メイドの土産
作:sato




「いいか、見てろよ」

 勇真の親友の大輔はそういうと、ぐっと身をかがめた。何だかおかしな構えだな・・・勇真はそういう目で大輔のポーズを見ていた。その構えで何が起こるのか、勇真には一切知らされてはいない。しかし何が起こるにしても、大輔がもったいぶる以上、面白いことが起きるのは間違いない。



 勇真と大輔は高校時代からの親友で、大学二回生になった今でも、同じ大学に入っただけあっていまだに付き合いは続いている。

 そんな大輔がある日、勇真に「面白いものを見せてやるよ」といい、勇真を自分の車に乗せて車を走らせたのだ。

「ここらでいいか」

大輔はある店の近くまでくると、車を停め、今のポーズをしはじめたのだ。実は、この店は勇真もよく知っている店なのだ。勇真も大輔にこの店のことを話したことはある。というか、しょっちゅうその話をしているのだ。ここに車を停めたということは、そのことに無関係ではないだろう。



「ふんっ!」

 大輔が気合を入れると、狭い車の中の空気が一気に震えたように勇真には感じられた。それだけを取ってみても、大輔が行っていることがすごいことだと思える。少しの間、狭い車内には何も起こらなかった。首をかしげる勇真。しかし、その直後――

 大輔の体がふらりと揺れたかと思うと、がくりと力なくうなだれてしまったのだ。どうしたのかとうろたえている勇真の目の前に、突然大輔が姿を現したのだ。

「うわっ!」

 思わず叫んでしまう勇真。それを見てにやりとする大輔。

「驚いたか。これが俺の能力さ」

「能力って・・・これって幽体離脱ってやつ、だよな?」

「そう、俺は自分の意志で自由に魂を体から切り離すことができる力を持っているんだ。俺のご先祖がそういう力を持った一族だったらしいな。今はその能力で何をするっていうわけでもないんだけどな」

「ふええ。そりゃすげえや。でもあれだよな。こうやっておれの目にお前の姿が見えるってことは、覗きなんかには使えないってことになるよな。それで一体何ができるっていうんだ?」

「あ〜、今お前に俺の姿が見えているのは、俺の意志でお前に見えるようにしているからなんだよ。俺がその気になりさえすれば、誰の目にも映らないし、声を出しさえしなけりゃ、誰も気付きはしないと思うぜ」

「あ、そうなのか。だったら覗き放題じゃないか!いいなあ・・・・」

「お前のことだからそういうだろうと思ったぜ。実は俺にはこれだけじゃなく、もう一つの能力があるんだ。いいか、動くなよ・・・・」

 大輔はそういうと、勇真に向けて手を伸ばした。大輔に従ってじっとしている勇真の胸に大輔の半透明な腕が触れる。

「うっ」

 勇真は寒気にも似たぞくりという感覚を受け、うめき声をあげてしまった。ところが変化はそればかりではなかった。大輔に触れられた直後、勇真は体に力が入らなくなってしまったのだ。口を半開きにしたままの状態で、シートの背もたれに倒れこんでしまう勇真。

「えい!」

 大輔がさらに気合を込めて腕を引くと、勇真の体から勇真と同じ姿をしたものが引き出されたのだ。

「おい、勇真、成功したぞ」

「え?うわっ!おれじゃないか!おれが二人いる!?」

「ふふふ。それは正確じゃないぜ。これはお前の本体で、今のお前は霊体なんだ。俺がお前の体から切り離してやったんだぞ」

「うおっ、ホントだ。手が透けて見える・・・ところで一つ聞きたいんだけど」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「さっきお前は自分の意志で自分の姿を相手に見せることができるようなことをいってたけど、今のおれの姿ってどうなってるんだ?」

「んー、俺にはお前の姿はきっちりと見えてるけど、それは俺たちが霊体同士だからなんだ。お前には俺のような能力はないから、逆に相手に自分の姿を見せることはしようと思ってもできないはずだよ。だから心配しなくても、俺にしかお前の姿は見えないと思うぜ」

