生徒会室にて(後編) 作:Sato |
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それからふたりで家族構成や交友範囲、行動パターン、好き嫌いなどなど、様々な情報を交換し合った。今まで聞いたこともなかったような永田さんの私生活の細部に至るまで聞くことができ、僕としてはかなり役得のような気がしていた。もちろん、僕のほうも同じ質の情報を彼女に提供しなければならないのだけど。 「へぇ〜、佐々木君には妹がいるのね。私、ずっと妹が欲しかったのよね!やったぁ。これで楽しみがひとつ増えたわ」 「でも、生意気なやつだよ。学校では猫をかぶっているらしいけど」 「でもいいわよ。私はひとりっこだったから、家で話す相手がいなかったんだもの。生意気でも同じ年頃の相手がいるっていうのにはあこがれるなあ」 「ふ〜ん、そんなものなのかな。僕は逆にうっとおしいと思うときのほうが多いけど」 「へえ。まあ、それはあってからのお楽しみね!じゃあ、そろそろ教室に帰りましょうか!」 「えっ!う、うん」 一緒に出るのも何なので、先に永田さんから出て行った。僕もすぐに出て行かなくちゃいけない。もうすぐ予鈴が鳴りそうな時間だった。永田さんからの情報では、次は世界史の授業のようだった。理系の僕にはチンプンカンプンな授業だけど・・・永田さんも数学とか物理とか、大丈夫なんだろうか?ま、テストまでに戻れば大丈夫かな。 スカートを履いた状態で椅子に座るっていうことに、これだけ神経を使わなきゃいけないものだということを、僕は生まれてはじめて知った。スカートがまくれないように、皺にならないように――そして座った後は脚が開いてしまわないように。生まれついての女の子は慣れているのかもしれないけど、女の子って大変だ、と思い知らされる瞬間だった。 とはいえ、授業に入ってしまえば、女子も男子も同じだった。当てられさえしなければ、の話だけど―― 「ふう、どうにか乗り切ったみたいだ。さあて、どうしたものか・・・」 僕はこのまま永田さんの家に帰ってしまっていいものかどうか、判断に迷っていた。今日は特に生徒会の仕事があるわけではないから、学校にいる必要があるわけじゃないんだけど・・・ 「ユキ〜!」 「うわっ!」 どうやら先に帰ってしまったらしく、永田さんもとうとう現れなかったので、仕方なしに帰ろうとして学校を出て、彼女の家に向かって歩いていたところ、突然後ろから誰かがしがみついてきたのだ。それどころか、僕の、というか永田さんの胸をギュッと掴んできたのだ。 自分で触っているわけではないのに、触られているだけでも、永田さんの胸の柔らかさがよく分かる。抵抗する気がないのを見越しているのか、胸を掴む手が怪しく動きはじめた。それによって、さらに僕の全身の力が入らなくなってくる。 「・・・だ、誰!?」 「あはは、感じちゃってるの、ユキったら!」 ようやく胸にやっていた手をどけて、僕の前に回りこみながらその女の子はそういった。ようやく相手の正体が分かった。昨日、生徒会室に押しかけてきた本田さんだ。こうして近くで見ると、肌のきれいさが際立っているなあ。とはいえ、今の僕だってこのくらいの肌はしているんだろうけどさ。 「もう、本田さんったら、ヘンなところ触らないでよ!」 「本田さん!?どうしてそんな呼びかたするの?いつもは涼って呼んでるのに・・・昨日のことで怒ってるの?」 「い、いや、そんなわけじゃ・・・胸を触られて、ちょっとビックリしちゃっただけだよ」 不安で引きつったようになっていた本田さんの表情が、僕の言葉を聞いて少しゆるんだようだった。握っていたこぶしも開いて、肩の力も抜けたようだ。 「そうなんだ。ゴメン。ユキが何だか肩を落として歩いていたものだから。ちょっと気分を変えてもらおうと思ってさ」 「え・・・ありがとう、心配かけてたんだね。でも、大したことないよ。さ、帰ろっか!」 永田さんもいい友達を持ってるなあ・・・僕はそんなことでもちょっとうれしい気分になった。 「はぁ、ここが永田さんの部屋か・・・」 本田さんの追及を振り切って、ようやく僕は永田さんの家にたどり着いた。5階建てのマンションの3階にある彼女の家には、今は彼女の母親だけがいるようだった。