらっていた。

 でも車内の彼の様子はおかしかった。どこか脅えているようだった。

 すると、車が急に停車した。



「ごめんなさい。俺と別れてください」

 

 呆然としながら彼の口から出る言葉を聞いていた。でも、どこか私は落ち着いていた。

 こうなることは彼から告白された時から頭のどこかで予想もしていた。

 でも、涙がぽつんぽつんと頬を流れた。そして彼の服を掴みながら彼に叫ぶ。



「なんで。なんで。勇一さんなんで?」



彼は私に顔をそむけながらわけを話し始めた。







 彼と出会ったのは私が看護婦として最初の年、勤めたある総合病院だった。

 駆け出しの私は何もかもトラブルを起こしていた。そんな時いつも私をかばってくれたのが勇一さんだった。

 そんなやさしいお医者様の彼は看護婦のあこがれだった。誰もが彼と結婚したいと思っていたはず。

 でも、彼はこの病院の院長の一人娘の恵さんと結婚した。そんな彼女を見て私たちは思わず納得し彼女だったら仕方がないと思った。



 すらりとした体系。大きい胸。大きな二重の眼。美しい顔立ち。腰まで伸びた美しいストレートの髪。

 身長の高い勇一さんによく釣り合っていた。私より何十cmも高い身長。女性から見ても非のうちどこにない女性。

 だから、彼女を見て私の方が先生に似合っているなんて言う人は居なかった。

 でも、その一年後、そんな彼は私と不倫の関係になった。私を抱くごとに「彼女と別れるから」と言ってくれた。



 あの日まで私は彼を信じていたんだと思う。でも、彼は私に別れ話を切り出した。

 恵さんのお腹に彼の子供が出来て、子供のためにもこんな関係は良くないと改心したのだと言うのだ。

 それに子供が出来たとたん彼女の態度が変わり始めたというのだ。

 私は彼の事を本当に愛していた。だから、私は彼を許した。



 そして、病院をやめた。



 







 あれから五年の歳月が流れた。

 私は生きた屍のような暮らしをしていた。病院で働いく以外はアパートからでないような引きこもり状態だった。

 今でも、彼のことを思い出す。でも、それじゃいけないと思って、気分転換のためウインドショッピングに出かけた。

 でも、神様はどこまでも私の味方ではなかった。偶然、勇一さんと彼女とかわいいらしい彼の子供を見かけてしまった。

 恵さんと子供に微笑んでいる彼の姿が私を絶望を見せた。













 その日の夕方私は空に舞った。

         





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      「あなたは、だれ」

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 夕日がわたしを目覚めさせた。

 



 でも、目覚めた場所は車の座席だった。

 わたしの体を固定するシートベルト。

 でも、服は私が着ていたものと違っていた。白いワンピース。

 腕を見ると左手の手首にブルガリの時計をしていて薬指にはエンゲージリングをはめている。







 私よりか大きい胸。

 長い髪。





 私じゃない     







「恵。どうしたの?」



 横に座っていたのは彼だった。そう、勇一さんだった。





「勇一さん?」



「なんだよ。勇一さんなんて今まで言った事ないじゃないか」



 恵。私は恵?車のサイドミラーに映るわたしは私じゃなかった。

 恵さんだった。右手で顔をつねると鏡の恵さんも頬をつねる。





「ママ。大丈夫?」



私は思わず返事をした。





「うん。・・・・・・・・大丈夫よ」



 その声は私の低い声とちがって、高いかわいらしい声だった。

 わたしは恵さんに本当になっていた。





 

 わたしは……わたしは恵さんとして堂々と彼女と勇一さんの家に帰った。





 それからわたしはよく恵さんに化けたと思う。誰もがわたしの事を恵さんだと信じている。

 それがむしろ楽しかった。彼女の手帳を見つけた私はこれで彼女になりすませると喜んだ。

 今日からわたしは恵として勇一さんを堂々と抱ける。

 わたしは完全に自分が恵で勇一さんの妻ということに酔っていた。

 でも、所詮その生活は私が掴み取ったものではないことに自分の中にある一粒の良心が私に訴えて来る。





「これでよかったの?」



 でも、そんな問いかけは今のわたしにとってなんの意味のなかった。



「わたしはしあわせよ」そう投げ返した。



 彼の腕の中で横たわる美しく生まれ変わったわたしは笑っていた。





 一人で昼間いる時は、このプロポーションにわたしはまるで少女のように自分の体を服を散らかして楽しんだ。

 お金持ちだけあって服の量は私が持っている何倍もあってすべてブランド物だった。

 鏡に自分の姿を映す。どれもこれもわたしに似合った。美人は得だ。どんな洋服も似合う。

 髪をかきあげながらわたしは今の自分の姿に微笑を浮かべた。







 

 

 恵さんのブラジャーに恵さんのショーツを着けて、恵さんの服を着て恵さんとして、もう、心までも恵になってから半年が過ぎた。













「恵さんには本当に申し訳ないと思う。もし恵さんがわたしの事を幽霊として見ていたらわたしの事を殺したいほど憎んでいることでしょう。。

 でも、許してもらいたい。わたしが死んだときは必ず地獄に行くのだから。そうケイヤクしたのだから。

 それに、わたしはあなたに約束します。わたしは勇一さんとあなたの娘を心から愛します。あなた以上に」





 

 わたしは娘のあまねと一緒にお風呂に入って、あまねにパジャマを着せる。そして、わたしはネグリジェを着て手をつなぎ、あまねの部屋へと向かう。

 あまねはこんなひどい女を本当に母親だと信じきっている。

 あまねがわたしに微笑む。

 彼女をベッドに寝かしつけ布団をかける。





「ママおやすみ」



「おやすみ」



 わたしはおでこにキスをしてあげる。

 そして、わたしは夫の居る寝室へといく。彼の愛する妻として。

 ベッドの彼はわたしを求めた。



「ねぇしない?恵」



「あなた、わたしのこと愛してる?」







微笑む彼が目の前に居った。



  

 

            

          

         カミサマありがとう










あとがき

 本当はこんなダークな話にする気はなく入れ替わっても元に戻る予定だったのですが、書いていたらこんな風になってしまいました。

「秘密」みたいのが世間から評価をうけるならこれ位いいかなと思ったんですが。たしかにこの主人公はひどい人間だとは思います。

 でも、彼女はそれと引き換えに一生の業苦の道をえらんだ。仏教の世界では地獄とは、永劫に苦しみそして、今私たちの世界だと命を絶つことで苦しみから逃れることができますが、地獄はあの世なので死ぬ事も出来ません。そんな意味では本当に彼女は幸せになったとは思えないし、彼女の事を恐ろしいと思う同時に彼女の事がかわいそうに書いたあと思ってしまい、そんな話を平気に書ける私は彼女以上に恐ろしいのかと自分をゾッとしました。




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