「そうなのか。それを聞いて安心したぜ。これで自由に覗きができるってわけだな!」

「お前・・・相当に覗きにこだわっているみたいだな。まあいっか。わざわざこの店にきたのも、その辺のことも考えてのことだしな」

「やはり。じゃ早速行こうぜ!」

 どうやら勇真が考えたとおり、大輔は意識してこの店にやってきたようだった。勇真は車から出ようとノブに手を触れた。しかし、何の手応えもなかった。

「おいおい、今のお前は霊体だから物質に触れることはできないんだぜ。こんなもんは開ける必要もないんだ。ホレ」

 大輔の体はドアを抜け、あっという間に車外に出てしまった。

「こりゃすげえ!おれも・・・」

 勇真も大輔と同じように車のドアを抜け、外に出てしまった。

「じゃあ、店の中へもどっからでも侵入できるってわけだな」

「ああ、そういうことさ。でも中に入ってからはできるだけしゃべるなよ。姿は見えないけど、声だけは聞こえちまうんだから。面倒なことになるかもしれないぜ」

「了解だ。じゃあ店の中に入ろうぜ!」



 駐車場から見える店の中には、あまり客の姿はないようだった。それが都合がいいのか悪いのか――よくは分からないものの、考えても仕方がない。二人はガラス窓を通り抜け、店の中に入り込んだ。

 大輔が前方を指差したので、勇真がそちらを向くと、そこには店の看板であるウェイトレスの姿があった。

「あ・・・」

 思わず声をあげてしまう勇真。勇真がこの店をこよなく愛している理由――それはこの店のウェイトレスにあるのだ。彼女たちが着ている店の制服――勇真はこれに魅せられてしまっていたのだ。

 それはいわゆるメイド服というやつで、どうやら店長の趣味でこんな制服を採用しているらしいのだが、意外なことに一部の女の子たちに人気があり、バイトに採用されるには結構な倍率を勝ち抜かなければならないという話だ。店長のセンスも若いだけあってなかなかのようで、この店で働いているバイトの女の子の質は上々だった。

 それよりも何よりも、勇真はこのメイド服の醸し出すレトロな感覚がたまらなく好きだったのだ。そのため、暇があればしょっちゅうこの店に通っている。コーヒー一杯で数時間、というのも当たり前だった。おかげでバイトの娘にも顔を覚えられているのだろうが、勇真は注文以外の会話をしたことはなかった。

 いつのまにか大輔の姿が店の奥に移っていた。そこから大輔が手招きをしている。勇真は何だろうと思いながらそちらへ向かった。こっちの方面は客がくることのない、「スタッフ専用」の通路だ。誰にも見付かることのないこの状態では、そんな場所にも入りたい放題だった。

 勇真が大輔のそばまでくると、大輔が目の前にある部屋のプレートを指差した。

 「更衣室」と書かれているそのプレートを見て、勇真の今はないはずの心臓がどきりとするのが分かった。「女子更衣室」と書かれていない辺りに、女子しか採用しないという店長の気概が感じ取れる。

「ちょっと入ってみようぜ。お前も気になるだろ?」

 大輔が小声で勇真に持ちかけてくる。勇真も全く依存はなく、こくりと頷いた。二人は一呼吸おくと、扉を通り抜け、更衣室の中へと侵入した。

 部屋の中は思ったほど広くはなく、真ん中に机があってそこに小さな鏡が置いてある辺り、女の子の更衣室という感じはするものの、それ以外は普通のロッカールームという感じだった。そして何より残念だったのが、そこに誰もいなかったことだ。

「誰もいないな。面白くないなあ」

「ふふふ。大丈夫。もうすぐくるはずだよ。5時っていうのは交替の時間なんだ。もう少しくれば5時からのバイトの娘が入ってくるはずさ」

「ほうほう。そいつはちょうどいい。さすがはこの店の通を自称するだけのことはあるな。じゃあ、それまで待つとするか」

 大輔はそういうと、部屋の中を歩き回った。見たところあまり収穫はなさそうだったのだが――

「おい、これを見てみろよ」

 別のものをみていた勇真は、大輔の声がした方向を見た。何と大輔はロッカーの扉の中に顔を突っ込んでいるではないか。どうやら、顔だけ突っ込んでロッカーの中を覗いているらしい。大輔が顔を出すと、勇真も同じ場所から顔を突っ込んでみた。

「へ〜」

 ロッカーの中にはさっきの娘のものだろうか、私服が掛けられていた。メイド服とは打って変わり、肌の露出が多い赤い派手な服で、それがメイド服とのギャップを感じさせられ、勇真は意外なほどに興奮してしまっていた。