僕はその母親に軽く挨拶をすると、まっすぐにリビングを抜け、教えられたとおり、彼女の部屋の中に入ったのだった。 「しかし、面倒なことになったなあ。母親に会うだけでも緊張しちゃったよ・・・永田さんのお父さんは遅くまで帰らないから、早めに寝ちゃえば問題ないって話だったけど・・」 僕はベッドの上に通学かばんを置くと、部屋の中をぐるりと見回した。入ってきてすぐに分かったけど、まず部屋の匂いが全然違う。他人の部屋だから当たり前の話なんだけど、女の子の部屋っていうのはまた独特の雰囲気があるのだ。臭い、という感じが全くせず、むしろかぐわしい香りがするような気さえする。それが自分の体からも似たような匂いがしている、ということに気付いた時、僕の心臓がどきりとなった。 「ぼ、僕は・・・・」 僕の足は自然と目に入った大きな鏡の前へと向かっていた。目の前に映る自分の姿を改めて確認する。そこには、僕が昨日まで憧れていた女性の姿があった。こうしていると、彼女に見つめられているような気がして、思わず赤面してしまう。すると、それに呼応するかのように鏡の中の彼女も顔を赤らめるのだ。それは、当たり前の話かもしれないけど、僕が彼女の表情を好きにできる――いや、やろうと思えば身体のどの部分だって――そう思った瞬間、僕の中で何かが動きはじめたような気がした。 「か、勝手に見ちゃってもいいのかな・・・?」 僕はそういったものの、誰かが返事を返してくれるはずもない。なので、僕は自分で返事をしてみることにした。僕は今永田さんなのだから、僕がしゃべったことは永田さんがしゃべった、ってことになるのだ。 「いいよ、佐々木君になら全てを見られちゃってもいいのよ。だって佐々木君は私の――」 鏡の中の永田さんが、僕に向かって耳まで真っ赤にしながらそういった。それが引き金となって、僕は制服を脱ぎはじめた。 「・・・・」 ぱさっと制服ベッドの上に置かれると、鏡には下着だけを身に着けた永田さんの姿が映っていた。制服の上からではよく分からなかったけど、永田さんのウェストはかなり細く、胸は思った以上に大きかった。 それにしても、白いと思っていた彼女の下着がそうではなかったことに僕は驚いていた。けれども、この柔らかい水色の下着も、彼女にはよく似合っていた。さすがに本人が選んだだけのことはあるようだった。しばし、そのたたずまいを眺めていると―― 「くしゅん!」 僕の口から、かわいらしいくしゃみが発せられた。この季節に暖房も入れずに、こんな格好でずっといたら、身体が冷えて当然だ。 僕は何か着替えるものを探して、部屋の中を探りはじめた。実のところ、永田さんに何がどこにあるのか、大体のところは聞いていたんだけど、彼女がどんなものを持っているのか、ちょっと興味がわいてきたのだった。 何といっても、僕は永田さんの制服姿しか見たことがないのだ。こうして今は彼女の下着姿さえ見ることができたりするのだから、私服の姿を見るぐらいのことは許されてもいいはず、自分勝手ながら、僕はそう考えていたのだ。 「へえ、永田さんって結構衣装持ちなのかなあ。それとも、女の子だったらみんなこんなものなのかな?」 永田さんの衣装棚の中には、沢山の服が納められていた。色とりどりで、種類も様々だ。もちろん、その全てが僕がはじめて目にするものだった。それらのほとんどは部屋で着るようなものではなく、外出着のようだ。僕はその中のひとつを手にとり、早速着てみることにする。 「うわ・・・」 目の前の鏡に映っているのは、白地に幾何学的な青色の刺繍が施されているフレアスカートに、わずかに色の抜けたジージャンという、普段のイメージからは想像できない格好だった。試しに、僕は掛けていた眼鏡を外してみた。 「ん・・・」 一気に視界がぼやけてしまったので、さすがにクラッときてしまったけど、どうにか目の焦点が合ったようだった。何とか鏡に映る自分の、永田さんの姿を見ることができた。 「へえっ!やっぱり全然違うな!かわいいよ」 自分でいうのもなんだけど、眼鏡を掛けていない永田さんっていうのは、いちだんと輝きが増したように見えた。永田さんってば、コンタクトにすればいいんじゃないのかなあ。