がちゃり

 突然扉の開く音が聞こえ、勇真も大輔も弾かれるようにそちらを向いた。そこに入ってきたのは年の頃なら高校一年か二年ぐらいだろうか、青いブレザーを着ていて、まだ幼さを残している顔立ちの、背もあまり高くはない女の子だった。しかし顔は文句なくかわいい。ブリっ娘っぽいのは気に入らなかったが、こんな娘がメイド服を着ればこれがまたいいのだ。勇真の中でこの店の女の子ベスト3に入っている「清水」さんだった。

 勇真は入ってきた清水さんが着替えはじめるのを食い入るように見つめていた。大輔のほうは、そんなものはかなり前に卒業したのか、それほど興味はなさそうだったが、勇真ははじめての光景に目が離せないようだった。大輔が相手に聞こえるんじゃないかと心配するほど、鼻息を荒くしながら彼女の着替えを見ていた。

(・・・・ようし、それなら・・・)

 大輔は面白いことを思いついたようで、更衣室から出て行ってしまった。一方の勇真は清水さんの着替えに気を取られていて、そんなことに気付きもしなかった。

 清水さんはブレザーを脱ぐと、慣れた手つきで自分用の制服に着替えはじめた。制服はワンピース型になっているようで、彼女は上から着込むと、あっという間にメイドの格好ができあがってしまった。残りのヒラヒラした装飾品を体と頭に纏うと、勇真のお気に入りの店員、清水さんができあがった。

がちゃり

 その直後、更衣室の中にもう一人誰か入ってきたのだ。勇真は驚いてそちらを見たが、清水さんは驚きもせずにゆっくりと入口のほうを向いた。そんなことはしょっちゅうある、ということなのだろうか。

「さつき先輩!」

 清水さんが入ってきた人物にそう声をかけた。勇真は思わずその人物の胸につけられているネームプレートを確認した。「折原」と書いてある。どうやらこの人物は、折原さつきという女性のようだった。二人がこの店に入って最初に見かけた女性――それが彼女だったのだ。勇真は今まで彼女の苗字しか知らなかったため、下の名前を知ったという事実に興奮していた。

『・・・・ま、勇真!』

 しばらく陶然としていた勇真の耳、というか頭の中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。どうやらこの声は勇真にしか聞こえてはいないようだ。現に、今の声に反応した様子はなく、清水さんにはまるで聞こえていないらしかった。

『勇真、その娘の体の中に入るんだ!自分の体をその娘の体に重ね合わせるだけでいいから』

「!?」

 間違いない、大輔の声だ、勇真はそう確信を持った。その大輔がそういうのだから、勇真も従うことにした。清水さんに近付き、ゆっくりと自分の体を重ね合わせていく。一方で、目の前にいるさつきはニヤついた笑みを浮かべたまま立っているだけだった。

「う・・・・・」

 清水さんがうめき声をあげた。勇真にも吐き気に似た感覚が伝わってきたが、それを押し殺して彼女の体に完全に自分の体を重ね合わせていく。

「・・・・う・・・あ、ああ・・・・だ、だめ・・・・」

 徐々に意識が薄まっていることに恐怖を覚えたのだろう、清水さんは必死に勇真の精神を拒絶していた。が、この場合、主導権を握っている攻撃側のほうが断然有利だ。あっというまに清水さんの意識は闇の中へと融け去っていった。

「う・・・・!?」

 軽いめまいのような感覚のあと、勇真がゆっくりと目を開けると、目の前にはさつきが妖艶な笑みを浮かべていた。

「どうだ?上手くいったか?」

「え?」

「俺だよ。大輔だよ」

「勇真なのか!そっか、さっきの声もお前なんだろ?」

「ああ、そうさ。お前の頭の中に直接話し掛けていたんだよ。それも俺の能力の一つさ」

「お前、一体何者なんだよ・・・」



※  注!
 以下の文章では人名は体の名前で表記する事にします。勇真は清水まゆに憑依しているので「まゆ」、大輔は「さつき」と言う事になります。



 まゆは半ば呆れ気味に話していた。これほど万能な人間がいていいものだろうか。まゆは大輔のことがちょっと怖くなってきた。

「そんなことよりもだ。お前、自分の体を見てみろよ!」

「え?あ、ああ!?」

 下を向いたまゆは、見慣れない光景を目にして、思わず驚きの声をあげてしまっていた。まゆ自身は見慣れているはずだが、今のまゆには自分の姿が他人のものにしか見えないのだ。

「す、すっげえ!おれが清水さんになってる!」

 まゆは柔らかな手つきで、自分の着ている制服を撫で回しはじめた。生地の手触りを確かめるようにゆっくりと。そこには自分が女の体になった、という考えは全く窺えなかった。ただひたすらにメイド服を着た自分、というものに喜びを隠し切れない、という様子だったのだ。

「・・・おいおい」

 ご満悦のまゆにちょっと呆れてしまったさつきは、まゆの頭に手を伸ばし、自分の胸元に抱き寄せた。

「!?」

 まゆの頭にさつきの胸が当たり、その弾力が首の筋肉を通してまゆの体に伝わっていく。その一方で、さつきの胸にもまゆの頭に押さえ込まれている、といった感覚が伝わってくるのだ。同時にまゆのシャンプーの甘い香りがさつきの鼻腔をくすぐる。

「ひゃっ!」

 さつきは情けない声を出してしまった。調子に乗ったまゆの手が、さつきのヒップに触れ、その手が怪しく動きはじめたのだ。さつきも何だかおかしな気分にさせられてしまう。まゆのほうも、さつきのお尻の感触だけではなく、下着のゴムの感触までも感じることができることに、興奮を隠せない様子だった。まゆの手に込められる力が強くなっていく。

「勇真、てめ!感じちまったじゃねえか!」

「ホラ、さつき先輩、ここなんて♪」

「コ、コラ、胸を触るんじゃない!あっ・・・」



 結局二人は二人の体に入ったまま、楽しくちちくりあった。しかし、よく考えると今店にいるはずのウェイトレス二人がここにいるとなると、あまり長居はしていられない。名残惜しいものの、やばいことにならないうちに二人は自分の体に戻ることにした。

「よし、戻ろう」

 二人は彼女たちの体から抜け出すと、更衣室から出て、駐車場へと戻った。

 自分の体に自分の霊体を重ね合わせ、勇真は元の体に戻った。何だか妙に疲れているような気がするが、これも霊体が抜け出していたせいなのだろう、勇真はそう思った。しかも妙に息苦しい気がする。勇真は車のパワーウィンドウを開けた。

「大輔?」

 落ち着いた勇真は横で眠ったようにシートに倒れこんでいる大輔に声をかけた。しかし、何度呼びかけても反応がない。慌てて肩を揺り起こすが、それでも何の反応も示さない。もしや、と思い勇真が大輔の口元に手を当てると、手にかかるはずの呼吸の生温かさが全く伝わってこない。

「!!」

『勇真・・・』

「だ、大輔・・・」

 勇真の目の前に現れたのは半透明の大輔――つまりは、大輔の霊体だった。もちろん、大輔の本体はいまだにシートに倒れこんだままだ。

「どうしたんだ?お前の体、息してないんだけど・・・霊体が抜けてる間はこうなのか?」

『い、いや、そうじゃないんだ。この車、締め切ったまま出ちゃったから・・・どうやら俺の体が死んじまったみたいなんだ』

「ええっ!?じゃあ、おれはどうして助かったんだ?」

『それはほんのちょっとの時間差なんだろうな。ギリギリだったんだろうと思うぜ。とにかく、俺は自分の体を失っちまった。誰かの体を借りながら生きていくことにするよ』

 そういうと、大輔の姿は勇真の目の前から、周りの景色に融け去るように消えてしまった。

「おいおい、この事態にえらく軽いリアクションだな、おい」

 しかし、大輔の返事はなかった。



 そのあとは大変だった。大輔の死因は明らかに酸欠だったので、勇真が疑われることはなかった。それはいいのだが、勇真はあれから大輔に会うことはなかった。一体どこで何をしているのだろうか・・・

 それと、あれから勇真はあのメイド服が忘れられなくなってしまっていた。今、勇真の部屋には専用のメイド服が隠されている。勇真は夜な夜なそれを着て、その姿を楽しんでいるという話だ・・・




(おわり)




あとがき

今回はまた中途半端な終わり方でしたね(苦笑
三人称で書いたのが失敗だったか・・・
メイド服を見て、メイド以外にしたかったんですよね。
それでウェイトレスにしちゃいました(爆
あまりひねってなくてごめんなさい(笑

それでは読んでいただいた方、ありがとうございました!



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