でもそんなことすると、男共が放っておかないだろうけど・・・まあ、今も放っておかれているわけじゃないんだろうけど。事実、昨年男子生徒の間で秘密裏に行われたミスコンでは、彼女が3位に食い込んだ、という実績もあるのだ。 「・・・・永田さんの男遍歴ってどんなのかな?やっぱり気になるよな・・・」 そう思い立ったら、確かめずにはいられない。僕は彼女の部屋を再び探りはじめた。机の引き出しの中、財布、携帯電話のアドレス帳――アドレス帳にはいくつかの男の名前が見受けられたものの、その他には男の気配は見当たらなかった。僕はうれしい反面、何だか寂しいような、複雑な気分にさせられてしまった。 「友紀〜、ご飯よ〜!」 「おっといけね!もうそんな時間か!」 夕食を終え、ひと心地ついた後、僕は風呂を済ませた。ホント、こんな役得があっていいのか!って感じだったなあ。永田さんの肢体は、どこをどうひっくり返しても、見事というか、魅力的というか・・・そんな神秘的ともいえる光景を前にしては、僕にはいかがわしい考えはほとんど浮かんではこなかった。 でも、永田さんのすべてはこの目に焼き付けてしまっているから、ある意味もう怖い物は何もない。 「ふうん、永田さんのすっぴんってこんなのなんだ・・・これでも十分かわいいな」 さすがに永田さんもノーメイクというわけではなかったらしい。眉とかも違うし、肌の色つやも少し変化しているように見えた。しかし、それでも僕にはまぶしいほどの魅力に溢れているように思えた。 そんな永田さんに、僕は改めて惚れ直していた。とはいえ、今の状態では彼女に手を出すことはできない。いや、できないわけではないけど、それは自分で自分に触れることと同じなのだ。それでは意味がないだろう。やはり、自分の肉体でそうしなければ・・・ 「よし、明日には元に戻って・・・・」 僕は彼女のものである薄紫色のパジャマに着替えると、布団の中に潜り込んだ。何だか甘い香りがした。 「おはよう!」 早々と登校した僕は、早速失敗を犯してしまった。永田さんと僕はクラスが違うというのに、間違って僕の教室へ入ってしまったのだ。みんな、「どうしてこの娘が入ってきたんだ?」というような顔をしている。幸い、その顔の中に僕――永田さんのものはなかった。 僕は慌てて教室から退散した。そして永田さんの教室へと向かった。本来ならここで永田さんと接触する予定だったんだけど、あんなことがあった後では、さすがに顔を出しづらかった。そのため、昼休みまでは僕は自分の教室には行かなかった。 昼休み、昨日と同じようなタイミングで、僕は自分の教室へと向かった。 教室の中を覗いたものの、僕の姿はなかった。僕のことに気付いた女子のひとりが、昨日のことをしっているのだろう、気を利かせて教えてくれた。 「佐々木君でしょ?彼ならさっき出て行ったけど?」 「そ、そう。ありがと!」 僕は教室から出て、生徒会室の方向へと向かいはじめた。恐らく彼女はそちらに向かったはずだからだ。どうにもこの肉体では走る気が起こらず、僕は早足で歩きながら生徒会室へ向かった。そのせいか、結局「僕」には追いつくことはないまま、生徒会室に到着した。 「あれ?」 僕は扉を開けようとしたものの、そこは固く閉ざされていた。永田さんは副会長なので、当然合鍵を持っている。僕はそれを使い、中へ入ることにした。 「あれ?やっぱり誰もいないや・・・」 生徒会室の中には「僕」の姿はなかった。この部屋の中も昨日帰るときと全く変化があったようには見えず、彼女がここを訪れたようには思えない。一体、彼女はどこに行ったのだろうか? 結局、昼休みの間には彼女に巡り会うことはなく、放課後を迎えた。 「永田さん!」 僕のクラスへ向かっていると、廊下を「僕」が歩いているのが目に入ったので、僕は周りの目も気にせずに声を掛けてしまった。 けれど、相手は振り返りはしなかった。もしかすると、周りの目を気にしているのかもしれない、そう思った僕は「佐々木君?」と柔らかく呼びかけてみた。すると、ようやく「僕」がゆっくりと振り返った。 「あ・・・」 僕の姿を認めた「僕」の表情は、まるで何か恐ろしいものでも見たかのような印象を抱かせるものだった。ひどく陰鬱で、悲哀に満ちている。一体、昨日の晩から今日までの間に何が起こったというのだろうか? 「どうしたの?何かあった?」 「い、いえ・・・」 何か歯切れが悪い。この辺りも永田さんらしくない。この件に関しては彼女から持ちかけてきたというのに、このテンションの低さは何なのだろう・・・ 「やっぱりおかしいよ。ちょっとこっちにきて」 「あ、ちょっと・・・」 僕は「僕」の手を引き、再び生徒会室へと戻った。 「どうしたの?昨日、何かあった?」 「・・・昨日は何もなかったよ」 「じゃあ、今日に何かあったんだね。一体、何があったの?」 「その前に聞かせて。あなたは誰なの?」 「へ?」 どうも様子がおかしい。「僕」の物言いが女の子っぽいのは、中身が永田さんなのだから当然のような気がしていたけど、僕のことが分からないなんて・・・彼女は記憶喪失にでもなったのだろうか? 「僕だよ、生徒会長の佐々木じゃないか。永田さんこそ、何をいってるんだよ」 「永田・・・?そっか、あれってユキだったのか・・・!」 「はい?」 何だか、相手のほうだけが話が見えてきているようで、僕にはちっとも分からない。少なくとも、目の前にいるのは永田さんじゃないようだった。それでは目の前にいる「僕」は一体誰なのだろう・・・? 「ユキ・・?キミは一体誰なんだい?」 「私?私は涼よ。本田涼。佐々木君も知ってるでしょ?」 「う、うん。でも一体どうして君がその姿に?」 「それは・・・『佐々木君』に誘われていい香りのする瓶を嗅がされて・・・気が付いたらこうなっちゃってたの」 なるほど。昨日の僕と同じってわけだ。「僕」になった永田さんと、本田さんが入れ替わったんだな。それにしても、一体永田さんは何を考えているんだろ? 「それで・・・永田さんはどこに?」 「さあ?気が付いた時には私ひとりだったもの。ここにも寄ってみたけど誰もいなかったし。で、仕方がないから帰ろうとしたところであなたが・・・」 「う〜ん、よく分からないなあ。よし、とにかく彼女に連絡を取ってみよう。永田さんの携帯になら、君の番号だって入っているんだろ?」 「え、ええ」 「よし、じゃあ、掛けてみるか」 僕は永田さんのピンク色の携帯を取り出し、本田さんの電話番号を探し出し、早速コールしてみた。10回ほどコールすると、相手が出てきた。 「もしもし?」 「もしもし・・・」 あれ?また気重そうな声だ。まさか・・・ 「永田さんだろ?どうしてこんなことするんだ?」 「永田・・・?あなたは誰ですか?」 「え?え?」 訳がわからなくなってきた。電話の向こうの声も、自分が永田さんじゃないって主張している。それに、僕が永田さんの身体に入っていることも知らない――ということは、結論としてはひとつしかない。 「キミも永田さんに身体を入れ替えられたんだ・・・一旦電話を切るよ。また何かあれば連絡するから」 僕は会話を打ち切った。どうも僕の予想は当たっていたようだ。それはともかく、永田さんは一体何を考えているのだろう? 「まさか、私の身体も・・・?」 「そうみたいだね。誰が中に入っているのかまでは分からないけど、永田さんじゃないのは間違いないようだね」 「でも、相手が誰か分からないんじゃ、探しようがないんじゃない?」 「そうなんだよ。もう1回電話するか」 僕は再び本田さんの携帯に電話をした。しかし、今度は何度コールしても相手は出なかった。何かあったのだろうか・・・ 「ダメだ。くう、これじゃあ探しようがないな・・・」 あきらめて帰ろうかと思い、ふたりして生徒会室から出ると、校内はひどいパニック状態になっていた。あらゆる生徒が普通の行動をしていないのだ。 「うおお!オレがセーラー服を!!」 一年の女子が、ベタベタと自分の太ももを撫で回し、挙句の果てに、スカートの中に手を進入させていた。かと思えば―― 「きゃあ!私のココにヘンなものがついてる!!」 大柄な男子生徒が、黄色い声をあげている。そんな声はここばかりではなく、あちらこちらから聞こえてくる。もはや異常は学校中に広がっていたのだ。 僕と本田さんは、そこから逃げるように学校を出ようとしていた。 「あ、田村先生!」 途中、英語教師である田村先生に出会った。大学を出たばかりの24歳、独身。ハキハキとした明朗なしゃべりで、男子生徒ばかりか、女子生徒の信頼も厚い模範的な教師だった。 「先生、実は・・・!」 「おお、副会長!オレとレズレズしねえか!?」 「う・・まさか先生まで!!」 僕らは慌てて逃げ出した。どうやら、生徒ばかりではなく、学校中に被害が及んでいるようだった。下駄箱まできたときに、僕は真相を握るカギを見付けてしまった。 「あ、この瓶は・・・・!?」 床に何と例の瓶が転がっていたのだ。僕はその瓶を拾い上げる。 「あ、私が嗅がされたものと同じ・・・けど、何も入っていないわ」 そう、本田さんがいうように、瓶の中はすでにからっぽだった。あの眠くなってしまうような甘い香りももはや伝わってこなかった。 「うーん、何があったのかな?これが原因としか思えないよね・・・」 「まさかとは思うけど・・・この瓶に入っていた液体が、何かの事故でぶちまけられてしまった、ってことじゃないのかな。そのガスか何かが学校中に広まって・・・それでみんなが」 僕は口に出してみると、それが恐らく事実なのではないかと思いはじめていた。本田さんのほうも、同じ意見を持ったようで、わずかに血の抜けたような顔色をしている。 「・・・それでみんな・・・そういえば、ユキはどこに行ったのかな?この瓶を落としたのかどうかは知らないけど、騒ぎを知らずに帰っちゃったのかな?」 「僕らは永田さんが誰になっているのかが分からないから、向こうから接触してくれるのを期待するしかないね。こちらとしては呼びかけるぐらいのことしか・・・」 「そうね。とにかく探しましょう」 それから一時間ほどかけて、ふたりで永田さんの行方を捜した。しかし、いくら捜してもそれらしい人物の姿はなかった。 それよりも学校中が大変なことになっていた。 どこの女子トイレを覗いてみても、女子生徒の嬌声や歓声が響き渡っている。逆に男子生徒の多くは、聞くに堪えない悲鳴をあげていた。しかし、性別が変わった者ばかりではないようで、平静を保っている者もいたけれども、それらも自分の姿を鏡で確認したりして、一喜一憂しているようだった。 僕の教室の中では、体育教師である吉野が、クラス委員をしている浜田さんの上にのしかかっている。ありえない組み合わせだったけど、浜田さん側がまんざらではない表情を浮かべているのだから、もはや異常としか思えなかった。一体誰が浜田さんに・・・ 「・・・・ダメだ。永田さんが見当たらない。どこに行っちゃったんだろ?」 「もう帰っちゃったのかな?瓶を落としたのなら、気付かずにいる可能性もあるよね」 「でも、あの瓶って大事なものなんじゃないのかな?もし落としたんなら、すぐにでも気付くと思うんだけど」 「とにかく、いないものはいないんだから。学校の外を当たるしかないわよ。私たちが元に戻るカギを握っているのはユキだけなんだから」 「・・・・そうだね。心当たりを捜してみるか」 次の行動を決定した僕たちは、靴を履き替え、校舎の外に出た。既に日が傾いており、まもなく夜の帳が下りそうな、そんな時間帯だった。 僕たちが校門を出ようとしたとき、斜め後ろのほうに気配を感じ、僕は振り返った。誰の姿も見えない――ように見えたけど、下のほうを見ると小さな子犬がそこに佇んでいた。柴犬か雑種か、とにかくかわいい、という言葉がピッタリとくるかわいい犬だった。 それがこちらを一心に見つめている。その目は何かを訴えているような、悲しい目つきだった。首輪がないところを見ると、捨て犬か何かだろうか。残念ながら、今の僕はマンション暮らしの永田さんなのだ。つれて帰ることはできそうもない。それどころではない精神状態の本田さんも同様のようだ。 「ごめんよ、僕たち、急いでるんだ。この事件が解決したらな」 僕らは校門から出た。 残された子犬は、悲しい表情のまま彼らのうしろ姿をいつまでも見つめていた―― (おわり) あとがき 僕にしては珍しい(?) 集団入れ替わりものでした。 これは「入れ替わり」と言うよりは、 「相互憑依」と言うのが正しいと思いますが、 結果としてはただの入れ替わりだったりします(笑) 最後のオチはご想像通りだと思います。 ちょっとダークですね。 収拾がつかないとはこの事なのか(爆) すみません、長々とくだらない話を・・・ それでは読んで頂いてありがとうございました! |